AIが当たり前になってきた、最近の違和感
最近、AIを使うのが当たり前になってきました。
たぶん、そう感じている人は多いと思います。
仕事でも、調べ物でも、ちょっとした文章でも、
「とりあえずAIに聞く」が自然になってきた。
それ自体は便利だし、助かってもいる。
そんな中で、ブログを書いていて、ふと思うことがあります。
AIのことを書いているはずなのに、AIについて説明する文章が減ってきました。
使っていないわけではありません。
むしろ、かなり使っています。
ネタを考えるときも、言い回しに迷ったときも、この一文どうしようかな、と思ったときも、普通にAIを開いています。
ただ、そのことを、いちいち「AIを使って」と書かなくなりました。
これが良いことなのか、それとも少し危ないことなのか。
正直なところ、まだはっきりとは分かっていません。
前は違いました。
AIを使う、という行為そのものに、ちょっとしたイベント感がありました。
「おお、そんな返し来るのか」
「それは思いつかなかった」
「これはさすがに使えないな」
一つ一つに、ちゃんと反応があった。
だから文章の中にも、そのままAIが登場していた。
AIを使った、という事実自体が、そのまま記事のネタになっていました。
使うことが、まだ少し特別だったんだと思います。
今は違います。
AIに投げて、返ってきて、直して、進む。
それが当たり前の工程として、溶け込んでいます。
たとえば文章を書いていて、途中で少し詰まったとします。
昔なら、コーヒーを飲むか、一度席を立つか、無理やり続きを書くか。
いずれにしても、しばらく止まる時間がありました。
今は、とりあえずAIに投げます。
返ってきた案を見て、「これは違うな」と思うことも多い。
でも、その「違う」が分かるだけで、次に進めてしまう。
これ、便利です。本当に。
書くスピードは上がっていますし、手も止まりにくい。
ただ、たまに思います。
この進み方に、自分はちゃんと納得しているのかな、と。
書き終わったあとに残る感触が、前と少し違うのです。
頑張った、というより、ちゃんと処理した、に近い。
別に悪いわけではありません。
疲れも少ないし、効率もいい。
ただ、「ああ、書いたなあ」という、あの妙な余韻が薄い。
前は、書き終わったあとに少しだけ疲れていました。
その疲れが、ちゃんと向き合った証拠みたいに感じられた。
今はその疲れがない分、軽いけれど、どこか物足りない。
文章を書くという行為には、もともと抵抗がありました。
言葉が出てこない。
うまくまとまらない。
その抵抗を押しのけて、なんとか形にする。
その過程に、書くことの手応えがあったんだと思います。
でも今は、その抵抗が減っています。
AIが、引っかかっていた部分を、するっと通してくれる。
だから進む。
だから楽。
その楽さが悪いわけではありません。
ただ、その楽さが、同時に何かを薄くしている気もします。
この感覚を説明しようとすると、どうしても大げさになりがちなので、
普段はあまり深掘りしないようにしています。
AIに依存している、とか。
人間がダメになる、とか。
そういう話をしたいわけではありません。
普通に使っているだけです。
スマホと同じです。
でもスマホも、最初は「すごい道具」だったはずなのに、
今では無いと困るくせに、存在自体はあまり意識していません。
AIも、そのルートに入り始めている気がします。
ブログを書くという行為も、少しずつ変わっています。
AIをテーマにした記事を、これまでたくさん書いてきましたが、
それらが否定されるものだとは思っていません。
その時その時で、ちゃんと感じていたことを書いてきただけです。
ただ、今は「AIについて何を書くか」よりも、
「AIがいる状態で、どう考えているか」のほうが気になる。
AIが前に出る話より、後ろにいる話。
気づくと横にいる、くらいの距離感。
これ、記事にすると地味です。
盛り上がりもないし、結論も弱い。
でも、今の感覚としては、たぶん一番近い。
最初の頃は、AIを使うたびに驚きがありました。
こんなこともできるのか、と。
今は、できることが分かっているから、驚きは少ない。
その代わり、使い方が自然になった。
自然になったぶん、意識が薄れた。
意識が薄れたぶん、書く内容も変わった。
これが進化なのか、
それとも慣れによる鈍化なのか、
まだ判断はついていません。
ただ一つ言えるのは、
AIと一緒に書いているときの自分と、
一人で書いているときの自分が、
少しずつ区別しにくくなっているということです。
どこまでが自分の言葉で、
どこからがAIに触発された言葉なのか。
境目が曖昧になっている。
それが怖いわけではありません。
ただ、少しだけ不思議です。
たとえば、今書いているこの文章も、
どこまでが自分の考えなのか、
はっきり言い切れる自信はありません。
AIに投げた言葉が返ってきて、
それを見て思いついたこともある。
逆に、AIの返しを見て「違う」と思ったから、
自分の考えがはっきりした部分もあります。
そうやって行ったり来たりしているうちに、
文章ができあがっていく。
昔は、一人で考えて、一人で書いて、一人で直していました。
今は、その途中に別の声が入る。
でもその声は、完全に他人のものでもない。
一人ではない。
でも二人でもない。
……多分、これからも書いていると思います。
#生成AI
#ChatGPT
#AIと人間
#AIとの距離感
#AI時代の思考
#文章を書く
#思考の記録
#テクノロジーと生活
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
いただいた応援は、これからも僕が言葉を綴り続けるための、大切なガソリンにさせていただきます。