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【第1回・バイオパンク小説の書き方】忙しい大人のための「裏通りのクリニック」から始める世界観づくり


【あらかじめご了承ください】
主に「創作の初心者から中級者へのステップアップ」を目指す方を対象として構成しています。
筆者は公的な専門家やプロ作家ではございません。
記述の正確性には細心の注意を払っておりますが、物語を面白くするためのアイデアとして、読者ご自身の判断で活用していただくようお願い申し上げます。

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参考
Wikipedia(英語版)「Biopunk」項目
ウィリアム・ギブスン(William Gibson)『ニューロマンサー(Neuromancer)』(初版1984年)
ポール・ディ・フィリッポ(Paul Di Filippo)による「リボファンク(Ribofunk)」の提唱(※原題『RIBOFUNK: THE MANIFESTO』1998年。サイバーパンクの機械論的なアプローチに対し、生物学的な肉体や生命の泥臭さに焦点を当てた宣言)
パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』(早川書房)
映画『ガタカ』(1997年)

本記事は、これらの一般的な議論や作品を参考に、創作向けに独自に整理したものです。


はじめに:SFならではの「壮大な世界観」を、ゼロから作ろうとしてプレッシャーを感じていませんか?


「近未来のディストピア作品を書いてみたいけれど、設定を考える時間が取れず手が止まってしまう……」

仕事や家事で忙しい中、いざ執筆に向かおうとしても、世界観の構築に壁を感じる方は少なくないはずです。

とくに、遺伝子工学合成生物学をテーマにした「バイオパンク」と呼ばれるジャンルでは、テクノロジーの専門知識や、国家規模の歴史を長々と説明しなければならない気がして、そのまま諦めてしまう方もいらっしゃるかもしれません。

こうした悩みには、比較的取り組みやすい発想の切り口があります。

本記事でご紹介するのは、壮大な世界をゼロから設計するのではなく、街の片隅にある「裏通りのクリニック」から物語の舞台を組み立てるアプローチです。

これは筆者独自の便宜的(べんぎてき)な整理ですが、ファンタジー小説やWeb小説でおなじみの「非公認の錬金術工房」や「裏通りの魔獣合成屋」といった定番のモチーフを、バイオテクノロジーの視点からリペイントする感覚に近いかもしれません。

では、この発想を使う前に、バイオパンクでどのような対立や格差が描かれるのかを、簡単に整理してみます。

ー「バイオパンク」おすすめ作品ー

『ねじまき少女』
パオロ・バチガルピ(著)、田中 一江・金子 浩(翻訳)

石油が途絶えた社会で、生命そのものが資本主義の歯車として管理される世界を描いた、上・下巻からなるディストピア小説です。
物語の核となるのは、高度なバイオテクノロジーによって生み出された人工生物の少女エミコ。
法的な権利を持たず道具のように扱われる彼女は、あえて設定された遺伝子設計ゆえに動きがぎこちなく、それが「ねじまき」という呼称の由来となっています。
彼女を取り巻く環境や描写は容赦なく生々しいものですが、その過酷な現実を通じて「人間とは何か?」という
普遍的(ふへんてき)な問いが深く突きつけられます。
緻密で美しい文体の中に
人間の業(ごう)と生命の尊厳が浮き彫りにされた、傑出したSFです。



第1章:バイオパンクを考える一つの切り口――技術格差


バイオパンクは、遺伝子工学バイオテクノロジー、生体改造などを題材に、生命を操作できる社会で生じる倫理的・社会的な問題を描くSFの潮流です。

サイバーパンクと共通する問題意識を持つ作品も多くあります。

その背景を理解するうえでは、1984年に発表されたウィリアム・ギブスン氏の『ニューロマンサー』をはじめとするサイバーパンク作品も参考になります。

また、1990年代には作家ポール・ディ・フィリッポ氏が、生物学を中心に据えたSFを「リボファンク」と名付け、マニフェストを発表しました。

リボファンクはバイオパンクと重なる問題意識を持ちますが、同じ概念として扱うより、近接する別の潮流として理解する方が正確です。

本記事では、サイバーパンクを象徴する「High Tech, Low Life(高度な技術と、低い生活水準)」という構図を参考に、バイオパンクの世界観を「高度なバイオ技術」と「その恩恵から取り残された人々」の対比として考えてみます。

直感的に理解しやすくするため、バイオパンクの世界観をサイバーパンクと比較しながら整理してみましょう。

  • 支配者(黒幕)
    サイバーパンク:IT巨大企業、軍事コングロマリットなど
    バイオパンク:巨大製薬会社、生命特許を握る食品・農業企業など

  • 富裕層が受ける恩恵の象徴
    サイバーパンク:意識のネットへのアップロード、高度な義体化など
    バイオパンク:寿命の延長、遺伝子疾患を予防したデザイナーベビーなど

  • 貧困層の代替手段
    サイバーパンク:ジャンクパーツ、粗悪なサイバーウェアなど
    バイオパンク:違法な細胞増殖剤、獣の遺伝子を流用した安価な治療など

バイオパンク作品では、寿命延長や人体強化などの技術が富裕層に偏って利用され、格差を生む設定が描かれることがあります。

持たざる者たちは、テクノロジーの恩恵を受けられないまま過酷な生活を強いられます。

そうした社会では、生命技術を利益や社会統制に利用する政府や巨大企業と、それに抵抗する個人や集団の対立が描かれることもあります。

ただし、こうした格差を描くために、政府や巨大企業の仕組みを最初から細かく設定する必要はありません。

まずは、その格差が日常の中に表れる場所を一つ考えてみましょう。

💡案内人からのワンポイントアドバイス
複雑な構図が難しければ、まずは「富める者」と「持たざる者」というシンプルな二極化を想像する方が、筆を進めやすいかもしれません。
これだけでも、国家の成り立ちを長々と説明せずに、社会全体の歪みを伝える土台になる場合があります。


第2章:闇の象徴「黒クリニック」と3つの「バイオ・ガジェット」


本記事では、その舞台の一例として、裏通りで非公認の生体改造や危険な治療を行う地下施設を、便宜上「黒クリニック」と呼びます。

格差社会の歪みを描く舞台の一つとして使いやすいのが、こうした場所です。

現実社会でも、自宅のガレージ等で遺伝子の研究を行う「DIYバイオ」のコミュニティが存在するように、物語のなかでも、企業の監視から逃れた草の根の闇技術が広がる余地があります。

高価な正規の医療を受けられない人々が、安価で危険な手術を求めて集まる場所。

そんな「黒クリニック」を舞台にする際、以下のような3つの「バイオ・ガジェット」を小道具として配置すると、世界観をより強調できるかもしれません。

  • 生体通貨・ID
    暗証番号ではなく、網膜やDNA、特定の体温にしか反応しない生体認証ロック。
    富裕層が美しい発光チップを埋め込んでいるのに対し、貧困層には安価なチップの無骨な傷跡が残されている、といった対比が描けます。

  • 違法医薬品・細胞パッチ
    富裕層が使う安全な治療薬の代わりに、闇市で取引されるいびつな薬品。
    一時的に脳を強化するが副作用の強いウイルスや、粗悪な遺伝子パッチなどが該当します。

  • キメラ(混成生物)と生体ペット
    人間の労働を代替するために遺伝子改造された人工生命体や、愛玩用にいびつな姿へ変えられたペットたち。
    これらが路地裏をうろついているだけで、不気味な生態系を演出できます。

☕ちょっと一息
専門的な用語や背景はさておき、現時点では次の二点だけを頭の片隅に置いておけば大丈夫です。

・壮大な国家の歴史よりも、まずは街の片隅にある「怪しい地下クリニック」を思い浮かべること。

・「富裕層の綺麗な技術」と「貧困層のいびつな代替手段」の対比を意識すること。

手始めに、こうした場所を舞台にする形を目指してみましょう。



第3章:金属の冷たさではなく「粘液と体温」を描く――バイオパンクの五感


サイバーパンクが「無機質な金属、ネオン、電脳空間」のイメージだとしたら、バイオパンクは「有機物粘液(ねんえき)、湿気」が特徴になります。

日常の風景がどのように有機的に変貌しているかを五感で描写すると、読者が世界観をイメージしやすくなります。

創作の引き出しとして、以下のキーワード(ワードパレット)を参考にしてみてください。

  • 【視覚】:
    濁った
    培養液、遺伝子組み換えの発光バクテリアを使った怪しい看板、青白い静脈、生体部品のつなぎ目

  • 【嗅覚・味覚】:
    消毒液やホルマリンのツンとした臭い、腐敗臭、鉄さびのような血の味

  • 【聴覚】:
    培養タンクの不規則な駆動音(脈動)、生暖かい湿気の中で響くうめき声、肉を切るハサミの金属音

  • 【触覚】:
    ぬるついた床、拒絶反応による異常な高熱、ざらついたウロコ、冷たいメス

📝書き手向けメモ
読者に「この世界は過酷だ」と感じてもらうために、国家の法律を長々と説明する必要はありません。
闇医者が使い捨ての注射器を乱暴に扱う音や、手術台に残る赤黒いシミを描写することが、説明を増やさずに、その世界の危うさを印象づける描写になる場合があります。
目の前にある「怪しいクリニックの風景」の五感に集中して筆を進めてみてください。


第4章:設定沼から脱出する──「闇クリニック」から始めるバイオパンク創作3ステップ


ここまで、バイオパンクの世界観を考えるための一つの切り口として、「高度なバイオ技術」と「その恩恵から取り残された人々」の対比を見てきました。

次は、この対比を実際の物語に取り入れるための手順を考えてみましょう。

ステップ1:富裕層が利用できる、高価で信頼性の高い技術を一つ設定する

まず初めに、この世界で巨大企業や特権階級だけが享受(きょうじゅ)している、高価な技術を一つ設定します。

たとえば「どんな怪我でも一日で再生する遺伝子治療」や、「睡眠を必要としなくなる脳の拡張手術」などです。

パオロ・バチガルピ氏の『ねじまき少女』のように、生命特許を握る巨大企業が支配する社会を想像してみると、特権階級だけが享受できるクリーンな技術がイメージしやすいかもしれません。

最初の段階では、まず一つ決めるだけでも構いません。

「もし十分な資金があれば、こんな恩恵を受けられる」という、憧れや目標となる綺麗な技術を設定します。

ステップ2:「ハイテク・ローライフ」の歪みを描く──貧困層のいびつな代替手段

富裕層が利用できる技術を決めたら、次は、その技術を利用できない人々がどのような代替手段に頼るのかを考えます。

正規の治療を受けられない貧困層が、黒クリニックでどのような手術を受けているのかを想像してみるアプローチです。

たとえば、安全な再生治療の代わりに、「爬虫類の再生能力を参考に開発されたという設定の、違法な細胞増殖剤が使われている」といった具合です。

傷は治るものの、副作用として皮膚の一部にウロコが生えてしまったり、治療後の症状を抑えるため、高価な薬を定期的に購入しなければならなくなったりする。

映画『ガタカ』で描かれたような遺伝子による見えない壁や、こうした「便利だけれど代償が伴う」いびつな技術を配置することで、社会システム全体の残酷さを間接的に伝える手がかりになります。

🔑ひらめきの鍵
アイデアに迷ったときは、ファンタジー小説の「怪しい回復薬を売る店」を思い浮かべてみてください。
材料が「謎の薬草」から「企業から横流しされた期限切れの培養液」に変わるだけで、ぐっとバイオパンクの空気感に近づく手がかりになります。
見慣れた定番のモチーフを、技術的な視点で少しだけ言い換えてみましょう。

ステップ3:技術を求める「切実な理由」を持った人物を向かわせる

代替技術の仕組みが決まったら、最後に、その技術を必要とする人物を登場させます。

技術そのものではなく、「なぜその人物が危険を承知で利用するのか?」を描くことで、世界観と物語を結びつけやすくなります。

「怪我を治さなければ明日から工場で働けない」「違法な強化手術を受けないと、スラムの抗争で生き残れない」など、個人的で切実な理由を持たせます。

無菌室のような富裕層の病院とは対照的に、常に薬品の臭いが充満している薄暗い地下室、使い古されてノイズを発する医療機器、そして倫理観の欠如した闇医者との取引。

こうした対比を描くことは、複雑な背景を長く説明せずに、ディストピアの雰囲気を伝える方法の一つになります。


まとめ


バイオパンクやディストピアの世界観を作る際、最初から壮大な社会全体を描き出そうとするプレッシャーを感じる必要はありません。

まずは「富裕層の綺麗な技術」と「貧困層がすがる危険な代替技術」という格差を設定し、街の片隅にある「黒クリニック」を舞台にする。

この手順を出発点にすると、現実社会の不平等とのつながりを想像しやすい設定を、比較的スムーズに組み立てられるかもしれません。

設定の緻密さよりも、まずは主人公が生きる「不条理な日常」を1シーン書くことから始めてみませんか?

最後に、ご自身のアイデアを整理するための簡単なワークシートをご用意しました。

ぜひ試してみてください。


✍️ あなたのバイオパンクを組み立てるワークシート

  1. 富裕層の綺麗な技術は?
    ──[ 例:20代の肉体を保つ若返り注射 ]

  2. 貧困層のいびつな代替手段は?
    ──[ 例:他人のクローン細胞の生移植(他人の記憶が混ざる副作用がある) ]

  3. 主人公がそれを求める切実な理由は?
    ──[ 例:病気の家族を救うため、違法な仕事の報酬を得る必要がある ]


ここまでが、今回ご紹介した「裏通りのクリニック」から世界観を組み立てる方法です。

では、そのクリニックでは、どのような生体改造が行われているのでしょうか?

次回は、改造された生物やキメラ(混成生物)を扱う際の設定の組み立て方を考えます。

ファンタジー小説などでよく見る「魔物合成」や「テイミング」をバイオパンク風にアレンジしようとしたとき、複数の生物の特徴を、何世代にもわたって受け継がせるような複雑な設定を作ろうとして、途中でつじつまが合わなくなってしまうケースがあります。

こうした設定を整理するときは、現実の生物学にある「遺伝する変化」と「個体に後から生じる変化」の違いを参考にすると、考えやすくなる場合があります。

次回は、本連載で便宜上「体細胞操作」と呼ぶ、成長後の個体に生体改造を加える創作上のアプローチを取り上げます。

「魔法の契約」といった言葉に頼らずとも、生体改造の設定を整理し、物語の中で扱いやすくするための考え方を探っていきましょう。

次回は【第2回・バイオパンク小説の書き方】設定の矛盾は「遺伝させない」ことで防ぐ!便宜上の『体細胞操作』で作る魔獣クラフト術 です。

お楽しみに。


この記事を読んで感じた点や、実際に試してみた感想があれば、ぜひ教えてください。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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