一生やらないと思っていたゴルフを、上司の「善意」で始めることになった話
1. ゴルフとは「おじさんの社交ツール」だと思っていた
白状すると、私はゴルフというものを完全に舐めていた。
平日の疲れを癒すべき貴重な休日に、早朝から高速を飛ばし、金を払って芝生の上を歩き回り、小さな球を穴に入れるためだけに一喜一憂する。しかも道具一式は平気で十万円を超え、プレー代、練習代、ウェア代と、財布に空いた穴から金が漏れ続ける。あれは接待と社交のために最適化された「大人の税金」であって、少なくとも私の人生のロードマップには存在しない競技だった。一生やることはない。そう確信していた。
その確信は、友人からの「打ちっぱなし行かね?」という軽いLINE一通で崩壊することになる。
2. 初心者の「まぐれ当たり」という麻薬
連れて行かれたのは、郊外によくある打ちっぱなし練習場だ。夜のネットに向かって、無数のおじさんたちが黙々と球を打ち込んでいる。あの独特の「カキン」という金属音が絶え間なく響く空間は、初見だと少し宗教施設めいて見える。
誘ってきた友人は、高校から大学までゴルフに打ち込んできた男で、聞けば割と上手い部類らしい。その男に握り方から立ち方まで、言われた通りに体を動かしてみた。
ここで私の運動履歴を開示しておくと、小中と野球(ただし中学は3年間フル補欠)、高校はソフトテニスで団体戦メンバー入り、個人戦もそこそこ、という微妙に威張れないラインナップである。「運動神経が良い」と言い切るには実績が足りず、「悪い」と自虐するには往生際が悪い。そんな中途半端な男が、人生で初めてゴルフクラブを振った。
結果、飛んだのである。結構いい感じに。
自分の手から放たれた球が、夜空に向かって糸を引くように伸びていく。芯を食った瞬間の、手に何も残らないような不思議な打感。あれはまずい。完全に脳汁が出た。野球で補欠だった男の脳内で、眠っていた何かの回路が何年かぶりに火を噴いた瞬間だった。
冷静に考えれば、経験者が横についてマンツーマンで矯正してくれた上での「まぐれ当たり」である。だが人間、気持ちよかった記憶だけは都合よく編集して保存する生き物だ。私はその夜、「もしかして自分、才能あるのでは?」という初心者が必ず罹患する病を、しっかり発症して帰宅した。
3. 翌日、ゴルフバッグを担いで出社してきた上司
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