見出し画像

祖母と、はじめての外食

夕方の時間帯になると、台所から聞こえる音。
換気扇がまわる音、まな板に包丁がトントンと当たる音、
少しずつ美味しそうなにおいがしてくる。

この日は違いました。

前日、祖母の部屋に置かれた登山用リュックを見て、
私は小さく決意をしました。

祖母は山岳サークルに入っていて、
登山の日はいつも朝早くから出かけます。
お昼過ぎから夕方に帰ってきて、祖母は夕食を作ってくれます。

登山。
私は学生の頃に学校行事として参加しただけで、
体力の少ない私は、当たり前のように最後尾で、
引率の先生に励まされながら、ヘロヘロになって登りました。
それ以来行っていません。

あんなに疲れる登山の後に、夕食を作ってもらう。

いつもこれが引っ掛かっていました。

「山登った日くらい、私が作るよ」

と言ったこともあったのですが、
祖母は譲りません。
私が料理殆どできないことを知っているのか、
祖母なりの拘りがあるのか。

「明日の夕食なんだけど」

上手く言えない気がしたので、何度か練習した言葉を言い始めます。

「私出すから、外食行きたい」

練習したから少し棒読み口調で言うと、祖母は、

「気を使わなくていいよ、手抜き料理作るから」

と言います。

ここまでは想定どおり。
私はこの続きも練習していました。

毎日料理を作ってもらってうれしいこと、
私はこれが当たり前のことではなく、とても感謝していること、
前から自分の働いたお金で、祖母と外食に行きたかったこと、
それを目標に少しお金を貯めていたこと。

途中でメモを見たりしながら伝えました。

祖母は少しだけ驚いた顔をして聞いていましたが、
少し考えて、穏やかに笑顔で

「ありがとう、安いお店でいいわよ」

その一言で、気持ちが軽くなりました。

当日私は仕事があって、帰宅すると祖母はまだ帰っていませんでした。

家でゲームしたりnoteを見たりしていると、
夕方ごろに祖母が帰ってきました。

祖母はシャワーを浴びて着替えています。

気が変わって食べるものを買ってきていたり、
作り始めたりしないか、見ていたのですが、
そんなことはなくて、TVをつけて、本を読んでいました。

いつも夕食時間の少し前に家を出ると、
夕方と夜のあいだで少し薄暗くて、街にあかりがついています。

この時間に祖母と並んで歩くことが、
いつもと違う感じで、少しわくわくしてきました。


「お店、どうする?」

駅に向かって歩いている時に、祖母が聞きます。
少し不安そうです。

「決めてある、行きたいお店あるんだ」

「せなちゃんが食べたいのでいいよ」

駅の近くにある商業施設に着くと、
私はスマホでお店の情報を確認しました。

エレベーターに乗ってお店のあるフロアへ。

「ここにしよう」

大戸屋、和定食のチェーン店

「いいね」

それだけで決まりました。

お店は空いていて、待たずに入ることができました。
席に座ると、祖母はメニューをゆっくり見て、
「こういうの、久しぶりね」
と言います。

その言葉を聞いて、来てよかったと思いました。

祖母はメニュー選びに結構悩んでいました。
私がお金を出すので、気を使っているのかもしれません。

「好きなの選んで、いちばん高いやつ以外で」

一番高いメニューが何かは知りませんが、そう言ったのは、
祖母が気を使って安いメニューを頼んでほしくなかったからです。

祖母は「豚トロみそ漬け炭火焼き定食」
私は「三元豚のヒレかつ定食」
ご飯が選べたので、五穀ご飯にしました。

待っている間、
祖母は今日登った山の話をして、私はそれを聞きながら、
ただ頷いていました。

私の食べた三元豚のヒレかつは美味しくて、
五穀ご飯も普段食べないので、新鮮でした。

私は食べながら話すのが苦手で、
祖母はそれをわかってくれているので、
食べるときは静かでしたが、
「美味しいわね」
「こっちも美味しいよ」
と少しだけ話ながら、
途中で、1切れずつ交換してシェアしたりしました。

「何だかすごく楽しい」

いつもとは違う、夕食の時間。

いつの間にかお店は混んできて、店内が少しずつ賑やかになってきました。
でもその時は、私たちの席だけ少し違う時間が流れているような感覚で、
ゆっくり、いつものように食事をしました。

お会計の時、祖母は「本当にいいの?」と心配そうにしていましたが、
「うん、いいよ」と私が答えると、
「ありがとう、ごちそうさま」と祖母が言ってくれました。

ここで「やっぱり出す」と言われたらどうしようと、不安だったので、
ホッとしながらお会計をしました。

帰り道。
祖母は「こうやって外で食べるのもいいね」とうれしそうに言います。
登山の後に、いつもと違うことをして、
疲れたりしないか心配でしたが、
満足そうな表情を見て、
私の気持ちは軽くなりました。

団地が見えてきた頃、私が言いました。

「また行きたいな」

「たまにだからいいのよ」

その一言は、本心なのか、私に気を使ってなのかはわかりません。

私は「そうだね」
とだけ返しました。

家に戻ると、いつもの静けさが戻ってきます。
台所は洗い物もなく、私はお風呂を沸かしました。

いつもと違う夕食。
いつも作ってもらっているお礼ができたり、
気になっていたお店に行けたり。

祖母と外食をした余韻が、家に帰っても少し残っていました。

祖母のあとにお風呂に浸かりながら、今日のことを振り返っていました。

いつもの日常もいいけど、たまにはこういうのもいいな。

湯船から出て、部屋に戻ると、奥の祖母の部屋には、もう電気がついていませんでした。
登山の後だから、早く眠ったのかもしれません。

明日はまた、いつものように祖母が朝からお味噌汁を作り、
私は仕事へ行く日常が続きます。

私の収入で外食は少し贅沢だけど、
心の中には「またいつか一緒に行きたい」という楽しみが、
新しい目標になりました。


祖母との団地暮らしについては、こちらのマガジンにまとめています。


いいなと思ったら応援しよう!