敵を知り、己を知れば百戦危うからず:The Apprentice
“アメリカン・ドリームは、やはりただの夢なのか?”の中でも書いたように、私は普段政治的にはならないように気をつけている。それから、嫌だな、と思っても、何事も憎むまでは助長しないように努力している。あの、オレンジ色の、疑惑の頭髪男が大統領選で勝つまでは。
私は、あの男のやることなすことが嫌だ。品のない声や稚拙な英語が嫌だ。そんな人間が大統領になってしまう、この国が恥ずかしい。TVやネットのニュースを避けることで、憎しみを自分の心に宿すことを避けようとした。
第一、観てしまうと、そればかり考えてしまい、私の生活がまるで奴中心に回ってしまうようで嫌だった。だから、正直言って、奴の事を云々語るほどは知らない。知らないから、益々理解不能で、まるで同じ人間だとすら信じられない。
奴が再選した時点で、私は米国を出ることを決意した。ポルトガル移住の準備を始めて、精神的に少し余裕も出て、The Apprentice;ドナルド・トランプの作り方、を観てみた。敵を知ろうという試みである。おまけに、奴はこの映画が劇場に出回るのを止めようとしたと聞いた。それが無理だと分かると、“あんなの嘘だ。全部偽物だ”と、自分の都合が悪くなった時の常套句を持ち出した。俄然、観る気が湧いてきた。

この作品は、端的に言えば、当時飛ぶ鳥を落とす勢いの、悪徳弁護士ロイ・コーンに指導され、どうやって無知でナイーヴ、でも上昇志向だけが強かった奴が、現在の暴虐無人で傲慢な人間になったか、を描いている。
奴の父親は、子供たちを罵ることはあっても、褒めたり可愛がったりはしなかった。だから、ロイが奴を傘下にいれ、どうやって成功するか、を教え始めたときに、奴は、実の父親が与えなかった愛情を補うような気持で、全てを吸収したのではないか、と想像する。
ロイの教えは、
1. 攻撃、攻撃、攻撃
2. 何も認めるな
3. 負けても勝ったと言え。
これで腑に落ちた。今の奴の行動、言動は、これで全て説明できる。
また、ロイは、自分はアメリカという国を愛しているので、その国を守るためには、手段は問わない、という建前をもってして、反道徳的、ひいては違法行為も厭わない。藍は藍より出でて藍より青し、は肯定的に使われる言葉だと思うので、それで表現することは憚れるが、まさに奴は、ロイの手段使って、師であるロイよりも、冷酷非道な成功者となる。

中野信子とヤマザキマリ共著の“生贄探し”で、彼らのローマ帝国第五代皇帝であったネロの分析を読んで、この分析は、奴、もしくは、ロイ・コーンにも当てはまるのではないか、と思った。
暴君として知られるネロ、だが、自分は人々に愛されていると信じ、己を太陽神と言ったり、自分の巨象を作られせて町に配置したりした。また、チャリオットという競技に自ら参加していたが、自分が必ず優勝するように仕組んでいた、という。
それを中野氏は、ナルシスト性もあり、さらにパラノイア的だ、と説明し、少年時代に不安や恐怖を強く感じる環境で教育を受けてきたのではないか、と示唆する。
周りから批判されるのではないかと常に怯えたり、自分を特殊な人間だと信じ込もうとするのは、パラノイアの特徴で、自分は本当は何もない人間だとバレるのが怖くて、ナルシスティックに見えるほど極端な自己主張をしたのではないか、と。
ネロにも、家庭教師兼参謀長官のセネカという、バカトラにとって、ロイのような存在がいたが、後にネロはセネカに自殺を命じる。中野氏は、それを“身近な誰かを殺害することで、僕は自立した、成長した”という実感を感じたのではないか、という。トランプが死につつあるロイを見捨てたことにも、そういう意味があったのかもしれない。
奴は、ロイ・メソッドを使って、あっと言う間に不動産王となったが、それでも、6回破産宣告している。そういうと、一口に成功とは言えないような気もするが、本人にとっては、破産しても、その度に同方法でのし上がってきたのだから、逆にロイ・メソッドがどれだけ効果的か、を証明している、ということなのかもしれない。そして、それを大統領選、そして大統領職でも使って、本人的には成功している、ということなのかもしれない。
映画の話に戻るが、脚本家は、かなり楽しんで書いたのではないか、と想像する。特に、奴が成り上がった後の、下世話な話し方や幼稚な語彙の選択は、今のトランプそっくりで、笑いを誘う。

またトランプを演じたセバスチャン・スタンにも拍手を送りたい。彼は、私にとっては、アヴェンジャーズのお気に入りのヒーローの一人、ウィンター・ソルジャーなのだが、実は、The Apprenticeのプレヴューを観た時に、彼だとは全然気がつかなかった。彼が、“I, Tonya”で、トーニャ・ハーディングの夫を演じた時も、別人だと思っていた。The Apprenticeのために、彼は二か月で7キロ弱体重を増やしたらしいです。奴のように話すために、口の動かし方も変えたらしく、醜いアヒル口をそのまま生き写していた。そういえば、彼は、”Tommy &Pam“で、トミー・リーも演じたんだっけ。凄いなあ、あの演技の幅。
それはそれとして、The Apprentice、観て良かった、とは思わないけど、でも、まあ、これのおかげで、奴があのまま生まれてきた怪物ではなく、80に手が届こうとしているけど、実は過去50年位成長どころか変化もしていない、怖がりの子供が中に入って、しっちゃかめっちゃかやってるんだ、と思えば、まあ…納得が行く…ような行かないような…。共感はできなくても、少しでも理解することができれば、憎しみには至らない。…でも、どう考えても嫌な奴…。
