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#161 西日本と東日本で「どん兵衛」の味が違うのはなぜ?

実は、「どん兵衛」は東日本と西日本でだしの味がまったく違っています。

SNSなどでも時々話題になりますが、これは、東日本と西日本では、うどんのだし文化そのものが違うためです。

では、なぜ同じ料理なのに東日本と西日本で味が違うのでしょうか。

その背景には、江戸時代から続く歴史や物流の事情が関係しています。

どん兵衛は東日本版と西日本版で何が違う?

日清食品のどん兵衛には、主に東日本向けと西日本向けの2種類があります。

東日本版は、濃い色のつゆが特徴です。主にかつお節をベースとした力強い風味で、しょうゆの色も濃くなっています。

一方、西日本版は、昆布だしを効かせた上品な味わいです。しょうゆの色も比較的薄く、見た目も透明感があります。

以下の記事ではその違いを感じることができます。

※ちなみにどん兵衛には「北」もあります。

実際に並べてみると、同じ商品とは思えないほど色合いが異なります。

原材料も微妙に違っており、東日本版はかつおだしを強めに、西日本版は昆布だしを強めに使用しています。

つまり、どん兵衛は地域ごとの食文化に合わせて味を変えているのです。

東日本はかつお、西日本は昆布

では、なぜこのような違いが生まれたのでしょうか。

その理由の一つは、それぞれの地域で手に入りやすい食材が異なっていたことです。

北海道では古くから昆布が大量に採れました。しかし当時の主要な消費地は京都や大阪でした。

江戸時代、北前船と呼ばれる航路によって北海道の昆布が日本海側を通って上方(現在の関西地方)へ運ばれるようになります。

その結果、京都や大阪では昆布を使っただし文化が発達しました。

一方、江戸では事情が異なります。

江戸の近海ではかつおが多く水揚げされていました。また、保存性を高めた「かつお節」の生産も盛んになります。

そのため江戸では、かつお節を使った香りの強いだし文化が広がっていったのです。

こうして、

・関西=昆布だし

・関東=かつおだし

という地域差が生まれました。

東西で醤油も違う?

東西で違うのはだしだけではありません。実は、醤油にも東日本と西日本で大きな違いがあります。

関東では濃口しょうゆ、関西では薄口しょうゆが主流です。
関東のうどんつゆの色が濃く、関西のつゆが透明感のある色をしているのは、この違いも関係しています。

では、なぜ東西で使われるしょうゆが違うのでしょうか。

その背景には、江戸時代の食文化があります。

江戸では人口が急増し、職人や商人など忙しい人々が多く暮らしていました。そのため、魚やそばによく合う濃い味付けが好まれ、現在の千葉県にある野田や銚子で生産された濃口しょうゆが広く普及しました。

一方、関西では北海道から運ばれた昆布を使っただし文化が発達していました。特に京都では、だしの風味や食材本来の色合いを大切にする料理文化が根付いていたため、色の薄い薄口しょうゆが好まれるようになりました。

なお、「薄口醤油」は味や塩分が薄いという意味ではありません。
実は塩分は濃口醤油より高めで、色だけが薄いのが特徴です。

東西のうどんつゆの違いは、だしだけでなく、このような醤油の歴史や食文化の違いによって生まれているのです。

江戸時代の文化が今も残っている

興味深いのは、こうした違いが現代まで残っていることです。

交通網が発達し、全国どこでも同じ食材が手に入るようになった現在でも、地域ごとの好みは簡単には変わりません。

例えば、

・関東の人は「関西のうどんは薄すぎる」と感じる

・関西の人は「関東のうどんはしょっぱい」と感じる

といったことがあります。

実際、食品メーカーの多くは、地域によって味付けを変えています。

どん兵衛だけでなく、カップ麺やインスタント食品、さらにはコンビニのおでんなどでも東西で味が異なる場合があります。

それだけ人々の味覚には、長い歴史の中で育まれた地域文化が根付いているのです。

身近な食べ物にも歴史がある

普段何気なく食べているうどん。

しかし、そのだしの味をたどっていくと、江戸時代の物流や地域ごとの食文化に行き着きます。

北海道の昆布が大阪へ運ばれ、江戸ではかつお節文化が発展した。

その結果として生まれた東西の違いは、数百年経った現在でも私たちの食卓に残っています。

どん兵衛の味の違いは、単なる商品戦略ではありません。

そこには、日本人が長い時間をかけて育んできた食文化の歴史が詰まっているのです。

次にどん兵衛を食べる機会があれば、ぜひパッケージの地域表示にも注目してみてください。

いつもの一杯が、少し違って見えるかもしれません。

【目次】

【参考】


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