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第49回 “ボス”と呼んだ日——俺が、人生を託した日

M&A本契約直前(捺印前)。
俺は自分の中にあった最後の迷いを、まっすぐぶつけた。

この1年、本音をぶつけ合うことは何度もあったけど、
あくまでもそれは仲介会社を通しての話。

仲介会社はあくまで仲介会社の仕事をしてくれる。双方が成約になるように言葉がマイルドになっちゃう傾向があるんだな。


だからこそ“今日このタイミング”でしか言えない言葉ってあるじゃん?

別に破断したいわけじゃない。一緒にできる事が1番良いよね。でも市場の厳しさを理解してもらって、ナンバーワンになる。

そのくらいの覚悟をもって一緒に事業をしたいと思ってる。

だからこそ、俺はこう言った。

「僕たちは、本当に御社のリソースを活かしきれるか、正直まだわからない部分もあります」
「うちの会社、7年やってきたとはいえ、今まさに売上が下がっている。
このままM&Aしても、すぐに成果を出せる保証なんて…ないです」

「それでも、本気で変わりたいと思ってます。だから、本当に、僕たちで大丈夫ですか?」

言いながら、思った。

これって、もう“プロポーズ”だよね。
「俺でいいの?」って聞いてるわけだから。
あとはもう、「Yes」って返してもらうだけ。

でも、それならM&Aをやらない!
そう言われても構わない。
本気でそこまで思っていた。

それほどまでにメインプロダクトの市場は壊滅的になっていたんだ。

M&Aの理由は俺の仕込み中プロダクトに興味があるからだが、売上の大半はメインプロダクトに頼っているのが現状。

でもさ。

その“返事”が、まさかここまで沁みるとは思ってなかった。


買手代表の“あの一言”で、全部が報われた

代表は、すっと微笑んだ。

ちょっと口元がほころんで、それから目を細めて、
まるで俺の全部を受け止めるように、優しい声でこう言った。

「社長の会社は、本当に素晴らしいです」
「7年間、きっと色んなことがあったと思います。
それでもメインプロダクトで黒字を出し続けて、会社を育て、社員を守ってきた。その努力は、簡単に真似できることじゃない」

「今、数字が厳しいのも事実でしょう。本音を言えば1円でも利益が出ている状態が望ましい。でも——だからこそ、うちがいるんです。」
「僕たちにはサブプロダクトを加速させるリソースがある。サービスもある。それを遠慮せず、思い切り使ってください。」
「そして社長——あなたはいつだって誠実に、うちにマイナス面まで全部伝えてくれました。」
「だから、わかるんです。あなたが、どんな人なのか。そして、あなたの会社がどれだけ素敵な場所なのか。」

その言葉を聞いた瞬間、心がズキュンって鳴った。
そして代表が続けた。

現状が理解できていない部分もあります。ぜひ僕たちスタッフにまずは御社のビジネスを教えてください。
そして無事にクロージングが終われば飲みにいきましょう。
お互い裸になって話してみましょう。

やばい、泣きそう。

いやいや、ちょっと待て、俺もう40代後半よ?
しかも相手は50代のおじさんだぞ?
ここで泣いたら、まるで人情ドラマの最終回じゃん!

でも、こらえきれなかった。


“膝を握りしめて泣くおじさん”、爆誕

俺はもう、無意識に両膝をギュッと握ってた。
膝が白くなるくらい力を入れて、上を見上げた。
なんとか、涙が出ないように。

天井って、こんなに神々しかったっけ?
照明の光、ありがとう。直視してたらなんとか耐えられた。

でも、心の中では、もう号泣。

「この人は、俺の人生を信じてくれてる」
「詐欺じゃない。嘘じゃない。もしこれが全部本気だとしたら——俺、この人のために人生かけなきゃダメだ」

ほんと、思った。

この人はいい人だ。

7年、必死で走ってきた俺が、
最後に出会ったこの人に、全部、預けていい。そう思えた。

俺の選択は間違ってない。


いよいよ、“その瞬間”が来た

契約書は目の前にある。
あれだけ何度も読み返して、修正して、弁護士とディスカッションしまくったあの書類。

もう穴が開くほど読んだ。
内容に、嘘はない。リスクはあるけど、覚悟もある。

全てを伝えた。
ブレイクになる。
それでも良いと覚悟した。

もう何も捺印をしない理由なんてない。

仲介会社の代表が、優しく促す。

「では、最終確認が済んだので、捺印をお願いします」

俺は、迷わなかった。

ハンコを取って、
相手の社長の方を見て、静かに言った。

「ボス、これからよろしくお願いします」


“ボスって(笑)”——笑顔の中に、信頼があった

代表は笑った。
ちょっと吹き出しそうになりながら、こう返してきた。

「ボスって(笑)……いいですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

その一言に、全部詰まってた。

優しさも、期待も、これから始まる“新しい物語”の予感も。

そして——俺は、代表取締役社長人生が終わる書類にハンコを押した


捺印。

ガチャン、という音はしなかったけど、
俺の中では、雷みたいに響いた。

「これで俺は、代表取締役じゃなくなる」
「でも——違う形で、また会社を支える一員になる」

それって、終わりじゃない。
新しい挑戦の始まり。


この旅の、そしてこの物語の——続きは、まだ先にある

契約は終わった。

でもクロージングはこれから。
まだお金は入ってないし、株式譲渡もこれからだ。

そして——

このあとの波乱も、まだ何も知らない俺がいた。

でも今だけは、この静かな幸福を噛みしめたい。

俺の旅は、終わらないと思っていたが
どうやら一旦の終わりを迎えたようだ。

それはきっと、俺の人生が“物語”である限り、ずっと続くんだと思う。

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