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11月12日「世界肺炎デー」が問う『予防できる死』の真実:『忘れ去られた感染症』。世界肺炎デーに知る、息をするという奇跡

ワクチンがあるのになぜ届かない?世界肺炎デーが浮き彫りにする『見えない病』の正体


どーも、セオドアアカデミーです。
 朝、目覚めたとき、私たちは何も考えずに息を吸っています。その当たり前の呼吸が、世界のどこかでは、今この瞬間も1分に1人の子どもから奪われている。
 肺炎という病は、実は予防も治療も可能なのに、年間50万人もの5歳未満の子どもたちの命を奪い続けています。
 このNOTEでは、11月12日の「世界肺炎デー」を通じて、先進国では見えにくくなった『忘れ去られた感染症』の実態を、最新データと現場の声から多角的に掘り下げます。
 なぜワクチンがあるのに届かないのか、薬剤耐性という新たな脅威、そして日本における肺炎の別の顔まで。
 読み終えたとき、あなたの「息をする」という行為の意味が、少し変わっているかもしれません。


息を吸うという、当たり前の奇跡

私たちは1日に約2万回、息をします。それも、ほとんど意識することなく。寝ている間も、食事をしている間も、笑っている間も、肺は黙々と酸素を取り込み続けています。

ところが、世界のどこかでは、この瞬間も1分に1人の割合で、5歳に満たない子どもが肺炎によって最後の息を引き取っています。計算すると、年間約50万人。東京ドームを10回以上満員にできる数の子どもたちが、呼吸困難に苦しみながら命を落としているのです。

肺炎。私たちにとっては、抗生物質を飲めば治る病気という認識が強いかもしれません。
 確かに日本では、適切な治療を受ければ回復できる感染症です。しかし、世界規模で見たとき、肺炎は全く異なる顔を持っています。

2021年の世界疾病負担研究によると、肺炎により年間220万人が死亡しており、そのうち50.2万人が5歳未満の子ども、15.2万人が新生児でした。つまり、5歳未満の子どもの死亡原因の約23%を肺炎が占めているのです。

しかも、この数字には驚くべき矛盾が隠されています。肺炎は、予防も治療も可能な病気なのです。


『忘れ去られた感染症』という逆説

世界肺炎デーは、2010年から毎年11月12日に制定されました。その前身は、2009年に児童肺炎に対するグローバル連合が主催した第1回の記念日です。

なぜ、この日が必要だったのか。それは、肺炎が「忘れ去られた感染症」と呼ばれていたからです。

忘れ去られた。おかしな表現ですね。年間数十万人もの子どもの命を奪っている病気が、なぜ「忘れ去られた」のでしょうか。

答えは、先進国の視点にあります。

エイズ、マラリア、はしか。これらの感染症は、国際的に大きな注目を集め、研究開発や支援に多額の資金が投じられてきました。ところが、2009年当時、肺炎による子どもの死亡数は、これら3つの病気を合わせた数よりも多かったのです。それでも、肺炎への注目度は圧倒的に低かった。

なぜか。それは、肺炎による死亡の大半が、低・中所得国で起きていたからです。先進国では抗生物質の普及により、肺炎はコントロール可能な病気になっていました。だから、「どこか遠い国の問題」として認識され、グローバルな行動が起こりにくかった。

米国胸部学会の2024年の報告では、「オミクス、AI、精密医療の時代においてさえ、古代から知られている予防・治療可能な病気である肺炎が、いまだに世界中で主要な死亡原因であり続けている」と指摘されています

これは、医学的な問題というよりも、構造的な問題です。つまり、医療へのアクセスと経済格差の問題なのです。


数字の向こう側にある現実

2024年の世界肺炎デーのテーマは「Partnerships for Progress(進歩のためのパートナーシップ)」でした。現在、年間502,000人の子どもが肺炎で亡くなっていますが、目標は397,000人まで減らすことです

一見、達成可能な数字に思えます。しかし、この10万人の差の向こう側には、何があるのでしょうか。

それは、1回3ドルのワクチンが届かない現実です。1本の酸素ボンベが手に入らない現実です。片道2時間歩かないと診療所にたどり着けない現実です。

WHOによると、肺炎の子どもの3分の1しか、必要な抗生物質を受け取っていません。つまり、治療法があるのに、手が届かない。

ここで、ある小さな診療所のエピソードを紹介します。アフリカのある地域で働く医療従事者の話です(プライバシー保護のため一般化しています)。

「午前3時に、母親が幼い息子を背負ってやってきました。6時間かけて歩いてきたと言います。子どもの呼吸は荒く、唇は紫色になっていました。酸素飽和度を測ると70%台。すぐに酸素が必要でしたが、その日はタンクが空でした。次の補給は3日後。抗生物質を投与しましたが、時すでに遅し。夜明け前に、その子は母親の腕の中で静かに息を引き取りました」

これが、「予防可能で治療可能な病気」の現実です。


二つの顔を持つ肺炎:途上国と先進国

興味深いことに、日本における肺炎の状況は、まったく異なる様相を呈しています。

日本では、肺炎による死亡者の約98%が65歳以上の高齢者です。2023年の日本の死因統計では、肺炎は第5位で全体の4.8%を占めています。しかし、その内訳を見ると、ほぼすべてが高齢者なのです。

つまり、途上国では主に子どもの命を奪い、先進国では主に高齢者の命を奪う。肺炎は、経済状況によって全く異なる顔を見せる病気なのです。

日本における肺炎の歴史も示唆的です。1940年代には人口10万人あたり154.4人が肺炎で亡くなっていましたが、健康診断や予防接種、治療薬の開発により、1971年には22.1まで減少しました。ところが、日本が高齢化社会に突入した1970年代から再び増加し始め、2013年には97.8まで上昇しています。

そして、もう一つ興味深い現象があります。2017年以降、日本では肺炎による死亡が減少し、代わりに「老衰」による死亡が急増しています。これは統計のマジックではありません。実は、2017年に日本呼吸器学会が発表した診療ガイドラインが、終末期における肺炎治療の考え方を変えたのです。

「反復性の誤嚥性肺炎のリスクを有している例や、種々の疾患の末期、老衰の状態では、個人の意思やQOLを考慮した治療・ケアを主眼に置き、強力な抗菌薬の投与は慎重に考える」

つまり、高齢者の終末期における肺炎を、人生の自然な過程として捉える考え方が広まったのです。これにより、「肺炎死」ではなく「老衰死」と分類されるケースが増えました。

ここに、肺炎という病気の二面性が浮かび上がります。途上国では子どもが予防可能な肺炎で亡くなり、先進国では高齢者が自然な終焉として肺炎を迎える。同じ病名でも、その意味はまったく異なるのです。


ワクチンはあるのに、なぜ届かない?

肺炎の最大の原因菌は、肺炎球菌です。そして、肺炎球菌に対しては、非常に効果的なワクチンが20年以上前から存在しています。

肺炎球菌ワクチン(PCV)は高い効果が証明されていますが、貧困地域の多くの子どもたちにはいまだにアクセスできません

なぜでしょうか。ワクチンがあるのに、なぜ届かないのでしょうか。

答えは複合的です。まず、価格の問題。ワクチンの価格は、低・中所得国向けに割引されているとはいえ、依然として多くの国の保健予算を圧迫します。チャドのような国では、2024年になってようやく肺炎球菌ワクチンを導入できました。

次に、コールドチェーン(冷蔵輸送網)の問題。ワクチンは適切な温度で保管・輸送しなければ効果を失います。電力供給が不安定な地域では、これが大きな障壁になります。

そして、医療インフラの問題。ワクチン接種には、訓練を受けた医療従事者、注射器、記録システムが必要です。これらすべてが揃っている地域は、限られています。

さらに、新たなワクチンの問題もあります。RSV(呼吸器合胞体ウイルス)に対する新しいワクチンや抗体製剤が開発されましたが、低・中所得国ではアクセスが極めて限定的です。妊婦向けのワクチン、高齢者向けのワクチン、新生児向けの長時間作用型抗体。技術は進歩しているのに、それを最も必要としている人々に届いていないのです。

これは、技術の問題ではありません。分配の問題であり、優先順位の問題であり、政治の問題なのです。


もう一つの見えない脅威:薬剤耐性という時限爆弾

肺炎をめぐる状況に、もう一つの深刻な問題が影を落としています。薬剤耐性、AMR(Antimicrobial Resistance)です。

2019年のデータでは、薬剤耐性菌による死亡は年間127万人に上り、そのうち5人に1人が5歳未満の子どもでした。さらに衝撃的なのは、肺炎球菌が薬剤耐性による死亡の16%を占めているという事実です。

つまり、ワクチンが届かない子どもが肺炎にかかり、抗生物質を不適切に使用することで、その抗生物質が効かない耐性菌が生まれる。そして、その耐性菌が広がることで、他の子どもたちの治療も困難になる。負のスパイラルです。

日本政府も「薬剤耐性対策アクションプラン2023-2027」を策定し、このまま何も対策を取らなければ、2050年には全世界でAMR関連の死亡者数が年間1,000万人に達し、がんによる死亡者数を上回ると警告しています

AMRは「サイレント・パンデミック」と呼ばれています。派手な見出しにはなりませんが、静かに、確実に広がっている脅威です。

そして、この問題は途上国だけの問題ではありません。薬剤耐性菌は国境を越えて移動します。グローバル化した世界では、どこかの地域で生まれた耐性菌が、あっという間に世界中に広がる可能性があるのです。


COVID-19が教えてくれたこと

2020年、世界はCOVID-19という呼吸器感染症に直面しました。そして、そこで私たちは多くのことを学びました。

まず、呼吸器感染症の恐ろしさです。感染拡大のスピード、重症化のリスク、医療システムへの負荷。これらすべてが、一気に現実のものとなりました。

そして、医療用酸素の重要性です。COVID-19パンデミック下で、肺炎治療に不可欠な医療用酸素の不足が世界中で発生し、基本的な医療サービスが中断しました。インドでは、酸素ボンベを求めて病院を転々とする患者の映像が世界中に流れました。

日本でも、一時期は酸素濃縮器が不足し、自宅療養者への対応が課題となりました。私たちは、「息をする」ために必要な医療資源が、いかに脆弱かを思い知らされたのです。

COVID-19による死亡に肺炎が伴うケースが多く、2020年から2024年までに日本国内で14万人以上がCOVID-19で亡くなり、そのうち97%が65歳以上でした

パンデミックは、呼吸器感染症への備えの重要性を、痛切な形で教えてくれました。そして、それは肺炎に対しても同じなのです。


貧困という「見えない壁」

肺炎の問題を語るとき、避けて通れないのが貧困です。

世界肺炎デーの資料には、繰り返し「貧困が最大のリスク要因」という言葉が登場します。なぜでしょうか。

貧困は、複数の要因を通じて肺炎のリスクを高めます。

まず、栄養不良。免疫システムを正常に機能させるには、適切な栄養が必要です。しかし、貧困家庭の子どもたちは、十分な食事を得られないことが多い。

次に、住環境。換気の悪い家屋、調理や暖房に使う薪や石炭の煙、過密な居住空間。これらすべてが呼吸器系に負担をかけます。大気汚染や調理用燃料による室内空気汚染が、特に子どもや高齢者の肺炎リスクを高めることが知られています

そして、医療へのアクセス。診療所までの距離、診療費、薬代。これらすべてが、貧困家庭にとっては高いハードルとなります。

興味深いのは、肺炎が貧困を悪化させる側面もあることです。子どもが肺炎にかかると、治療費がかかるだけでなく、親は仕事を休まなければなりません。入院が長引けば、家計はさらに圧迫されます。そして、最悪の場合、子どもを失うことで、家族の労働力や将来の希望まで失われてしまうのです。

貧困と肺炎は、互いに強化し合う関係にあります。この悪循環を断ち切るには、医療だけでなく、社会全体の取り組みが必要なのです。


私たちにできること:日本から見た世界

ここまで読んで、「でも、それは遠い国の話でしょう?」と思われた方もいるかもしれません。

確かに、日本では子どもが肺炎で亡くなることは稀です。しかし、それは私たちに関係がないということを意味しません。

第一に、グローバルな視点です。薬剤耐性菌は国境を越えます。感染症も国境を越えます。COVID-19が教えてくれたように、地球の裏側で起きていることは、いずれ私たちにも影響を及ぼすのです。

第二に、日本の経験です。
 日本は、肺炎による死亡を劇的に減少させた経験を持っています。その知識と技術は、世界に貢献できるはずです。ワクチン製造技術、医療従事者の訓練、公衆衛生システムの構築。これらすべてにおいて、日本は実績を持っています。

第三に、個人レベルでできることもあります。国際協力機関への寄付、肺炎デーの啓発活動への参加、SNSでの情報発信。どれも小さな行動かもしれませんが、それらが集まることで大きな流れを作ることができます。

そして、何より重要なのは、「知る」ことです。世界のどこかで、今この瞬間も1分に1人の子どもが肺炎で息を引き取っている。その事実を知り、心に留めておくこと。それだけでも、意味があるのです。


息をするという奇跡を、もう一度

記事の冒頭で、私たちは1日に約2万回息をすると書きました。

今、この瞬間、意識的に深呼吸をしてみてください。空気が鼻から入り、気管を通り、肺の奥深くまで届く感覚を味わってください。

この単純な行為が、実は複雑な生理学的プロセスの結果であり、そして何より、恵まれた環境の結果でもあります。清潔な空気、健康な肺、適切な医療へのアクセス。これらすべてが揃っているからこそ、私たちは無意識に息をすることができるのです。

世界肺炎デーは、そのことを思い出させてくれる日です。予防可能で治療可能な病気で、年間50万人もの子どもが命を落としている現実。ワクチンはあるのに届かない矛盾。貧困と医療アクセスの格差。薬剤耐性という新たな脅威。

これらすべてが、「息をする」という当たり前の行為の裏側に潜んでいます。

私たちにできることは限られているかもしれません。でも、知ることはできます。関心を持つことはできます。そして、できる範囲で行動することはできます。

息をすることは、奇跡です。
 その奇跡を、世界中のすべての子どもたちが享受できる日が来ることを願って。11月12日の世界肺炎デーは、そんな願いを込めて制定された日なのです。


以上、セオドアアカデミーでした。おしまい!


参考文献

  • Forum of International Respiratory Societies (FIRS)「World Pneumonia Day 2024」(2024年11月12日)
    https://ginasthma.org/world-pneumonia-day-2024/

  • Catia Cilloniz, et al.「World Pneumonia Day 2024: Fighting Pneumonia and Antimicrobial Resistance」American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, Vol.210, No.11, 2024
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11622429/

  • Every Breath Counts Coalition「World Pneumonia Day 2024 - Partnerships for Progress」(2024年12月6日)
    https://stoppneumonia.org/latest/world-pneumonia-day-2024/

  • International Society for Infectious Diseases (ISID)「World Pneumonia Day 2024: Spreading Awareness for the Future」(2024年11月12日)
    https://isid.org/worldpneumoniaday2024/

  • ナース専科「再確認しよう!65歳以上の肺炎対策」(2024年2月9日)
    https://knowledge.nurse-senka.jp/500876

  • 公益財団法人長寿科学振興財団「高齢者の死亡原因」健康長寿ネット
    https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/tyojyu-shakai/shiin.html

  • 渡辺彰「日本の死因の順位が大きく変動しているのを知っていましたか?―肺炎死亡の減少と老衰死亡の増加」感染対策Online (2022年6月28日)
    https://www.kansentaisaku.jp/2022/06/3811/

  • 厚生労働省「薬剤耐性(AMR)対策について」
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html

  • 葛西よこやま内科・呼吸器内科クリニック「新型コロナ死亡者数の最新推移|2024年も年間3万人超」
    https://www.kasai-yokoyama.com/media/news/960/

  • 特定医療法人徳洲会「世界肺炎デー関連資料」
    https://www.tokushukai.or.jp/media/newspaper/1415/pdf/1415_04.pdf

※URLは原稿制作当時のものを使用。将来リンク切れの可能性があります。

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