懐かしのモーターの香りと今
2021年10月。
僕が初めて、自分の手でモーターボートに触れた瞬間。
あれから、確かな月日が流れた。
今、僕は愛知県の常滑ボートレース場のスタンドに立っている。水面を叩き割るようなエッジの効いた爆音と、ターンマークを旋回するたびに舞い上がる冷たい水しぶき。そして何より、オイルと排気ガスが混ざった独特の匂い。
懐かしのモーターの香りが、僕をあの頃へと引き戻す。
しかし、今の僕はもうレーサーの卵ではない。別のレースでエンストを起こし、ピットで休んでいる最中の、一人の社会人だ。
夢の始まりと、終わりの絶望
ボートレーサー養成所の門を叩いた時の、あの胸の奥から湧き上がるようなワクワク感を、今でも鮮明に覚えている。プロの世界へ足を踏み入れる高揚感、自分の腕一つで生きていく覚悟。すべてが輝いて見えた。
けれど、現実は甘くなかった。
夢と現実の狭間で叩きつけられた限界。養成所を退所し、レーサーへの道を諦めざるを得なかった時のあの「絶望感」は、思い出すだけでも息が詰まる。自分の限界を突きつけられ、アイデンティティが崩壊していくような感覚だった。
それでも僕は立ち止まるわけにはいかず、別の道を歩むことを決めた。
海図のない水面と、壊れていくエンジン
そしてこの春。
僕は社会人となり、新しい水面でスタートダッシュを切った。
しかし、そこに待っていたのは「レース」と呼べるようなものではなかった。
ボートの乗り方も、水面のルールも一切教えられないまま放り出される日々。
整備士のいない環境で、自分の存在価値を否定するような波を浴びながら、それでも僕は自力で適応しようと、必死にアクセルを握り続けた。脳内をフル回転させ、限界まで情報処理を重ねて、どうにか前に進もうともがいた。
けれど、無理に回し続けたエンジンは、ついに悲鳴を上げた。
心身の防衛本能が強烈に働き、僕の心は「これ以上は危険だ」と、強制的にストップボタンを押したのだ。
静かなピットでプロペラを叩き直す
目の前では、6色のボートが猛烈なスピードで水面を駆け抜けていく。彼らは命を懸けて、明確なゴールに向かってエンジンを全開にしている。
それに比べて、環境から物理的に距離を置き、安全なピットに避難している今の僕はどうだろう。どんなにアクセルを握ろうとしても、心はまだ燃えない。エンジンがかからない。
でも、今はそれでいい。
この「燃えない心」は、なにかがおかしいと気がついたらサインなのだろう。僕のエンジンは、狂ったルールのレースで自分を燃やし尽くすことを拒否しただけだ。
深く、深く、モーターの香りを胸に吸い込む。
あの時、養成所で生きた僕なら、この理不尽な傷も必ず癒やすことができる。僕の心は死んだわけではなく、次に出走すべき本当のレースを見極めるために、今は静かに息を潜めているだけなのだろう。
理不尽な水面から降りる勇気は、
次のスタートラインに立つための第一歩。
焦るけど焦らない。
安全なピットの中で静かにプロペラを叩き直し、僕が本当に走るべき水面を見つけるための準備は、ここから始まる。

