あの時、何が起きていたのか──シェアハウス業界のコロナ対策ガイドライン策定の回顧録
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2020年3月末──
当時、新型コロナウイルス感染者数が加速度的に増加し、テレビやネットでは「緊急事態宣言が出るのか」で持ちきりでした。シェアハウス業界としての動きは様子見もありまだ慎重で、どこからも明確な方針が示されていなかったのが現実でした。
保健所や行政も当時は、“シェアハウスという住環境の特性”に関する情報や知見が十分に共有されていなかったこともあり、運営者も入居者も、ただ不安を抱えながら日々報道を見つめていたように思います。
このまま未曾有の事態に突入してしまえば、現場や保健所が崩壊してしまう。そう感じた私は、一人で業界の感染対策ガイドラインの策定に取りかかることにしました。
その当時の回顧録です。

❶|感染の兆し
2020年2月13日──都内で初めての市中感染者が報じられた。
それまではダイヤモンド・プリンセス号でのクラスターが主に報道されていたが、この日を境に感染の現実味が急速に増していった。
世の中ではまだ「緊急事態宣言」という聞きなれない言葉は出ておらず、街はどこか不安が微睡む“様子見”のムードに包まれていた。
そんな中で私は、業界団体であるシェアハウス連盟として、早急に予防意識を高めるべきだと感じていた。
そこで私は政府が公開していた手洗い・うがい・マスク着用などの啓発ポスターに着目し、これを業界版として活用できないかと考えた。
私は厚生労働省に直接連絡を取り、ロゴ入りでの使用許可を取得。連盟ロゴを加えたポスターを作成し、理事会に共有、加盟各社へ共有した。


これは多くの事業者から非常に喜ばれ、現場の声として「入居者に説明しやすくなった」「連盟としての対応が見えて安心した」などの反応が寄せられた。つまり、シェアハウス運営者自身も何かしないといけないという焦燥感というか、危機意識みたいなものは非常に強かったという事だろう。
このポスター対応の経験が、のちに「業界で連携して乗り越える」という空気感を生み出す一歩になる。
❷|みんな困っていた。判断が難しいとき、何が必要だったか
ポスター配布後もしばらくは、政府から明確な方針や声明が出ることはなかったが、
徐々に増加する陽性者情報が出されるなか、事業者同士の情報共有は続いていた。
「入居者に何と説明しているか?」
「濃厚接触の定義はどうなっているか?」
「他の物件ではどんな対策をしているか?」
メディアの情報、行政の発表、現場の体感。
それらを事業者間で交換し合いながら、皆が感染症への対応策などを手探りで日々を乗り越えていた。
3月の末、「緊急事態宣言が出るのでは」と世間が騒然とし始めるなかでも、連盟内では、依然と状況を見極めながら慎重に情報を共有し合う段階が続いていた。
私は、対応の方向性とスピード感が見えにくいことに一抹の焦りを感じていた。
もちろん、誰かを責めるつもりはなかった。
行政も民間も、皆が困っていたのだ。
だが、時間だけが過ぎていくのを黙って見ているわけにはいかなかった。
特に気になったのは、仕組み上保健所の対応が自治体ごとにバラバラで、このままでは陽性者が出た場合に、シェアハウスのような居住形態に対してどういった取り扱いになるのかが全く不透明だったことだ。
そこで保健所側に確認をしてみたが、やはり「シェアハウスが具体的にどういう生活形態か」を保健所としても把握しきれていないのが実情だった。
私は、目安となる指針がない状態のままでは、パンク寸前の保健所も、シェアハウスの現場も制御不能になると考え、感染対策ガイドラインの草案作成に着手することを決意した。
❸|「行政を崩壊させない」──業界としてどう支えるか
他業界でも感染対策ガイドラインの策定が始まるなか、私はそれらも参考にしつつ、現場でも使え、かつ保健所の業務を過剰に圧迫しない実務的な内容を意識してガイドラインを作成していった。
特に深刻だったのが、シェアハウスで陽性者が出た場合に発生しうる“濃厚接触者の爆発的な増加”である。
一般の一人暮らし世帯であれば、濃厚接触者は家族や職場の数人程度にとどまる。
しかし、共有部を介して生活空間が重なり合うシェアハウスでは、通常の定義をそのまま適用すると、100人規模の物件では全入居者が一括で濃厚接触者と認定されかねない。
保健所からすれば、たった1件の陽性報告で100人分の健康観察・追跡・連絡業務が一挙に発生することを意味し、それはパンク寸前の保健所行政の機能を崩壊させかねない構造的リスクだった。
その負担は入居者も同様で、全く接点のない入居者の陽性報告が上がると同じ物件ということで出勤停止になったり、最悪は給与が保証されないケースだって有り得る。まさに多くの人の生活に直結する事態なのである。
私は東京都や保健所の担当者と協議を重ね、「保健所の運用上において一般住宅向けの基準をそのままシェアハウスに適用しない」方針を提案。その代わりに事業者が積極的に連絡窓口となり、入居者の健康状態を観察し、逐次保健所へ報告する体制をガイドラインに組み込んだ。
この仕組みによって、行政の判断や対応が現場情報に基づいたかたちで進められるようになり、結果として過剰な業務負担の発生も回避する狙いが機能することになる。
❹|通常手続きでは間に合わない、手順ミスは許されない。
次に連盟内の調整だ。
本来、シェアハウス連盟内での施策は、理事会へ提案してから決議を経て作業に入り、完成後も最終的な確認を得るという手順が通例だ。
しかし、当時は時間との勝負だった。私自身は手順違いが好きではない方だが、事ここに至っては理事会決議を待って作業を始めては、いつ発出されてもおかしくない緊急事態宣言に間に合わないと判断した。
私はガイドラインの草案を先に作成しながら、理事たちに「事後承認を前提とした臨時理事会」の開催を呼びかけた。

理事会の場ではすでにドラフトを完成させており、「大枠はそのまま進めたい。気になる点や文言、誤字脱字等のご指摘があれば後から修正する」というかたちで提示。
結果的に、この臨時理事会1回のみで承認を取り付けることができた。
完成したガイドラインは連盟サイトで公開後、厚生労働省および内閣府の感染症対策部門にも送付した。
そして、なんとか第一回目の緊急事態宣言には間に合ったのだ。
策定の過程で各所と事前にすり合わせていたこともあり、行政対応上の不整合もなく、社会的にも一定の信頼を得る内容となった。
また、このガイドラインは加盟事業者にとどまらず、非加盟の事業者や他団体からも参照され、ネット上でも複数の行政・業界関連ページで紹介されるに至った。
《記事の参考リンク》
・シェアハウスでの新型コロナの感染予防は?:安心R住宅推進協議会
・新型コロナウイルスの影響について(シェアハウス編):sharehouse7.com
・シェアハウス投資の今~メリット・デメリットとコロナ禍における将来性~:HOME'S 不動産投資
❺|その後の動き
長期に及ぶコロナ禍にも実際には、連盟内でさまざまな検証や取り組みが進んでいた。
一部報道ではシェアハウスでのクラスター発生が取り上げられていたが、ガイドラインの取り組みや、情報共有等の連携意識の高まりが功を奏してか、連盟加盟事業者においては、クラスターとして認定された事例は1件も確認されていない。
また、事業者間の情報交換のなかでは、陽性者の隔離先として連盟加盟の事業者共通の“待機物件”を確保しようという提案も出ていた。私はツテを使い、物件の調達までは実現したが、いざ費用分担の話になると現実的な折半負担に足並みが揃わず、この構想は立ち消えとなった(各事業者の都合もあるのでこれは仕方がない面もある)。
さらに、抗ウイルスコーティングを行う施工業者を招いた勉強会も連盟主催で開催し、加盟事業者が特別価格で対応してもらえるよう調整した例もあった。
弊社では、コロナ禍を通じて政府・自治体の発表データを逐次収集・分析し、市中感染率と自社物件の入居者感染率を比較していた。
罹患者数の週ごとの増減をもとに「そろそろ自社でも陽性者が出るだろう」という統計的予測も立てられるようになっていた。
結果として、コロナ禍を通した期間の市中感染率の約半分程度に抑えられており、注意喚起や健康観察の先回りが可能となっていた。
シェアハウスという住環境の特性に即したリスク管理と、現実的な対応を積み上げてきた結果が、現場を支えていたと今は感じている。
❻|届いた声、広がった連携
印象深い出来事がある。
静岡の永野海弁護士がWebで公開していた「新型コロナ対策支援カード」。
生活支援策が一覧で分かる優れた資料で、他のシェアハウス事業者や、その物件に暮らす入居者にとって有用だと思った。
(私は掲載されていた制度の多くはすでに把握しており、弊社の入居者には積極的に情報提供やQ&A対応も済ませていた)
連盟ロゴ入りで配布してよいか確認したところ「より多くの方に見ていただきたいと思って作っています。どうぞご活用ください。」と、快くご承諾いただいた。

このカードは実際に物件内で掲示・配布され、入居者にとって「自分は見捨てられていない」と感じられる材料のひとつになったと思う。
非常時こそ、人の姿勢が問われる。
私はこのやりとりを通じて、「立ち止まるよりも、誰かのために動こうとする人がいる」ことに嬉しく思った。
あとがき|
あのとき私が取った行動は、特別なものではなくて、ただ目の前の現場で何が必要かを考えて動いただけのことです。
でも、こうした一歩が他の誰かに届き、
「そうか、こういうやり方もあるのか」と思ってもらえたら。
さらにその先で、新たな対応や判断につながっていったならそれはもう、“私の話”ではなく、“業界の動き”になっていくはずです。
迷ったとき、何が正しいか分からないとき、
それでも誰かが動いたら──
きっと現場も、社会も、少しずつでも前に向かって進んでいく。
この記録がそのきっかけのひとつになれば、それだけで幸いです。

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