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【追悼・東野圭吾】青春時代に夢中になったミステリ作家へーー

2026年7月27日。

あまりにも寂しい知らせが届きました。

作家・東野圭吾さんが7月23日未明、大腸がんのため亡くなりました。68歳でした。

1985年、『放課後』で江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。

そこから約40年。

『秘密』。

『白夜行』。

『容疑者Xの献身』。

『ガリレオ』シリーズ。

『新参者』シリーズ。

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』。

今では日本の小説をほとんど読まない人でも、その名前くらいは知っているであろう巨大な作家になりました。

映画館へ行けば、

原作・東野圭吾。

テレビをつければ、

原作・東野圭吾。

書店へ行けば、

新刊・東野圭吾。

あまりにも長い間、それが当たり前だった。

だから、この名前の横に「逝去」という文字が並んでいることが、まだどうにも現実として馴染みません。

ただ。

今回、この追悼記事を書くにあたって、筆者が真っ先に思い出したのは『白夜行』でも『容疑者Xの献身』でもありませんでした。

もっと昔。

まだ東野圭吾が現在のような「国民的ベストセラー作家」になる前。

書店のミステリ棚で次々と妙な仕掛けを繰り出していた頃です。

筆者にとって東野圭吾は、青春時代に夢中になったミステリ作家でした。

だから今日は、巨大なベストセラー作家・東野圭吾を偲ぶと同時に。

あの頃、

「今度はどうやって騙してくれるんだろう?」

と新しい一冊を手に取るのが楽しみだった、一人の読者として振り返ってみたいと思います。


■筆者が好きだったのは、“仕掛け人”東野圭吾

もちろん、後年の作品もいい。

むしろ作家として世間的な評価を決定づけたのは、『秘密』『白夜行』『容疑者Xの献身』以降でしょう。

でも筆者が特に好きだったのは、

初期のトリッキーな本格ミステリ。

『十字屋敷のピエロ』。

『ある閉ざされた雪の山荘で』。

『仮面山荘殺人事件』。

そして『どちらかが彼女を殺した』。

作品を開くたびに、

館!

密室!

クローズド・サークル!

叙述!

犯人当て!

今度はそう来たか!!

……という、本格ミステリの遊園地みたいな時代がありました。

しかも、単に古典的なお約束をなぞるだけではない。

必ず何か変なことをする。

これが初期東野圭吾の楽しいところでした。


■『十字屋敷のピエロ』――ピエロ人形が事件を見ている

まず忘れられないのが、

『十字屋敷のピエロ』。

館。

一族。

殺人事件。

ここまでは本格ミステリの王道です。

しかし、その事件をすべて見ている存在がいる。

ピエロの人形です。

喋れない。

動けない。

当然、警察に証言することもできない。

ところが読者にだけは、そのピエロが見たものが語られる。

何ですか、その視点。

殺人現場に究極の目撃者がいるのに、

人形なので役に立たない。

こんな設定を思いついた時点でもう勝ちでしょう。

しかも単なる奇抜なアイデアでは終わらず、その「視点」まで含めてミステリの仕掛けにしてくる。

講談社自身も現在の新装版で「精緻にしてフェアな謎解きミステリー」と紹介しています。

まさに、

小説だからできる騙し方。

こういう東野圭吾が、筆者は大好きでした。


■『ある閉ざされた雪の山荘で』――吹雪の山荘……ではありません?

そして、

『ある閉ざされた雪の山荘で』。

本格ミステリ好きなら、このタイトルを見た瞬間に分かります。

はいはい。

雪山ですね。

外界から隔絶されるんですね。

電話も通じないんでしょう。

そして一人ずつ殺されるんでしょう。

クローズド・サークル一丁入りました!!

ところが。

登場人物たちは、舞台俳優のオーディションとして集められた7人。

これから彼らが演じる設定こそが、

「豪雪によって閉ざされた山荘で起きる連続殺人」。

……ちょっと待ってください。

つまり、

これは芝居なのか?

本当に人が消えているのか?

そもそも雪山ですらない。

古典的な「吹雪の山荘」を期待して読んでいる読者に、

その前提から疑ってください。

と突きつけてくる。

ずるい。

実にずるい。

でも、それが楽しい。

「本格ミステリのお約束」を知っている読者ほど、作者の罠に自分から歩いて入っていく。

青春時代の筆者は、こういう作品に何度もやられました。

そして騙されるたびに、

次も読みたくなる。

完全に術中です。


■『仮面山荘殺人事件』――初期東野を一冊薦めるなら、これも強い

『仮面山荘殺人事件』も外せません。

8人の男女が集まった山荘。

そこへ逃亡中の銀行強盗が侵入。

外部との連絡を絶たれ、事実上の密室状態。

そして殺人が起こる。

ところが状況から見て、

強盗が犯人ではありえない。

じゃあ、この中にいるじゃん。

最悪です。

こうして登場人物同士の疑心暗鬼が始まる。

いかにもクラシカルな閉鎖空間ミステリ。

しかし当然、普通には終わらない。

現在の講談社の新装版紹介に、

「こんな結末、どうやって考えた!?」

とありますが、本当にそれ。

初期東野圭吾を知らない人に、

「とりあえず一冊読んでみて」

と渡すなら、かなり有力な一冊だと思います。


■『どちらかが彼女を殺した』――犯人? 自分で考えてください

そして筆者にとって、とりわけ印象深い一冊。

『どちらかが彼女を殺した』。

女性が殺された。

容疑者は二人。

妹を殺された警察官の兄が真相を追い、そこへ加賀恭一郎が絡んでくる。

究極の二択。

どちらが犯人なのか。

読者も証拠を拾いながらページを進めていく。

そして最後。

さあ加賀さん!

名探偵らしくお願いします!

犯人は――

教えてくれません。

…………え?

そこ言わないんですか!?

この作品、最後の犯人当てを読者に委ねてしまう。

講談社の現在の新装版には、東野本人の言葉として、

「ミステリ界にケンカを売りたかった」

と紹介されています。

でしょうね!!

普通の推理小説なら探偵が最後に解答編をやるところを、

「必要な材料は出したから、自分で解いてね」

と放り投げてくる。

しかし理不尽なのではない。

ちゃんと推理できるように作られている。

だから読者は読み終わったあとも、本を閉じられない。

戻る。

確認する。

考える。

小説が終わった後までミステリが続く。

今でも覚えているくらい、強烈な体験でした。


■あの頃、東野圭吾の新刊を読むこと自体が楽しかった

振り返れば、本当にいろいろ読みました。

デビュー作『放課後』。

加賀恭一郎の原点『卒業』。

『眠りの森』。

『むかし僕が死んだ家』。

『悪意』。

そして、

『名探偵の掟』。

この人、散々本格ミステリを書いた挙げ句、

本格ミステリそのものをイジり始めます。

密室。

孤島。

奇妙な館。

ダイイングメッセージ。

名探偵。

作者たちが一生懸命作り上げてきたミステリのお約束を、

乱歩賞作家が自分で茶化していく。

いいんですか、それ。

と思いながら笑って読んだものです。

今振り返れば、あの頃の東野圭吾は、とにかくミステリというジャンルで遊んでいました。

どう騙すか。

どう驚かせるか。

読者が当然そう思うであろう前提を、どう利用するか。

作品ごとに違うゲームを仕掛けてくる。

そして筆者も、そのゲームに夢中になっていました。

本屋で新しい東野圭吾を見つける。

買う。

読む。

騙される。

悔しい。

また買う。

……いい客です。

でも、それが楽しかった。

だから今、初期作品のタイトルを眺めているだけで、その本の内容だけではなく、

それを読んでいた頃の自分の時間まで蘇ってくる。

本というのは、不思議なものです。


■やがて“仕掛け人”は、“物語の人”になった

そして東野圭吾は変わっていきます。

もちろん本格ミステリを捨てたわけではありません。

ただ、そこへ人間ドラマが圧倒的な力で入り込んでくる。

その大きな転機の一つが、

『秘密』。

設定自体は非常にミステリ的。

しかし最後に読者へ残るのは、

「トリックがすごかった」

ではない。

家族とは何なのか。

愛するとはどういうことなのか。

そしてタイトルの意味。

ミステリの構造そのものが、人間の感情を爆発させる装置になっていました。

1999年、本作は日本推理作家協会賞を受賞。

東野圭吾が「巧いミステリ作家」から、さらに巨大な物語作家へ向かっていく過程で欠かせない一作でしょう。


■『白夜行』――もう“謎解き”だけでは収まらない

そして、

『白夜行』。

このあたりまで来ると、

「犯人は誰でしょう?」

などというサイズの話ではありません。

一つの事件から始まり、長い年月にわたって続いていく二人の人生。

直接その内面を説明しすぎず、周囲の人間たちから見た断片によって巨大な物語を組み上げていく。

暗い。

重い。

苦しい。

なのに、

止められない。

東野圭吾作品によく使われる「一気読み」という言葉。

これほど似合う作品もありません。

でも、考えてみれば。

膨大な人物と時間を扱いながら、読者へ何を見せて何を隠すのかを徹底的にコントロールする技術は、

初期作品でさんざん筆者たちを騙していた、

あの本格ミステリ作家の技術そのもの

なのかもしれません。


■そして『容疑者Xの献身』――“トリック”と“人間”が一つになった

そして到達点の一つが、

『容疑者Xの献身』。

ガリレオシリーズ。

天才物理学者・湯川学。

その湯川に匹敵する頭脳を持つ数学者・石神。

事件の構図自体は早い段階で見えている。

問題は、

石神はいったい何をしたのか。

ここにある。

そして真相へ到達した瞬間。

読者は、

「なるほど!」

と感心すると同時に、

知りたくなかった。

と思わされる。

本格ミステリとしての論理。

トリック。

読者へのミスディレクション。

そして、人間の感情。

初期の“仕掛け人”東野圭吾と、後年の“物語の人”東野圭吾。

その二つが完全に重なった作品だったのではないでしょうか。

本作は2006年、第134回直木賞を受賞。

東野圭吾は押しも押されもせぬ国民的人気作家になっていきます。


■湯川学、加賀恭一郎――小説を飛び出した名探偵たち

東野圭吾は、巨大なキャラクターも残しました。

まず、

湯川学。

科学者が怪現象を論理によって解体する『ガリレオ』シリーズ。

福山雅治主演で映像化されたことで、小説を読まない層にまで一気に広まりました。

そして、

加賀恭一郎。

『卒業』から長い年月を歩き続け、『新参者』では人形町を舞台に、人の小さな嘘や秘密を拾い上げていく。

阿部寛が演じた映像版も含め、こちらも東野作品を象徴する人物になりました。

筆者にとって加賀は、『新参者』よりずっと前、

『卒業』『眠りの森』『どちらかが彼女を殺した』の加賀

から付き合っている人物。

後になってテレビで多くの人が加賀恭一郎を知るようになったとき、

昔から知っていたキャラクターが突然有名人になったような、妙な感覚もありました。


■ミステリだけではなくなった。でも、根っこはずっとミステリだった

『手紙』では、犯罪加害者の家族が背負うものを描く。

『さまよう刃』では、少年犯罪と復讐、法と感情の間に答えのない問いを投げる。

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』では、時間を越えた手紙を通じて複数の人生をつなぐ。

マスカレードシリーズでは、ホテルという華やかな舞台へ。

作品世界はどんどん広がっていきました。

もはや「本格ミステリ作家」という一言では到底括れない。

でも。

東野圭吾の作品を振り返ってみると、その根っこにはずっと同じものがあったように思います。

読者に、どの情報をいつ渡すか。

何を見せるか。

何を見せないか。

何を思い込ませるか。

そして、

どの瞬間に真実を明かせば、最も読者の心が動くのか。

『十字屋敷のピエロ』でやっていたことと、

『白夜行』でやっていたこと。

作品のスケールもテーマもまるで違う。

でも根底にある設計思想は、案外同じなのかもしれません。

だから東野圭吾は、社会派になっても、人間ドラマになっても、ファンタジーになっても、

読ませる。

とにかく次のページをめくらせる。

それが、何十年も変わらなかった最大の武器だったのでしょう。


■1億部――「本を読む入口」になった作家

2023年、東野圭吾作品の国内累計発行部数は1億部を突破。

同年には紫綬褒章も受章しました。

1億部。

もはや、ちょっと想像がつかない数字です。

そしてこの数字以上に大きかったと思うのが、

「普段はあまり小説を読まないけれど、東野圭吾は読む」

という人を大量に生み出したこと。

ミステリファンだけの作家ではなくなった。

文学好きだけの作家でもない。

書店へ行って、

「何か面白い小説を一冊」

と思った人が手に取る名前になった。

東野圭吾は、日本で小説を読むための巨大な入口の一つになりました。

けれど筆者にとっては、その巨大な存在になる前の、

ミステリ棚の中で変な仕掛けを次々と思いついていた東野圭吾

も忘れられません。

むしろ、そちらが原点です。


■8月5日、『永遠の記憶』

そして、あまりにも寂しい偶然があります。

2026年8月5日。

ガリレオシリーズ第11作となる最新長編、

『永遠の記憶』

が刊行されます。

ガリレオシリーズとして4年ぶりの長編。

出版社が掲げているコピーは、

「ガリレオ、最後の謎」

です。

『永遠の記憶』。

そして「最後の謎」。

訃報を知った今、その言葉の一つ一つが、発表されたときとはまったく違う響きを持ってしまいました。

しかも文藝春秋は訃報のわずか5日前、7月22日に発売カウントダウンイベントの開催を発表していました。

つい数日前まで、

「もうすぐ新しい東野圭吾が読める」

という時間だったのです。

だから余計に、信じられない。

本当に、これからも当たり前のように新刊が出続けると思っていました。


■青春時代に夢中になった作家が、いなくなるということ

好きだった作品がある。

それだけなら、これほど寂しくはなかったのかもしれません。

東野圭吾の作品を読んでいた頃、

筆者自身も若かった。

本屋へ行って。

一冊買って。

帰り道から読みたくなって。

夜まで読んで。

騙されて。

「そう来たか!」

と悔しがる。

そして、また次の作品を探す。

だから今回失われたものは、

「好きな作家の新作がもう読めない」

ということだけではないのでしょう。

青春時代に夢中になった作家がいなくなる。

それは、

自分の青春の一部が、本当に過去になってしまったことを知らされるような寂しさ

があります。

それでも本棚には、本が残っている。

ページを開けば、

『十字屋敷のピエロ』のピエロは、また事件を見つめている。

『ある閉ざされた雪の山荘で』では、また奇妙な舞台稽古が始まる。

『どちらかが彼女を殺した』を開けば、

また最後に、

「さあ、自分で考えてください」

と突き放される。

作品は変わらない。

そこには今でも、

読者を驚かせようと仕掛けを考えていた東野圭吾がいる。


■しばらく離れていた。でも、もう一度帰ろうと思う

正直に言えば。

筆者はここしばらく、東野圭吾作品から少し離れていました。

嫌いになったわけではありません。

むしろ逆です。

青春時代にあまりにもたくさん読んだからこそ、

いつしか、

「東野圭吾はいつでも読める」

と思うようになっていたのかもしれません。

新刊が出る。

また次も出る。

だから今すぐ読まなくてもいい。

そのうち読もう。

ずっと、そう思っていました。

でも。

ずっとは、なかった。

今回の訃報で、それを思い知らされました。

だから、久しぶりに東野圭吾を読もうと思います。

まず何にしよう。

『十字屋敷のピエロ』でもいい。

『ある閉ざされた雪の山荘で』でもいい。

『どちらかが彼女を殺した』も、今読むとまた違って見えるかもしれない。

もちろん、まだ読んでいない近年の作品もたくさんあります。

そして8月には、

『永遠の記憶』が待っています。

青春時代、夢中になって歩き回った世界。

しばらく訪れていなかったけれど。

この機会に、久しぶりに。

東野圭吾の世界へ帰ってみようと思います。

きっと本を開けば、

何十年経っても変わらず、

向こう側から作者が問いかけてくるのでしょう。

「さて、この謎が解けますか?」

そんな気がします。

東野圭吾さん。

たくさん騙されました。

たくさん驚かされました。

たくさんページをめくらされました。

そして何より、

青春時代を夢中にさせてくれて、ありがとうございました。

心よりご冥福をお祈りいたします。


【空想映画館】

観たくなったら負け。

そして今回は――

読みたくなったら、帰ってこよう。

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