若狭・丹後・丹波路をゆく chapter1-4小浜明通寺(4)
「あなたの特技は何ですか?」と面接の席で尋ねられた。
「そうですね、どこででも寝られることです❣️」
→chapter1-3 小浜明通寺(3)→curtain raise
ところが、歳を増す毎に劣化し、今では夜中トイレで何度か目が覚めるようになったのだが、寝つきだけは今も早い。
早朝の瞑想に備えて早い目に床に着いた。
枕が沈む❗️いつものニトリの睡眠枕とは大違い、このSpongeスポンジ🧽枕は柔らか過ぎた。
『まぁ、良いか』と思って寝たものの、やはり枕の沈みが気になって寝られない❗️
『スマホでもいじっていればそのうち眠くなるだろう』と楽観をよそにいつまで経っても眠気が来ない・・・
あ、そうだ。
PM3時以降はcaffeineカフェイン入りの飲み物は控えるように言われていたのにEspresso coffeeエスプレッソコーヒーを2杯も飲んでしまったことに『バカだなぁ‼️』と今更ながら後悔した。

2022年9月11日撮影
「昨晩はよくお休みになれましたか❓」翌朝、玄関で支配人に声を掛けられた。
『枕が合わなかった』『Espressoが・・・』とは言わず、
「まぁまぁ、よく寝られました」と曖昧な答え方に留めた。
実のところbackpackを枕にウトウトし出したのは明け方であった。
「明通寺に行って来ます」と眠気を隠して元気よく出掛けた。

2022年9月11日撮影
7時5分前に藤屋(旅館)を出た。隣接する明通寺まではすぐに着くはず・・・

以下の明通寺内の写真は瞑想行が終わってからの撮影したもの
行きは写真を撮るゆとり無し・瞑想開始時間が過ぎていた❗️
赤いゆずり橋を渡った。
明通寺入口前にも駐車場があり、早朝にもかかわらず、1台の軽が停まっていた。
『どこかで見た車だなぁ』
上下白の服に白の帽子・・・
昨夜の料理人が石段を降りて来た。

僕は石段を上がり山門を潜った。
いつもならここに拝観の受付があるはずなのに何も無い(実際の受付はその先にあるのだが・・・)
【阿字観瞑想に来られた方はこちら】との看板や張り紙も無い。
『どこでやっているのか❓』
社務所みたいなところで聞いてみようと思ったが、人の気配すら無い。
『どこだ⁉️』

腕時計を見ると7時を過ぎていた。
昨夕、階段下まで散歩で来ている。
『どうせちっぽけな田舎寺だろう』と門より中には入らず、*たかをくくっていた。
*「たかをくくる」は「高を括る」と漢字で表記します。ここでの「高」は石高(こくだか)を指し、戦国時代において米の生産量がその国の戦力を表していました。当時の武将たちは相手の石高を見て戦力を推測しましたが、実際の戦力が想定以上だった場合、過小評価による敗北を招くことが多かったのです。この歴史的な背景から、「せいぜいこの程度だろう」と軽く見積もる意味が生まれました。現代では、試験や仕事、人間関係などで油断して失敗する様子を表現する際に使われています
作務衣を着て早朝から境内を掃除をする寺男(雑務をする人)をよく見かける。
さらに石段を上がればそこに誰かいるかも知れない。

石段の途中でお堂の廊下に立っている人が見えた👀
『まだかいなぁ』しかもやや苛つきながらこちらを見て👀いる⁉️
お堂の廊下に立ち作務衣を着た男性が見えた・・・住職❓・・・何処となく威厳がある。

靴を脱いで・・・そう靴を揃えて(*そうした所作もcheckされることがある)・・・本堂の階段を数段上がった
「おはようございます」と大きい声であいさつした。
「この場所は分かりにくかったですか❓」低く優しい声がお堂に響いた。
「申し訳ありません。少し迷いました」遅刻を詫び、入口の畳のところに正座した。
少しだけ住職の苛つき顔が和らいだ気がした。
急ぎ登って来たので汗が出て来た・・・慌てて・・・ハンカチで汗を拭った。

本堂から山門へview
ここでもman to man1対1である。
「どこからお見えですか?」
「中京区です」と口癖のように答えた。
『京都市からです』と答えると『京都市のどこから』と京都市は広範囲なので再度尋ねられることが多い。
『面倒だ❗️』北区・南区なら他の政令指定都市にもあるが、中京区と言ってしまえばそれで京都の真ん中辺くらいは察しがつく。
恐らく支配人から『今朝、京都市から男性1名が阿字観に来るのでよろしく』くらいは聞いているだろう。
「瞑想をするのは初めてですか❓」経験を尋ねて来た。
「坐禅をしたことがあります」と答え、正座から胡座(あぐら)へと足を組み換えた。
本坐禅ができると見せたかったのだが、実のところ椅子🪑生活に慣れ切っているのでずっと正座でいるのは辛い❗️。

金を叩く音がした(開始の合図)
僕は入口付近で坐禅のposeポーズを取っているので住職とは畳4つくらい隔てている。
ひとりという気楽さがあり、木戸は開けっ放し、住職との距離を考えればmaskマスク😷は不要だろう。
「はい、息を大きく吸って・・・吸って・・・吐いて・吐いて・吐いて・・・吸って・・・吸って・・・」住職の指導に従ってこれを数回繰り返した。
僕は目を閉じた・・・

沈黙🤐・・・
静か以外に何も無い・・・鳥🐣のさえずり・・・谷から本堂に向かって吹く・・ここち良いKAZE・・・
五感を呼び起こせ❗️
Be Silent❣️

無の境地❣️

3930 9:13
どのくらいの時が経ったのだろうか❓
金の音(終了の合図)が聞こえた・・・
「はい、目を開けて🧘・・楽になさってください」
僕はカチカチの扁平足を揉んだ。
本当はそのまま足を伸ばしたかったが・・・
「おつかれさまでした」
『ありがとうございます』僕は合掌🙏のposeをして無言で頭を下げた。
坐禅会ならすり足で近寄って来て・・・警策でパシャと肩を叩かれるのではあるが・・・
「もう少し仏さまの方へ・・・」
入口付近で坐禅を組んだのは、遅れて来た罰の悪さがあったからだ。今度は前に来いと言われても・・・
痺れて立てない❗️
時間を掛けてゆっくり・・・そして住職が正座する近くに座った。
maskをしようとpoketに手🖐️を入れたが、すぐに止めた。神仏のご加護があるのか❓住職はしていない・・・
明通寺についての説明があった。
明通寺縁起によれば西暦806年坂上田村麻呂が北陸巡行の折、この地に立ち寄り、東北の蝦夷との戦いで長年多くの蝦夷の浮かばれない魂を弔いたいと創建したされる。寺は真言宗御室派に属し、本堂は鎌倉期1258年(国宝)、三重塔は1270年(国宝)、寺は三度火災に遭い、山門は江戸期1772年再建したと伝わる。
京都市の多くの寺社が応仁の乱などの戦(いくさ)で焼失したのに対して明通寺の本堂・三重塔は鎌倉期に建てたままの姿を残している(但し修理はしているだろうが・・・)
質実剛健というべき佇まいである

続けて[阿字観]について住職から話があった。うまく説明できないので[薬師院]さまのsiteを引用させて頂く。
密教瞑想法・阿字観(あじかん)について
掛け軸
阿字観本尊
阿字観とは、真言密教の瞑想法の一つです。
阿字観の成立は密教の主要教典である『大日経(だいにちきょう)』『金剛頂経(こんごうちょうぎょう)』や、真言密教の祖師である龍猛菩薩(りゅうもうぼさつ)の菩提心論(ぼだいしんろん)にその典拠があるものの、正式に阿字観について述べられているのは、弘法大師、空海が口述したものを、その弟子である実慧(じちえ)が記録したとされる「阿字観用心口決(あじかんようじんくけつ)」が始めの事です。即ち、現代に伝わる阿字観という瞑想法は、弘法大師を始めとして千二百年の時を越え、今皆様に伝えられる日本で生まれた瞑想法ということになります。
阿字観瞑想の実践は、本尊である大日如来の象徴である阿字観掛け軸の前に座禅し、本尊のお心を自分自身が受け入れさせて頂くことを心で観じ、曼荼羅世界に入っていくという密教独特の瞑想方法です。
阿字観は簡略的な瞑想法でありながらも、大日如来のお心をいただく奥深い瞑想法と言うことができます
瞑想とは?
瞑想は、癒しやリラックスでもなく、又刺激的な神秘体験を求めるためにするものでもなく、心のエクササイズでも、頭を整理するものでも無いと思っています。
私は瞑想は自分の心を確認することだと常に指導しています。仏教や密教の悟りを表現するに「如実知見」とか「如実知自心」ということばがあります。瞑想は自分の心を知ること、自分のこころをしっかりと見つめる作業です。
自分とはいったい何であろうか。仏の教えは私達に何を気づかせようとしているのだろうか。
瞑想を行い、仏教を学んでいく中で、自分の心の中で大きな気づきを得ることができるでしょう。
「阿字観瞑想はどうでしたか❓」
「心が洗われたような気がします」と100点満点💯の答え方をした。
時間があっという間に過ぎていた。緊張していたせいか❓この時は眠気が襲って来なかった。
「それは何よりです。他に何かお聞きになりたいことはありますか❓」と尋ねられたので
「仏さんをもう少し近くで見せてもらってもいいですか❓ もちろん中には入りません、それと建物を撮ってもいいですか❓」
「どうぞ、但し仏さんは撮らないでください」
「もちろんです」どの寺院でも仏像の安置場所を自由に撮っても良いというところは無い。
「この後、朝餉を石段下の客殿でご用意させて頂いております😊」
「わかりました。後から行きます」
仏さまを拝顔し、建物の写真を撮りつつ石段を下りた。

客殿からveiw
chapter1-5 小浜明通寺(5)→to be continue
postscript追伸
世界遺産西芳寺(苔寺)の横に華厳寺(鈴虫寺)がある。
お坊さんの説話が落語並に面白いと評判となり、昨今、国内外から大挙して観光客が押し寄せ、行列が出来る賑わいをみせる。
一年中心和む音色が響く、鈴虫のお寺。
秋だけでなく、四季を通じて鈴虫の音色を聞くことのできる境内。それゆえ「鈴虫寺」の名で親しまれている当寺ですが、正式な名称は「妙徳山 華厳寺(みょうとくざん けごんじ)」といいます。
今から八十年ほど前、台厳和尚が夜に坐禅を組んでおられました。その時に短い寿命しかない鈴虫が懸命に鳴いている姿をご覧になり悟りを開かれました。その時にどのようなことを悟られたのかはご本人にしか分からないことですが、禅宗の言葉の中に「花無心にして蝶を招く。蝶無心にして花を訪ねる」と言う句があります。これは蝶にしても花にしてもなんの思惑もない。ということを表現しています。
花にしてみれば温度や湿度が一定の基準になったから花を咲かせているだけであり、受粉を手伝ってほしいという思いがあるわけではありません。蝶も自分の餌となる蜜があるから花に近づいているだけであり、受粉を手伝ってやろうという思いなどありません。まさに自然の摂理に従って全てのものが動いているのです。なんの思惑もなく、自然の摂理に従って生きて行くことの大切さに気付かれたのだと思います。
ではなぜ、自然の摂理を無視してまで鈴虫を一年中鳴かせようとしたのか。そこには台巌和尚のある思いがあったのです。当時、日本は戦争に負けたところでした。戦後復興と言っても、食料も物資も何もない。しかも人々の心が荒み切っている。このような状態で戦後復興などできるはずもない。せめて心だけでも少し穏やかになって、前を向いて皆さんに歩んでいただきたい。その為には、自分が悟りのきっかけとなった鈴虫の音を聞いて心を穏やかにしていただければと言う思いから鈴虫を一年中鳴かせる研究を始められました。その後28年かかってようやく一年中皆様に鈴虫の音を聞いていただけるようになりました。
僕がこの鈴虫寺に初めて訪れたのは、小学校3年くらい(60年位前)に母に連れられ、苔寺に行った帰りに立ち寄った。
その頃は観光客も珍しく、大きな下駄箱も無い。
「おぅ、行儀の良い子だね」(普通の家くらいの)寺の玄関に上がる時に住職から褒められた。
僕は靴👞を帰りにすぐ履けるよう、きちんと向きを揃えて脱いだ。
「今日は特別良いものを見せてやろう」
わざわざ和室のcollection roomコレクションルームみたいな部屋にも案内され、たくさんの虫かごのリンリンと合唱する鈴虫を見せてもらった。
子供こころ❤️に『こんなところまでcheckしているのだ』と驚き、『何か得をしたような』うれしさとが交差した。
