#453 なぜ北海道だけ「県」ではなく「道」なのか?
日本は47都道府県で構成されています。
・東京都
・大阪府・京都府
・43の県
・北海道
東京都は首都だから「都」。
大阪府と京都府は、かつて重要な都市だったため「府」。
このあたりは何となくイメージできる人も多いでしょう。
でも、北海道だけは
「道」
です。
なぜでしょうか。
日本には47都道府県がありますが、
北海道だけ名前の由来が少し特殊です。
実はこの「道」という名前には、日本の歴史と北海道開拓の歴史が深く関わっています。
都道府県とは何か
現在、日本には
・1都(東京都)
・1道(北海道)
・2府(大阪府・京都府)
・43県
があります。
これらをまとめて
都道府県
と呼びます。
現在では行政上の役割はほぼ同じです。
北海道だから特別に権限が大きいというわけではありません。
では、なぜ名前だけ違うのでしょうか。
北海道は最初から「道」ではなかった
実は、北海道は最初から北海道という名前ではありませんでした。
江戸時代までは、
蝦夷地(えぞち)
と呼ばれていました。
当時、この地域にはアイヌの人々が暮らし、和人(本州の人々)が住む地域は限られていました。
幕府も本州ほど直接統治していたわけではありません。
つまり、現在の北海道は、
日本の中でも特別な地域
として扱われていたのです。
開拓使とは?
大きな転機となったのが明治維新です。
1869年、明治政府は蝦夷地を
北海道
と改称しました。
同時に設置されたのが
開拓使(かいたくし)
です。
開拓使とは、
北海道の開拓や行政を担当するためにつくられた特別な役所です。
主な仕事は、
・道路や港の整備
・農業の振興
・移住者の受け入れ
・町づくり
などでした。
現在の北海道庁よりも、開発と行政の両方を担う組織だったと言えます。
明治政府は北海道を本格的に開発するため、多くの人々を本州から移住させました。
北海道庁が誕生する
1882年、開拓使は廃止されます。
その後、
・函館県
・札幌県
・根室県
という3つの県に分かれました。
しかし、この体制は長く続きませんでした。
行政の効率が悪かったため、1886年に3県を統合し、
北海道庁
が設置されます。
ここで重要なのは、
県ではなく北海道庁
だったという点です。
つまり、
北海道全体を一つの行政単位として管理する仕組み
が採用されたのです。
「道」は昔から日本にあった
では、なぜ「道」という名前になったのでしょうか。
ここで登場するのが、
五畿七道(ごきしちどう)
です。
飛鳥時代から奈良時代にかけて、日本は
・東海道
・東山道
・北陸道
・山陰道
・山陽道
・南海道
・西海道
という「道」に分けられていました。
この「道」は道路ではなく、
広い地域区分
を意味していました。
明治政府は、新しい地域となった蝦夷地にも同じ考え方を取り入れ、
北海道
という名前を付けたのです。
つまり、
北の地域区分
という意味だったのです。
なぜ今も「道」のままなのか?
現在では、
北海道も県とほぼ同じ行政機関です。
それなら、
北海道県
に変えてもよさそうです。
しかし、名前は変わりませんでした。
その理由は、
歴史的な名称として定着したから
です。
北海道という名前は、開拓の歴史とともに全国へ浸透しました。
また、
・北海道グルメ
・北海道米
・北海道新幹線
など、
「北海道」
という名称そのものが日本を代表するブランドになっています。
今さら県へ変更する理由も必要性もなかったのです。
「道」は北海道の歴史そのもの
現在では、
北海道も県と行政上の役割はほとんど変わりません。
それでも名前だけが「道」のまま残っています。
その背景には、
・蝦夷地だった時代
・明治政府による開拓
・開拓使の設置
・五畿七道という古代の制度
など、日本の歴史が詰まっています。
私たちは普段、
「北海道」
という名前を当たり前のように使っています。
しかし、その「道」という一文字には、
日本が北の大地をどのように開拓し、行政制度を築いてきたのかという歴史そのものが刻まれているのです。
【目次】
【参考】
