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60代・70代から始める「第二の現役」:自分の経験をネット発信でお金に変えるための、失敗しないブログ・SNSの始め方

70歳からの再起|定年後の孤独と500万円の墜落を「一生モノの生きがい」に変えた情報発信の記録

「定年を迎えた後、自分はもう、この社会に必要とされていないのではないか……」

そう思い悩み、夜中にふと目が覚めて、天井をじっと見つめてしまう。そんな言いようのない寂しさと焦燥感に、胸を締め付けられたことはないでしょうか。

「自分に限って、そんな弱音を吐くわけがない」

第1章:色を失った日常――会社という「鎧」を剥ぎ取られた男の末路

会社員時代、それなりの役職に就き、部下を従え、大きなプロジェクトを動かしてきた自負がある人ほど、そう突っぱねるかもしれません。

しかし、断言します。その孤独は、ある日突然、音も立てずにあなたの背後に忍び寄ってきます。

かつての私が、まさにそうでした。

私は70歳を迎える少し前、長年勤め上げた会社をいよいよ完全に退職しました。それを機に、長年暮らした都会のマンションを売却し、妻と共に、かねてからの憧れであった緑豊かな田舎町へと移住したのです。

「これでようやく、誰にも縛られない自由な人生が始まる」

「朝の満員電車からも、理不尽な人間関係からも、売上のノルマからも解放されるんだ」

移住したばかりの数週間は、まるで長い夏休みを迎えた子供のように、心躍る毎日でした。朝、鳥のさえずりで目が覚め、淹れたてのコーヒーを飲みながら、ゆっくりと新聞の隅々にまで目を通す。広い庭に出て、土の匂いを嗅ぎながら、不慣れな手つきで果樹の苗木を植えたり、草むしりをしたりする。

「これぞ、自分が夢に見た理想のセカンドライフだ」と、幸福感に浸っていました。

ところが、現実はそう甘くはありませんでした。

人間の脳と体は、それほど簡単には「何もしない日常」に適応できないのです。

移住から1ヶ月が過ぎ、暮らしのセットアップが一段落した頃、恐ろしいほどの「空白」が私を襲い始めました。

いつものように朝6時に起きる。新聞をじっくり読む。庭に出て、少し手入れをする。妻が作ってくれた昼食を食べる。

「さて、午後の活動を始めようか」と思って柱時計に目をやると、驚いたことに、針はまだ「午後1時」を指しているのです。

そこから先の、果てしなく続く自由時間を、一体どう使えばいいのかが分からない。

会社員時代であれば、午後1時といえば午後の会議が始まり、電話が鳴り響き、スケジュール帳は分刻みの予定で埋まっていた時間帯です。

しかし今の私の前にあるのは、ただ静まり返ったリビングと、テレビから流れる締まりのないワイドショーの音だけ。

かつては一日に何度も鳴り響いていた携帯電話は、パタリと音を立てなくなりました。

メールボックスを開いても、届いているのは企業からの自動配信のメルマガや広告ばかり。現役時代、あれほど「お世話になっております」「 Nさんのご指示を仰ぎたく」と私を頼ってきた部下たちからも、取引先の担当者からも、誰一人として連絡は来ません。

その時、私は冷や水を浴びせられたような衝撃と共に、残酷な現実に気がついたのです。

「彼らが頭を下げていたのは、私という人間に対してではない。私が背負っていた『会社の看板』と『役職』に対してだったのだ」と。

看板を失った私は、ただの「何もしない70歳の老人」に過ぎませんでした。

社会との細い糸が、プツリ、プツリと音を立てて切れていく。自分が世の中から消えてしまっても、世界は何事もなかったかのように回り続ける。

「誰からも必要とされていない」という強烈な虚無感が、じわじわと心の奥底に冷たい泥のように溜まっていきました。この何とも言えない退屈さと恐怖は、経験した者にしか分からない、精神的な拷問でした。

第2章:500万円の墜落――孤独な魂がハマった、美しき詐欺の罠

この「深い孤独」と「得体の知れない焦り」がピークに達した時、人間の心の防壁は、脆くも崩れ去ります。どれほど社会経験が豊富であっても、どれほど理性的であると自負していても、関係ありません。むしろ、現役時代にそれなりの成功体験がある人ほど、「自分だけは騙されない」「自分の目利きは正しい」という過信があるため、罠に深くハマりやすいのです。

私の心の隙間に、滑り込むように入ってきたのが、SNSで見かけた「高配当を約束する投資グループ」の広告でした。

最初は、ほんの冷やかしのつもりでした。スマートフォンをいじっている時に、著名な経済アナリストの顔写真と共に、「老後資金の不安を解消する、シニアのための確実な資産運用法」という文字が目に飛び込んできたのです。

クリックすると、そこには私と同世代とおぼしき人たちが、「定年後の退職金を運用して、毎月30万円の不労所得を得ています」「これで孫へのプレゼントも、夫婦での旅行も思いのままです」と、笑顔で語る体験談が並んでいました。

今思えば、あまりにも出来すぎた、絵に描いたような嘘です。しかし、当時の私は正常な判断力を失っていました。

お金が喉から手が出るほど欲しかったわけではありません。私が本当に欲しかったのは、その投資グループの中で繰り広げられる「活発なコミュニケーション」であり、自分の存在を認めてくれる「居場所」だったのです。

専用のチャットグループに招待されると、そこには「先生」と呼ばれる投資の専門家と、数百人の参加者がいました。私が初心者のような質問を書き込むと、すぐに「素晴らしい着眼点ですね」「 Nさん、一緒に老後の資産を守りましょう!」と、見ず知らずの人たちが次々と温かい言葉をかけてくれたのです。

「ああ、ここには私の言葉を聞いてくれる人がいる」

「ここでは、私は無視されないんだ」

乾ききった砂漠が水を吸い込むように、私はその心地よい空間に溺れていきました。毎日のように送られてくる「今だけの上場確実な未公開株」「海外の特別プライベートファンド」といった案内が、特別な人間だけにもたらされる最高のチャンスに見えて仕方がありませんでした。

「簡単に資産が増える」

「これでこれからの田舎暮らしも、完全に安泰になる」

私は妻に内緒で、退職金とマンションの売却益の一部から、まず100万円を指図された口座に振り込みました。すると、スマートフォンの画面上のアプリでは、翌日からみるみるうちに資産が「増殖」していくのです。100万円が120万円になり、150万円になる。数字が増えるたびに、チャットの仲間たちが「おめでとうございます!」「さすが Nさん!」と称賛してくれました。

私は完全に理性を失いました。さらに400万円を追加で振り込み、投資額は合計で500万円に達しました。

異変が起きたのは、その直後のことです。

妻との結婚記念日に、少し贅沢な旅行を計画し、増えた利益の中から50万円ほどを手元に引き出そう(出金しよう)とした時のことでした。

「現在、システムのメンテナンス中のため出金できません」

「出金するためには、保証金としてさらに100万円の振り込みが必要です」

画面に表示された冷淡なメッセージを見て、私の背中に一筋の冷たい汗が流れました。慌ててチャットグループの「先生」やアシスタントにメッセージを送りましたが、既読すらつきません。そればかりか、翌朝起きてスマートフォンを見ると、私はその投資グループから強制退会させられており、アプリの画面も真っ白になって消えていました。

500万円という大金が、文字通り一瞬にして、煙のように消え去ったのです。

警察の手続きを終え、重い足取りで自宅へ帰る道すがら、私は激しい自己嫌悪に押しつぶされそうになっていました。

お金を失ったことの痛手もさることながら、私がそれ以上に失ったのは、これまでの人生で築き上げてきた「プライド」と「自信」のすべてでした。

「自分は一体、何をやってるんだ」

「70歳にもなって、社会の裏表を知り尽くしているはずの元ビジネスマンが、こんな子供騙しの詐欺に引っかかるなんて」

「情けない。恥ずかしい。妻にどんな顔をして謝ればいいのか……」

毎晩、布団に入っても一睡もできず、暗闇の中で自分を責め続けました。激しい後悔の念で、胃がキリキリと痛み、一気に老け込んでいくのが自分でも分かりました。

しかし、絶望のどん底で、私はふと考え直したのです。

「私はなぜ、あの時あんなにも簡単に騙されてしまったのだろうか」と。

徹底的に自分の心と向き合った結果、導き出された結論は、あまりにも切ないものでした。本当に欲しかったのは、目先のお金ではなかった。

私が命がけで探していたのは、「社会とのつながり」「日々の生きがい」「自分がまだこの世界に存在していいのだという、誰かに必要とされる実感」そのものだったのです。お金は、その孤独を埋めるための言い訳に過ぎませんでした。

第3章:知人の告白――孤独死の足音が聞こえた、かつての戦友の言葉

私が詐欺の被害に遭い、自宅に引きこもりがちになっていた頃、会社員時代に机を並べて競い合い、共に修羅場をくぐり抜けてきた同期の知人(ここではA君と呼びます)から、数年ぶりに電話がかかってきました。お互いの近況を語り合う中で、彼がぽつりと言い放った言葉は、私の胸の奥深くに突き刺さりました。

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