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南の海で出会ったナシゴレンが、私に“世界史”を教えてくれた~一皿から見えた「植民地の歴史」|食×授業#11

みなさんは、ナシゴレンという料理を食べたことはありますか。

私が初めてナシゴレンに出会ったのは、もう35年ほど前のことです。
インドネシアを旅し、ジャカルタの沖合に浮かぶ島々「プルウ・スリブ」に滞在していたときのことでした。

東南アジア独特の香りがするけれど、どこか日本の味付けにも似ていて大好きな味でした。

けれど、その一皿は…
ただ「おいしい」だけでは終わらなかったのです。



1.釣り竿のない漁と、一皿の出会い

滞在中のある日、地元の漁師さんと一緒に、手漕ぎの小さな舟で海に出ました。

釣りをするのですが、手元に竿はありません。
手袋をした手に糸を巻き付け、そのまま海に垂らすだけの、実にシンプルな方法です。

「こんなんで、本当に釣れるのかな~」

半信半疑で糸を垂らすと、ぐっと重みが伝わってきました。
さっそく、引き上げてみると、名前も知らない魚が一匹、二匹、三匹…。
いわゆる入れ食い状態に。

その魚を島のレストランに持ち込むと、スタッフが笑顔でこう言いました。

「料理してあげますよ」(英語でしたが、何とか理解できました。笑)

しばらくして運ばれてきた一皿——
それが、私とナシゴレンの出会いでした。

2.チャーハンに似て、まったく違うもの

見た目は、日本のチャーハンによく似ています。
けれど、ひと口食べた瞬間に違いがわかりました。

ほんのり甘い、独特の香り。
上には目玉焼き、横にはエビせんべい。
このエビせんがまたおいしくて、思わず手が止まりませんでした。
そしてその横には、先ほどまで海を泳いでいた魚が数匹。
旅先の食事は、どうしてこんなにもおいしいのでしょう。

ただ、
後になって私は、その味の奥に「世界史」が潜んでいることを知ります。

3.香辛料が変えた、世界のカタチ

インドネシアは、長いあいだオランダの植民地でした。
なぜヨーロッパの国が、遠く離れた東南アジアを支配したのでしょうか。

その大きな理由のひとつが、「香辛料」です。

当時のヨーロッパでは、コショウやクローブ、ナツメグは非常に高価で、金と同じ重さで取引されるほどでした。
冷蔵庫のない時代、肉はすぐ傷みます。 その臭みを消し、保存性を高めるために香辛料は欠かせませんでした。

そして、それらの多くはインドネシアの島々、
とくに「スパイス諸島」と呼ばれたモルッカ諸島でしか採れなかったそうです。

4.「争いの海」から「つながりの海」へ

香辛料を手に入れられるかどうかは、国の富と力を左右しました。
だからこそヨーロッパの国々は、海を越え、産地そのものを支配しようとします。買うよりも、独占したほうが利益が大きいからです。

ナシゴレンのあの甘い香りを思い出すたびに、私は感じます。

「一皿の料理の向こうに、これほどの歴史があったのか」と。

あれから35年。
ナシゴレンを見るたびに、あの南の海を思い出します。

小さな舟。
手に巻き付けた釣り糸。
名前も知らない魚。

旅の記憶と世界史が、一つの皿の上で重なります。
そして今、インドネシアは日本にとって大切なパートナーです。
多くの技能実習生や留学生が日本で暮らし、
日本企業も現地で活動し、文化の交流も進んでいます。

かつて香辛料をめぐって争いが絶えなかった海が、
今では人が行き交い、文化が混ざり合う海へと姿を変えました。

ナシゴレンの香りを感じるたび、私は思います。

一皿の料理の向こうに、どんな歴史が隠れているのか。
そう考えるだけで、世界はぐっと広がって見えてきます。


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