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#445 なぜイングランドはサッカー発祥の国なのか?

ワールドカップやプレミアリーグを見ていると、

「サッカー発祥の国はイングランド」

という言葉を耳にすることがあります。

イングランドはワールドカップ優勝経験もある世界有数の強豪国です。

しかし、ブラジルのように圧倒的な優勝回数を誇るわけではありません。

それでも世界中で

「サッカー発祥の国」

と呼ばれているのはなぜなのでしょうか。

実は、サッカーの原型となる遊びは世界各地に存在していました。

それでもイングランドだけが発祥の国とされるのは、

現在のサッカーのルールを世界で初めて整えた国だから

です。

その背景には、学校教育や産業革命など、イングランドならではの歴史がありました。

古代にも「サッカーのような遊び」はあった

まず知っておきたいのは、

イングランドが世界で初めてボールを蹴った国ではない

ということです。

例えば、

・古代中国の「蹴鞠(しゅうきく)」
・日本の「蹴鞠(けまり)」
・古代ローマの球技
・中南米の球技

など、ボールを使った遊びは昔から世界各地に存在していました。

ただし、日本の蹴鞠は相手と勝敗を競うスポーツではなく、ボールを落とさずに蹴り続けることを楽しむ遊びでした。

つまり、

「ボールを蹴る文化」と「現代サッカー」は別の話

なのです。

「敵兵の首を蹴った」が起源という伝説

サッカーの起源として、よく紹介される有名な話があります。

それは、

戦いで勝利したイングランドの人々が、敵兵の首を蹴って遊んだことが始まりだった

という伝説です。

特に、デーン人との戦いのあとに敵兵の首を蹴ったという逸話が語られることがあります。

ただし、この話は歴史的に事実と確認されているわけではありません。

現在では、

サッカーの起源にまつわる有名な伝承の一つ

として紹介されることが一般的です。

こうした伝説が生まれるほど、昔からイングランドにはボールを蹴る文化が根付いていたことがうかがえます。

中世イングランドでは危険な球技だった

イングランドでも中世には、

「フットボール」

と呼ばれる遊びが行われていました。

しかし現在のサッカーとはまったく違います。

人数制限はほとんどなく、

町中を何百人もの人が走り回り、

相手の町までボールを運べば勝ちというような内容でした。

殴る、押す、引っ張ることも珍しくなく、

けが人が続出する危険な競技だったと言われています。

あまりに危険だったため、

歴代の国王が禁止令を出したこともありました。

パブリックスクールがルールを作った

転機となったのは19世紀です。

当時のイングランドには、

パブリックスクール

と呼ばれる名門校が数多くありました。

名前だけ聞くと公立学校のようですが、実際には私立の名門寄宿学校です。

各学校ではフットボールが盛んに行われていましたが、

学校ごとにルールが違いました。

ある学校では手を使ってもよい。

別の学校では手は禁止。

ある学校では相手を倒してもよい。

別の学校では反則。

学校同士で試合をすると、

ルールが違うため試合にならなかったのです。

そこで、

「共通ルールを作ろう」

という動きが生まれました。

世界初のサッカー協会が誕生した

1863年、

イングランドで

フットボール・アソシエーション(FA)

が設立されます。

ここで初めて、

サッカーの統一ルール

が作られました。

例えば、

・手を使わない
・ゴールの形
・反則の考え方

などが整理され、

現在のサッカーの基礎が完成します。

一方、

「手も使いたい」

というグループは別の競技へ発展しました。

これが

ラグビー

です。

つまり、

サッカーとラグビーはもともと兄弟のようなスポーツだったのです。

産業革命がサッカーを世界へ広げた

ルールが完成しても、それだけでは世界中には広まりません。

そこで大きな役割を果たしたのが、

産業革命

でした。

19世紀のイングランドは世界最大の工業国となり、多くの商人や技術者、船員たちが世界各地へ渡りました。

彼らは仕事だけでなく、自国の文化も海外へ持ち込みます。

その中にサッカーもありました。

こうしてヨーロッパだけでなく、

南米やアジアにもサッカーが広がっていったのです。

ブラジルやアルゼンチンにサッカー文化が根付いた背景にも、

イギリス人の存在がありました。

サッカーはどうやって日本へ伝わった?

では、日本にはどのように伝わったのでしょうか。

サッカーが日本へ本格的に伝わったのは明治時代です。

当時の日本は明治維新を経て、西洋の文化や技術を積極的に取り入れていました。

その中で、

イギリス人教師や外国人技術者、海軍関係者などがサッカーを紹介したと言われています。

1880年代には学校教育にも取り入れられ、

東京高等師範学校(現在の筑波大学)などを中心に学生スポーツとして広まっていきました。

その後、高校や大学へと普及し、

やがて全国的な競技となります。

そして1993年にはJリーグが開幕し、

現在では日本でも最も人気のあるスポーツの一つとなりました。

つまり、日本で多くの人が楽しんでいるサッカーも、

そのルーツをたどればイングランドへつながっているのです。

なぜブラジルが世界最強になったのか

ここで少し不思議なことがあります。

発祥はイングランド。

しかし、

最強と言われるのはブラジル。

なぜでしょうか。

以前紹介した

「なぜブラジルはサッカーが強いのか?」

でも詳しく触れましたが、

ブラジルではサッカーが庶民文化として深く根付き、

子どもの頃からボールに触れる環境が広がりました。

つまり、

発祥の国と最強の国は必ずしも一致しない

のです。

イングランドは「ルール」を作った国だった

現在、世界中で最も人気のあるスポーツとなったサッカー。

そのルーツをたどると、

イングランドの学校教育と産業革命へたどり着きます。

イングランドは最初にボールを蹴った国ではありません。

しかし、

世界中の誰もが同じルールでプレーできる仕組みを初めて作った国

でした。

だからこそ、

イングランドは

「サッカー発祥の国」

と呼ばれているのです。

私たちがワールドカップで見ている試合も、

明治時代に日本へ伝わったサッカーも、

その原点は160年以上前にイングランドで作られたルールにあります。

スポーツの歴史をたどると、

学校教育や産業革命、そして日本の近代化までつながっていることが見えてくるのです。

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