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相対的実力者ではなく

もし藤井聡太がいなければ、伊藤匠はとっくにタイトルホルダーになっていた・・・はず。

そんな、「IF」がいつの世にも語られます。

これは特別な世界に限ったことではなく、自分たちが所属する会社にも当てはまります。

もし○○社長がいなければ・・・
もし○○部長がいなければ・・・

けれども僕は思います。まあ、誰かがいないんだったら、他の人が誰か代わりになるだけだろうって。


自分が優秀な会社員だったとして、自分がいなくなったらこの組織が悪くなる、などと考えることもあるでしょうが、実際にはいなくなっても、誰か別の「優秀な」人が現れるだけです。組織はたった一人欠けたくらいで、簡単に悪くなったりはしません。

もちろん、自分の代わりに選ばれる人間は、本当にその人が絶対的に優秀かどうかは関係なく、組織内における「相対的優秀さ」で決まります。

藤井聡太がいなければ、それはもちろん伊藤匠はタイトルを取っていたかもしれませんが、渡辺明だって永世名人になっていたかもしれないし、永瀬拓矢が三冠になっていてもおかしくありません。

ある範囲で考える場合には、それが将棋界であれ会社であれ、相対的に実力(時に運)を持つ者が、トップとなるわけなのです。


僕は割と早くに管理職になりましたが、それは絶対的に優秀だったからではなく、チーム内で相対的にキャリアを積んでいたからに他なりません。

あくまで「今いる人たちの中で」適任と判断されたのです。

そして、数年後、畑違いの業務に異動を命じられ、その時は「僕を外しても大丈夫ですか」的な抗議の意を示したものですが、代わりの人材は簡単に見つかり、すんなりと引き継ぎは完了したのでした。

もちろん、ベテランから若手に仕事が引き継がれる場合、最初は頼りにならないと思われるのは仕方がありません。潜在的な能力が同じならば、経験を積んだ人の方が優秀に見えるわけですから。

けれど、立場が人を作るではないですが、やがてその人も頭角を現すものと思います。


ただし、です。

組織は相対的に優秀な人材が登用されていると思っていますが、僕自身はあくまで絶対的な優秀さを身につけたいと考えます。

絶対的優秀さがあれば、たとえ所属する組織が変わったとしても、はたまた別の会社に移っても、そこでは必ず重宝される人間になれると思うからです。

あくまで自分の今いる場所だけで、自分の能力を卑下したり、もしくは傲慢な気持ちになってはいけません。自分が置かれているポジションは、あくまである枠内における相対的基準で決められているだけのことなのです。

よって僕は、絶対的な能力、絶対的な人間的な深みを得るために、日々生きようと思うわけです。

こうした前向きな意思を持ち、日々努力する。相対的に人より頑張ることで、絶対的な力を蓄えられるのだと、僕は信じているのです。




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