ひーちゃん86歳とWi-Fi
もう嫌になる。
本当に嫌になる。
今回のネット回線騒動である。
金曜日の17:30。
仕事を終え、保育所へ子どもを迎えに行き、帰宅しようとしていた時だった。
ひーちゃんからLINEがきた。
「YouTubeが見られないのよ」
保育所から子どもを回収し、そのままひーちゃん宅へ向かう。
ちなみに、ひーちゃんとは別居である。
しかし車で5分。
私の家からも5分。
職場からも5分。
絶妙に断りづらい距離に住んでいる。
確認すると、確かにネットが繋がらない。
ただ、その日は原因までは分からなかった。
金曜日は空手の日である。
翌日は保護者会。
アンケート集計もある。
LINE配信の準備もある。
6月から使う研修資料も作らなければならない。
当然、子どもはいる。
家事もある。
そして子ども部屋は悲惨である。
誰か一つくらい止まってくれてもいいのに、こういう時に限って全部動いている。
そのくせネットだけ止まる。
結局その日は原因が分からないまま帰宅した。
翌日、土曜日。
午前中は保護者会だった。
午後は愛麻の習い事。
その送迎の合間に再びひーちゃん宅へ向かった。
今度は腰を据えて原因調査である。
元々使っていたルーターをよく見る。
するとワイヤレスランプがついていない。
寿命かもしれない。
そう思った。
だって古い。
かなり古い。
14〜15年使っている。
機械にも寿命はある。
今思えば、この時点で私は完全に犯人を決めつけていた。
ルーターだ。
お前が犯人だ。
そう思った。
そのまま新しいルーターを買いに行った。
新しい担当はBuffaloである。
そして再びひーちゃん宅へ戻る。
夕飯を食べてから設定開始である。
ところが。
繋がらない。
何をやっても繋がらない。
APモード。
ROUTERモード。
初期化。
再起動。
配線確認。
PPPランプ確認。
LANケーブル確認。
私はルーターと会話していた。
もちろん相手は喋らない。
ランプだけで意思表示をする。
実に感じが悪い。
新しいBuffaloは黙ったまま点滅し、
私はその点滅を見ながら、
「何か言え」
と思っていた。
結局その日も解決しなかった。
そして日曜日。
午後から再び捜査開始である。
さすがにひーちゃんも不機嫌になってきた。
「何日やっても直らないじゃない」
「白いのが悪いんじゃなかった?今度は黒いのなの?」
「あんなに抜いたりしたからおかしくなったのよ」
「こんなんなら、専門呼んだのに。でもよそで買ったからいつもの電気屋は呼びにくいだけなのよ」
「なんでスマホも使えないの」
「もうネットなんかいらないわよ」
ちなみにスマホは3GB契約である。
そして翌日から6月である。
ネットはいらないらしいが、YouTubeは必要らしい。
言いたい放題である。
私もつい言い返した。
「私だって金曜日の仕事帰りからやっている」
「配線抜き差ししないと原因分からないでしょ」
「電源抜いただけで壊れるならテレビだって壊れるでしょ」
「スマホが使えないのは3GB超えたからー!」
ひーちゃんに、
Wi-Fiがどうの、
ルーターがどうの、
モバイル通信がどうの、
説明しても伝わらない。
もちろん、それはひーちゃんが悪いわけではない。
私だって車のエンジンが壊れたら、
「なんか動かない」
くらいしか分からない。
人間は興味のない分野には驚くほど弱い。
それでも私は調べ続けた。
配線を疑った。
ルーターを疑った。
設定を疑った。
自分を疑った。
途中からはNTTまで疑った。
そして最後に契約会社へ電話した。
すると担当者はあっさり言った。
「地域障害ですね」
地域障害。
地域障害である。
私は二日間何をしていたのだろう。
ルーターを初期化した。
設定をやり直した。
モードを変更した。
PPPランプを見つめた。
LANケーブルを何度も抜き差しした。
そして犯人は地域レベルで光が来ていなかった。
推理小説なら読者に怒られるレベルである。
思い返せば、新しいBuffaloは頑張っていた。
ちゃんと起動していた。
Wi-Fiも飛ばしていた。
設定画面も出ていた。
私は勝手に疑っていただけだった。
ルーターは無罪だったのである。
もちろん、ひーちゃんにはそんな事情は関係ない。
ひーちゃんにとって大事なのは、
YouTubeが見られるか、
ポポちゃんねるが見られるかどうか、
原田波人がテレビに今夜出る、
それまでに復旧できるか!!
つまりキーワードは
原田波人。
PPPも知らない。
APモードも知らない。
ROUTERモードも知らない。
地域障害も知らない。
YouTubeが見られない。
原田波人が見られない!
それが全てである。
推し活の鏡だ。
でも今回思った。
介護もネット回線もよく似ている。
目の前の症状だけを見ると、犯人を間違える。
転倒した。
怒った。
拒否した。
ネットが繋がらない。
だからといって、原因まで同じとは限らない。
切り分けて、
一つずつ確認して、
最後まで追いかけるしかない。
利用者さんから見れば、
「なんで転んだの?」
である。
家族から見れば、
「なんで怒ったの?」
である。
ひーちゃんから見れば、
「なんでYouTube見られないの?」だ。
でも原因は案外、思っていた場所にはない。
金曜の夜や土日なんて、
どうせ契約会社には繋がらないと思っていた。
でも繋がった。
つまり、
最初から電話すればよかったのである。
二日間の大捜査の結果、
ルーター無罪。
Buffalo無罪。
私も無罪。
真犯人は、地域障害だった。
この結果に流石のひーちゃんも、
「あらぁ、三日間も悪かったわねぇ。
あなたのおかげで原因がわかってよかったわ」
とニコニコしていた。
まだ解決していない。
YouTubeも見られない。
それなのに満足そうである。
恐らく原因が分かったから。
ちなみに私は、
ルーター代のことは最後まで言わなかった。
言った瞬間、
この三日間が全部無駄になる気がしたからである。
もういい。
もう大河を見ながら梅酒を飲む。
それくらいの権利は、ある。
