「自由を継ぐ者たち─長田家の精神の系譜─」
はじめに─「真の自由」を求めて─
わたしの家系には、時代の荒波の中で「自由」と「信仰」、そして「奉仕」の精神を貫いた先人たちがいます。
彼らの生き方は、決して世俗的な成功や安定を追い求めるものではありませんでした。
むしろ、すべてを手放し、譲り、静かに生きるという「内なる自由」を貫いた者たちでした。
今回は、その中から三代にわたる「自由の系譜」とも言える軌跡を、わたしなりに記してみたいと思います。
第一章:長田重雄─忠義と信仰に生きた医師─
長田重雄(おさだしげお)は、わたしの高祖父(ひいひいおじいさん)にあたります。
医師として明治の時代を駆け抜け、皇室の御典医としても仕えた人物でありながら、深いキリスト教信仰を持って生きた人でした。
重雄は、娘にこう語ったと伝えられています。
「明治天皇が、わたしを『第一の臣下』とおっしゃってくださったのだ。」
それは誇りであると同時に、重雄がいかに忠誠心と使命感に生きたかを示す言葉でもあります。
彼の生き方は、「信仰を持って仕えること」と「自由な心」の両立を体現していたように感じます。
聖路加国際病院の前身、始まりを創った重雄は、歴史の表舞台には出てきません。しかしながら高祖父が東洋医学の限界を感じ、西洋医学を日本に採り入れることに命をかけて、私財を投げ売って世のため人のために生きていたこと(日本の医療界に多大なる寄与を果たしたこと)は、わたしたち一族の誇りとして、後世に伝えねばならない!とわたしは考えております。
重雄が望みさえすれば、歴史にきちんと遺った自身の功績よりも、世のため人のために医療が発展することを選んだ気高い志しは、おそらく、聖路加国際病院のマインド・教育の中に受け継がれているとわたしは考えております。
なお、日本赤十字社の準備員としても、重雄が関わっていたと聴いております。明治天皇の側近であれば、日本赤十字社を創った昭憲皇后とも関わっていたのではないかと、わたしは考えております。
第二章:長田龍省─すべてを手放し、清貧を選んだ人─
重雄の息子・長田龍省(りゅうしょう)は、わたしの曽祖父(ひいおじいさん)です。祖父・龍宗(りゅうそう)の義理の父にあたります。龍省、龍宗ともに、瀬戸内寂聴さんの師匠であった今東光(今春聽)さんと交流があったと聴いております。同じく、川端康成さんや青山圭男さんなどとも親交があったようです。
龍省は、父・重雄から受け継いだ財産を、法華宗への寄進や弟子たちへの譲渡という形で、惜しみなく手放し・ほぼすべてを断捨離しました。
その後、彼は東京・根岸の借家に住み、慎ましく、清貧のうちに暮らしたと伝えられています。
財を持たず、地位に執着せず、それでもなお信仰と教えを人々に伝えるその姿に、「真の自由人」としての気高さを感じます。
一方で、龍省の若いころは、今でいう「やんちゃな時代」もありました。
浅草(当時の流行の最先端)に住んでいたこともあり、「つけ」で遊び歩いていたという逸話も残されています。
けれどその自由奔放な青年期が、後年すべてを手放して歩む決意と清廉さに繋がっていたのかもしれません。
第三章:長田龍宗─信仰と葛藤、そして愛─
龍宗(りゅうそう)は、龍省の義理の息子にあたり、わたしの祖父にあたります。鳥取県出身で御縁あって、龍省の弟子に。後に龍省の娘と結ばれました。彼もまた、信仰に生きた人でした。
しかし、彼の人生は決して平坦ではなく、信仰と現実の狭間で葛藤を抱えながらも、「自由な魂」を模索し続けた人であったように思います。
彼には8人のこどもがおりました。
長男・龍弘(りゅうこう)、そしてわたしの母もそのうちの一人です。
祖父としての龍宗の背中からは、「静かに、しかし熱く燃える信仰と自由の追求」が、孫であるわたしにも今なお伝わっております。
伯父の龍弘いわく、川端康成さんが「新しい宗派(宗教観)を創ってほしい。そのために、お金はいくらでも準備します。」という誘いを龍宗は丁重にお断りしたとのこと。
もし祖父である龍宗が川端康成さんのお誘いを断っていなければ、今の日本の宗教界の構図は変わっていたのではないか。
しかしながら、その誘いを断り、ひっそりと宗教法人としては縮小していったことは、世に出てこない事実ですが、究極の宗教観(宗教)の真の姿であると、わたしは考えております。
結び─「自由」を継ぐということ─
時代や立場は違えども、重雄・龍省・龍宗という三代にわたる長田家の男たちには、ある共通の姿勢があったと感じます。
それは─
名誉や地位や財産に縛られず、
信仰や誠実さに生き、
時にすべてを手放してでも─「自由」─を貫くこと。
内なる自由を生きる
現代を生きるわたしにとっても、それは大きな学びであり、指針となるものです。
その精神を、こうして言葉にして残していくことが、わたしにできる小さな「継承」かもしれません。
今も静かに、心からの聖恩感謝を込めて─。
