この「穴」、あの「出っ張り」も大発明! ~ 特許は、さりげなくあなたのそばに ~
私は日々、とある窓をひんぱんに叩いています。
昼休みに、コンビニで7桁の番号を見つけたら、席に戻ってすかさずその窓を叩きます。
休憩時間もお菓子やアイスのパッケージに同じような数字を見つけたら、もう叩かずにはいられません。
カップ麺にお湯を注ぐよりも、おやつを味わうよりも、窓を叩くことは重要なのです。

「7桁の番号って、バーコードとかシリアルナンバーでしょ?」
「そんなに夢中になるほどの数字じゃないよね??」
と、不思議に思われたかもしれませんね。
でも、どうしても夢中になっちゃうんです。
その窓とは、特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」の検索窓。
わかりやすく言うと、特許の世界の「図書館」や「百科事典」のようなもの。
7桁の数字は特許番号です。

この窓に特許番号を叩き入れると、製品のどんなアイデアや技術が特許権を取得しているのかがわかるようになっています。
この窓はただの「窓」ではなく、夢いっぱいの世界へ連れて行ってくれる心躍る窓なのです。
窓の向こうには、特許権を取った発明があふれています。
カップ麺の麺が輸送中に砕けない秘密、新食感のあのチョコレートの製法、変わった形状のあのアイスをつくる方法などなど。
そんな特許に魅せられて、15年間在籍した技術部門から、特許を扱う部署へ異動しました。
技術者はなぜ、その発明にたどり着けたのか?
どのようにして、アイデアをカタチにしていったのか?
こんな風に、謎解きをするように仕事に取り組みながら、さまざまなひらめきと発明に触れたりする刺激的な毎日を送っています。
特許のある世界、ない世界
お菓子やカップ麺以外にも、日常には特許権を持つモノがあふれています。
例えば、朝、アラームで起こしてくれるスマホ。
歯磨きに使う歯ブラシや、室温を快適に保ってくれるエアコン、朝食を作るのに重宝する電子レンジや電気ポット、職場まで運んでくれる車、電車やバスなどで使うICカード、オフィスに入るためのセキュリティシステム、仕事で必要なパソコンやマウス……。
最先端の技術を使った「モノ」だけでなく、世界的スターの斜め立ちや、アイドルとの恋愛ゲームといったエンターテインメント分野にも特許があります。
これらは、普段、何気なく手にしたり目にしたり、日ごろお世話になっているものがほとんどですが、もし、暮らしになかったらどうなるでしょうか?

朝は太陽の光で目を覚まし 、木の枝で歯を磨き、職場へは歩いて通うことになるでしょう。
今、電車で30分かけて通勤している人は、某マップによると3時間も歩くことになります。
仕事を終えたら、また3時間歩いて帰らなければならないので、家に着いたらもうクタクタです。
すぐにでも晩ご飯を食べたいところですが、ご飯をつくるには、火を起こすところから始めなければなりません。
ゲームやテレビがないから、食後の楽しみといえば、月明りで読書をするぐらいでしょうか。
といっても、こんな生活をしていては、娯楽を楽しむ余裕なんてないとは思いますが……。
そう考えると、いかに特許権を持つ発明が人の暮らしを豊かにしてきたことか! とつくづく思います。
ところで……
そもそも特許とは何でしょうか?
特許制度とは、発明を公開し、それを保護する制度です。
発明を公開する代わりに、有用な新しい発明には、特許権が与えられます。
人々の暮らしをもっと快適にしたい、便利にしたい、安全と安心を提供したい。
企業や技術者は、さまざまな思いで、試作や実験を繰り返してアイデアをカタチにしていきます。
その過程で企業は、たくさんの時間とお金をかけて、たくさんの人財を投入します。
発明に、社運をかけるのです。
ですから、その発明が盗まれたら、たまったものではありません。
そこで、企業は大切な発明を勝手に使われてしまわないように、特許権の取得にチャレンジします。
特許権が与えられた発明は、20年間、他の誰にも使わせないようにすることができます。
特許権を持つ会社や人が、その発明を独り占めできるのです。
発明を秘密にできず、公開しなければならないのが特許制度のツライところです。
でも、その発明に刺激を受けた人たちによって、さらにアッと驚く技術やアイデアが新たに生み出され、産業が活性化する、というストーリーもなきにしもあらず。
これもまた、特許制度の狙いなのです。
では、権利が切れたらどうなるのかというと、誰もがその発明を自由に使えます。
莫大なお金や時間を費やしてカタチになった発明が、タダで使いたい放題なのです。
つまり、すばらしい発明を活用して安くていいモノをつくれるから、消費者にも安く届けられるというわけですね。
ジェネリック医薬品も、権利が切れた技術を活用してつくられています。
研究開発費がほとんどかかっていないため、値段は先発医薬品の2~7割程度とお手頃。
患者さんには「負担が軽くて助かる」と喜ばれています。
長い目で見ると、特許は発明者だけでなく、その業界やそれを利用する人たちにメリットがあると言えますね。
といった具合に、特許権には20年の期限がありますが、シャープには20年以上、様々な特許権に守られてきた製品があります。
もちろん、最初に取った特許権は切れています。
でもその後、技術者がお客様の声に耳を傾けながら、特許権を取った機能や構造などを改良して、アップグレードした部分を権利化していったのです。
初代の機能や構造は、今は誰でも自由に使えますが、最新のカタチは誰も真似できません。
それはいわば、機能やコスパなど、さまざまな面で工夫が凝らされた最先端の製品です。
それを証明すると同時に、消費者の方々に安心して選んでいただけるよう、「特許権」という国のお墨付きをもらっているのです。
シャープの見えないこだわり、ここにあり
シャープの特許は、身近なところに潜んでいます。
例えば、シャープペンシル 。

当初は「早川式繰出鉛筆」として、1920年11月22日に特許として登録されました。
就職活動中、シャープの企業研究をしてこの事実にたどり着いたときは、それはもう、興奮しました。
授業や宿題でお世話になっていたシャーペンが、シャープの発明だったなんて!
社名の「シャープ」が「シャープペンシル」に由来しているなんて!
そんな私が、特許出願を担当した自動調理鍋「ヘルシオ ホットクック」も、いくつかのパーツが特許権を取得しています。

例えば、内鍋の取っ手に空いた穴。

内鍋の取っ手は本体内に密閉されているので、調理後、高温になってしまいます。
そのため、内鍋を取り出すにはミトンなどを使わなければなりません。
でも、このひと手間って、結構、面倒じゃない?
そう考えた開発メンバーは、取っ手が高温にならないよう、外気を導入するための穴を空けたのです。
この穴により、内鍋を本体から、簡単かつ安全に取り出せるようになりました。
小型のホットクック(1~2人用)も、便利で使いやすいよう考えた末にたどり着いた仕組みやパーツが、特許権を取得しています。
従来の2~6人用のホットクックには、鍋の蓋の真ん中に食材を混ぜるための“混ぜ棒(まぜ技ユニット) ”が2本ついています。
一方、小型タイプは仕様上、混ぜ棒を1本にする必要がありました。

この混ぜ棒(まぜ技ユニット)が取り付けられた位置を見たときに私は違和感を覚えました。
「これ、なんでズレてるの?」
混ぜ棒を取り付ける場所(回転中心)が蓋の真ん中ではなく、ちょっとずれた位置になっていたのです。

素朴な疑問に、開発メンバーは答えてくれました。
従来品のように蓋の真ん中に混ぜ棒をつけ、新たに小型タイプは混ぜ棒を1本にすると、食材がうまく混ざらなくなってしまいます。
そこで、効率よく食材を混ぜられるよう、取り付ける位置を蓋の真ん中から少しずらした、と。
蓋の真ん中からちょっとずれた位置に取り付けられた混ぜ棒は、蓋の中心から同じ距離の円を描くのではなく、蓋の中心から異なる距離の円を描くことになります。
だから、混ぜ棒が1本でも、食材がグル~グル~、とうまく混ぜられるというわけです。
「なるほど!」
私たちは思わずうなりました。
そして、ハタ、と気づきました。
これ、発明じゃないですか!
しかし、混ぜ棒の秘密は、これだけではありませんでした。
例えば、混ぜ棒にはギアがなく、ユニットにぶらん、とついているだけ。
ですから、蓋を閉じると混ぜ棒は垂直にぶら下がり、蓋を開けると蓋に沿ってペタンと閉じるようになっています。

ブラブラさせると不安定だから、固定しちゃえば? というご意見もあるかと思いますが、このような設計にしたのには理由があります。
ここで想像してみてください。
蓋を開けたとき、混ぜ棒がピョコンと突き出たまま固定されていたとしたら。
料理をよそうときに邪魔になるし、手に当たるかもしれませんよね 。

その弾みに、アツアツの料理をこぼして服を汚したり、火傷をしたりする危険だってあります。
でも、ぶらんとぶら下がるこの設計なら、その心配はありません。
だから、あえてギアをなくして、ぶら下げたのです。
まだ、秘密があります。
混ぜ棒が閉じると、その先端は鍋の内側に向かってぶら下がるので、混ぜ棒にソースなどがついていても、鍋の中に滴り落ちるだけ。
鍋の周りが汚れることがないんです。

一つの製品のパーツひとつにも、「便利で安全に使えるように」という技術者の思いや工夫が込められていることが、おわかりいただけたのではないでしょうか。
特許に携わる私たちは、そんな技術者の思いや工夫を発見して、製品の魅力を最大限に引き出そうと、日々取り組んでいます。
それが、私たちの大切な役割なのです。
洗濯機の洗濯槽の穴をなくした「穴なし槽」も、発売から20年以上経った今でも関連する特許権を持つシャープの発明品です。

自画自賛になってしまいますが、「水を節約し、カビの発生を防ぐために、洗濯槽の穴をなくそう」という発想にたどり着いたこと、そしてそれを実現できたことは驚きました。
だって、「穴をなくしたら、どうやって脱水するの?」という課題をクリアしなければなりませんから。
そんな難問に対し、開発メンバーが導き出した答えが「洗濯槽をすり鉢状にする 」でした。

この形により、脱水時に洗濯槽を回すと、強い遠心力で、水が洗濯槽に入った縦ラインを伝って上り、上部から排水されるようになったのです。
こうして完成した穴なし槽のおかげで、外槽から洗濯槽に黒カビが入り込みにくくなり、洗濯物をきれいな水で洗って、すすげるようになりました。
また、従来の洗濯機は、洗濯槽と外槽の間にも水をためていましたが、穴なし槽では洗濯槽にだけためればいいので、節水効果も高くなります。
結果として、お財布にも優しい仕様となりました。
ドアが右にも左にも開く冷蔵庫「どっちもドア」も、20年以上、関連する特許権を持つ製品です。

このプロジェクトがスタートした当時、左右両開きの冷蔵庫の開発は、家電メーカーにとって悲願でした。
ロングセラーの秘密は、「立ち位置に近い方からドアを開閉できる」「回り込まずに食品を出し入れできる」「冷蔵庫の置き場所を選ばない」など。
「左右両開きだと、ドアごと外れそう」と心配する方もおられますが、安心してください。
片方のドアを開けようとすると、反対側が自動でロックされる設計なので、外れることはありません。
この仕組みは、留め具を回転させて、針の出し入れやロックができるブローチピンからヒントを得たそうです。
この発明によって、家事動線がスムーズになり、キッチンのレイアウトの自由度も高まりました。
ここに挙げたのは、シャープの特許のごく一部です。
では、シャープがこれまでに、どれぐらい特許権を取得してきたかというと、社名を「シャープ」に変更した1970年1月1日以降の特許取得件数は、約6万件にのぼります(2025年7月2日時点)。
6万件といえば、日本全国のコンビニ店舗数、およそ5万7000店に匹敵するほどの件数です。
ちなみに、当社の特許取得第一号は、「徳尾錠」です。

これは、ベルト穴を空けずに使える今でも一般的なバックルで、創業者の早川徳次が発明しました。
特許登録日は、戦前の1912年9月19日。
この頃からすでに特許制度があり、創業者は何をどうすれば、人の暮らしが便利になるのかを考えていたことがうかがえますね。
家事がラクになった、日常生活が快適になった、安心して過ごせるようになった……。
そんな風に、日常の暮らしを少しずつアップデートしていく商品の最前線に関われるのが、特許に関わる仕事の魅力です。
そして、消費者の方々を思う細やかな心遣いと豊かな発想力、それをかなえる高い技術力、開発者のあきらめない不屈の精神をヒシヒシと感じられる瞬間が特に好きです。情熱に触れるたび、胸が熱くなります。
身近な商品は特許の原石だ
特許出願から取得までの流れは、簡単に言うと、

①特許権を取りたい発明のポイントを整理する
②発明のポイントとその詳細を説明する出願書類を作成して、特許庁に提出する
③出願後3年以内に、特許権が取れるかどうかの審査を特許庁に依頼する
④特許として認められる
です。
出願にあたっての特許担当の役割は、有用な発明を見つけることです。
そのために、商品化が決定したら、特許担当は商品開発メンバーと発明を掘り起こす「発掘会」を行います。
この会は、特許のタネを掘り当てる絶好の機会。
私たちは、新商品の説明を聞きながら、新しいアイデアや機能、技術を見つけたり、権利化できるかどうかを見極めるためにヒアリングをして深掘りしたりします。
そのアイデアは、お客様のどんな声から生まれたの?
アイデアをカタチにする過程で、どんな工夫をしたの?
そこまでして実現したかった、その思いの源は?
深掘りをするなかで、開発メンバーの使い手を思う優しさ、便利さや快適さにとことんこだわるオタク的な一面に触れたりすることも。
そのときもまた、お宝を掘り当てたようなうれしさがあります。
これまで、このように深掘りをして、わかったことがあります。
それは、技術者は常に使い手の立場に立って、
「こうすれば便利かな?」
「こうした方が使いやすいかな??」と考えながら、パーツを加えたり、構造を工夫したりしているということです。
例えば、過熱水蒸気で調理して余分な脂や塩分を落とすウォーターオーブン「ヘルシオ」は、調理後、扉にたくさんの水滴がつくので、下開きの扉を開けるとそれが床に滴り落ちてしまいます。

そこで技術者は、扉の水滴がつゆ受けに流れるよう、扉の下のほうにその通り道として突起物をつけたのです。

この設計は特許権を取得していますが、当時、技術者は、これがすごいアイデアだとは思っていませんでした。
ですから、製品説明をするときも、「水滴が床に垂れないようにリブ(突起物)をつけました」とサラッと言うのです。
それはもう、聞き逃してしまいそうなほど、さりげない。
それもそのはず、突起物の見た目は地味ですし、「水滴が垂れるのを防ぐ突起物」という表現も、大発明からはほど遠い気がするからです。
でも、ちょっと想像してみてください。
ヘルシオの扉を開けるたびに、床が水浸しになる光景を。
そのたびに、床を雑巾で拭かなければならない手間を。
どんなにおいしい料理ができても、使うたびに「ああ、また床が濡れてる……」とストレスを感じてしまっては、残念ですよね。
技術者は、使ってくださる方がそうしたストレスを感じないよう、目立たないけれど、とても効果的な工夫を凝らしています。
特許出願の第一歩は、そんな配慮の行き届いたさりげない工夫を見逃さないこと。
そのためにも大切なのは、
商品に惚れること。
「もっと商品を知りたい!」とのめり込むと、製品の機能やパーツ、形などに、お客様の声がどのように反映されているのかを聞かずにはいられません。根掘り葉掘り聞いていくことで、発明を正しく理解できるようになるのです。
「この商品のことなら、何でも聞いて!」と胸を張って言えるくらい、とことん知り尽くすこと。
そんなふうに製品と向き合う姿勢が、結果として特許の仕事にもつながっていくのだと思います。
技術者が開発に込めた思い、開発の過程を聞く作業は、発明に至るまでを追体験するような感覚です。
まるで、不可能を可能にした人たちのドラマや映画を観ているかのよう。
試行錯誤のシーン、ひらめきの瞬間、そしてエンディング──。
ナレーションや音楽まで聞こえてきそうです。
そんなドラマティックなストーリーに発明を見つけたら、技術者に、発明のポイントや従来の技術との違いなどを「特許コンセプトカード」と呼ばれるフォームに書いてもらいます。
その後、特許担当は、そのカードを元に、特許事務所と相談をしながら、発明の内容・発明が解決する課題・効果などが記載された出願書類を作成していきます。
その中で、特許権をとりたい発明を文章化します。
これは、「請求項」と呼ばれるものです。
特許権が取れるかどうかは、請求項の書き方次第。
つまり、特許担当の腕の見せ所です。
……ですが、これがなかなか大変。
発明を詳しく説明したい。けど、詳しく書くとマズイのです。
なぜでしょうか?

例えば、食用ではないハナミズキの実を使って「ハナミズキの実のソース」を開発し、請求項にこう書いたとします。
「ハナミズキの実とハチミツ、水を原料とし、ハチミツの分量はハナミズキの実の倍とし、前記のハナミズキの実とハチミツ、水を鍋に入れて加熱して完成させたソース」
すると、こう考える人が出てくるかもしれません。
「ハチミツの代わりに砂糖を使えば、特許侵害にならないよね」
「ハチミツの分量をハナミズキより少な目にすれば大丈夫だよね」
こうした捉え方をされると、類似のソースがつくられてしまう可能性があります。
これはマズイ。
そこで、こう考えます。
ハナミズキの実はそもそも食用ではない。
そのため、誰もそれを食べようとは思いつかない。
だから、食品にすること自体が発明である、と。
ですから、請求項にはシンプルに、「ハナミズキの実のソース」と書けばいいんです。
すると、誰もハナミズキの実のソースをつくって販売できなくなります。
まるで一休さんが、とんちでピンチを切り抜けるようなやり方ですよね。
「特許」って、おかたいイメージがありますが、実は“やわらか頭”で考えることも大切なんです。
このように、似たような商品がつくられないよう「何を書くべきか」「何を書かないべきか」を考えるのも大事にしています。
さらに、特許では「その技術がなぜ使われたのか」という必然性が非常に大切だと痛感したことがありました。
それは、「ヘルシオIHセンター」を担当したときのことです。

この製品は、IHクッキングヒーターのビルトイングリルに、前述の「ヘルシオ」の技術を使ったグリルです。
このグリルの扉と、グリルプレートを出し入れするためのスライドレールがつながっている部分は、接続部なので隙間があります。
一般的なビルトイングリルは、魚や肉から飛び散る油や水蒸気などが外部に漏れないように、グリルの入口の周囲にパッキンが取り付けてあります。
従来の製品では、扉とスライドレールのつなぎ目(接続部分と隙間)がパッキンの内側にあったため、調理のたびに油や水蒸気がその隙間に入り込み、ギトギトに汚れてしまい、掃除をするのが大変でした。
そこで技術者は、グリルの扉を閉じたときに、つなぎ目が、パッキンの外側にくるように設計しました。

この設計のおかげで、調理中につなぎ目が、過熱水蒸気と脂汚れが混ざり合うグリルにさらされることはなくなりました。結果「つなぎ目がギトギトに汚れる問題」を解決できたのです。
そこで、この構造の特許を出願したのですが、特許庁から「特許として認められない」と拒絶の理由が通知されてしまいました。
その理由が書かれた拒絶理由通知書には、すでに別の人が出願している2つの特許が引用文献として挙げられていました。
「この発明は、2つの特許に記載されている内容を組み合わせれば、簡単に思いつく発明だと考えられるため、新しい工夫がないと判断」されたことが書かれていました。
落ち込みました。
特許として認めてもらうのはかなり厳しいかなという感じでしたが、でも、まだチャンスはあります。
一度、拒絶の理由が通知されても、この技術が新しく、既存の2つの技術から簡単には思いつかないような発明であることを特許庁にきちんと伝えられれば、特許として認められます。
なかなかの難題でしたが、あきらめるわけにはいきません。
なぜなら、開発メンバーが、お客さまのことを考えながら、
「料理の後片付けをラクにしてあげたい」
「簡単に掃除ができるようにしてあげたい」
という思いでたどり着いた、良い発明だと思ったからです。
どこかに突破口があるはず!
そう信じて、この発明を特許として認めてもらうために、出願した内容と、特許庁から届いた通知書に記載されている2つの特許(引用文献)との間に違いがないか、何度も何度もすみずみまで読み込みました。
特許として権利を認めてもらう請求項の記述を修正し、特許庁へ応答するまでの期間は60日しかありません。
焦りました。
でもある日、引用文献を何度も何度も読み返していたとき、一条の光が差し込みました。
私は、気づいたのです。
特許庁の審査官は、2つの引用文献について以下のように書かれていると認めています。
【引用文献1】
グリルの扉とスライドレールの取付部分(つなぎ目)以外
【引用文献2】
グリルの扉とスライドレールの取付部分(つなぎ目)について
一見、2つの引用文献を組み合わせれば、今回の発明と似たようにも思えるが・・・
1つ目の文献に記載されているパッキンは、「熱と電波の漏れを防止するため」のものであり、「汚れを防止する」ためのものではない。
よってスライドレールがパッキンの外側にある必要は無い!
しかも、全体がわからない断面図だけで、ヘルシオIHセンターの発明と同じだと判断するには材料が不十分。
それにもかかわらず、審査官は、断面図から全体を想像して、「ヘルシオIHセンターの発明と同じ構成だよね」と認定しているのではないか!
そこで私は、請求項を一文字も直さず、
「ヘルシオIHセンターの発明は、2つの引用文献から簡単に思いつく発明ではない」ことを伝えるための「意見書」のみを提出することにしました。
勝算は五分五分でした。
それからしばらく経って、特許庁から結果が届きました。
おそるおそる開けてみると……
特許として認められました!
そのとき、腰が椅子から浮き、力が抜けてへたり込んでしまいました。
「ああ、がんばってよかった」と心から思えた瞬間でした。あの日のことは、今でも忘れられません。
このときは、「良い発明だから、どうにか特許として認められたい」一心で頑張りましたが、特許は「取れたらなんでもいい」というものではありません。
実際、特許庁に拒絶されても、請求項を補足すれば特許権を取れるケースがありますが、あえてあきらめることがあります。
例えば、ペットボトル一部(くびれ部分(A)だけ)を権利化したいのに、却下の理由をクリアするため出願内容を書き直そうとした結果、
実際に権利化できるのは、個性的な持ち手(B)付きペットボトルの全体(くびれ部分(A)+持ち手(B))になってしまった場合。
(※ 簡単に表すとAを希望していたのに、A+Bしか認められないようなイメージです)

こうなると特許権を取る意味がなくなってしまうため、権利化をあきらめます。
また、出願後、審査を請求するまでの3年以内に、その上を行く新しい発明をした場合も、出願していた古い発明は使わないので放棄します。
特許を担当して13年。
多くの革新的な技術、使い手へのさりげない配慮を感じるアイデアなど、さまざまな発明に触れて、気づいたことがあります。
それは、ものすごい最先端技術じゃなくても、特許は取れるということです。
なぜなら、「穴を空ける」「位置をずらす」「突起物をつける」といった目立たない発明もまた、消費者の「これ、便利だね」「使いやすいね」をかなえる大きな発明だからです。
そんな発明に出会えるから、特許の世界は面白いのです。
発明は日常にあふれている
振り返ってみると、特許権を得た発明のおかげで、日常の暮らしはずいぶん様変わりしました。
私が子どもの頃、缶ジュースのタブは、缶から切り離されるタイプでしたが、缶から離れないタブの発明により、ジュースを開けるたびにゴミ箱を探さなくてもすむようになりました。
電子レンジで調理できるレトルトカレーが登場してからというもの自炊がラクになり、一人暮らしの食卓が豊かになりました。
夏の間、手が汚れるからとチョコレートをガマンしていましたが、溶けにくいチョコレートが発売されてからは、一年中、チョコレートを味わえるようになりました。
鼻と口を圧迫しない立体マスクのおかげで、花粉や風邪の季節を快適に乗り越えられるようになりました。
これらはすべて、特許技術のたまものです。
このほかにも、身の周りには、特許技術があふれています。
身近なところでは、シートを装着して使うフロア用掃除道具、空になったら簡単にたためるティッシュボックス、モバイルグッズ、リンスやシャンプーの詰め替え用パックをそのまま使えるようにしたツール。
オフィスに目を移すと、書いて消せるボールペンを筆頭に、貼って剥がせるメモや針を使わず紙を綴じられるステープラーといった、環境に配慮した文具も特許権を取得しています。
皆さんも、毎日使っているモノの中に、
「これは便利!」
「これがなくなったら、困る!!」と感じるモノがあるのではないでしょうか?
家電にさりげなくついている穴や突起が、「便利」や「安全」につながっているように、普段、なんとなく使っている皆さんの愛用品にも、さまざまな工夫が潜んでいるはずです。
そうと知ると、じっくり観察したくなりませんか?
さて、特許を語り始めると止まらなくなるので、ほどほどにしておきますね。
もし、愛用品を観察して好奇心をかきたてられたら、ぜひ「J-PlatPat」の窓をそっと叩いてみるのをおすすめします。
特に、「穴」や「突起物」など、「目立たないけど、ないと不便だよね」と気づいたら、叩いてみてください。
そして、窓の向こうの世界を覗いてみてください。
そこには、ユーザーを思う開発者の思いのたけを注ぎ込んだ、発明があふれているはずです。
その世界で、開発者が描いた夢をかなえるまでの物語に触れてほしいと思います。
すると、新しい発見が待っているかも。
ね、少しワクワクしてきませんか?
これからも特許担当として、ひっそり隠れた発明を探し出し、技術の可能性を未来へつなぐべく、日々奮闘していきます!
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