東京大仏に閻魔様 板橋区 浄土宗赤塚山慶学院乗蓮寺 私の百寺巡礼370 お江戸閻魔さま廻り34



乗蓮寺(じょうれんじ)は、東京都板橋区赤塚にある浄土宗別格本山の寺院。東京大仏があることで知られている。「東京大仏」は当該寺院の異称にもなっている。元旦には初詣で東京都民で賑わう。
応永年間(1394年 – 1427年)に了賢無的が山中村(現在の板橋区仲町)にて人々に教えを伝えるために創建したと伝えられている。その後、江戸時代の初期のころまでに板橋区仲宿に移転した。当時は孤雲山慶学院乗蓮寺と称していた。後に慶学山乗蓮寺になった。
当寺院は、郷主・板橋信濃守忠康の菩提寺になるなど人々から信仰を得ていた。
天正19年(1591年)に徳川家康から10石の朱印地が寄進され、その後も歴代の将軍から朱印地が与えられ格式ある寺院となった。また8代将軍・徳川吉宗の鷹狩の際の休憩所・お膳所としても使われた。
1973年まで寺院があったところは、現在はマンションになっている。板橋区役所前駅すぐになる。
その後も長く仲宿の地にあったが首都高速道路の建設と国道17号の拡幅により、1973年(昭和48年)に現在の赤塚の地(赤塚城二の丸跡)に移転した。山号も赤塚山と称した。
そして1977年(昭和52年)、かつて首都圏を襲った関東大震災や東京大空襲など、悲惨な震災や戦災が再び起きないよう願いを込め当寺院の代名詞にもなっている東京大仏が建立された。



こちらの閻魔様は、山門前の入口にてガラス越しに観えた。
怖い閻魔様だった。
ここしばらく、「檀家さんの法事以外、ダメ」「檀家さんにも見せません」の連続であったので、ちょっと嬉しい。





昔、赤塚城があったのがこの辺りで、二の丸跡になっている。
太田道灌ともゆかりが深い。
下総の国での下剋上から江戸に逃れてきた千葉たねかたの子供たちを太田道灌は保護。 千葉これたねに赤塚城を与えて保護した。
そんな経緯のあるお城でもある。

行くまで下調べをよくしなかったもので。。。
何しろ、閻魔様廻りしか頭になかった。
ここの大仏は阿弥陀如来像。坐像で青銅製の鋳造大仏としては奈良・東京都日の出町・鎌倉に次ぐ日本で4番目の大きさとなる。
全然知らなかった。
こんなに大きい物とは・・・
観光客もかなり来ていた。
歩いてすぐに埼玉県!のイメージだったもので・・・
迫力がある。

本堂の横を彩る河津桜。今だけの楽しみ。










文殊菩薩に手を合わせると、沈丁花の良い香りがした。
庭園も素晴らしいものであった。
歩いてすぐの場所に赤塚城跡もあり、今、知ったのだが、こちらのお寺には私の大好きな植村直己さんのお墓があるのだとか。
かなりのショックや。
又、来るとしよう。
沈丁花 文殊菩薩の 香り増し

浄土宗赤塚山慶学院乗蓮寺
板橋区赤塚5-28-3
都営線西高島平駅or東武東上線成増駅より徒歩20分
