映画「ツイスターズ」と「レッテル貼り」について
先日「ツイスターズ」という映画を見た。1996年に公開された「ツイスター」のリメイクというかリブートというか・・・、口悪く言ってしまえば過去作の焼き直しである。
90年代は僕が学生時代だったこともあり、ひたすら映画を見まくっていたころで、「ツイスター」は当時待ってましたのハリウッド超大作であった。
「ツイスター」はサービス精神たっぷりのお腹いっぱいエンタテインメントで、生涯のベスト、というような作品ではないのだけど、非常に満足できる作りであった。
今回「ツイスターズ」を見て、内容的には新しさを感じなかったのだけど、「ツイスター」の時にも感じた、古き良きハリウッドの良質なパニックものを見た満足感があった。
本作(ツイスターズ)で最も良かったのが、登場人物たちの配置である。
本作では、気候を読む才能のある主人公の女性が、とある竜巻の研究チームに参加することになる。竜巻の構造を明らかにして、被害を減らしたいと考えてのことである。
その一方で、竜巻をエンタテインメントだと位置づける、YouTuberグループが登場する。典型的な「迷惑系」である。
ところが、彼らはけっして不真面目に活動しているわけではなくて、きちんとした理由があっての行動だったということが明らかになっていく。
逆に主人公が参加するチームにも、竜巻の被害を防止することとは別の理由が存在することが分かってくる。
このように登場人物の印象が変化していく意外性がお見事だと思った次第である。
日常生活において、「レッテル貼り」は良くある話。「男性だから」「女性だから」という性差の話題から、学歴や人相、職業や取り巻き連中の面々など、様々な要素をもとに、深く考えずにその人のことを決めつけてしまいがちだ。
別に格好つけるつもりもないけれど、僕自身は、なるべく人に対してレッテルを貼りたくないと考えている。
別にYouTuberだからとか、学歴が東大だからとか、わずかな情報だけでその人を判断しないよう心掛けているのである。
「ツイスターズ」は完全なるフィクションだけど、人を少ない情報で判断するなという、極めて真っ当な骨子が貫かれていて、それがとても心に響いたのである。
最近は若い人を中心に洋画離れが進んでいると聞く。でも、「良質なハリウッド映画」はいまだに機能していて、何だかバカバカしい予感の映画ですら、きちんと押さえるところは押さえてあったりする。
昨日は「フォールガイ」という洋画を見たけれど、これも抜群の見応えであった。
洋画はイマイチ・・・というレッテルは是非一度剥がしていただいて、評判の良さそうなハリウッド映画に足を運んでもらいたいと思う。
