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15歳の夏、初めてパニック発作が起きた日

高校1年生の7月。
いつものバスには、夏休みの予定を話す生徒たちが楽しそうに笑っていた。

そんな中、私は自宅が遠ざかっていく様子に、
妙な焦りを感じていた。

そして、学校最寄りの停留所を降りた瞬間——
形容しがたい不安に襲われた。

怖い。息ができない。動けない。

周りの学生が次々と学校に向かって歩き出す中、
私は一人、目立たないように身を隠した。

理由なんてなかった。ただただ怖かった。

漠然とした不安の中、私の足はコンビニへと向かっていた。「何か飲めば少し落ち着くかもしれない」——そんな期待があったのかもしれない。

しかし、ジュースを飲んだ後も、緊張からくる喉の渇きや、不安からくる吐き気のような感覚は治まらなかった。

「誰か助けて……」

学校に向かう勇気はない。
かといってバスで帰る自信もない。
まさに八方塞がりだった。

そんな極限状態の中、私は自然と母に電話をかけていた。

いつも通りに出かけた息子がパニック状態に陥っているとは知らない母は、さぞかし驚いたと思う。

それでも、「どうしたの?」「落ち着いて!」
思いつく限りの優しい言葉をかけてくれた。

私はその言葉に少しずつ冷静さを取り戻し、公園のベンチで休憩してから家路に着いた。


初めての発作と周囲の反応

家に帰った私は、朝起きた出来事を母に話した。

「バスから降りたら急に不安になった」
「怖くてその場から動けなくなった」

恥ずかしい気持ちと情けない気持ちが交じって、
泣きながら説明したのを今でも覚えている。

不安障害やパニック障害に対する認知度がまだまだ低い時代だったが、母は精神科のパンフレットを探し、受診を勧めてくれた。

ただ、私の両親は団塊の世代の少し下あたり。
精神科に対するイメージは決して良いものではなく、複雑な気持ちだったと思う。

不安障害やパニック障害を抱える人は、症状さえ出ていなければ健常者に見える。

だからこそ、「気の持ちようじゃないか?」「気のせいでしょ?」そんな心無い言葉を向けられるのがつらかった。

私自身も、恥ずかしい気持ちが捨てられず、友達に助けを求めることはしなかった。

25年経って振り返ると

— 25年前の私へ
あの夏のバス停で、あなたが感じた恐怖は本物。
おかしくなったわけじゃない。弱いわけでも、甘えでもない。

上手く説明できなくて、理解してもらえることも少なかったけど。それでも懸命に寄り添おうとしてくれた人がいた。

「なんでわかってくれないの?」と歯がゆい思いもたくさんしたけど、黙って耐えてきたから今の私がいる。

でも、あなたは、一人じゃなかった。
同じ思いを経験している人が、世の中にはたくさんいるよ。


「皆できるのになんで私はできないの?」
自分の情けなさを責める時期もあった。

でも、理解しようとしてくれる人は身近にいると思う。
私と同じ場所に立っている「あなた」の側にも。


パニック障害は
「人生終わった」と思うほどつらいものです。
私もそう思っていました。

でも25年後、
少し違う景色が見えています。
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