マーケティング基礎:メール会員など、既存のお客様大切にしていますか?「お客様第一」と書かれた会議資料が、競合分析で埋まる理由
顧客維持率を5%上げると利益が25%動く、それでも私たちが新規を追う訳
経営会議のスライドが二十枚ほど進んだ頃でしょうか。映し出されていたのは、競合A社の四半期決算のグラフでした。前年同期比、シェア推移、新製品の発表時期。よく整理された、頭の良い資料です。表紙には「お客様第一」と書かれていました。誰も、その言葉に立ち止まりません。会議室の片隅で、自社のメール会員リストの最終更新日を、ふと思い出していました。三万件あるはずでした。最後に「ひとりの顔」を思い浮かべたのは、いつのことだったのか。今日は、その違和感の正体を、古い論文と新しいデータの両方から、ゆっくり辿ってみたいと思います。
今回は、セオドアレビット師匠の教えの基礎を再確認したいと思います。
ブランドの認識、間違っていませんか?

「足元の宝の山」と呼ばれる既存顧客リストが、なぜ多くの会社で眠らされたままなのか。
1960年にハーバード・ビジネス・スクールの一人の教授が書いた古典的論文と、その後半世紀にわたって積み重ねられた顧客維持の研究データを重ね合わせながら、「競合志向」という静かな病と「既存顧客への執着」の具体的な姿を辿ります。介護現場の小さな場面も借りつつ、会員データの数字の向こう側にいる「ひとり」を取り戻すための、地味で、ささやかな実践のヒントをお届けします。
経営会議の議題が、いつのまにか「ライバルの影」で埋まる
手元の経営会議資料を、もう一度開いてみてください。
最初の数枚は、市場規模と業界トレンド。次に競合各社の動向、新製品比較、価格分析、シェア推移。そのあとに自社の業績が並び、最後のほうに「お客様の声」と題された数行のページが、申し訳程度に挟まっている。
そんな順番に、なっていないでしょうか。
…と聞いておきながら、過去に自分でも何度もこういう資料を作ってきました。新製品の企画書は、競合スペック比較表から始める。販促企画は、ライバルのキャンペーン分析を冒頭に置く。それが「ちゃんとした資料」だと、長く信じていた時期があります。
経営者を責めたいわけではありません。情報の扱いやすさという点では、競合の動きほど便利な素材はないのです。決算情報、新製品リリース、Webサイトの更新、すべて公の場に出ている。数字で語れて、グラフに落ちて、議論もしやすい。
一方で「うちの会員が今、何に困っているか」は、データにしづらく、議論もしづらい。だから自然と後回しになります。
ライバルの動きへの反応で時間が埋まり、業界の「同質化ゲーム」に巻き込まれる。スペックの上げ合い、価格の叩き合い、機能の差別化競争。経営学の世界では、これを「マーケティング近視眼(Marketing Myopia)」と呼びます。半世紀以上前の論文で、すでに名指しされていた症状です(Harvard Business Review「Marketing Myopia」(2004年再掲版))。
1960年、ある教授が「鉄道会社が没落した理由」を書いた
セオドア・レビット教授がハーバード・ビジネス・レビューに「マーケティング近視眼」を発表したのは1960年。今から六十年以上前の論考です。
教授は冒頭で、米国の鉄道会社の凋落を例に挙げました。鉄道会社はなぜ衰退したのか。需要が消えたからではない。航空機や自動車に客を奪われたからだ、と。
ここまでなら、よくある産業史の話です。
しかしレビット教授は、その先を一歩踏み込みます。
鉄道会社が衰退したのは、自社を「鉄道業」と定義し続けたからだ、と。もし「輸送業」と定義し直していれば、自ら航空機事業や自動車事業に乗り出していたはずだった。顧客が求めていたのは「線路の上を走る車両」ではなく「ある地点から別の地点に移動する手段」だったのに、自分たちは線路の話ばかりしていた——。
この洞察は、業種を問わず、刺さります。
レンタルビデオ店は「ビデオを貸す商売」だと定義したまま消えていきました。フィルムカメラのメーカーは「フィルムを売る会社」だと自分を規定して、デジタル化の波に乗り遅れた。最近では、紙の新聞社が「紙を配る商売」のままで苦しんでいます。
私たちの業界は、どうでしょうか。
福祉用具レンタルの事業者は「車椅子や介護ベッドを貸す商売」だと自分を定義していないか。介護施設は「居室と食事を提供する商売」だと思い込んでいないか。利用者やそのご家族が、本当に求めているものは、もう少し別のところにあるのではないか。
レビット教授は、もう一つの言い方で、同じことを伝えました。
顧客はドリルが欲しいのではない。穴が欲しいのである。
工具売場の話に見えて、これは商売すべての話です。
今回概要まとめ図
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