【考察】届かない「SMS認証コード」は現代の「以津真天」か?――タイムアウトの焦燥と、夜空に響く怪鳥の叫び
こんにちは。民俗学准教授の東条紗季です。
新しいウェブサービスへの登録。あるいは、急いで済ませたいクレジットカードのオンライン決済。
順調にパスワードを入力し、最後の関門である「二段階認証」の画面へとたどり着きます。『ご登録の携帯電話番号へ、6桁の認証コードを送信しました』というメッセージ。私たちはスマートフォンを手に取り、通知が鳴るのを待ちます。
しかし、待てど暮らせど画面は沈黙したまま。
ウェブ画面の「有効期限まで残り59秒…58秒…」というカウントダウンだけが非情に減っていき、焦燥感が最高潮に達するあの瞬間。
民俗学の視点から見ると、この「届くはずのものが届かず、人間をひたすらに待たせて発狂させる現象」は、暗い夜空を飛び回りながら不気味な声で鳴く怪鳥の妖怪、**「以津真天(いつまで)」**が、現代の認証ネットワークに潜んで引き起こしている怪異に他なりません。
1. 「いつまで待たせるのか」という怨嗟の顕現
「以津真天(いつまで)」とは、『太平記』などの古典に登場する恐ろしい怪鳥です。
疫病が流行した際や、戦乱で放置された死体の上に夜な夜な飛来し、「いつまで、いつまで(いつまで死体を放っておくのか)」と、人間の神経を逆撫でするような声で泣き叫んだと伝えられています。
現代の以津真天は、SMSの遅延という形で私たちのデジタルデバイスに飛来します。
電波状況は悪くない。電話番号も間違っていない。それなのに認証コードだけが電子の異空間に囚われ、手元に届かない。「あと何秒待てばいいのか」「タイムアウトしてしまうのではないか」。極限まで高まったユーザーの「いつまで待たせるんだ!」という怒りと怨嗟の声そのものが、怪鳥を呼び寄せる妖術のトリガーとなっているのです。
2. 「コード再送信」という名の最悪の呪い
この怪異において最も恐ろしい罠が、画面上に配置された「コードを再送信する」というボタンです。
カウントダウンがゼロになり、痺れを切らした私たちはついこのボタンを押してしまいます。するとどうでしょう。数分間の沈黙が嘘だったかのように、スマートフォンが連続して震え出し、「古いコード」と「新しいコード」が同時に3通ほど束になって届くのです。
慌てて一番下(最新と思われる)コードを入力しても、システムは冷酷に「認証コードが間違っているか、有効期限が切れています」と弾き返します。時空の歪みによってコードの順序が狂い、もはやどれが正しい鍵なのか誰にも分からない。これこそが、人間の焦りを利用して認証システムそのものをロックさせる、以津真天の最も狡猾な妖術です。
3. 強固すぎる「結界」のジレンマ
二段階認証というシステムは本来、悪意ある第三者(ハッカーなどの外敵)の侵入を防ぐための、現代における極めて強力な「デジタル結界」です。
しかし、呪術の世界において「強固すぎる結界は、時に主(あるじ)自身の自由すら奪う」というのは定石です。セキュリティを高めようとシステムを堅牢にした結果、正規の持ち主である私たち自身が、ちょっとした通信網の気まぐれ(妖怪の悪戯)によって締め出され、自室にいながらにして難民となってしまう。以津真天は、人間が自ら作り上げた「安全への執着」を嘲笑うかのように、結界の隙間で鳴き続けているのです。
結論
私たちが安全で便利なデジタル社会を構築すればするほど、そこには必ず「待機」という名の空白の時間が生まれ、妖怪が付け入る隙となります。
もし次に、SMS認証コードがいつまで経っても届かない事態に陥ったなら。決して焦って「再送信」のボタンを連打してはいけません。スマートフォンから一度目を離し、夜空(あるいは天井)を見上げて、怪鳥が飛び去るのを静かに待つこと。タイムアウトを受け入れる諦めの境地こそが、この怪異をやり過ごす唯一の退魔呪術なのです。
筆者コメント
最後まで読んでいただきありがとうございます。
かく言う私も先日、海外の古書店サイトで「どうしても手に入れたかった民俗学の稀覯本」を見つけ、震える手で決済ボタンを押した直後にこの怪異に遭遇しました。無情に減っていくタイマーを前に、自室で思わず「いつまで!!」と妖怪の如く叫んでしまい、結局タイムアウト。再度やり直そうとした時には、すでにその本は別の誰か(おそらく妖怪に邪魔されなかった海外の同業者)に買われた後でした。あの夜の絶望感は、まさに太平記に記されたディストピアそのものです。
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