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ニッポンの世界史#49 「近代世界システム論」の到来:大江一道・川北稔・ウォーラーステイン

「世界史」には決まりきった構成があると思っていませんか? 

そんなことはありません。その構成は、長い歴史の中でくりかえし定義されなおし、いまなお変身の途上にあります。世界史の描き方には、日本人が世界や歴史を見るときに突き当たる「困難」が色濃く反映されている。そして、日本における「世界史」は、教科書を中心とする”公式”世界史と、それに対抗する”非公式”世界史のせめぎ合いのなかで再定義されてきた——このような視点から、「ニッポンの世界史」をよみとく文脈を明らかにし、世界史の描き方の現在地を探る特集です。


 宮崎正勝が一般向け世界史を次々に著す少し前、大江一道(1928〜)が『世界近現代全史』第1巻(1991年)を刊行した。世界史の“全体”ではないが、近現代を二巻で、しかも一人で描き切るという構想である。



 大江は1928年3月生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業(1951年)。おりしも「世界史」科目の制度化初期から、教鞭をとるかたわら積極的な発信を続けた。のち跡見学園女子大学文学部教授を務め、1999年に定年退職。
 一般読者向けの通史・概説を長く執筆し、『物語世界史への旅』(山川出版社、1981年)など情感あふれる歴史エッセイの名手でもある。



 そんな大江が『世界近現代全史』第Ⅰ巻を世に出したのは1991年、冷戦が終わりソ連が崩壊した激動の年である。
 従来の歴史像が大きく揺さぶられるその只中で、大江はあえて冒頭で、1950年代の「世界史」導入期に自らが格闘してきた問題について、こう述べている。


世界史はどう構成されるべきか、各国史や諸民族史の寄木細工でなく、体系的に構成べきものであるとしたら、その史観とはいかなるものであるのか、世界諸地域のそれぞれの社会発展が、相互の連関(または非連関)をはなれてありうるのか、もしありえないとしたら、その全体をとらえる観点はなにか等々、問題は山積していた。

Ⅰ巻、p.ⅱ

 だが、1960年代以降、南北問題への着目、世界資本主義の不均等発展論、そして社会史・人類学的研究の進展があわさり、近代そのものを根底から問い直す潮流が生まれる。
 そのなかで大江は、ウォーラーステインの「近代世界システム論」を叙述のキー概念にすえる方針をとった(Ⅰ巻、ⅳ頁)。


ウォーラーステインの「近代世界システム論」


 ウォーラーステインの「近代世界システム論」は、世界史を一国単位ではなく、地球規模の経済ネットワークとしてとらえる視点である。


ウォーラーステイン(2017年)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Immanuel_Wallerstein_2017-08-13.jpg


 彼によれば、16世紀のヨーロッパに誕生した「資本主義的世界経済」(近代世界システム)こそが、現存する唯一の史的システムの一つであり、これこそが近代の始まりであった。
 この近代世界システムは国境をこえて分業関係をつくり、「中核」「半周辺」「周辺」という三つの階層を形成する。


近代世界システムの模式図
筆者著『SDGsで読む世界史』(晶文社、2025年)より
川北稔、桃木至朗監修 『最新世界史図説タペストリー十七訂版』帝国書院、2019年、184頁を参考に描画。

 

 中核には工業や金融に強い先進地域があり、周辺には原料や安価な労働力を提供する地域が置かれ、半周辺はその中間として両者をつなぐ役割を果たす。

近代世界システムにおける「覇権」の変遷とその地理的拡大
筆者著『SDGsで読む世界史』(晶文社、2025年)より川北稔、桃木至朗監修 『最新世界史図説タペストリー十七訂版』帝国書院、2019年、184頁を参考に描画。

 これまでの従属理論では、1960年代以降、ラテンアメリカの経済学者や社会学者が、開発途上国がなぜ自立的に発展できないのかを説明するために用いた。アンドレ・グンダー・フランク(1929〜2005)らは、世界経済を「中心」と「周辺」の二極構造として把握した。先進国=中心が資源や労働力を搾取し、途上国=周辺は常に従属的立場に置かれる、という図式である。

 しかしそれでは、周辺は常に搾取されるだけで主体性がなく、変化の可能性が見えにくいという批判があった。

 そこでウォーラーステインは「半周辺」というカテゴリーを導入したのである。半周辺は、国境をこえてつくられる分業関係のなかで「中核」「周辺」とともに三つの階層を形成する。半周辺は時に上昇して中心に近づき、時に下降して周辺化するという流動性をもつ。この視点により、世界史の動態は固定的な二極構造ではなく、力関係の再編をともなう長期的プロセスとして理解されることが可能となる。


 重要なのは、この不平等な構造こそが世界全体を動かしてきたという点である。たとえばイギリスの産業革命も、植民地からの資源供給があったからこそ進んだと説明される。ウォーラーステインは、この近代世界システムが拡大と再編を繰り返しながら500年以上続いてきたが、20世紀後半から環境破壊や格差拡大によって「構造的危機」に入り、新しいシステムへ移行しつつあると考えた。

 彼自身は自らをマルクス主義者と位置づけていたが、こうした「一国史観をはみ出す」理論は、主流マルクス主義からはしばしば批判の的となった。階級闘争や国民国家を分析の基軸とする従来の立場に対し、ウォーラーステインは世界システム全体を歴史の単位として扱おうとしたからである。




川北稔『砂糖の世界史』


 なお、近代世界システム論が一般的に普及することとなったのは、イギリス史研究者の川北稔(1940〜)の仕事による。

 川北は大阪大学文学部を卒業後、同大学院で西洋史を専攻し、ロンドン大学留学を経て近世ヨーロッパ経済史を専門とした歴史学者である。1970年代にはイギリス重商主義や産業革命を研究していたが、やがてウォーラーステインの理論に接近し、その翻訳を担うことで日本に紹介した。実際に米国滞在時にはウォーラーステイン本人と交流し、弟子筋にあたる位置を占めるようになった。 

 こうした経緯をふまえて川北は日本における「世界システム論」の橋渡し役となり、やがて『砂糖の世界史』(1996年)を著して、身近な素材から世界経済を読み解く入門書を世に出した。

 川北はその後、以前紹介した環境考古学者の安田憲喜による環境史的アプローチも取り込みながら、従来の国別史観を越える画期的な叙述を、『新編高等世界史B』(帝国書院、1999年。川北稔ほか編別記著作者・安田喜憲)で試みている。


『新編高等世界史B』(帝国書院、1999年)より。
「近代世界システム」の教科書における初出。

 こうした教科書執筆者側の挑戦、大江一道の著作、さらには研究者のアウトリーチが刺激となり、学習指導要領においても転換が起こる。
 1998年改訂で、長らく「19世紀以降」とされていた「世界の一体化」の起点が、ついに16世紀へと前倒しされたのである。

 

 こうして「大航海時代」を(初期)近代の起点とみる見方が、科目世界史で公式化された

 なお1990年代には、地理学者(1906〜70)の飯塚浩二やラテンアメリカ史研究者の増田義郎(1928〜2016)を中心に岩波書店から1970年代以来刊行されていた『大航海時代叢書』(Ⅰ期:1965〜70、Ⅱ期:79〜92)が1992年に完結を迎えている(この年はコロンブスのアメリカ到達500周年にあたり、従来の「発見」像を批判的に捉える国際的な機運も高まった)。



 このように近代世界システム論は2000年代にかけて徐々に広まっていったわけで、1980年代〜1990年代前半の段階でウォーラーステインの議論が日本社会に広く浸透していたとは言いがたい。
 しかも原著は大部であり、入門書のなかった時代にすべてを踏まえることも容易ではなかっただろう(いまだに誤解している説明も多いように見受けられる)。
 全体像はつかみきれていないが、なかには冷戦後の「覇権」の浮沈の期待ともからめ、次なる覇権を「日本」が確実なものとできるか、といった経済論壇的、保守的な論調のなかで散見される場合もあった。

 そうした状況のなかで、この「世界システム論」を歴史叙述の中心に据えようとしたのが、大江一道の試みであったといえよう。

 なお、Ⅰ巻の構成は以下の通り。


序 説 近代世界史成立の歴史的前提
 ① 世界帝国と世界一体化の開始
 ② 近代世界システム形成下のアジア・アフリカ諸帝国
 ③ 近代移行期のヨーロッパ

第Ⅰ部 資本主義的近代世界システムの形成
第一章 西ヨーロッパの近代的成長
 ① 近代化の偏差
 ② イギリス・フランスの成熟と対抗
 ③ 南ヨーロッパの進展
第二章 中・東ヨーロッパの国家統合
 ① ドイツとロシアの絶対主義
 ② 十八世紀のポーランドと北ヨーロッパ
第三章 啓蒙主義の世紀
 ① 啓蒙思想の展開
 ② 百科全書派の人びと
 ③ 啓蒙専制君主の登場
第四章 十八世紀アジアの諸帝国
 ① 中華帝国の成熟と朝鮮・日本
 ② インド・東南アジア諸国家とヨーロッパ植民地主義
 ③ ヨーロッパ勢力のアジア貿易
 ④ オスマン帝国と中東・西アジアの十八世紀

第Ⅱ部 資本主義的近代世界システムの確立
第一章 二重革命時代の開始
 ① イギリス産業革命
 ② アメリカ独立革命
 ③ フランス革命
 ④ 革命の前進と反革命
第二章 ヨーロッパ近代国際秩序の形成
 ① フランス近代国家の成立
 ② ナポレオン時代とナショナリズム
 ③ ウィーン体制の成立
第三章 自由主義の発展
 ① 一八三〇年代のヨーロッパ
 ② ヨーロッパの工業化
 ③ 近代社会思想の潮流
 ④ ヨーロッパの一八四八年革命
第四章 アメリカ世界の近代化
 ① アメリカ合衆国の膨張と奴隷制度
 ② カナダの発展
 ③ 中南米諸国の近代化
第五章 近代世界システムとアジア
 ① 中東・インド世界の変容
 ② 中国・朝鮮・ベトナムの危機
 ③ 日本幕藩国家の緊迫化




冷戦の終わりと構成の変更


 「近代世界システム論」は、もはや無効と見られるマルクス主義を、国際的な契機を重視することで修正し、膨大な引証によって補強する客観性の高い理論として受けとめられた。
 東欧革命やソ連崩壊によって現実の社会主義体制が瓦解していくなか、世界史を説明する新たな理論的支えを必要とした、とりわけ左派にとって、その役割を果たしたふしがあると、私はみている。

 だが1990年代に入るとそんな「近代世界システム論」に対してわが国でも、「西洋中心主義」的ではないかという批判も投げかけられるようになる。

 大江にしてみれば、この論に立脚すれば、システムの普遍化という客観的な視点のもとで、「覇権(ヘゲモニー)」を中核とする諸国家関係に飲み込まれつつも抵抗(=反システム運動)を展開する主体性を描けるという思いがあったのだろう。
 そして、同時に大江は独立後のアジア・アフリカ諸国や、資本主義のカウンターとしての社会主義国家を、を単に近代の ”被害者” ”オルタナティブ”として無垢に描くことの限界も痛感していた。
 それがシステムにおける浮沈、すなわち開発をめざす近代化論的なレースに基づく以上、独立を勝ち取ったアジア・アフリカ諸国であったとしても、システムの「歯車」としての機能を帯びざるをえないということも意識していたはずである。

「世界システム論」が描く西洋・東洋の関係の変遷
山下範久「未来を考える材料として歴史の見方を身につける」(リクルートワークス、2021年、https://www.works-i.com/works/series/academia/detail006.html)


 とはいえ、時代は大きく動いていた。ベルリンの壁崩壊からソ連の解体へと至る大変動は、従来の歴史像をそのまま延長することを許さなかったのである。
 大江は『世界近現代全史』第Ⅱ巻に次のように記している。

 この『世界近現代全史』は、『全史Ⅰ』の「まえがき」に書いたように、当初、二巻で完成するはずであった。

 しかし、さきの木下氏[注:木下康彦(当時文部省教科調査官)]もいわれたように、過去の意味を大きく変えた1989年以来の大変動のなかで、ウォーラーステインもその大著(邦訳『脱=社会科学 19世紀パラダイムの限界』藤原書店)にももちいられたUnthinking(考えをもどすこと)の作業をすすめるなかで、1850年代から現代までを第Ⅱ巻におさめるのは困難であることがわかった

 そこで、当初の計画を変更して、...文字通り20世紀史を『全史Ⅲ』であつかうことにした

Ⅱ巻、436頁。改行・強調は筆者による。

 ここで言及されているウォーラーステイン『脱=社会科学—19世紀パラダイムの限界』(藤原書店、1993年。原著は1991年7月)は、必ずしも世界システム論からの脱却を試みた書ではなく、「進歩」や「マルクス主義」などの19世紀的なパラダイムを再点検し、ソ連崩壊前夜にその再定位を図ったものである。
 その上で、大江が描くことのできなかった20世紀後半や、今後の見通しを描いている。
 
 ウォーラーステインにとって20世紀後半は、「近代世界システム」がその限界に直面する時期であった。彼はこれを「構造的危機」と呼び、環境破壊、資源の限界、格差拡大、そして反システム運動の噴出として把握した。

 
 
 彼によれば、19世紀後半から20世紀半ばにかけての反システム運動は「国民的に組織された勤労階級運動」であった。1945年以降は「大衆的に組織された民族運動」となり、やがて1968年にはグローバルな規模で反システム運動が噴出した。ウォーラーステインはこの1968年を、冷戦構造を超えて資本主義世界経済のあらゆる地域で同時多発的に起こった「世界革命」とみなし、従来の枠組みを揺るがした出来事と位置づけている。
 しかし、それでも1990年代にさしかかると、システムはそうした反システム運動の挑戦を吸収し、むしろ危機をのりこえているかのようにみえた。

 ソ連は一般に資本主義のカウンターと見られることが多いが、ウォーラーステインは、近代世界システムの欠かさざる一部分を構成していたとみた。
 そしてたとえソ連が今後なくなったとしても、開発途上国の人々のシステム内での位置は低いままである。
 近代世界システムが一国的な「発展」ではなく、「世界経済」そのものの発展である以上、それはあたりまえのことだとみるのだ。

 システムは終わりに近づいているようで、いまだ不明だが、いずれ新しいシステムが生まれるだろう――これが当座の見通しである。
 そして彼は、現行システムがすでに次のシステムへの「移行期」に突入したという現状認識を抱いていた(『脱=社会科学』340頁)。

 しかし次のシステムに以降するには革命が起きなければならない。
 では何が起こるべきか。
 ウォーラーステインは、生産者による世界規模の反抗に一定の期待をかけつつも、世界革命や世界規模の政治闘争に賭けることには否定的であったし、むしろ現行のシステムの強靭さをも次のように言い当ててもいる(『脱=社会科学』172、126頁)。

今後30年に、中国やインドやブラジルが、真の意味で『キャッチ-アップ』していくならば、この世界システムのどこか他のところで、世界人口のかなりの部分が資本蓄積の場所としては衰退していかねばならないだろう。」という引用に示される通りである。

(『脱=社会科学』170頁)


 戦後史は、民族革命の指導者が、あらたに「開発」の名のもとに人々を抑圧する歴史でもあった。システムに立ち向かったものが、結局はあらたなシステムのお先棒を担ぐことになる――この冷徹な現実認識こそが、1991年前後にウォーラーステインが再確認した到達点であった。


 大江はこうしたウォーラーステインの議論に接しながら、Ⅱ巻でこう宣言する。

 その作業と叙述のキー概念にウォーラーステインの「近代世界システム」論をえらぶという方法は、全巻をとおしてつらぬきたいとおもっている。

 結局はヨーロッパ中心主義ではないかという批判をはじめとする、ウォーラーステインの「世界システム」論とどう交叉するかを、ひきつづいてかんがえてゆきたい。

Ⅱ、436頁。改行は筆者による。


 だが、結局のところ大江の近現代史は1950年代で幕を閉じることになった。

 Ⅱ・Ⅲ巻の構成は以下のとおり。

第Ⅲ部 近代世界システムと国民国家の形成
第一章 西欧近代ブルジョワ国家の展開
 ① 大英帝国の発展
 ② フランス第二帝政の成立と展開
 ③ 中央ヨーロッパの変動
 ④ 北西ヨーロッパの小国とイタリア・リソルジメント
第二章 ロシア・東欧のアメリカ両大陸の近代的再編成
 ① ロシア帝国の近代的再編成
 ② アメリカ合衆国の近代的再編成
 ③ カナダの近代国家形成
 ④ ラテンアメリカの近代国家形成
第三章 西南アジア・オセアニア世界の近代的変容
 ① 十九世紀後半開始期の中東イスラム世界
 ② 十九世紀後半期の南アジア・中央アジア
 ③ 東南アジア・オセアニアの近代
第四章 中華帝国の解体と東アジア世界
 ① 近代への転換期の中国・朝鮮
 ② 幕末日本の近代的再生

第Ⅳ部 近代帝国主義世界の形成と国民国家の展開
第一章 近代世界史の激流
 ① ドイツ帝国とビスマルク
 ② バルカン半島と1870年代の国際関係
 ③ フランス第三共和政とイタリア王国
 ④ パクス・ブリタニカとアフリカ問題
 ⑤ アジアの植民地化と日本の近代化
第二章 帝国主義時代の開幕
 ① 1880年代の日本・東アジアとアメリカ合衆国
 ② ロシア・ドイツの帝国主義の展開
 ③ イタリア・スペイン・フランスの帝国主義への転換
 ④ イギリス帝国主義と日本立憲国家
第三章 帝国主義国家の「世界分割」
 ① 東アジア・オセアニアの「分割」
 ② 帝国主義国家の膨張政策
 ③ ロシアと日本の衝突
第四章 初期二十世紀の世界史
 ① 帝国主義国家の危機と再編
 ② 初期二十世紀の西半球と東アジア
 ③ 帝国主義の民族運動

第Ⅴ部 「戦争と革命の世紀」の開幕
第一章 第一次世界大戦
 1 世界戦争の危機
 2 第一次世界大戦の発生
 3 総力戦としての第一次世界大戦
 4 第一次世界大戦と中立諸国
 5 第一次世界大戦とアジア・アフリカ
第二章 近代世界システムへの挑戦とディレンマ
 1 世界戦争とロシア革命
 2 第一次世界大戦の終結
 3 イスラム・ヒンドゥー世界の民族革命
 4 第一次世界大戦と東アジアの民族革命
第三章 一九二〇年代欧米の革新と保守
 1 戦勝国の再建
 2 敗戦国家の再生
 3 新生スラヴ世界の流動
 4 西半球の諸国民国家

第Ⅵ部 第二次世界大戦と現代世界の変容
第一章 世界恐慌と一九三〇年代の欧米
 1 アメリカ合衆国の大恐慌とニューディール
 2 ヴァイマル共和国の終焉とナチス体制
 3 議会主義体制の否定と肯定
第二章 現代アジアの起点
 1 極東の危機と日中戦争
 2 アジア・アフリカの民族運動
第三章 世界戦争としての第二次世界大戦
 1 ヨーロッパ戦争
 2 アジア太平洋戦争
 3 世界戦争の終結

終章 戦後世界史の起点



大江と世界史


 1997年、大江は『近現代世界全史』の執筆について、Ⅲ巻の末尾で次のように述懐している。

残念とは思っているが、無念とは思っていない。少年期に生きたその時代のなかに、アイデンティティ発見の遡行をしてみた、という思いと、その遡行のなかで時代の真実が見えた、という思いとを、いま、つよくしているからである。

Ⅲ巻、389頁

 大江にとって20世紀史を描く営みには、自身の生きた時代の経験に根ざす実存が賭けられていた。
 このあたりの事情はかつて大江が1976年に執筆した『歴史を見直す』(大和書房、NDLデジタルコレクション)にくわしい。

 ここで大江が世界史教育に身を粉にするようになった事情が語られる。

世界大恐慌、第二次世界大戦、学徒動員という時代に育ち、何の疑いもなく皇国史観に忠実だった少年時代。ところが敗戦は私に「歴史に欺かれた」という実感をもってせまった。「いったい歴史は何の役に立つのか、まずは偽りの歴史の仮面をはごう」—こうして私の関心は歴史に集中されていった。


大江一道 著『歴史を見なおす : 世界は良くなっているのか』,大和出版,1976. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12150206、8コマ。強調は筆者。

 この「欺かれた」は、もちろん、マルク・ブロック『歴史のための弁明』の「歴史が我々を欺いたと考えねばならないのだろうか」からとられたものだ。
 もちろんその後の大江は高橋幸四郎の研究に魅了され、マルクス主義的な発展段階論にも関心をもつ。
 しかしこの「歴史に欺かれた」という原体験ゆえ、なにが実に「世界史」といえるのか、その世界史認識を曇らせているものはなにかという問いを、1920年代以来の服部之総や、1940年代以降の江口朴郎の議論(国際的契機)を参照しつつ常にもちつづけた。

 
 19世紀西ヨーロッパで発展した一国史的な「近代化」論、「近代主義」的な発想(イギリスの自由な小生産者(ヨーマン)を中心に資本主義の発展を描く大塚史学に)、そこに「世界史の基本法則」(スターリン)が重なって受容され、それが戦後の社会科学・新教育の目標とされてしまった。そのことこそが、いっそう世界史を「虚像」化しているというわけである(大江 『歴史を見なおす』1976年、114-120頁)。

 大江が、どこまでも国際的な連関に世界資本主義の発展と限界をみようとするウォーラーステインに着目することとなったルーツも、このあたりにあったのだろう。
 そしてその分析によって、大江が何を目指したのかということは、次の言に集約されている。

 わたしとしては、冷戦を終わらせ、初期現代にも終止符をみずからうつという、歴史的経験をへた人類が、栄光と無残の耕作した、かくもながい近現代史から、革命の情念とイデオロギーの絶対化がつくりだす、美しくもおぞましい神話の創出に、きっぱりと訣別するつよい意志をひきだしていってほしい、と願わずにはいられない。

Ⅲ巻、390頁


***


 無論、世界史の構成は、その書き手の置かれた情況に大きく作用されるものである。
 大江がもし戦後史を描ききれていたならば、果たしてどのようなものになっただろうか。
 

 ウォーラーステインは、近代世界システム論を完結させることなく2019年亡くなったが、大江が『世界近現代全史』を執筆した1990年代には、早くも先述のとおり批判も見られるようになっていた。

 たとえば大江を一歩立ち止まらせた『脱=社会科学』(1993年)には、日本の研究者たちとの座談記録が収録されている。
 そこに舌鋒鋭く批判する研究者の姿があった。
 数年後『文明の海洋史観』を上梓する川勝平太(1948〜)である。


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みんなの世界史 このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊