#471 『飛鳥・藤原の宮都』が世界遺産に!~19の遺跡でたどる日本国家の誕生~
2026年7月26日、奈良県の「飛鳥・藤原の宮都」がユネスコ世界文化遺産に登録されることが決定しました。
奈良県にはすでに「法隆寺地域の仏教建造物」や「古都奈良の文化財」がありますが、新たな世界遺産が加わることになります。
世界遺産と聞くと、「原爆ドーム」や「厳島神社」といった、一つの建造物を思い浮かべた人もいるかもしれません。
しかし、今回世界遺産となったのは一つの建物ではありません。
19の構成資産が一つの世界遺産として登録されたのです。
なぜ、これほど多くの遺跡が一つの世界遺産になったのでしょうか。
その理由は、この19の構成資産が、日本に中央集権国家が成立していく過程を、一つの地域で連続してたどることができる貴重な遺産だからです。
世界遺産のテーマは「日本という国家が生まれるまで」
今回登録された19の構成資産は、大きく3つのグループに分けられます。
宮殿・官衙跡(政治)
仏教寺院跡(宗教)
古墳(王権・墓制)
つまり、
政治・宗教・文化
という国家に欠かせない要素が、どのように発展していったのかを一つのストーリーとして見ることができる世界遺産なのです。
また、この世界遺産は飛鳥村だけにあるわけではありません。
明日香村、橿原市、桜井市など複数の自治体に構成資産が点在しており、「一つの建物」ではなく、「古代国家が形成された地域全体」が評価された点も特徴です。
① 宮殿・官衙跡―政治の中心が形づくられていく
最初のグループは、政治の中心となった宮殿や役所の跡です。
登録されたのは、
飛鳥宮跡
飛鳥京跡苑池
飛鳥水落遺跡
酒船石遺跡
藤原宮跡
の5件です。
飛鳥宮は、歴代天皇によって何度も建て替えられながら政治の中心として使われました。
そこから分かるのは、日本の政治制度そのものが少しずつ整えられていったということです。
そして、その集大成とも言えるのが藤原宮です。
藤原宮を中心とする藤原京は、日本で初めて本格的に整備された都城でした。
中国・唐の都「長安」を参考に碁盤目状の都市計画が採用され、その後の平城京や平安京へと受け継がれていきます。
豪族の館を中心とした政治から、国家が整備した都へ。
この変化は、日本が中央集権国家へ成長していく大きな一歩でした。
② 仏教寺院跡―仏教が国家を支える存在になる
二つ目は、仏教寺院跡です。
登録されたのは、
飛鳥寺跡
橘寺跡
山田寺跡
川原寺跡
檜隈寺跡
大官大寺跡
本薬師寺跡
の7件です。
最も有名なのは飛鳥寺でしょう。
飛鳥寺は蘇我馬子によって建立された、日本最古の本格的な仏教寺院とされています。
当初、仏教は大陸から伝わった新しい宗教でした。
しかし次第に国家を支える存在へと変わっていきます。
その象徴が大官大寺です。
国家によって建立された大寺院であり、仏教が政治と深く結び付いていたことを示しています。
また、本薬師寺跡は、後に平城京へ移転する薬師寺の始まりの地です。
寺院の配置を見ても、日本の国家形成とともに仏教が発展していったことが分かります。
③ 古墳―天皇の墓も変化していった
三つ目は古墳です。
登録されたのは、
石舞台古墳
菖蒲池古墳
牽牛子塚古墳
天武・持統天皇陵古墳
中尾山古墳
キトラ古墳
高松塚古墳
の7件です。
まず有名なのが石舞台古墳です。
巨大な石室が現在も残り、蘇我馬子の墓と考えられています。
これは古墳時代以来の伝統的な墓制を受け継ぐ代表例です。
しかし時代が進むと、墓にも大きな変化が現れます。
牽牛子塚古墳や天武・持統天皇陵古墳では、八角墳という新しい形式が登場しました。
さらに、キトラ古墳や高松塚古墳には、美しい壁画が描かれています。
高松塚古墳の「飛鳥美人」や、キトラ古墳の四神・天文図は、歴史の教科書でもよく紹介されています。
古墳は単なるお墓ではなく、王権の変化や文化の発展を伝える重要な資料でもあるのです。
なぜ世界遺産になったのか?
今回登録された19の構成資産は、それぞれ単独でも歴史的価値があります。
しかし、本当に評価されたのは、
宮殿・寺院・古墳を通して、日本に中央集権国家が成立していく過程を、一つの地域で連続して見ることができること
でした。
宮殿が整備され、
仏教寺院が建てられ、
天皇の墓の形も変わっていく。
これらをたどることで、豪族中心の社会から律令国家へと発展していく歴史が見えてきます。
世界遺産になったのは、一つ一つの遺跡だけではありません。
日本という国家が誕生していくストーリー全体が、世界的にも貴重な価値を持つと評価されたのです。
おわりに
「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産に登録されたと聞くと、「新しいお寺が世界遺産になったのかな」と思う人もいるかもしれません。
しかし実際には、19の構成資産が一つになって、日本という国家が形成される過程を伝える世界遺産でした。
奈良といえば東大寺や法隆寺を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、そのさらに前には飛鳥・藤原という時代がありました。
そこには、日本で初めて本格的な都が築かれ、仏教が国家に取り入れられ、中央集権国家が形づくられていく歴史が残されています。
今回の世界遺産登録をきっかけに、「一つの寺院を見る」のではなく、「日本という国家が生まれた舞台」を訪ねるという視点で奈良を歩いてみると、これまでとは違った歴史の面白さが見えてくるかもしれません。
【目次】
【参考】
