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「描かない」ための、打ち合わせ。

「リアルタイムで話を聞きながら、よく描けますね!」

そう言っていただくことも多いグラフィックレコーディングの仕事ですが、実は描いているのは議論や対話の、体感でいうと20〜50%くらいです。

例えば、40分の対話を16:9の1枚で描く仕事や、3時間の対話を模造紙3枚で描く仕事。
そこではスペースの都合と、作業スピードの兼ね合い、強弱をつける目的などで、私の場合だいたいのお仕事では「描かないこと」が半分以上じゃないかと思います。

どこかでグラフィックレコーディングを見かける機会があったら、ぜひ話されていることと描かれていることを、注意して比べてみてください。
現場にもよりますが、みなさんが思っているよりも、描いていないことが多いのではないかと思います。

今日はそんな「描かないこと」について、私の失敗談と裏側をお話しします。


初めての現場で打ち上げでボロボロ泣いた

私が初めて人前でグラフィックレコーディングを描いたのは、約10年前。
20代半ば、鹿児島で、地域おこし協力隊の卒業を目前に控えながら、一対一のビジュアルインタビューの「可視カフェ」を始めたころです。

「関ちゃん、グラレコやってみない?」

まだ私がグラフィックレコーディングという名前も知らない時、一対一で描いていることを知ってくださっていた方から、描く機会をもらいました。

それから10年、相変わらず一対一でも描いています。

そのころは、グラフィックレコーディングの本もほとんど無く、私も実際に見たこともありませんでした。
頼りになったのは、Facebookでたまたま見かけた、どこかのワークショップのグラフィックレコーディングの写真だけ。

模造紙に描くらしい。
タイトルは大きい方がいいな。
何を話されるか分からないのに、覚えていられるんだろうか。

主催者、運営、プレゼンターや参加者。
それぞれの想いのこもった大切な場で、未経験の私にチャレンジさせてもらえる機会をいただけることって、なんてありがたいんだろう。
やれるだけ、やらなければ。

色々考えて、できるだけの準備をして当日に臨みました。

マイルドライナーで模造紙に描いていた、初現場

場所は、300人くらいの参加者が集まるプレゼンと対話の場。
話されるのは、話し手が半年間練りに練ってきた15分のスピーチ。
それも、チーム6人くらいが、話し手を支えてきてやっと生まれたスピーチです。

あれ、どうしよう。全部大事に聞こえる。
どれも描くべき大事なことだよね。
描き逃して「あれは描かなかったの?」と言われたくないなぁ…!?

100人の熱気の中で、私だけが真っ白な紙に向かって焦りと不安でいっぱいでした。

そして、そこで描いたものは13年後の今見返すと、頭を抱えてゴロゴロしたくなる出来です。

メインメッセージはかろうじてあれど、話題は広く浅く、強弱がない。
イラストなどビジュアル表現をする時間がとれず、文字ばかり。
小さい文字、見る人の立ち位置との非対応。使われ方まで全然デザインできていない。

それはまるで、ただの私の大きなノートでした。

終わって魂が抜けている私。
10分のスピーチを連続で10人分、模造紙1枚ずつをオンタイムに仕上げたデビュー。

そして、打ち上げへ。
何の役に立ったか、手応えがなくて、気もそぞろ。
乾杯のあと、ドリンクを片手に気の置けないファシリテーターの知人の隣に座ったら気が緩んだのか「あれで、よかったんですかね、わたし、なんかの役に立ててましたかね…」と、不甲斐なくて、ボロボロ泣きました。

もっとちゃんと、役に立つものが描きたかった。

鹿児島で一番いいホテルの、とびきり美味しいはずのオードブルの味は、どれもボヤけていて砂の味だったのを覚えています。

ちなみにこの会はその後も数年続き、グラフィックレコーダーも増えてチーム体制になり、どんどん役立つ入り方になりました。

「描かない」は大変

グラフィックレコーディングは、リアルタイムの一発勝負。
ライターの友人に「私たちは後から修正できるけど、せきちゃんはその場でしかできないんだよね」と言われたことがあります。

そう、その場でしか描けない。

リアルタイムの役割で場に入っている現場では、後から加筆したり、修正したりすることは、基本的にできないし、オンタイムで仕上げることが絶対条件です。
(アーカイブ用の清書をする場合もあるが、それはまた別の話)

だからこそ、「何を描くか」「何を描かないか」の一瞬の判断のスピードが、とても重要です。

リアルタイムの一発勝負は、一対一でも

練りに練った事業の成果発表会のプレゼンテーション、ワークショップの対話で出てきたひとりひとりの想いやエピソード、経営会議が始まる前のスライド10枚の期待を伝えるあいさつ。
どの現場でも、話される全部が大事に見えてきます。

しかも、話す人の目の前で描くことが多い役割。

自分が発表する側に立つ時もあり、描かれる側に立つ時もあるのでよく分かりますが、話した人のなかには「あ、自分が話した、あれは描いていないんだな。」と思う人もいるでしょう。

「描かない」は、大変です。

でも、全部描くことは、役に立つこととイコールではないことは初めて描いた、あの経験でわかっています。

ちゃんと、役に立つものを描きたい。

「もったいない」が口癖の私、だからこそ

「もったいない」が口癖の私。

大学時代は友達の恋愛相談を受けても、「もう一度話してみたら?別れてしまったら戻れないし…」ともったいばかりに、イけてない助言をしがちでした。(今は歳を重ねてマシなはず)

今でもスーパーの見切り品コーナーの野菜は毎回「わたしが全部!救ってやりたい!!」の気持ちになるし、バイキングレストランは、終わりあたりになると廃棄されてしまうフードロスが気になって、ついつい食べ過ぎてしまいます。

余談ですが今までで一番イヤだった仕事は、スーツを着た経営者さんたちがホテルの宴会場でSDGsを語りながら、ご飯をめっちゃ残す現場で描く仕事でした。
食べれ〜!

そんなもったいながりの私は、気を抜くとすぐ、全部描きたくなってしまいます。

せっかく話されたこと、本当は全部、全部描いてあげたい。
けれど全部を薄く網羅的に描くと役立てないことがほとんどなのも、分かっています。

目の前の議論を整理せずただ網羅して、たくさん描いた気になるのは、判断という一番苦しい作業から逃げているだけ。
情報をそのまま右から左へ流すだけなら、すでにこれからの時代、録音データを描きおこしAIがあれば十分です。

生身の人間のグラフィックレコーダーの価値は何か。
それは、描くこと以上に主体的に「描かないこと」を決める覚悟です。そしてそれに囚われず、視覚化を目的達成の手段として状況に応じて瞬時に判断していく力だと思います。

じゃあ、どうすればいいのか。
その答えはシンプルで、打ち合わせで場の主催者に「何を描かないか」を確認することではないでしょうか。

打ち合わせで見えてくる、「描くこと」と「描かないこと」

現場に入る前には、必ず事前打ち合わせの機会をいただいています。

打ち合わせがあると、場への期待、ニーズが分かる。
期待やニーズが分かると、自分の役立ち方が見えてきます。

方程式のように必ずコレという決まったものではなく、状況や目的に応じて変わってくるものですが、試しに少し挙げてみますね。

◇◇◇

・参加者の感情を拾うべき場なら

普段の業務上のコミュニケーションを越えて自分を主語に深く語れるように、参加者の感情、熱量を鏡のように拾う。その時には、具体的状況の情景描写のイラストより、抽象的な色や形を描くほうが瞬時に一目で伝わる。

・結論を出すための議論なら

限られた時間で納得感を持てる結論に辿り着くために、議論の構造を見立ててフィードバックする。
スペースによっては個別のエピソードの描写は省略しなければいけない。

・話せる関係性を構築するサポートなら

知識や経験、立場の差があっても出来るだけフラットに話せる関係性をつくるために、紙のうえに話された言葉をできるだけ話されたようにそのまま置いていく。
その時には、絵をつけるのは最小限にすることもある。

・共有知を作るための土台なら

身体を動かして共有知を作っていける場のしかけをつくるために、参加者がふせんやシール、ペンで直接書き込めるよう余白をとった「網羅的な土台」をつくる。
その時には、話の構造や関係が見えても、余白を邪魔するくらいなら無理して描かない。

◇◇◇

こんな感じで、役立ち方が分かると、話された内容のうち、描くべきものの優先度がついてきます。
そして描くべきものの優先度がつくと、描かないものの説明ができるようになります。

13年前から描き続けて、色々なお仕事での経験や、他のグラフィッカーさんとチームで入り学ばせてもらった機会がたくさんありました。

そして「もったいない」が口癖の私は、打ち合わせでその判断軸を持てるようになると、描けるようになるし、描かないでもいられるのだと分かりました。

(そして、この判断軸はしっかり主催者やクライアントに仮説を伝えて意思疎通をして、認識の齟齬が無いようにするのも大事!)

よかった、ちゃんと役立てたなぁ、とホッとして集合写真で心からのにっこり。

「関さんがいてくれたから、描いてもらったアレがあったから、今日はうまくいきました!」

場をともにしてくれたファシリテーターや運営者にそう言ってもらえると「描くべきことが描けた」とホッとします。
そして全部は描けなくても、描くべきことは描けたな、と自分に及第点が出せて胸を撫で下ろします。

会社員のようにチームで動かず、1人で動くことも多いフリーランスの私。
直接声をいただかない時でも、判断軸があれば、自分であとから振り返りがしやすくなります。

無数の夜空の星を、選んで星座にする仕事

誰かの話した内容を、目的のなかに意図をもって優先度をつけて「今回は描くべきこと」と「今回は描かないこと」に振りわける。
それは責任の大きい仕事です。

例えるなら、星座を描くひとでしょうか。

夜空には、無数の星があります。
同じ星空を見ていても、星座のように星を繋げようとすると、魚にも人にも花にも見える。

どの星を選び、星座として見立てるか。
話の要素の点を、どう線で繋いで文脈を見出すか。
その判断基準は、打ち合わせを経て明確になります。

「この場は、どんな背景で開かれたのか」
「この場に来た人は、どんな気持ちで来ているのか」
「次に促したいアクションの期待は何か」
「どんな気持ちで帰ってほしいのか」…

それらが分かると、描くべき「星」が見えてきます。

もちろん星座を描く時、選ばれなかった星は不要なものではありません。
話されたすべての言葉があったからこそ、描くべき言葉が生まれてきたものです。

そのうえで、だからこそ、星座を描く役割があります。

打ち合わせは、描かないためにも。

これは、私のウェブサイトにのせている大切にしていること。

「もったいない… ! 」
私の幼い頃からの口癖です。

大人になってからも「もったいない」に、たくさん出会ってきました。
個人の頭の中にある思考、白熱の議論や成果、対話から生まれたキラリと光るアイデア…

せっかくそこに在る想いが、価値がうまくその場で形にならないだけで共有されず、活用されず、
無いことになってしまうのは「もったいない」。

アラワスは、リアルタイムの視覚化で話に形を与え、
思考や感情の「甲斐」が最大限にあらわれるサポートをします。
わたしの仕事で少しでも「もったいない」ものが「あらわれる」ようになり
個人や組織が前に進む手がかりになりますように。

アラワスについて / WEBサイトより

私の「アラワス」という屋号には、そんなもったいながりの私が役立っていきたい想いを込めています。

◇◇◇

もしあなたが、グラフィックレコーディングを初めて「なんだかうまくいかなかったな」と思う場合は、試しに「何は描く優先順位が低いか」を、手元の紙、できれば現場で何度も見返すであろうタイムラインの横の目立つ位置に目印のように書き留めておいてみてください。

もしかしたら、いきなり「描かない」を判断するのは難しいかもしれません。

そんな時は、場の目的と、描くことで達成したい役割をメモすることから始めてみてください。
物理的に「こう描く」と決めるだけで、限られた時間でするべきことの取捨選択がしやすくなって、ペンを持つ手が少しだけ軽くなるはずです。

どこかのグラフィックレコーディングで、なにかの「もったいない」ものが少しでも「あらわれる」ようになり、個人や組織が前に進む手がかりになりますように。

▼この話題に関する、打ち合わせ時によく聞いていることのお裾分け

・その場はどんな背景で生まれた?
・その場はどんな目的で開かれる?
・グラフィックレコーディングをどこで知った?なにかイメージを持っている?
・グラフィックレコーディングにはどんな期待がある?グラフィックレコーディングだと求められそうだけど、実は今回そこまで特にない期待は?(仮説はこちらで提示が早い)
・その場のあと、その後の参加者にどんな行動をとってもらえたら大成功?
・どうなったら「ちょっと違ったな、失敗したな」と思いそう?
・留意するべき事項はある?(法律、デリケートなことなど)
・描いたものは、その後使われる?どう使われる?
・事前に見ておける資料、参考文献、Webページはある?
・知らないと分からない専門用語、略語は?

▼描くことの目的や効果については、こちらの書籍、論文もおすすめです

ファシリテーション・グラフィック[新版]議論を「見える化」する技法(堀 公俊 、加藤 彰 著、日本経済新聞出版、2022年)
話し合いの土台をつくるグラフィック・レコーディング/「構造化」から「俯瞰」までの可視化の工夫(玉有朋子 著、クリエイツかもがわ、2026年)
描いて場をつくるグラフィック・レコーディング/2人から100人までの対話実践(有廣悠乃 編著、学芸出版社、2021年)
ビジュアルファシリテーションが活用される領域と役割(和田 あずみ, 三澤 直加, 富田 誠、日本デザイン学会 第65回春季研究発表大会、2018年)
ビジュアルファシリテーションの9つの役割と、領域×役割で見えた「関わり方の違い」(上記論文の解説noteです)

▼心に「越えられる勇気」が湧いてくる、大切にしている言葉
ライターさんの執筆と、私と領域も作業も違う話だけど、同じ「決断」の話だと、時々見返しています。

「もしあなたがほんとうに誠実なライターでありたいのなら、つまり取材したことの翻訳者でありたいのなら、あなたは勇気をもって『翻案』にまで踏み込んでいかなければならない。
右から左へ直訳するだけでは、取材が死んでしまう。あなたがそこにいる意味がなくなってしまう。(中略)さらに『これは誤訳ではない』と断言できるだけの自分を、つくらなければならない。」

取材・執筆・推敲 書く人の教科書/古賀 史健 著、ダイヤモンド社、2021年

▼Podcastでも話しています

今回のnoteは私がやっているPodcast「せきこラジオ」で話したことをもとに、再構成して書いた編集後記です。
音声版はこちらからどうぞ。

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関 美穂子(ビジュアルインタビュアー) 読んでくださってありがとうございます。いただいたサポートは、インプットに活用します。