日本人は、いくつになってもコスプレをやめられない
日本には、コスプレ文化が根付いている。
こう言うと、アニメのキャラクターになりきって、コミケに集まる人たちを想像するかもしれない。
でも、僕が言いたいのは、もっと広い意味でのコスプレだ。
日本人は、大人になってからも、所属する場所に合わせて髪型を変え、服を変え、喋り方を変え、最終的には顔つきまで変わっていく。
不動産屋に入れば、不動産屋の顔になる。
歌舞伎町に行けば、歌舞伎町の顔になる。
六本木に通えば、六本木の身体になる。
バイクに乗れば、急に髭を生やして髪を伸ばし始める。
IT企業に入れば、パーカーを着て猫背でPCを抱える。
結局のところ、僕たちは職業や趣味に合わせて、毎日少しずつ変身している。
不動産屋は、ツーブロックにパーマをかける

半年もすると見事に不動産屋の顔になる。
髪型はツーブロック。
上は少し長めに残して、毛先には軽くパーマがかかっている。
前髪は上げる。
眉毛は細すぎず太すぎず、営業成績に影響しない程度に整えられている。
スーツは細身。ジャケットの丈は短めで、ズボンは足首が見えるほど細い。
革靴は先が少し尖っていて、腕には給料に対して少し高めの時計がついている。
ロレックスまではいかなくても、明らかに時間を見るためだけではない時計だ。
車は黒いSUVか、白いセダン。車内には香りの強い芳香剤が置いてある。
そして物件を紹介するときだけ、声がワントーン上がる。
「こちら、かなり人気の物件になっております」
昨日まで空いていても、かなり人気なのである。
不動産屋には、不動産屋の制服がある。
スーツだけではない。
ツーブロック、パーマ、高い腕時計、少し白い歯、名刺を渡す角度まで含めて、ひとつの完成されたキャラクターになっていく。
戦隊モノで言えば、変身ベルトの代わりに、高級腕時計と名刺入れを身につけている。
歌舞伎町に入ると、顔面の彩度が上がる

男性は髪が明るくなり、前髪が目にかかる。
襟足は長くなり、顔は細く、首も細く、身体も細くなる。
黒いシャツのボタンは多めに開き、首元には細いチェーンが何本か重なる。
ピアスは片耳だけでは終わらない。
肌は白く、眉毛は鋭く、涙袋は昨日より少し大きい。
昼間に見ると少し心配になるが、夜の歌舞伎町に立つと、急に背景と調和する。
女性も同じだ。
髪は長く、巻きは強く、まつげは重力に逆らい、爪は日常生活を少し犠牲にするほど長くなる。
バッグは小さいのに、なぜか必要なものは全部入っている。
魚が海の色に合わせて進化するように、人間も街の色に合わせて進化するのだと思う。
ホストは王子様になり、キャバ嬢はお姫様になる。
店の中では、シャンパン一本で物語が動く。
冷静に考えれば、成人男性と成人女性がお酒を飲んでいるだけなのだが、照明と音楽とヘアメイクが加わることで、立派なファンタジーになる。
歌舞伎町は、大人向けのテーマパークなのだ。
六本木の人たちは、全員どこかの代表になる

代わりに、代表、経営者、投資家、プロデューサー、クリエイターが増える。
男性は、身体が少し大きい。
ジムで胸と肩を重点的に鍛え、ジャケットを着たときに逆三角形になるよう仕上げている。
肌は少し焼けていて、歯は不自然なほど白い。
Tシャツ一枚でも値段が高そうで、靴には汚れがない。
腕時計は大きい。
文字盤も大きい。
態度も少し大きい。
普通の飲み会でも、「今度一緒に何かやりましょう」という話になる。
その“何か”が具体的になることは、あまりない。
六本木のコスプレは、服装だけではない。
肩幅、日焼け、白い歯、時計、肩書きまで含めて完成する。
少女漫画で言えば、財閥の御曹司が大量にいる街だ。
ただし、翌朝になると、多くの御曹司は少しむくんだ顔で普通に電車へ乗る。
港区女子は、顔まで同じ方向へ進化する

髪は暗めのロング。
毛先だけ大きく巻かれていて、前髪は薄い。
肌は白く、鼻筋は細く、唇には少し厚みがあり、輪郭は卵型に近づいていく。
眉毛は平行。
目元は派手すぎないが、写真にするとしっかり盛れる。
身体は細い。
ただ細いだけではなく、肩は華奢で、ウエストは細く、脚は真っ直ぐに見えるように作られている。
バッグは小さい。
服も面積が少ない。
だがバッグと服の値段は大きい。
彼女たちは、ただ食事をしているのではない。
“この店にいる自分”を撮っている。
ただプレゼントをもらっているのではない。
“これをもらえる私”を発信している。
ある意味、かなり高度なセルフプロデュースだと思う。
バッグ、ホテル、レストラン、花束、夜景。
そして、その景色に馴染む顔と身体。
少女漫画の主人公が、毎週違う衣装と舞台を与えられていたように、港区女子もまた、人生を一話ずつ演出している。
問題は、物語を豪華にし続けると、普通の日常が急に地味に見えてしまうことだ。
変身後の顔に慣れると、すっぴんの自分まで脇役に見えてくる。
バイカーは、古着を着て髭を生やし、ロン毛になる

これは僕も人のことを言えない。
最初は普通の服で乗っていたはずなのに、いつの間にか新品の服を避けるようになる。
色落ちしたデニム。ひび割れた革ジャン。
何十年前のものか分からないTシャツ。油染みのついたブーツ。
買ったばかりなのに、すでに誰かが着倒したような服を選ぶ。
髭も生える。髪も伸びる。
なぜか前髪を切らなくなる。
最終的には、髭とロン毛とサングラスで、顔の半分が見えなくなる。
バイクに乗るために髪を伸ばしたわけではない。
だが、古いハーレーの横に短髪で清潔感のある服装で立つと、どこか世界観が合わない。
バイクに人間側が寄せていくのだ。
そして写真を撮るときだけ遠くを見る。
別に遠くに何かあるわけではない。
ただ、バイカーはカメラ目線より、遠くを見た方がそれっぽい。
普段は普通にLINEでスタンプを送る人でも、バイクの前では急に孤独を背負う。
「自由とは何か」そんなことを考えている風な顔をする。
実際には、その日の夜ご飯か、次にどの古着を買うかを考えている可能性が高い。
翌日には通常出勤である。
バイカー文化も、かなり完成度の高いコスプレだと思う。
アイドル好きは、普段とライブ会場で顔が違う

普段は猫背で、声も小さく、会社では目立たない。
髪型にもそれほど興味がなさそうで、服も黒か紺が多い。
だがライブ会場に入った瞬間、目が開く。
背筋が伸びる。
声量が上がる。
両手にはペンライト。
首にはタオル。
バッグには缶バッジが並び、服には推しの色が入っている。
普段は店員を呼ぶのにも少し遠慮する人が、推しの名前だけは腹の底から叫ぶ。
ペンライトを持ち、色を合わせ、名前を叫び、決められた振りを完璧にこなす。
そこには、はっきりとした使命がある。
自分の推しを輝かせる。
ライブ会場では、推しが主人公で、ファンはその世界を守る兵士になる。
大人が本気で誰かを応援する姿は、少し滑稽で、かなり美しい。
何かに夢中になるということは、一時的に自分を忘れることでもある。
まんだらけにいる人たちは、少し前の時代を身体に残している

店内には、昔のおもちゃ、漫画、カード、フィギュア。
そして、それを見ている人たちにも、少し前の時代の空気が残っている。
髪は伸び気味。
メガネは少し大きい。
チェックシャツ、色の薄いデニム、履き慣れたスニーカー。
肩には大きめのリュック。
姿勢は少し前かがみ。
棚の商品を見るときだけ、急に目が鋭くなる。
普段は無口そうなのに、好きな作品の話になると、途端に言葉が止まらなくなる。
子どもの頃に買えなかったものを、大人になった財力で回収している人たちがいる。
あれは買い物というより、過去の自分を救済しているのだと思う。
子どもの頃、ショーケースの中を見て諦めたものを、数十年後に迎えに行く。
「遅くなってごめん」
そんな気持ちでフィギュアをレジに持っていく。
店内にいる人たちは、それぞれの少年時代や少女時代を、いまだに身体のどこかへ残している。
IT企業の人は、猫背でパーカーかポロシャツを着る

パーカーorポロシャツ、スニーカー、ノートパソコン、スマートウォッチ。
髪は寝癖なのか、あえて崩しているのか分からない。
メガネは黒縁。
顔色は少し白い。
姿勢は前に丸まり、首だけが画面に近づいている。
身体は細いか、逆にほとんど動かないことで少し丸い。
手首だけは細かく動く。
カフェに入ると、コーヒー一杯でPCを三時間開いている。
会話には、エビデンス、アサイン、コミット、スケール、アップデートが登場する。そう、まさにドラクエの呪文のようだ。
日本語で言えることも、一度英語にしてから戻してくる。
「そこ、解像度を上げたいですね」
おそらく、もう少し詳しく考えようという意味だ。通訳必須
でも「詳しく考えましょう」では、IT企業っぽくない。
パーカーorポロシャツを着て、猫背で横文字を話すことで、未来を作っている人の役が完成する。
これもまた、現代版の変身スーツである。
結局、みんな見た目から役に入る
不動産屋も、ホストも、港区女子も、バイカーも、アイドルファンも、コレクターも、IT企業の人も、全員少しずつ自分を演じている。
そして人は、役に合わせて外見まで変えていく。
髪型が変わる。
眉毛が変わる。
体型が変わる。
服が変わる。
持ち物が変わる。
最後には、表情まで変わる。
ただ、それは悪いことではないと思う。
人間は、何かの役を与えられると生きやすくなる。
服装が決まり、話し方が決まり、仲間ができる。
自分が何者なのか分からないとき、所属する文化が答えをくれる。
日本人が戦隊モノや少女漫画を好きなのも、変身することで強くなれる物語だからかもしれない。
普段は冴えない主人公でも、衣装を着て、髪型を変えて、決めポーズをすれば戦える。
大人になっても、それは変わらない。
ツーブロックにパーマをかける。
髭を生やしてロン毛にする。
高い時計をつける。
ブランドバッグを持つ。
ペンライトを握る。
パーカーを着てPCを開く。
僕たちは毎朝、それぞれの変身アイテムを身につけて家を出る。
つまり、日本のコスプレ文化は、コミケだけにあるわけではない。
オフィスにも、繁華街にも、高級レストランにも、ライブ会場にも、古着屋にも、バイク置き場にもある。
むしろ、コスプレをしていない人を探す方が難しい。
そしてたぶん、「自分は何も演じていない」と思っている人ほど、いちばん完成度の高い“普通の人”を演じている。
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