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「ママが謝ることなんて、何もないよ」。片頭痛で寝込んだ私を救った、息子の言葉。

Bonjour!!フランス在住のRisaです。

年に1〜2回だけ、私の元にやってくる「招かれざる客」がいます。左のこめかみ辺りがギューっと痛くなる、激しい片頭痛です。

昨日、春バカンスの週末に、その日がやってきました。
視界がチカチカする独特の前兆。「あ、来るな」と分かった瞬間に薬を飲み、私はそのまま泥のように眠ることにしました。

一度しっかり寝れば回復すると分かってはいるものの、その日は午後から子供たちと映画に行く約束をしていました。結局、その約束を果たすことはできませんでした。

階段の下から漂ってきた、優しい匂い

数時間後。
目が覚めると、頭はすっきりと晴れ渡っていました。
ゆっくりと階段を降りていくと、リビングから食欲をそそるいい匂いが漂ってきます。

キッチンでは夫が夕食を作り、子供たちはすでにテーブルに座っていました。
私が姿を現すと、すぐに「お腹空いてる?」と声がかかり、まるでレストランのようにお皿とカトラリーが並べられ、お水まで差し出されました。

その至れり尽くせりの光景に、私はつい、反射的にこんな言葉を口にしていました。

「今日は、ごめんねぇ」

深く考えて出た言葉ではありません。
約束していた映画に行けなかったこと。体調不良で予定を狂わせてしまったこと。
母親としての、無意識の「申し訳なさ」が全部混ざった「ごめんね」でした。

10歳の息子が教えてくれた、家族の「軸」

すると、私の言葉を遮るように、10歳の長男が真っ直ぐに私を見てこう言ったのです。

「 ママが謝ることなんて、何もないよ」

その一言を聞いた瞬間、私は心の中の重荷がフワッと消えていくのを感じました。

「体調を崩すことは、悪いことではない」
「予定が変わっても、私たちの関係は何も変わらない」
「ママは、ただそこに居てくれるだけでいい」

予定がずれただけで、日常は続いていく

「どれだけ素敵な息子を育てたのか」と自画自賛するのは、親バカかもしれません。

でも、私が「完璧なお母さん」であろうとするのを辞め、自分の弱さや不調を素直に開示してきたからこそ、彼らもまた、私の不調を「責める対象」ではなく「ただの事実」として受け入れ、優しく手を差し伸べてくれたのだと思います。

映画は、別の日に行くことにしました。
楽しみが数日後に延びただけで、私たちの幸せは何も損なわれていません。

むしろ、この片頭痛のおかげで、わが家の男たちの逞しさと、底知れない優しさを再確認することができました。

あなたは、自分に「ごめんね」と言っていませんか?

もしあなたが今、体調を崩したり、思うように動けなかったりすることで自分を責めているとしたら。

わが家の息子が言った言葉を、そのままあなたに贈りたいと思います。
「あなたが謝ることなんて、何もないですよ」

ママが完璧であることを、子供は望んでいません。
ただ、ママが自分を大切に扱い、笑顔でそこにいてくれること。
それが、家族にとって一番の安心になりますね。


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sekai.kids/Risa 🇫🇷フランスから ここまで読んでくださって、ありがとうございます。 もし何か心に残るものがあれば、そっと応援していただけたら嬉しいです。

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