極悪のび太はドラのひげが気に食わない。『ジキルハイド』/クスリで大失敗①

私事で恐縮だが、40歳前後から何かと病気になりがちになってしまって、薬が手放せない体になっている。しかも、不整脈だったり、慢性鼻炎だったり、後鼻漏だったりと、完治しずらい病気で、原因も特定できないものばかり。

薬を飲んではいるものの、症状を軽くしてくれる対処療法なので、体調は常に万全ではない。また、薬には副作用が付きもので、副作用を抑えるための薬も併せて服用したりもする。

全ての症状に効く万能薬なんてものはないので、薬の効用を見誤ることなく、薬に頼りきらない生活を心がけたいと思う。

薬の効用は様々だし、服用の方法も異なる。ただわかっていることは、その時の症状に対して、正しい薬を正しい飲み方で服用しなくてはならないということだ。

飲み方を誤れば、薬は簡単に毒物へと変貌してしまうのである。


ところで、藤子ワールドの住人たちは、実は薬を飲む機会がとても多い。しかも、飲み方が悪いのか、そもそもの効用がマズイのか、なぜか薬に関するトラブルだらけなのである。

そこで、「クスリで大失敗」と題して、藤子作品の中からクスリの失敗談を集めてみたい。第一弾は、もちろん何かと薬が登場する「ドラえもん」から一本取り上げる。


「ドラえもん」『ジキルハイド』
「小学五年生」1973年5月号/大全集2巻

本作のタイトル「ジキルハイド」は、「ジキル博士とハイド氏」から取られている。有名なお話であるが、一応概要をまとめてみる。

「ジキル博士とハイド氏」(原題:Strange Case of Dr Jekyll and Mr Hyde)は、1886年に発表されたスコットランドの小説家、ロバート・ルイス・スティーヴンソンの著作。

人間の二面性を主題とした怪奇小説で、善良な市民であるジキル博士が薬を飲んで、粗暴で醜悪なハイド氏に変貌するというお話。ハイドはジキルの悪の人格を切り離した存在で、ジキルからするとハイドに変身することは、道徳観に縛られている自己を解放することであった。

しかし、次第に薬を飲まなくてもハイドになることが増えていき、逆に薬を飲まないとジキルに戻れなくなっていく。そしてその薬もやがて尽きる日が来る・・。

ジキル博士にはモデルが複数いたとされ、昼間は実業家で夜は盗賊のウィリアム・ブロディーや、外科医で解剖医のジョン・ハンターなどが挙げられている。Wikiを始め、多くの文献・資料はネット上にあるので、興味ある方は是非とも調査をしてほしい。


さて、自分の中の悪の人格を抽出した人間になるという薬が、実際に存在したらどうなるのか。たった10分間だけ性格を入れ替えることのできる薬が、「ジキルハイド」である。

この薬をのび太が使うきっかけとなったのは、いつものようにジャイアンに望遠鏡を取られてしまったから。ただしこの日は、単純に取られた訳ではない。のび太の性格上の弱さを付け込まれたのである。


望遠鏡をジャイアンに取られたのび太は、何とか取り戻すべく、ジャイアンの家へと乗り込んでいく。今回は、ドラえもんの入れ知恵で、ジャイアンに「いい度胸だなあ」と凄まれた際に、開き直る作戦に出る。

のび太はビビりながらも、「睨まれても帰らないぞ!」と踏ん張り、「返してくれるまで帰らない、殴るなら殴れ」と仰向けになる。

こうなるとジャイアンも力にものを言わすことができなくなり、急にしおらしくなる。そして「欲しいものを買ってもらえない。つい友だちに借りて使っているうちに、自分のみたいな気がして・・」と反省の弁を述べる。

すると人の好いのび太は、「もうしばらく貸しとく」と、自ら返却要求を撤回してしまうのだが、もちろんジャイアンの反省はただの演技。のび太が帰った後に「ばあか!あいつお人よしだなあ」と悪い顔をするジャイアンなのであった。


このやりとりを聞いたドラえもんは、「呆れた!」とのび太の行動を批判。付き合いきれないと怒り心頭である。のび太は「ドラえもんにまで見放されちゃ」とさめざめ泣き出す。

そこでドラえもんが、気の弱い性格を直す薬として出したのが「ジキルハイド」であった。

ただし、出す際にドラえもんは「あまりいい薬じゃない」と言って渡すのを躊躇している。その後の展開に嫌な予感を与える一言である。

ジキルハイドは、一粒につき10分間、丸っきり人柄があべこべになる恐ろしい薬だと、おどろおどろしくドラえもんは言う。ところがのび太は「たった10分間」と気にも留めず、さっそく一粒口の中へと放り込む。

薬を飲むとすぐに顔色が変貌していく。ウーウーと唸り出し、目つきが極悪人のそれとなる。そして「やい、ドラこう!」と大声を出し、「さっきは偉そうにお説教なんかしやがって」と食って掛かる。

「あれは君のためを思って」と言い訳するドラえもんに、ハイドのび太は「ひげが気に食わない!抜いてやる」と言って馬乗りになる。悪の勢いにドラえもんの「たすけてえ」と悲鳴をあげるが、そこで10分間が終了。

ハッと我に返ったのび太は、ドラえもんに泣いて謝る。どうやら、ハイド状態になった時の記憶は残されているようである。この時ドラえもんも「気にするな薬のせいだから」と優しくのび太に声を掛けているのが、ちょっと泣ける。


さて、一粒10分というのが、絶妙な時間設定となっている。長すぎると性格が変わった余波によって取返しの付かない事態に陥る可能性があるし、短いと効用が発揮できずに元の性格に戻ってしまう。

のび太は再び望遠鏡を取り戻すべく、ジキルハイドの入った瓶を片手にジャイアン宅に向かう。10分しかないので手っ取り早く終えたいところだが、ジャイアンを呼びつけると、ちょうどトイレ(大便?)に入っていて、待っている間に10分が経過してしまう。

家に上がって薬を一粒飲んで、再びハイドと化すのび太。大声を上げると、ジャイアンが「その口の利き方は何だ」と凄み返してくるのだが、顔の大きさを2倍くらいにして「何だとは、なんだ」と大反撃に出る。

のび太の凄まじい迫力に圧倒されて、望遠鏡を返すとジャイアンが言うが、部屋の整理整頓がなっていないので、どこにしまっているかわからない。探すのに手間取っていると、また10分の効果が切れてしまう。


弱気に付け込むことに長けているジャイアンは、薬が切れて大人しくなったのび太に、「よくも脅かしやがって」と迫る。のび太は慌ててジキルハイドを飲もうとするのだが、瓶のふたを強く押し込んでしまったらしく、薬を取り出せない。

ジャイアンに見事に瓶を奪われ、強くなる薬を飲んでいたのかと見抜かれてしまう。

そこでジャイアンは、ガバガバとジキルハイドの瓶の中身全部を飲み込んでしまう。少なくとも50粒くらいはあるように見えるので、500分、8時間以上はハイドに変身したままということになる。

なお、そもそもジャイアンは、錠剤を一粒づつ飲むという習慣がないらしく、以前「おそだアメ」の時もガラガラと大量に飲み込んでいた。

あとここで思うのは、のび太も最初からジキルハイドを2~3粒飲んでいれば、薬が切れてジャイアンに逆襲されることもなかったように思う。薬の飲み方もお人よしであったようだ。


ジキルハイドを全部ジャイアンが飲み込んでしまったので、のび太はたまらずその場から逃げ出す。ただでさえ乱暴なジャイアンが、半日以上も極悪人になっては、どんな酷い目に遭わされるか溜まったものではない。

ドラえもんとのび太は「夜逃げしよう」と慌てふためくが、そこへジャイアンが訪問してくる。ところが、ジャイアンの様子がおかしい。普段のどう猛さが影を潜め、いかにもなよなよとした感じで、望遠鏡を含めこれまでのび太から借りパクしていたものを返却するという。

そして「あたしって、いけない子だったわ。許してちょうだいね」とサメザメ泣き出すジャイアン。ジキルハイドを飲んだジャイアンは、本来の性格がハイド氏だったので、薬の効果で紳士たるジキル博士の性格に変換されてしまったのであった。


ジキルハイドは悪者になる薬ではなく、あくまで性格を正反対のものにする薬なのであった。後に「パーマン」でも、魔土災炎博士が「性格逆転液」という同じタイプの薬を開発している。(『パーマンが悪者になった!!』)

二つの両対極の性格を行ったり来たりする「ジキル博士とハイド氏」は、発表後すぐに舞台化し、その後何度も映画化・ドラマ化されている。また、本作のように、ジキルとハイドの物語からインスパイアされたお話も数多く作られている。

二重生活・二重性格というテーマは、藤子F先生を含めた創作者たちの心を揺さぶるものなのに違いない。



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