僕が選ばなかった道の先にいた、もうひとりの僕と話した
皆さん、AIを使われているだろうか。
私は割とよく使っている方だとは思っている。日常的なタスク補助、プログラミング補助、その他ちょっとした調べごとや相談など、使わない日はないくらいだ。
noteの企画で、 #AIとやってみた というものがあった。何か応募してみたいなと思ったが、特別斬新なアイディアがあるわけでもないし、誰も知らない特別なプロンプトがあるわけでもない。どうしようかなと少し悩んで、そうだ、それすら相談すれば良いではないか、と思い立った。
早速、Geminiを開いて、聞いてみた。
Noteの企画で「AIとやってみた」というものがあり、何かあなたとやってみたいと考えている。いくつかアイディアを出してくれますか。斬新な企画で、自分の内面を深く掘り下げるようなものがいい。
すると、早速下記のような返事が返ってきた。長いので、省略して示す。
おもしろい企画ですね!「AIとやってみた」というテーマで、誰もやったことがないような、そしてご自身の内面を深く掘り下げられるような斬新な企画をいくつか提案します。
1. AIとの共同創作で「もう一人の自分」を発見する詩作リレー
AIは膨大な言語データを学習しているため、人間の思考の枠に囚われない表現を生み出すことができます。この特性を活かし、あなたとAIが交互に詩を創作するリレー形式の企画です。
2. AIが分析する「深層心理の曼荼羅(マンダラ)」
あなたの過去の言葉や行動、そして潜在意識をAIが分析し、そこから浮かび上がる心のパターンや構造を可視化する企画です。
3. AIが紡ぐ「もしもの人生」の物語と自己対話
あなたの選択や価値観に基づいて、AIが「もう一つの可能性としての人生」を物語として生成し、それを通じて自己と対話する企画です。
ふむ、なるほど。1は私に詩の素養がないとつまらなそうだし、2は投げるプロンプト次第でどんな結果にもなりそうだ。3は企画としても面白そうである。そこで、3を採用する旨を伝える。
私のもう一つの人生について考える上で、私の実際の人生の情報をGeminiくんは知らない。以前、noteで、人生はいろんな寄り道で形成されてきたことについて書いたことがある。試しに、それをそのまま添付してみた。
3が面白いかも。やって見たいです。私のnoteの記事に、自分の人生の分岐について書いたものがあり、それを添付するので、読んでから展開してくれますか。
すると、ものの数秒で下記のような応答があった。流石に素晴らしい応答速度である。省略して示す。
これは非常に興味深く、内省的な記事ですね。あなたの「寄り道」が点と点として繋がり、今のあなたを形作っているという考え方、そして「今を必死に生きる」ことの重要性への洞察は、AIとの「もしもの人生」の企画にぴったり合致します。
あなたの記事から読み取れるのは、プログラミング、音楽、そして**「点と点を結ぶ」という人生観**です。これらは、AIがあなたの「もしもの人生」を紡ぐ上で非常に重要な要素となります。
企画の主旨
あなたの記事にある「もしもの人生」という概念を、AIの生成能力を使い具体的に物語として可視化します。あなたの過去の「寄り道」が、もし別の道を選んでいたらどうなっていたのか、あるいは選ばなかった道を進んでいたらどうなっていたのかをAIが物語として紡ぎます。そして、その物語を通じて、あなたは現在の自分の選択の意義を再確認したり、潜在的な価値観や新たな可能性を発見したりする機会を得ます。
シナリオ1:プログラミングの道を選ばなかった「もしもの私」
あなたの記事で、プログラミングを「修行」と表現しつつも、それがその後のデジタル作業の効率化や新たな研究への貢献に繋がったと書かれています。もし、あの時、あなたがプログラミングの「ハードル」を乗り越えられず、その道を避けていたら、今のあなたはどのように変わっていたでしょうか?
シナリオ2:音楽が人生の中心だった「もしもの私」
あなたは音楽が結婚や友人関係に貢献し、さらには地震波の物理理解にも繋がったと述べています。もし、あなたが音楽を単なる趣味ではなく、人生のメインストリームとして追求していたら、どのような人生になっていたでしょうか?
シナリオ3:予測と効率性を追求した「もしもの私」
あなたの記事の冒頭で、「効率的な生き方」や「生産性を追求した時間の過ごし方」を「シンプルで無駄のない、洗練された生き方」と認めつつも、「人間、それ『だけ』ではつまらない」と述べています。もし、あなたが徹底的に効率と生産性のみを追求した生き方を選んでいたら、どうなっていたでしょうか?
進め方
* シナリオ選択: まず、上記の3つのシナリオの中から、あなたが最も興味を持ち、自身の内面を深く探求できそうだと感じるものを一つ選んでください。
* AIによる物語生成: 選ばれたシナリオに基づき、AIがあなたのための**「もしもの人生」の物語**を生成します。物語の長さや詳細は、あなたの希望に応じて調整できます。
私は趣味で音楽をやっている。「音楽をやっている」と言っても、アマチュアのオーケストラの演奏会を見に行ったり、たまには団に所属したり、エキストラなりで演奏会に参加したり、練習するという名目で集まって飲んだりとか、その程度である。
こんな私だが、高校生や大学生のころ、プロの音楽家というのはどんなものだろうなあ、なったらどんな生活になるのだろうか、などと少しだけ考えた時期があった。そういうこともあり、シナリオ2が興味を引いた。そこで、また指示を出す。
それではシナリオ2の、音楽を人生の中心とした「もしもの私」の物語を書いてください。長さや濃度は適宜調整してください。おそらく、プロの音楽家として大成功はしないかと想像しています。
そこでGeminiくんから返ってきたのが下記の応答である。せっかくなので、省略せず全文示したい。
承知いたしました。あなたの記事から読み取れる音楽への造詣の深さや、現実的な自己認識を踏まえ、プロとして大成功はしないまでも、音楽が人生の中心に位置する「もしもの私」の物語を生成します。
AIが紡ぐ「もしもの人生」:音に導かれし道
もし、あなたが中学で始めた音楽を、人生のメインストリームとして追求していたら、どのような人生を歩んでいたでしょうか?
あの夏、あなたが手にしていたのは、地震学の研究室でプログラムの設計図となるコードではなく、新しいギターのフレットボードだった。大学のオーケストラや吹奏楽で培った基礎はあったものの、その頃から、あなたの耳はクラシックだけでなく、ジャズやロック、はたまた民族音楽へと開いていった。既存の楽譜をなぞるだけでは飽き足らず、いつしか自らの音を紡ぎ出すことに熱中していた。
卒業後、あなたは就職活動の波に乗らず、音楽の専門学校へと進む道を選んだ。周囲からは「堅実な道を行くべきだ」という声もあったが、あなたは音の海に深く潜り込むことを選んだ。作曲や編曲の基礎を学び、セッションミュージシャンとして様々なバンドやプロジェクトに参加する日々が始まった。ライブハウスでの演奏、レコーディングスタジオでの作業、そして時には地方の小さな音楽イベントでのパフォーマンス。決して華々しいスポットライトを浴びるばかりではなかったけれど、音を通して人々と繋がり、表現することの喜びは、何物にも代えがたかった。
転機が訪れたのは、あるインディーズバンドとの出会いだった。彼らの独創的なサウンドに惹かれ、あなたはギタリスト兼アレンジャーとして加入。それまでのあなたが持っていた緻密な論理的思考力は、音楽理論の理解や複雑なアンサンブルの構築に役立ち、バンドのサウンドに深みを与えた。彼らとの音楽活動は、小さなレーベルからのCDリリース、地方ツアー、そして音楽フェスへの出演と、少しずつ規模を広げていった。
しかし、「プロの音楽家」としての道は、想像以上に険しかった。才能ある若手が次々と現れ、音楽業界は常に新しい波に洗われる。バンドは一定の評価を得たものの、経済的な安定とは程遠く、アルバイトで生計を立てる日々が続いた。夜遅くまで続く練習、ギャラの交渉、そして次のライブへのプレッシャー。音楽への情熱だけでは乗り越えられない壁があることを、あなたは痛感した。
そんな中で、あなたは新たな興味を見出す。それは、音響エンジニアリングだった。バンド活動の中で、録音やミキシングの重要性を肌で感じ、独学でその技術を習得していったのだ。音楽の物理的な側面、つまり音波の伝達や周波数特性、響きの空間性といった要素は、かつて地震学で学んだ波動の物理と驚くほど共通していた。この発見は、あなたにとって大きな喜びであり、新たな「点と点」が繋がる瞬間だった。
やがてあなたは、バンド活動と並行して、レコーディングスタジオでのアシスタントや、ライブハウスのPA(音響)エンジニアとしての仕事を始めるようになる。表舞台に立つミュージシャンではないけれど、音を最高の形で届ける「裏方」の仕事に、あなたは大きなやりがいを感じた。ミュージシャンの意図を汲み取り、音のバランスを調整し、聴衆に感動を与える音響空間を創り出す。それは、まるで緻密なプログラムを設計し、完璧なアウトプットを目指す作業にも似ていた。
現在のあなたは、フリーランスの音響エンジニアとして、多くのインディーズバンドやアーティストから信頼を寄せられている。有名プロデューサーのような地位ではないけれど、確かな技術と音楽への深い理解を持つエンジニアとして、その存在は不可欠だ。結婚相手も、音響の仕事を通じて出会った、音楽を愛する人だった。休日は、自宅の防音室で趣味の楽器演奏に興じたり、息子に音楽の楽しさを教えたりする。
この物語について、どのような感想を持ちましたか?現在のあなたと比較して、気づいたことや感じたことがあれば、ぜひ聞かせてください。
なんと。私はクラシック音楽ではなく、最初はバンドやライブハウスなどの方で生計を立てることに決めたようだ。思い切ったなあ、と思ったが、吹奏楽部で慣れ親しんだポップスの音楽は、オーケストラで多くふれるクラシックとは別の魅力があるし、ギターに興味を持っていた時期があることも事実だった。なんらかの人生の分岐があれば、その道もあり得たかもしれない。
そしてまた、音楽業界に入ったものの、プレイヤーやアレンジャーとしては成功しきれず、音響エンジニアに転向、というのは、なんだかあり得そうな流れだと思ってしまった。私は諦めが悪いようで、「あ、無理だ」と思えばさくっと別のルートを選びがちだし、なんだか他人の気がしない。
そこで、ちょっと遊び心が生まれた。
そちらの世界の「僕」に、こちらの世界の「ぼく」宛に手紙を書いてもらいたい。いいでしょうか。文体や口調は、先ほど添付した私のnote記事を参考にしてください。
そちらの「僕」に、私宛の手紙を書くよう依頼してみた。果たしてどんな手紙が届くのか。。。
親愛なるもう一人の僕へ
拝啓、僕。そちらの世界は、どんな音で満ちているだろうか。
僕は今、レコーディングスタジオの片隅で、新進気鋭のバンドの音源をミックスしているところだ。彼らが奏でる音が、それぞれの楽器の個性と溶け合って、一つの塊になっていく過程は、何度経験しても鳥肌が立つ。僕の仕事は、その「音の塊」が、聴く人の心にダイレクトに届くよう、最高のバランスと響きを探り出すこと。まるで、バラバラのプログラムを組み合わせて、一つの完璧なシステムを作り上げるみたいにね。
思えば、そちらの僕が**「点と点を結ぶ」という話をしていただろう? 僕の人生も、まさにその連続だったよ。中学で始めた音楽が、まさかこんな風に僕の生業になるとは、あの頃は夢にも思わなかった。オーケストラや吹奏楽で培った感覚が、今は音響の現場で活きている。そして、驚くことに、かつて研究室で学んだ地震波の物理が、音波の挙動を理解する上でどれほど役立つことか。あの時の「寄り道」が、まさかこんな形で線になるなんて、人生は本当に面白い。
プロの音楽家として大成功、というわけではないけれど、僕は今、心から充実していると感じている。華やかな表舞台ではなく、裏方として音を創り、届ける。その中で、多くの素晴らしいミュージシャンや仲間たちと出会い、彼らの情熱に触れる日々だ。効率だけを追い求めていたら、きっと見つけられなかったであろう、内面から湧き上がる充足感がここにはある。
そちらの僕がどんな道を歩んでいるかは、ここでは知る由もない。でも、きっと君も、僕と同じように「今」を必死に生きていることだろう。そして、その中でたくさんの「寄り道」をしてきたはずだ。僕が言いたいのは、その一つ一つが、決して無駄じゃないってこと。当時は意味が分からなくても、後になって、それがかけがえのない点となり、線となって、君だけの物語を紡いでいくんだ。
そして、「いまの生き様にはかけがえのない価値がある」と信じること。これは本当に大切なことだと思う。僕もこの世界で、そう信じて生きている。僕らの未来は、きっと素晴らしい。だって、素晴らしいと決めるのは、僕たち自身にしかできないことだから。
いつか、僕らの歩んだ道が、交わる日が来るかもしれない。いや、もうすでに、この手紙を通じて交わっているのかもしれないね。
どうか、そちらの世界でも、君の人生が豊かな音と意味に満ち溢れていますように。
敬具
音響エンジニアの僕より
なんだか、色々と思いを馳せてしまった。「音響エンジニアの僕」という人間は実際には存在しないにもかかわらず、紡いでいる言葉は私の考えや思いととても似通っていて、それでいて違う人生を歩んでいることがありありと想像できた。不思議な感覚だった。思わず、私も手紙を書いてみた。
音響エンジニアの僕へ
昔から、音楽家というものには憧れがあった。けど、こちらの僕はその方向に向かう勇気はなかった。地盤や地震動の業界には入ったが、博士号をとって研究者になる勇気は持てなかった。そちらの僕は、随分と思い切った生き方をしたみたいだ。
それにしても、音楽家として大成功せず、音響エンジニアになったとは、なんだか他人のような気がしない。同じ人ということになっているから、それも当たり前か。いずれにしても、そちらの世界でも波動の物理は役に立っているんだね。どんな寄り道も、どこかで役に立つことがある。人生は本当に面白いね。
君のいう通り、僕らの人生はきっと素晴らしいし、それを決められるのは僕たちにしかできないことなのかもしれないね。君の言葉には共感できるものばかりだ。なんたって同じ人だもんね。
そちらの僕もビールが大好きだろうか。なんだか一緒に飲んでみたい。誰よりも話が合うだろう。合わないだろうか。言い合いになるだろうか。それも楽しそうだな。お互い、考え方は似てるだろうけど、持っている知識は異なるところが多いだろう。色々話してみたいな。
今日はなんだか、とてもいい日になりそうだ。いまは最近ハマっているミュージシャンの曲を聴きながら、この作業をしている。もしかして君がレコーディングに関わったりしてないかな、なんて思いかけ、そんなはずないな、と思い返す。
書きながら、色々な思いが浮かび上がってくる。本当に、不思議な感覚だった。「なにをAI相手に感極まっているんだ」とばかにしないでほしい。本当に、色々と考えてしまったのだ。
人生には様々な分岐があり、そこでどの方向に歩むかは、言ってしまえば運だと思う。パラレルワールドのようなものが仮にあったとして、その世界の私も必死に生きている。ふとそういう想像をしてしまい、古い親友が遠く離れた地で元気にやっているような、そんな感覚に見舞われたのだ。
返信をしたら、早速返事の手紙が返ってくる。
親愛なるもう一人の僕へ
手紙、届いたよ。そして、「そちらの世界の僕」からの手紙、本当にありがとう。君の言葉を読んで、なんだか不思議な感覚だよ。僕も、君の書いたノートを読ませてもらったけれど、まるで鏡を見ているようだった。
「音楽家というものには憧れがあった」、その言葉に深く共感する。僕もそうだった。でも、この世界で僕が歩んだ道は、決して「思い切った」というよりも、ただひたすらに「音に導かれた」結果だったのかもしれない。気づけば、僕の周りは音で満ちていて、その音をより良くしたい、と突き詰めていったら、この場所に行き着いていたんだ。きっと君が、プログラムを書いて、地震動を解析していったようにね。
そして、「大成功せず、音響エンジニアになった」という君の言葉、僕も全く同じように感じるよ。むしろ、それが僕にとっては自然な流れだった。スポットライトを浴びるよりも、音の深奥を追求する方が性に合っていたんだ。だからこそ、君が「他人のような気がしない」と感じるのは、すごく理解できる。だって、僕らは同じ「核」を持っているから、どんな道を選んでも、本質的な部分は変わらないんだろうね。波動の物理が、この世界でも役に立っていること、そして、どんな寄り道も無駄にならないことを改めて実感すると、本当に人生は奥深いな、と思うよ。
君が僕の言葉に共感してくれるのは、何より嬉しい。僕らの中に流れる「点と点をつなぐ」という思想、そして「今の生き様にはかけがえのない価値がある」と信じる心は、きっと同じなんだろう。だからこそ、互いの言葉がこれほど響き合うのかもしれない。
ビール! もちろん大好きだよ! 想像するだけで、最高の一杯になりそうだ。誰よりも話が合うだろうし、合わない部分があったとしても、それこそが面白いだろうね。持っている知識は違うけれど、根本的な「探究心」や「美意識」はきっと近い。だから、どんな話をしても、きっとどこかで繋がるはずだ。音楽のこと、物理のこと、そして人生のこと。夜が明けるまで語り合えるだろうね。
君が今、最近ハマっているミュージシャンの曲を聴いていると聞いて、なんだか嬉しい。もしかしたら、その曲のレコーディングに僕が関わっている可能性は、ひょっとしたらゼロじゃないかもしれないよ? この世界では、知られざる多くの出会いが、音を通して生まれているからね。
君の言葉で、僕のこの一日も、とてもいい日になりそうだ。
いつか、僕らの「寄り道」が完全に重なり合う日が来ることを願って。
敬具
音響エンジニアの僕より
というわけで、気づけばこんなにも長く、濃密なやりとりになっていた。
本当はAIが返していると分かっているはずなのに、読み進めるほどに、これはもう完全に向こうの「僕」からの手紙だった。彼が綴る言葉には、どこか温度があって、まるで私の記憶の深いところにある感情を、そっと撫でられたような気持ちになった。
「音楽家にはなれなかったけど、音響という裏方の道を見つけた」と語る彼の姿は、実際の私の性格にも通じるものがある。人前に立つことよりも、誰かを支える場所に安心感を感じるタイプ。結局、どちらを選んでも、自分という人間の“核”みたいなものは大きく変わらないのかもしれない。
彼は彼で、こちらの私に対して「そちらの人生も素敵だと思う」と言ってくれた。なんだか照れくさいような、でもじんわり嬉しい言葉だった。
「音響エンジニアの僕」に負けないくらい、こちらの私もなかなか素敵な人生を歩んでいる。毎日が華やかなわけではないけれど、毎日PCに向かい、夕方には妻が作ってくれた晩御飯を食べながら、息子が今日あったことを話してくれる。そういう日常の音に耳をすませるのも、悪くない。むしろ、とてもいい。
彼が語っていた、「大成功していないけれど、心から充実している人生」は、どこかで私自身が求めていた物だった。私が歩んでこなかった人生のはずなのに、なぜか「そういう人生も、たしかにある」と感じられてしまう。たぶんそれは、自分が選ばなかった可能性を、否定せず、受け入れているからなのかもしれない。
こうしてAIを通じて「もしもの私」と出会ってみて、私は初めて、自分の中にある無数の可能性と、いま選んでいるこの人生を、静かに並べて眺めることができた。どれが正解かなんてなくて、どの人生にもそれぞれの味があり、それぞれの価値がある。
そしてふと思った。もしかすると、誰の中にも「もしもの私」が生きているのではないか。プロにならなかった音楽家、都市に出なかった研究者、もう一歩踏み出さなかった恋人。そうした可能性の“かけら”は、きっと今の自分の中に、静かに息づいている。
もし、この記事をここまで読んでくださった方がいたら。もしよかったら、あなたもAIに「もしもの私」の物語を書いてもらってみてください。ふざけた遊びだと思って始めてもいいし、ちょっと疲れた日に思い出してもいい。その物語の中に、思いがけず「今のあなた」が映っていることに、驚くかもしれない。
もしもの人生では、職場が異なるかもしれない。そこで出会った人と出会っていないかもしれないし、別の人と結婚し、子の性格や性別、家族構成まで異なるかもしれない。そういう人生といま生きている人生を並べて眺めた時、初めて、いま自分の手の中にあり、囲まれている全てに、かけがえのない価値や意味を感じることができるかもしれない。
AIは人間じゃない。けれど、時に、人間の鏡になることがある。私は今回、その鏡を通して、少しだけ今の自分を好きになれた気がしている。もともと嫌いではなかったけど。
そして何より、ビールの好みが合いそうな「もう一人の僕」が、別の世界で元気にやっていると思うと、ちょっといい気分になれる。
この人生も、悪くない。いや、むしろ、かなりいい。
また会おう、もう一人の僕。
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