教えようとすればするほど、子どもの心が離れていく|「教える」を手放す決意
教員なのに、自分の子育てがうまくいかない
ある日の夜、当時3歳の息子と一緒に偶然目にした、海外のパトカー紹介動画。キャラクターが、パトカーを指さしながら、police carと何度も発音するので、英語でパトカーをそのように呼ぶのだと理解したようでした。その流れで、「しょうぼうしゃってなんていうの?」「きゅうきゅうしゃは?」子どもがそう聞いてきた瞬間、私は、心の中で、大きくガッツポーズをしました。
「よし、いいぞっ!ついに英語に興味を持った!この時のために、地道な種まきをしてきたのだ」と。しかし、私のお腹に力が入った瞬間、「やっぱりいいや」と息子。この機会を逃してなるものか、と“fire engine”“ambulance”と紹介すると、「いやっ!もうやらない!」と、拒否。諦められずもう一度、と口を開きかけると、こちらをにらむように見ながら、私の口を両手で覆いました。「もういい」。私が何の気なしにいう言葉には、嬉しそうに反応します。しかし、「お?チャンスか?」と「先生心」がムクムクっと出ると、途端に、「やらないっ!」ものすごく敏感なセンサーです。それ以来、私がこっそり英語版を選択して見せていた人気アニメも頑なに見なくなりました。
現場で身につけたスキルが、家庭では邪魔になる現実
私は、6年間、教諭として勤めました。その後、習い事教室でも、4年間子どもたちのレッスンを持ちました。10年の間に、指導に直接携わったのは、2歳をのぞく、0歳~17歳。「子ども」期を、実際の子どもたちと一通り経験しました。「子育ての予習は十分できた」と自信を深め、満を持して子育てを始めました。自分で教えられるスキルがあることは、大きなメリットだと思っていました。しかし、私が意気込めば意気込むほど、一事が万事、冒頭のエピソードのような展開になってしまったのです。
「先生の言うことなら聞くんです」は本当だった
勤めていた頃、保護者から、度々、「先生の言うことなら聞くんです」というお言葉を頂戴していました。当初はお世辞かなと思っていました。経験年数が上がっていくにつれ、「伝えるコツを私が知っているからかも」という奢りに変わっていきました。しかし、母になって、これまでの保護者と同様の嘆きの言葉を漏らすことになります。教員時代、子どもとのコミュニケーションが上手にできていたはずの私が、我が子には常に苦戦。私の授業力があったから、生徒が話を聞いていたのではなかったのだと、実感せざるを得ませんでした。
社会性を身につける前の子どもは、どこでも同じように無邪気にふるまうものと思っていました。ところが、実際には、0歳は0歳なりに、3歳は3歳なりに、内と外を使い分けます。そして、外で頑張った日であればあるほど、家ではその緊張をほぐすかのように、癇癪などがひどくなりました。または、ただひたすらに抱っこをせがむ夕方もありました。そして、幼稚園が始まったり、本人の希望で習いごとを始めたりすると、内と外の違いがますます顕著になりました。
家庭では再現しづらいおともだち効果
教育と保育とでは違うからこんなにギャップを感じるのだろうか。子育て支援センターで出会った、育休中の保育士ママさんたちにもお話を聞きました。彼女たちも、自分の子どもを家で育てるのは別物だと、異口同音に口にしました。何より違うと話題になったのは、お友だち効果です。教育現場にいると、つい、大人が子どもたちを育てている気になってしまいます。しかし、子どもたちは、周囲のお友だちたちから大きな影響を受けて、育っていたのです。
そのような要素がない環境で、「教える」だけを家庭に持ち込んだらどうなるでしょうか。うまくいかないのは、当然だったのです。実際に、二人目が生まれ、成長してくるにしたがって、似たような効果を実感しています。一人目の育児を軌道に乗せる道のりは、本当に大変でした。しかし、下の子は、上の子を真似しながら、年齢以上の動作に果敢に挑戦し、身につけていきます。たった一人、同年代の子どもがいるだけでこんなにも違う。まして、さまざまな得意を持ったお友だちがいたら……影響は計り知れません。
解決の糸口は、かつての教え子の保護者の言葉にあった
子育てが何だかうまくいかない。どうしたらいいかと思案しているときに、かつての教え子の保護者の顔が何人か思い出されました。担当した生徒150人ほどの保護者には、ご家庭での様子や取り組み方を定期的にお伺いしていました。のびのび楽しそうに教室に通い、力を着実につけていくお子さんのおうちの方には、共通の特徴がありました。それは、習慣づくりを大事にしていることと、ご自身では教えないことでした。「うまくいかない」のは、自分の教員としてのスキルを家庭に全振りしていたからではないか。この仮説に唖然としつつ、居ても立っても居られなくなりました。
その足で、教員仲間の先輩ママ数人に話を聞いてみました。「自分でやると、どうしても熱が入りすぎて、子どもとギスギスした関係になってしまう」「子どもの『好き』を育てるために、思い切ってお願いした」などの声。親がすべてを指導するには時間が足りなくて、外に習いに行かせているのだろうという推察が、崩れました。子に寄り添う親であれるよう、「上下の関係」になりやすい指導の場を、家庭の外部に切り離していたのです。
「教える」を手放し、「育てる」に全振りする
教えるプロとして我が子と接する姿勢を手放し、母として育てに関わるという方向転換。もう、家では先生にならない。当初は、苦渋の決断でしたが、親子の絆を優先したことで、少しずつ、家庭がまあるい雰囲気になってきています。こうやって一歩一歩、子どもが自走するまでを伴走する子育てをしていきたいと思っています。
