映画『クィア/Queer』 おじさんと青年の恋の距離感
ビート・ジェネレーションを代表する作家、バロウズ自身の自伝的な作品、Queer(邦題:『クィア』。古いものだと『おかま』という今だったらNGではないか?なタイトル)がルカ・グアダニーノ監督によって映画化された。
『君の名前で僕を呼んで』でゲイの青年たちの恋を甘く、そして切なく、独特の表現方法も交えつつ美しく映像化したグアダニーノ監督が今度はクィアおじさんと青年の恋を撮ったというから興味深い。
今回もなんともユニークな表現を用いつつ、ピクチャレスクかつ、リアルに二人のもどかしい恋を描いている。
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苦しい。
この作品を見ていて一番感じる感情としてはこれだと思う。
最後まで苦しさが滲み出ているのだ。
もちろん、それだけではなく、その合間にちらっと喜びや幸福のようなものが見えるのだが、そう長くは続かない。
ポジティブな感情は必ず途切れ、また苦しみが姿を現す。
一目惚れをした青年ユージーン(ドリュー・スターキー)に対するリー(ダニエル・クレイグ)の直向きさがとにかく苦しく、そしてそこまで真っ直ぐに想われるユージーンの苦しさも加わり、それぞれの立場に立って両者の気持ちを同時に感じ、観ている方も一緒に胸が苦しくなってしまう。
繊細さん視点では、そのつらさがかなり響いてくるのだが、それでもその苦しさ自体は悪いものではないように感じられる。
真剣だからこそ苦しい。
何かに対して適当であれば、うまくいかなくたってそれほど苦しいと思うこともないはず。
リーとユージーンの恋がうまくいきそうでうまくいかなくなったりするのには種々の理由が隠れているように感じる。
二人の間には年齢だったり、感覚などのギャップがあり、時としては逆にそれが二人を近づける原動力となるのだが、その隔たりが大きくなると結局また離れてしまう。
上手くいかなくて苦しいけれど、その分、嬉しいことがあるとその喜びは倍増し、その瞬間はより幸せに感じられるというのも事実。
そんなマジックにも支えられながら、さらに頑張り、また苦悩する。
それが片思いというものなのかもしれない。
『好き』の距離感の難しさ

ユージーンはリーの熱心な恋心にはもちろん気づいてはいるものの、
近づいたかと思えば、急にそっけなくなったり。
時にはリーが距離を詰めようものなら、明らかに嫌な態度で不快感を
示す。
あまりグッと近づかれると距離を取ろうとし、距離を感じるとそれとなく近づいて存在を認識してもらいたいような素振りをしたり。
そんな行動を見ると、若さゆえもあるのかもしれないが、ユージーンにはどこか回避性パーソナリティのような部分もあるのかな、と感じる。
踏み込まれる恐怖。
これは回避性の人であればよく分かる感覚なのではないだろうか。
相手のことは知りたいけれど、そこには怖さもある。
一気に踏み込まれると自分のプライベート空間に無遠慮に侵入されるようで身がすくむ。
ユージーンのそういった行動は自分のセクシャリティに対する迷いのようなものからも来ているのだろう。
リーに「自分はクィアではない」と言うだけあって、時代背景もあり、世間体的にも、自分自身としても自分はクィアだと認めることに臆病になっているようだ。
自分のことを強く求めるリーを本気で受け入れたら後戻りできなくなるような恐怖もあるのかもしれない。
相手がますます本気になったら、もう逃げることはできない。
なんなら自分が相手に執着してしまうかもしれない。
お互い、どっぷり浸かってしまったら…。
そんな不安が頭をよぎるのか。
あることないこと心配して、不安になって。
先々考えて、取り越し苦労して。
時に大胆に飛び込んでみたいけれど、
やはりどこかでストッパーがかかってしまう。
だからこそユージーンは気になってるのに、気にしてないフリ。
嬉しくたって、冷たく振舞う。
でもそんな難しい自分を受け止めてほしいと心では願っているはず。
そしていざ受け止めてもらえたら、すっと消えてしまったりすることも。
難しい。
そんなユージーンの行動は逆にリーに火をつけ、ますますリーを夢中にさせてしまうと分かってなのか、分からずなのか。
邪険に扱われてもめげずに何度も挑んでいくリーの本気さはユージーンにとっては重いのか、それとも喜ばしいのか。

リーからしたらユージーンの言動は時に不可解で、扱いづらいだろうし、
本心が見えず混乱してしまったりもするだろう。
時には心無い態度に憤ることもあるはず。
それでもあまり追いすぎず、いつでも本人が来たい時に戻って来れるように常にドアを開けておくと戻ってきたりするものなのだ。
2人の関係性はそれぐらいの距離感が一番よかったのかもしれない。
好きの距離感は人それぞれで難しい。
リーの情熱とユージーンの臆病さが結果的に二人を遠ざけてしまったのは
残念だ。
好きの距離感も相性の一部なのだ。
