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自己紹介|仲介人の仮面を被ったWebライターの正体【サイトマップ2025年/春ver.】

普通になりたかった
同じ目線の友人がたくさんいて欲しかった

『正体は、幼い私から大人の私』
仲間外れ、アウェイの図

◆自己紹介【偏愛マップ】

お手数ですが画像タッチ後
アップでご覧くださいませ(画像荒れあり)

関西生まれ
私はイラストレーターになりたいウェブライターだ
母方親戚の第一言語は韓国語と英語、父方の親戚は韓国語と日本語で『意思疎通』について幼い頃から考える機会が多く、家族間でもことば以外の通訳をしたり生活における出来事の間に立ったりと生まれた時からまるで中間管理職のような仲介人のような環境で育った

仲良し8人とUNOを通じて様々な人と交流した。
当時私の持ち物マストアイテムは、UNOと「写るんです」(使い捨てカメラ)ThinkPad PCはWindowsOSを韓国版と日本版2つ入れて使っていた

【もっとちゃんと話したい】と思うモチベーションで19歳の頃に渡韓し、ランゲージスクール卒後に現地の大学へ入学・卒業経て1年だけ現地にて就職し、計6年滞在で帰国。

【渡韓前のエピソード】
高校2年の時に親が離婚、『だけど留学は絶対したい』
労働基準法が今ほど厳しくなかった時代、私はアルバイト3つ掛け持ちしながら高校へ通いお金を貯め渡韓の道へ。アルバイト経験と私の関係は『私を成長させてくれたこと』のひとつである。

◆【サイト方向性マップ】今まで何があって、どう生きてきたか【簡潔およそ518文字】

『せいかさんは日本人じゃないのよ』

親はそこまで考えてなかったらしく
何の説明もないまま衝撃の事実は小学校担任の先生から…

そうして突然…人生荒波がはじまる
人間の慣れとはスゴイ、まずいご飯も美味しくなる。そんな岩のような精神でなんとかここまで来れてありがたいなと今でも日々感謝と共に毎朝目覚めている

【『書く・描く』で救われる】荒波真っ只中の中学時代を救った。字も絵もノートに書き殴ってきたおかげだ。今でいうジャーナリングのようなものだと思う

ほんの一部

◆【簡単な経歴】noteに出会い『書く』は磨けるのだと感じた

1996年から2003年・帰国後は
◆カフェなどの主に接客アルバイトなどしながら、通訳を頼まれたら行くといった不規則な時期を送る

2010年からその後、
◆空港勤務を経て2016年から某IT企業が運営するオウンドメディアでの(ファッション系)記事執筆の仕事を始め、その後編集グループへの誘いを受け15人ほどライターさんを任されライティングと編集を兼業させていただいた

【気づき】
突然会社都合でウェブサイトが閉鎖になるまでの約2年の間『書くこと』を通じてさまざまな視点で物事を見ることがどれだけ有意義で、解釈を変えれば可能性は無限大であるということにも気づくことができた吸収と学びの期間だった

さて、そんな私に何が書けるのだろうか…

これからどんな記事を書いていきたいか

❶【韓ドラ講座】2つの視点で物語を観た場合
❷ 韓国ドラマに関する文化的要素の紹介
❸ ゆるっと一息できるような3行日記&作品紹介

これまでの記事も継続

◆【1分エンタメ情報チラシ】映像作品の感想&情報note

◆【1分ハングル】プチ学習系(30秒or1分or5分)

◆みんなのフォトギャラリー共有&私の作品紹介記事(404美術館など)

◆3行日記【ホッと息抜き】

◆紹介したい記事について(note内&外部記事)

◆韓国エンタメ&文化/解決・提案系


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参考にさせていただいた記事もご一緒に紹介します。
重ねましてありがとうございます

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目指すところ〜読み続けていただくために〜

百人百様 さまざまな視点それは多様性

◆モヤっとも違和感も感じない記事を心掛ける
◆韓国エンタメに興味ない人に少しでも嫌悪感が消えるような記事
◆note規約、肖像権、著作権に侵害しない記事の制作
◆交流に感謝し、触発や良い影響を素直に受け取るマインドを持つ

趙せいかの思う『発信者の心構え』

限りなくニュートラルに、物事を見つめて的確かつ中学生の心にも浸透できるような良い意味で気を止めてもらえるようなふれあいのきっかけをつくりたい。

生真面目で面白みに欠ける仲介人なwebライターの人生という名の冒険はまだまだ続く…



(2025/11/16 追記)

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趙 せいか/ Seika / 성과(休眠中) 記事をお読みいただきましてありがとうございます!チップをいただきました際は今後の良質な発信へつなげるためのエンジン費として使わせていただきます!