「ご安全に!」の背景にあるもの。形骸化する標語に魂を吹き込もう
ここ最近、少しバタバタと過ごしていました。
実は、以前お会いしたこともある友人の会社のキーマンが、不慮の事故に遭われてしまったんです。非常に優秀で、現場の要となっていた方。その方が不在の間、微力ながら僕も仕事のお手伝いをしていました。
事故そのものについて、第三者である僕がどうこう言うつもりはありません。ただ、その方がいない現場を守りながら、「安全や健康は、失ってから初めてその本当の価値に気づく」という、当たり前で、でも残酷な現実を改めて感じました。
……なんて格好いいことを言いつつ、僕自身もこないだ牡蠣に当たったばかり。改めて、普通に過ごせること、のありがたさを噛み締めたばかりです。
「形骸化」という名の罠
例えば、現場系の仕事に携わっていると、「ご安全に!」という挨拶や、壁に貼られた安全標語をよく目にします。
会社、団体、学校……。どんな組織にも、行動指針やスローガンのようなものがありますよね。
でも、それらの言葉が「空気」のようになっていないですかね。
毎日目にし、口にしているうちに、いつの間にか魂が抜け落ちて、単なる「音」や「記号」に成り下がり、形骸化している怖さがあります。
標語の後ろの想い
なぜ、その言葉が選ばれたのか。
「ご安全に!」という短い言葉の裏には、かつて起きた悲しい事故への反省や、二度と繰り返さないという切実な願い、などが込められていると思います。
安全に関する標語だけでなくて、社訓も、校則も、私たちが掲げる「指針」のには、始まりの物語や背景があるでしょう。
忙しさに追われていると、どうしても表面的な効率ばかりを追ってしまいますが、そんな時こそ一呼吸置いて、その言葉が決められた背景や思いを想像したいなと思いました。
少し話しがあっちこっちに行きましたが、とにかく、皆さん、今日も一日、ご安全に!
