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gday_mate
心だけが、先に一日を始めている朝に
朝、目を覚ましてから、すぐに今日のことを考え始める。
何時に家を出るか。
何をしなければいけないか。
誰に連絡を返すか。
まだ始まっていない一日なのに、
心だけが先に走り出していることがあります。
体はまだ布団の中にいるのに、頭の中ではもう今日を生き始めている。
そんな朝は、顔を洗う水の感触から、ひと息ついてみます。
冷たい水が、指先に触れる。
顔に当たる水の感触に、意識が向く。
中国の思想家・老子には、「無為」という考え方があります。
何もしない、ということではなく、無理に力を入れず、自然な流れに身を置くこと。
ひと息つく数十秒も、案外「無為」と呼ばれる時間なのかもしれません。
その時間は、何かを成し遂げているわけではありません。
でも、ふと気づくことがあります。
まだ起きていないことまで考えていたこと。
今日一日のことを、もう背負おうとしていたこと。
心だけが、少し先の時間へ行っていたこと。
ひと息つくというのは、
その心を無理に止めることではなく、
「今、私はここにいる」と気づく時間なのかもしれません。
今日という日に入っていく前に、扉を少しだけやわらかく開くために。
今日、どこかで一度。
あなた自身に、ひと息つく時間が訪れますように。
このnoteでは、哲学や心理学の視点を通して、日々の中で感じる違和感や言葉にならない感覚を、ひとつずつ言葉につないでいます。
慌ただしい一日の中で、ふと自分のところへ戻ってこられるような、小さな言葉をお届けしています。
もし今日の記事の中に、少し立ち止まるきっかけになる言葉があったなら、スキやコメントで感じたことを残していただけたらうれしいです。
