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橿原神宮 大神神社  狭井神社 箸墓古墳 纏向遺跡 桜井市立埋蔵文化財センター 奈良県 桜井市 奈良 山の辺の道

夫婦ほっこり旅 奈良

3日目 橿原神宮

 今日も5時に起きて早朝の橿原神宮を目指す。奈良駅のホームに立った時、私たちは空を見上げた。どんよりとした雲が空一面を覆っていた。旅行前の週間天気予報では奈良はずっと雨の予定だった。「今日一日もってくれたらいいが……」と不安がよぎる。妻が言った。
「あらら、このお天気では三輪山からの朝日は撮れそうもないわね。がっくり!」
「そっちかよー!」私は苦笑しながらつぶやいた。妻の予感は的中し、朝日に輝く三輪山を拝むことはできなかった。

 JR桜井駅から近鉄大阪線の急行に乗り、大和八木駅で乗り換え、近鉄橿原神宮前駅まで約16分で到着。
「お父さん、この駅はかなり大きな駅だね。ホームがたくさんあって迷いそう」
「奈良の鉄道路線は結構複雑やね。乗り間違えないように注意しよう」

 この橿原神宮前駅は、橿原線・南大阪線・吉野線の3つの路線が交差する中心的な駅のようだ。大和西大寺駅からの橿原線と大阪阿部野橋駅からの南大阪線は当駅が終点となっているが、吉野線は当駅が起点で吉野駅が終点となっている。ただし、南大阪線と吉野線は直通運転を行っているので注意が必要だ。

 自動改札機を抜けて駅のホールに立った。駅舎もかなり大きな建物である。高い天井を見上げると、なんとシャンデリアがきらめいていた。
 この駅舎は、初代新歌舞伎座を設計した有名な建築家・村野藤吾によるもので、第1回近畿の駅百選にも選定されている。
 これら三つの路線は、もともと別の鉄道会社によって運営されていたが、現在は近鉄に統合され運行されている。鉄道マニアが解説すれば、数ページの紙面が必要になるのだろうが、ここでは省略させていただきたい。

 駅を出て左の歩道を歩く。振り返って外から駅舎をながめると、予想したとおり社殿をイメージしたと思われる大きな屋根が見えた。「さすが近鉄さん」と笑みがもれる。
 しばらく歩道を歩いていると、妻が立ち止まった。
「はにわまんじゅうだって。帰りに買って帰ろう!」
 やはりその系統のお菓子があったなと、これも予想通りの展開に二人で満足顔。
 10分ほど歩くと、一の鳥居が見えてきた。ここからは、広い境内を真っすぐに貫いた堂々とした表参道が続いている。早朝の境内には人影はほとんどなく、小鳥のさえずりが出迎えてくれた。
 表参道を玉砂利を踏む音と共にゆっくり歩く。二の鳥居を過ぎると、左手に手水所が見えてきた。手水所で心身を清め、拝殿に向かう。広い敷地内に立派な拝殿がたたずんでいる。背後には畝傍山が見える。ここまで来られたことに感謝し、手を合わせた。

橿原神宮

 この橿原の地は日本建国の始まりの地として知られている。紀元元年(今から約2,680年前)に初代天皇として神武天皇が即位されたことに始まる。2月11日の「建国記念の日」は神武天皇が初代天皇としてこの橿原の地に即位されたことを記念した祝日である。
 御祭神は、神武天皇、媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)皇后。
 復習だが、神武天皇は、天照大神〈あまてらすおおみかみ〉の孫である瓊瓊杵尊〈ににぎのみこと〉の孫であり、媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)皇后は、大物主神〈おおものぬしのかみ〉と玉櫛媛の娘になる。
 橿原神宮は1890年(明治23年)創建であり、比較的新しい神社といえる。境内の様子や拝殿、本殿も新しく日本の始まりとしての神社という雰囲気には乏しいかもしれない。
 奈良で多くの歴史的建造物である古寺社を巡ってきた後だったため、少し違和感を覚えた。
 妻は例のごとく社務所で御朱印をいただいている。早朝の境内は静かで社務所の周囲も人影もまばらだ。
 参拝を済ませて表参道を駅の方向に歩きながら言った。
「この橿原市には行きたいところが他にもあるんだよね。畝傍山、神武天皇陵、歴史に憩う橿原市博物館、奈良文化財研究所藤原宮跡資料室、天岩戸神社、天香山神社、今井町、橿原市藤原京資料室の他に、古墳や天皇陵がいっぱいあるんだよな」
「お父さん、行って来たら。私は大神神社を参拝して帰るから」
「うーん、どうしようかな? これらを巡っているとかなりの時間がかかるしな。それにそのつもりで計画してなかったからな。うーん、とりあえず今回はやめとくよ」
「そう? せっかく来たのに、いいの?」
「とりあえず、巻向遺跡や箸墓古墳を予定していたから、予定どおりにするよ。そうそう、とりあえず、境内にある橿原神宮宝物館の崇敬会館を見て行こう」
 手水舎から歩いていくと「宝物館←」の案内板があった。標識に従って右折すると、瓦葺きで和風の雰囲気をしたモダンな建物が見えてきた。「あれだね。お父さん、また休館日じゃないの?」
「ちゃんと調べてまーす。大丈夫でーす!」
 しかし、近づくにつれて、妻の眉間の皺が深くなってきた。そして、玄関前の案内板を指さして言った。
「じゃじゃーん! 展示物入れ換えのため臨時休館中でーす。でたー!」
「なにーっ! またか!」
「あなたはお天気には恵まれているけど、臨時休業が多いよねぇ」
 私たちは踵を返して表参道に向かった。私は苦笑いをしながら言った。
「臨時休館には慣れてきたけれど。ところで面白い話があるんだ。
 同じ奈良県にある御所市柏原というところに『神武天皇社』という神社があるらしいんだよ。御祭神はもちろん神武天皇。普通の住宅地にひっそりとたたずんでいる小さな神社なんだけどね。本当は、ここが神武天皇の即位した場所だと言われているんだ。
 江戸時代の本居宣長らの記述でも『橿原宮は柏原村にあった』や『畝傍山の近くに橿原という地名はなく、一里あまり西南にあることを里人から聞いた』とあるんだな」
「えっ! それはどういうこと?」
「その村が神武天皇の宮に指定されると政府の命令で家を立ち退かされるので、村民が、初代天皇がこの地で即位されたという古文書を焼却してしまったということらしいんだよ」
「それはまたすごいことをしてしまったわね。でも今でも『神武天皇社』が存続しているのがなんともいえないわね」
 私たちは、日本建国の地を歩きながら、何とも言えない寂しさを感じていた。
「今度は神武天皇社にもお詣りに行きましょうよ」
「そうやね。でも御朱印はないよ」
「御朱印だけが目的ではありません。それに……」
 妻の足が止まった。視線を追うとその先に「はにわまんじゅう」と書かれたのぼりがはためいていた。
「これを買って帰らなくちゃね」
 まだ開店前とのことで、隣にあるホテルの売店で購入することにした。褐色の小さなはにわ君や土器、馬、家の形などさまざまな形状のかわいいはにわ饅頭の詰め合わせと、本日のスイーツ用に数個購入した。
「この土地らしいお菓子よね」
 妻の満足そうな顔を見て言った。
「日本にはたくさんの古墳があって、その中でも天皇の御陵は宮内庁が管理しているんだけど、これらの古墳は発掘調査が認められていないんだな。だから埋葬されている人が、もしかしたら別の豪族かもしれない。研究者側としてはぜひ調査して歴史的真実を解明したいんだろうけど、これも良し悪しなのかもしれないね。
 もし、この神武天皇の御陵が別の人のお墓だとなったら、現在の橿原市の状況や、市民の生活にも影響するかもしれない」
「そうよ。今のままの方がいいと思うよ。古代のロマンは、そのままにしておくべきね」
 私たちは橿原神宮前駅から桜井駅まで戻った。これで3日連続で、桜井駅周辺に来ていることになる。

 桜井駅から三輪駅までは1駅なので歩いても知れている。以前、ひとり旅で奈良に来た時は、山の辺の道を桜井から天理まで歩いたのだが、今日はそうはいかない。次の電車まで30分近く待たなければならない。
 冷たい風がホームに立つ私たちに容赦なく吹き付けてくる。昨日同様、自販機の陰に立って電車を待った。歩いている時はまだいいのだが、こうしてじっと立っていると寒さが老体にこたえてくる。
 身体が十分に冷え切った頃、奈良行きの電車がやってきた。
 三輪駅で降りると、大神神社の参道を歩く。目当ては「三輪そうめん」だ。今日は少し寒いので「にゅうめん」だろう。
 少し歩くと、右側に「三輪そうめん にゅうめん専門店」と書かれた店が目についた。空腹を感じながら店に入ると、昼食時間を過ぎているせいか、お客さんは少なく、初老の男女3人組がいるだけだった。にゅうめんと柿の葉寿司を注文し、ほっと一息つく。
 三輪そうめんはコシが強いことで有名なそうめんで、前回奈良を訪れた時も何度かいただいた。私はいつも冷やしそうめんを頼み、妻はにゅうめんを好んでいた。コシのある冷やしそうめんの喉越しが最高で、すっかり三輪そうめんのファンになってしまった。
 今回は寒かったので、私も妻と同じにゅうめんにした。しばらくして、湯気を立てながらにゅうめんが運ばれてきた。まずは温かい汁をすする。五臓六腑に染みわたる温かさ。そして、麺をすする。
「ん? これは……」
「お父さんの好みの麺やね」
 にゅうめんとは思えないほど、強いコシがあった。
「うまい! にゅうめんなのにコシがある! こんな旨いにゅうめんは初めてや」
「にゅうめん専門店と書いてあったから、やっぱり違うんやね。ここにして良かったね」
「さすが三輪そうめん」
 柿の葉寿司もいただき、幸せな気分に浸ることができた。
 身体も温まり気力満点。大神神社に向かって参道を歩く。大神神社には、一昨年はひとりで、昨年は妻と訪れており、今回で3度目となる。三輪山を仰ぎ見つつ拝殿で手を合わせる。こうして歩いて来られたことに感謝の気持ちでいっぱいになる。
 昨年、妻と山の辺の道を歩いていた時、夫婦の白蛇様と遭遇した。三輪山での出会いだったため、なんとも言えない感動を覚えたことを思い出した。大物主の化身である白蛇が棲むとされる「巳の神杉(みのかみすぎ)」にもお詣りし、手を合わせる。
「今回は御朱印はいいのかな?」と思っていると、妻が私のザックを指さして笑っている。やっぱりなと思い、ザックから御朱印帳を取り出す。
 記帳後、狭井神社に向かう。山の辺の道を約200m歩き、懐かしい狭井神社に到着。今年もこうしてふたりで無事に歩いて来られたことに感謝の気持ちを込めて手を合わせる。
 御神水と御朱印をいただき、JR三輪駅に向かって歩く。
「ぼちぼち足が限界だろう」
「うん、今日も結構歩いたよ」
「それじゃぁ、先に帰って温泉でゆっくりしておく? 僕は箸墓古墳と纏向遺跡を見て帰るから」

 妻を三輪駅まで送った後、桜井市埋蔵文化財センターに向かう。三輪駅からは約900m、徒歩10分少々。Google Mapsの案内を聞きながら国道169号線に沿って歩いていると、前方にそれらしい建物が見えてきた。
 私はいつも思うのだが、埋蔵文化財センターという施設は名前も渋く、建物自体も地味なことが多いように思う。内部も手作り感満載の展示室が多い。(それはそれで身近に見学できて良いのだが……)
やはり発掘・調査が主たる業務なので、展示や 建物の外観にはあまり予算を使えないのだろう。特に奈良県はどこを掘ってもお宝満載なので、大変なのだろうなと余計な心配をしてしまった。

桜井市立埋蔵文化財センター

 展示室内には、纒向遺跡の出土物や各時代ごとの土器などが展示されていたが、まだ箸墓古墳や纏向遺跡の本格的な発掘調査が始まっていないので、これからに期待したい。
 最も目を引いたのは、大神神社の一の鳥居と三輪山が朝日で真っ赤に染まった写真だった。三輪山をご神体として祀ってきた古代の人々の心に触れたような気持ちになった。

 センターを出て箸墓古墳を目指す。約1.3kmなので近い。田園地帯を抜け住宅街を歩いていると、突然「目的地に到着しました」とGoogle Mapsが私に告げた。古墳というよりは、小高くなった森というよくある古墳だった。周囲の道を歩いていても、特に展示物はないようだ。

箸墓古墳

 前方後円墳で全長272mあり、三輪山の神・大物主の妻となった倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓とされている。(卑弥呼の墓という説もある)
 せっかく来たのだから、とりあえず古墳を一回りしようと歩き始めたが、北側には箸中大池があり、一周するのに結構時間がかかった。
 次の纒向遺跡までは約700mと近い。Google Mapsの指示に従って歩く。

纒向遺跡

 ここでは、当時としては国内最大である東西12.4m、南北19.2mという巨大な建物の遺構が発見されており、ここが邪馬台国であったとする説もあるが……
 現在は埋め戻されており、何も残っていない。広い何もない土地があるだけだったが、目の前に巨大な古代の建物を想像しながらしばし休憩。
 すぐ近くのJR纒向駅から奈良に戻る。
ホテルに戻ると、妻は休憩して少し楽になったようだ。いつものご当地スーパーに行き、今日はお互い好きな物を買って夕食とした。

明日も早起きして、早朝の東大寺を巡る予定。おやすみなさい。

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