第2話|Avanti!(お熱い夜をあなたに)
飛行機がナポリに降り立つ。
アメリカのビジネスマン、ウェンデル(ジャック・レモン)は、
父の急死の報を受けて急ぎイタリアにやって来る。
だが空港で待っていたのは、想像もしなかった現実だった。
父は亡くなったのではなく――
愛人と共に、バカンス中に事故死したのだ。
ホテルの支配人は微笑み、地元の人々は静かに受け入れている。
驚き、怒り、そして戸惑うウェンデル。
しかし、亡き父の“愛人の娘”であるパメラ(ジュリエット・ミルズ)と出会った瞬間、
彼の中の何かがゆっくりと溶けていく。
コメディという形をした、赦しの物語。
『アバンティ!』は、一見ラブコメのように見える。
だが実際には、文化の違いと心の鎧を脱ぐまでの物語だ。
アメリカのビジネスマンであるウェンデルは、
すべてをスケジュールで管理し、時間通りに動こうとする。
イタリアの人々は、その逆だ。
陽気で、奔放で、感情を隠さない。
最初は衝突する。
だが、ゆるやかな地中海の時間の中で、
ウェンデルは次第に“正しさよりも豊かさ”を学んでいく。
「アメリカではすべてが急ぎすぎる。
ここでは、人生がちゃんと味わえる。」
このセリフが、本作の核心を射抜いている。
ジャック・レモン、円熟のユーモア。
同じ監督と主演のコンビ(ワイルダー×レモン)でも、
『アパートの鍵貸します』の頃とは違う。
ここでのレモンは、焦る青年ではなく“心の硬い大人”。
その表情が少しずつほぐれていく過程を、
ワイルダーは時間をかけて描く。
イタリアの風景、古いホテル、陽光に包まれた部屋。
そのすべてが、観客に“人生の二度目”を感じさせる。
笑いながらも、どこか切ない。
老いと死、過去の過ち、そして遅れて訪れる愛。
「人は、若いときにしか恋をしてはいけないなんて、
誰が決めたのかしら?」
――パメラ
ワイルダーの遺言のような優しさ。
『アバンティ!』は、皮肉の多かったワイルダー作品の中で、
もっとも穏やかで、もっとも人間を赦している映画だ。
登場人物の誰もが不完全で、少し間抜けで、どこか憎めない。
死でさえも、悲劇ではなく“再会のきっかけ”として描かれている。
この映画を観終わると、
人生の失敗や過ちが、ほんの少しだけ愛おしく思えてくる。
“許される”という言葉の意味を、
こんなに軽やかに描いた映画は他にない。
いま観る意味。
現代は「正しさ」や「効率」で満ちている。
けれどこの映画は、それを笑う。
人間の愚かさを、罰するのではなく、抱きしめる。
ワイルダーの視線は、年老いてなおあたたかい。
まるで「人生は一度失敗してからが本番だ」と言っているようだ。
南イタリアの太陽の下で、
登場人物たちは過去を受け入れ、
ようやく自分を好きになる。
その光景こそが、『アバンティ!』最大の幸福だ。
[作品情報]
『Avanti!』(アバンティ!)
1972年/アメリカ=イタリア合作/監督:ビリー・ワイルダー
出演:ジャック・レモン、ジュリエット・ミルズ

