江戸に返る #3
2024年秋、仙禽の新たな章が幕を開ける。コンセプトは「江戸返り」。
米づくり、酒づくり、地域づくり。次の20年、その先を見据えた未来をつくるための「江戸返り」構想について、11代目蔵元の薄井一樹が語る。
原原種を遺す
令和6年の「江戸返り」。
仙禽の古くて、新しい酒造りは、醸造の技法の話にとどまりません。
酒造りは、米作りから。蔵の「ドメーヌ化」へ舵を切った2011年から、仙禽の歩みは、米作りと共にあります。
そして米作りの柱が、亀の尾の栽培です。
明治初期、山形県の篤農家が発見、育種した米の品種で、ササニシキやコシヒカリ、あきたこまちなどのルーツといわれています。
「江戸返り」では、優れた米の原種であるこの亀の尾での酒造りを、さらに極めていきます。
日本酒好きな方はよくご存じの通り、亀の尾は「幻の米」といわれた品種です。
はじめは飯米として東日本各地に普及し、のちに酒造りにも使われるようになり、一時は「西の旭」「東の亀の尾」といわれるほどになりました。
ところが、時代の流れとともに改良品種にその地位を譲り、栽培面積を減らしていきます。
一度は栽培が途絶えたこの米ですが、1980年代に入り、漫画『夏子の酒』に登場したことをきっかけに、再び脚光を集めていきます。
私もこの漫画を通じ、作中では「龍錦」という名で登場する幻の米・亀の尾の存在を知った一人です。

実家に戻り家業に加わった2004年当時、私は仙禽の酒が好きではありませんでした。
日本酒の消費量が下がる中、高度経済成長期からの惰性で大量生産路線に決別できず、酸味料や糖などの添加物に頼った酒造りを続けていたからです。仙禽だけではありません。
多くの酒蔵が、まだそのようにして酒を造っていた時代でした。
「すべてを、変えたい」という想いは、ヒロイズムやロマンチシズムとは無縁の、「変えなければ、すべてが終わる」という、切実な理由からでした。米作りに着手したことも、その米に亀の尾を選んだこともしかり。
大量生産への対極にあるものとして「古典回帰」を旗印に掲げ、醸造面で生酛を軸としたのと同じように、「古の米、亀の尾を育てて、酒を醸す」という選択は、必然にさえ思えたのです。
亀の尾の歴史について少し補足をしますと、栽培が途絶えた大きな理由の一つに、化学肥料での栽培が向かなかったことが挙げられています。
つまり亀の尾もまた、多収性という「量の正義」により淘汰された品種です。
アンチ大量生産。
そのための具体的な手段を模索していた自分にとって亀の尾は、不安だらけの行く先を照らす光のようでもありました。

そうは言っても、道のりはたやすくありませんでした。
まずは山形県の農家さんに相談し、種もみをお譲り頂くところから。
当時の仙禽は全国的な知名度もなく、私は蔵を継いだばかりの若造で、大切な米の種もみを「はい、どうぞ」というわけにはいかなかったのも今はよく理解できます。
ようやく分けて頂くことができ、いざ栽培となったら、今度は農家さんから非難轟々です。
それまでコシヒカリなどを手掛けていた農家さんにとって、亀の尾の栽培は同じ稲作でも未知との遭遇といえるほど困難でした。
「とんでもない、こんなもの」と、多くの農家さんに白旗を振られました。化学肥料を使わず、土本来のエネルギーで作物を育てるとなると、雑草や虫との向き合い方ひとつから変わって来る。
それまで積み上げてきたノウハウがゼロにリセットされる経験は、農家さんにとってもどれほどのことだったかと思います。
幸い、一軒の農家さんが先頭に立って、亀の尾の有機栽培の道を拓いてくれました。
塩谷郡塩谷町の杉山ファームさんです。
代表の杉山修一さんは、ご自身の健康上の理由でそれより前から有機・無農薬栽培に取り組んでおられました。
「とにかく亀の尾で酒造りをしたい」とがむしゃらな気持ちでいる私たちに対し、冷静に、そして丁寧にエビデンスを示しながら、栃木県産亀の尾の栽培に力を尽くして下さった。
杉山ファームさんなしでは、今日の仙禽はありえないといえる、恩人であり同志です。
そして亀の尾の栽培を続けるうちに、もう一つの課題が生まれました。それが、原原種の保存です。
稲は種採りを繰り返すうちに、交配環境や産地の気候の影響で品種の特性がだんだん薄れてきます。
亀の尾も、栽培が広がる過程で生まれた「亀の尾〇号」といった系統品種が9種類存在します。
それらに優劣をつけるわけではないですが、オリジナルは一つであるべき。きちんとした形で保存しなければ、時代の流れの中で失われてしまいかねません。
そこで、亀の尾を栽培し始めてほどなく、原原種の保存、育成に着手しました。
今から9年前のことです。

農業生物資源(植物、微生物、動物)の遺伝資源を管理するジーンバンクから種もみをもらい、自家採種を続けながら、毎年の収穫物をジーンバンクが保存するオリジナルと比較する。
単に「種籾の自家採取」というと、ほかの農家と同様の取り組みのように聞こえるかもしれませんが、国が管理するジーンバンクが保有していた原原種の亀の尾DNAが一致するものを、全国に9種類存在する亀の尾から選抜して使用しています。
「似たもの」は廃し、同じ性質を持っていると判断できたものだけを原原種とし、作付けを増やしてきました。
成分分析や検証作業は、種苗管理•育種研究所が行います。
杉山ファームと種苗管理•育種研究所との協業で、足掛け9年の取り組みを経て、「仙禽で作る亀の尾は、その原原種である」と言える状況にたどり着いたのです。
関東農政局に申請をし、令和4(2022)年10月、亀の尾としての登録が認められました。
なぜ、亀の尾に、しかも原原種にそこまでこだわるのか。
亀の尾を独占したいわけでも、他を排除したいわけでもありません。
仙禽の「江戸返り」において、欠くべからざるピースであると考えるからです。
「江戸返り」は、酒造りを、大量生産をよしとする以前の姿に戻すこと。
つまり無化学肥料で育てた亀の尾の原原種で、生酛の酒を醸すことが、そのスタートになるわけです。
さらに言えば「江戸返り」のゴールは、酒造りの先にあります。日本酒を通じて、口に入るものの大切さや尊さを伝えること。

仙禽令和6年の「江戸返り」には、もう少し、続きがあります。
構成・文 佐々木ケイ
(つづく)
