着物と「名前のない色」
着物を見ていると、時々色の説明に困ることがあります。
「これは何色ですか?」
と聞かれても、
ピンクとも違う。
紫とも違う。
灰色とも違う。
一言では表せない色があるのです。
もちろん和の色には美しい名前があります。
灰桜。
薄葡萄。
利休鼠。
鳥の子色。
昔の人は色にたくさんの名前をつけました。
けれど私は、それでもなお名前のない色があるように思うのです。
夕暮れの空の色。
雨上がりの葉の色。
朝霧の向こうの山の色。
言葉にしようとすると、少しこぼれてしまう色があります。
着物にもそんな色があります。
光によって見え方が変わる色。
曇りの日と晴れの日で表情が変わる色。
写真に撮ると実物と違って見える色。
だから私は着物の色を見ていると、不思議な気持ちになります。
色というのは、本当は名前よりもずっと自由なものなのかもしれないと。
考えてみれば、人の気持ちも似ています。
嬉しいとも違う。
悲しいとも違う。
寂しいとも違う。
言葉にならない感情があります。
子どもの成長を見守る時の気持ち。
懐かしい場所を訪れた時の気持ち。
好きだった人を思い出す時の気持ち。
どれも一言では表せません。
それでも確かに存在しています。
色も同じなのかもしれません。
名前がなくても存在する。
言葉にならなくても美しい。
私は着物を通して、そんなことを教わっている気がします。
現代は何でも分類されます。
白か黒か。
好きか嫌いか。
正しいか間違いか。
けれど世の中には、その間にあるものがたくさんあります。
そして本当に美しいものは、その曖昧な場所に宿っていることが少なくありません。
着物の色を眺めていると、
昔の人はそれを知っていたのではないかと思うのです。
だからたくさんの色の名前を作りながらも、
最後は名前だけでは表せない世界を楽しんでいた。
私はそんな気がしています。
着物には今日も、名前のない色が静かに息づいています。
そして私は、その色をうまく説明できないまま、
ただ美しいなと思うのです。

