受け入れるとは我慢することではない【超精神性一元論・実践編⑨】
受け入れるとは、我慢することではない
「受け入れなさい」この言葉もとても誤解されやすい。
・我慢しろということ?
・耐えろということ?
・諦めろということ?
違います。受け入れる=我慢、ではない。
受け入れられないのは「現実」ではない
人が拒んでいるのは、起きた出来事そのものではありません。拒んでいるのは、
・こんなはずじゃなかった
・これは間違っている
・私は被害者だ
という解釈です。
現実よりもその上に乗せた意味のほうが苦しみを生んでいます。
我慢は「抵抗の継続」
我慢している状態とは、心の中でずっと戦っている状態です。
・納得していない
・認めたくない
・変えたい
これが続く限り緊張は解けません。受け入れとは、戦いをやめること。
受け入れると、選択肢が増える
不思議ですが受け入れた瞬間に自由が増えます。
・ここから何ができるか
・次にどう進むか
・本当に望むことは何か
抵抗している間は「嫌だ」という一点に縛られる。受け入れると、視点が前に進みます。
受け入れる=肯定ではない
ここも大事なポイント。受け入れることは「良いことだと認める」ことではありません。
・好きじゃない
・望んでいない
・二度と繰り返したくない
それでもいい。ただ、「起きた」という事実と争わない。
本当の受け入れは、静か
本当に受け入れたとき感情は劇的に盛り上がりません。
・少し楽になる
・力が抜ける
・呼吸が深くなる
それがサインです。
実践ポイント
抵抗していると感じたらこう言ってみてください。「これはもう起きた。今はここから考える」解決しなくていい。前向きにならなくていい。
ただ戦うのをやめるだけ。受け入れるとは、自分を縛っていた緊張を解くこと。我慢でも、諦めでもない。
