東海道ルミエールエクスプレスに感じた、新しい時代の夜行列車の可能性
夜行新幹線が走るらしい
8月に夜行新幹線が走るらしい、そう耳にしたのは6月のことだった。
東京を夜に発ち、岐阜羽島駅で夜を明かした後、京都、新大阪と停車する。
「夜行新幹線がもしあるとすれば、こんな形ではないか」という議論は鉄道ファンの中で以前からあったが、それがそのまま実現されたようなダイヤに驚嘆し、すぐに乗車することを決めた。
そして列車の発売当日、ものすごい勢いで売れていく座席をなかなか確保できず、一旦は乗車をあきらめたものの、その後運よくグリーン車のキャンセルを確保でき、無事乗車が叶うことになった。
この記事では、時系列を追った乗車記というよりも、実際に一晩使ってみて感じた、この先の夜行列車の可能性について考えてみたい。
500系のアイマスクを見て気がついた、この列車の性格と立ち位置
ルミエールエクスプレスの車内で、少し前に行われた500系新幹線の夜行列車企画で配られたアイマスクを使っている人を見かけた。
そこから感じたのは、同じ夜行新幹線でも、ずいぶんと性格が違うなということ。
向こうは500系で一晩を過ごすこと自体が、ひとつの目的になっている商品で、こちらはあくまでも実用に徹したもの。岐阜羽島駅でのささやかなお出迎えイベントはあったものの、それ以外はイベントもグッズも何もない。料金も通常の新幹線とほぼ同じ。
興味深いことに、JR東海の公式発表では、この列車を夜行列車とは表現していない。
夜行列車とは、夜中も走り続ける列車のことなのだろうか。
それとも、夜のうちに移動しながら休み、翌朝から目的地で活動するための交通手段なのだろうか。
実際に一晩乗ってみて感じたのは、後者の意味で夜行列車を現代向けに仕立て直すことで、夜行列車にこれまでとは違う価値が生まれていることだった。
そして、それは今後の夜間移動において、十分に競争力のある選択肢になり得るのではないかと思った。
岐阜羽島までは普通の新幹線

東京駅を出発し、品川、新横浜と停車して西へ向かうルミエールエクスプレス。長時間停車する岐阜羽島駅までの車内の雰囲気は、夜行列車のそれというよりも、普通の新幹線と何ら変わらないものだった。
お弁当を食べている人もいれば、アルコールを飲んでいる人もいる。一方、寝ている人はあまり多くなかった。
高速バスでも飲食そのものができないわけではないけれど、こういった過ごし方が自然に可能なのは、鉄道ならではだと思う。
ルミエールエクスプレスは、岐阜羽島駅到着後にドアが開き、ホームに出られる時間が30分ある。そこで各々が自販機や喫煙所で用を済ませて、再度ドアが閉まってからは、翌朝の発車前までドアは開かない。
ドアが閉まった後の放送で深夜帯は静かに過ごしてほしい旨の案内があり、ここから一気に夜行列車へと車内の雰囲気が変わっていった。
座席を売らない価値

今回販売されたのは、普通車、グリーン車とも窓側席だけだった。
一晩過ごしてみると、隣に誰も来ないことの価値は思っていた以上に大きかった。
隣に知らない人が来ない安心感、荷物を置けること、夜中にお手洗いに行く際に隣の人を起こさなくてもいいこと。特に普通車の3列側ではB・C席が空くため、横方向にかなり余裕がある。実際、空いている座席を使って身体を横向きにして休んでいる人も見かけた。
前後の窓側席を取ったグループらしい人が、座席を向かい合わせにして足を伸ばして休んでいる光景もちらほら見かけた。昔の空いている夜行列車でも見たような光景で、いつの時代も考えることは同じらしい。
私はグリーン車に乗車したけれど、グリーン車の座席の広さ、深く倒れるリクライニング、貸し出しのブランケットや、コンセントが2口あったことはとてもありがたかった。一方、普通車の3列側には、身体を横向きにして休めるほどの横方向の余裕がある。これはグリーン車にはない大きな魅力だと思う。今回の売り方であれば、普通車もグリーン車もコンセントは確実に使える。どちらがより夜行向きかは、意外と悩ましいところだった。
また、乗車後のアンケートに、普通車の3列側の通路側であるC席の販売に関する質問があった。
個人的には、少なくとも全車ではやらない方がいいと思う。一部の号車では、価格を抑えてC席まで販売するのはありかもしれないけれど、基本的にはこの列車の良さが大きく損なわれるような気もする。
普通車、グリーン車とも、多くの人がリクライニングをかなり深く倒していた。
普通の列車なら、空席は単なる売れ残りになる。しかし夜行では、空席そのものが商品価値になり得る。今回の窓側限定販売は、そのことを強く感じた。
夜間移動へのハードルを下げていた「人の存在」
今回のルミエールエクスプレスでは、女性の利用者が約4割だったらしい。
また、女性専用車両も多く設定されていた。
過去の夜行列車にも女性専用車両は存在したが、今回の両数の多さはかなり思い切ったものに感じた。
ただ、それよりも印象的だったのは、潤沢に割かれた人的リソース。
車掌や警備員、JR東海の関係者が、深夜帯にも頻繁に巡回していたし、車掌の中には女性もいた。またデッキにも関係者が複数いて、何か分からないことがあったとしても、近くにいる誰かに聞けばいいと思えるくらいの多さだった。過去に乗った夜行列車でも、これほど人の存在を感じたことはなかった。
これは、深夜帯に動く交通機関に慣れている人には些細なことかもしれない。しかし、初めて利用する人にとっては大きいのではないかと思う。
女性が一人で利用するときや、体調が悪くなったとき、夜中に分からないことや困ったことが起きたときに、すぐ対応してくれる人がいるというのはかなり大きな価値だと思う。
また、深夜帯に動く交通機関で眠るということは、知らない人たちの中で自分の警戒を解くことでもある。
眠りやすさは、座席の倒れる角度や姿勢だけで決まるものではない。安心して警戒を解けることも大切な要素で、それを支えるのは設備だけでなく、人の存在というソフト面でもあると感じた。
設備面では、車内に防犯カメラがある。また、通常のきっぷで誰でもその場で乗車できる列車ではなく、事前予約が必要な専用旅行商品であることも、心理的な安心感につながっていたように思う。岐阜羽島駅でも深夜帯はドアが閉まっているので、一般の乗客が外から自由に入ってこないとも捉えることができる。
車内は一晩中通常の明るさだった。眠ることだけを考えれば明確な弱点。
ただ、これは事前に案内されており、アイマスクで対処できる。一方で、明るければ周囲や巡回する係員の様子が分かり、夜中に席を立つ際にも安心感がある。
実際に一晩過ごしてみると、夜行列車だから単純に暗くすればいい、というものでもないように思えた。
頻繁な巡回も、思ったほど睡眠の邪魔にはならなかった。もちろん、人による部分はあると思う。
その理由の一つは、私も含め、多くの人が窓側へ寄って寝ていたことだと思う。通路とは一定の距離があるため、今回の窓側限定販売は、巡回の多さによる圧迫感を少し緩和する効果もあったのではないかと思う。
ただ、今回の人的配置が初回運行だからこそ可能だったのか、それとも今後も維持できるのかは分からない。安心感とコストをどう両立するのかは、今後の運行の課題かなと思う。
「走らない6時間」にも意味があった
岐阜羽島での長時間停車は、本来は運行上の制約から生まれたもの。
ずっと駅に止まっている夜行列車というのはいかがなものかという意見はやっぱりあるのだけれど、乗客として一晩過ごしてみると、これにも意外な利点があった。
まず、揺れないこと。これは走っていないので当然なのだけど、寝るには純粋に楽だったし、翌朝の疲れの残り方も高速バスや座席夜行列車よりも軽く感じた。もちろん、ベッドで横になれる寝台列車やホテルと同じではない。
寝起きの状態でお手洗いや洗面台へ行く際にもありがたかった。個人的には、コンタクトレンズを外したり装着したりするのがかなり楽だった。
一方で欠点と感じたのは、周囲の寝息やいびきが際立つこと。
列車が動かないので車内はかなり静かになる。その結果、周囲の寝息やいびきがかえって気になった。
静かな方が眠りやすいと思っていたので、これは実際に一晩過ごすまで気が付かなかったが、耳栓を持っていくのが有効だと思う。
次に冷房。寒くてグリーン車のブランケットを使った。
夜行として使うなら空調を調整する、あるいは普通車でもブランケットを希望者へ用意するなどの工夫があってもよさそう。自分で一枚羽織れるものを持っていくのもいいと思う。
長時間停車とは別の話になるが、朝は洗面台が混雑することもあった。夜行列車専用ではなくあくまでも通常車両なので、起床時間帯には混雑しやすい。ここに限界を感じた。一方、お手洗いの方は特に大きな混雑を感じなかった。
専用寝台設備は必須ではない一方、通常車両を夜間利用に合わせて運用する工夫には、まだ余地があるかもしれない。
30分ホームへ出られる夜行列車

夜と朝に、それぞれ30分程度ホームに出ることができた。私がこれまで乗った実用的な夜行列車では、ホームで30分も自由に過ごせる機会はほとんどなかった。
これは結構新鮮で、外気に当たる、歩く、飲み物を買う。これだけでも大きなリフレッシュになった。
特に、朝に扉が開いてホームへ出たとき、岐阜羽島駅で吸った朝の空気がとても気持ちよかった。
夜は、飲料の自販機よりもアイスの自販機に長い列ができていたのが印象的だった。もうすぐドアを閉めるという放送が流れた後も、最後の人が商品を買い終えるまで、結果的にドアは閉まらなかった。
私が見た範囲では、飲料の売り切れは特に見かけなかった。
30分は、長くも短くも感じた。
ライブや野球など終了時刻が読めないイベントからの利用を考えるなら、乗客としては東京発を少しでも遅くしてほしいと思う場面もある。
もちろんダイヤ上単純な話ではないのだけれど、ホームで過ごせる30分を取るのか、そこを少々削ってでも遅く出る方がいいのか。どちらがよいかは、利用者層やダイヤ上の制約によっても変わってきそう。
また、夜のホームでアイスはよく売れていたけれど、夜食の販売まではしなくていいと思う。寝る人の邪魔になる可能性もある。
一方、朝には簡単な朝食を販売する余地はありそう。
寝続けることも、ホームへ出て外の空気を吸うことも選べる。こうして一晩の過ごし方を自分で選べることも、この列車の面白さだった。
新幹線だけれど、売っているのは「速さ」ではない
新大阪には6時59分に到着した。
その後、私はそのままくろしお1号に乗って御坊へ向かい、その日の午前中から紀州鉄道に乗り、廃線跡を歩くこともできた。
これはルミエールエクスプレスでなければ成立しなかった行程だった。
そして、実用面では、かなりよくできた時間帯の設定だと思う。
ルミエールエクスプレスは、新大阪行きの最終「のぞみ」より36分遅く東京を出る一方、東京発の始発「のぞみ」より1時間23分早く新大阪へ着く。わずか36分早く東京駅へ行けばその日のうちに新大阪へ着けるとも言えるが、ライブやイベント帰りなら、その36分が大きい。そして翌朝には1時間23分の差となり、朝一番の交通網へつながっていく。
これに関しては、新幹線だからというよりも、夜行列車そのものが持っている競争力の話である。この点では、新幹線であること自体に、それほど大きな意味はない。
私がこれまで乗った座席夜行列車や夜行バスより、かなり楽だった。実際、新大阪到着時には今日一日いけると思った。ただ、帰りのくろしお号では爆睡したのも事実。
新しい設備ではなく、使い方を変えた
改めて考えてみると、今回のルミエールエクスプレスでは、夜行列車のための専用設備をほとんど用意していない。
普通車の3列席は、本来なら3人を運ぶための設備だけれど、窓側席だけを販売することで、一人が一晩を過ごすための余白になった。普通の列車なら時間のロスになる長時間停車も、もともとは運行上の制約から生まれたものとはいえ、乗客側から見れば揺れずに休める時間として機能していた。
新しいものを足したというよりも、既にある新幹線の設備や運用に、夜行列車としての新しい役割を持たせた。
そこが、ルミエールエクスプレスの面白いところなのだと思う。
夜行バスでもない、寝台列車でもない
昨今は物価高もあり、宿泊費の高騰が目立つ。JR東海も、今回の企画の背景の一つとして宿泊費の上昇を挙げている。
こうした状況では、深夜に移動して前泊を避けたい需要も一定程度見込まれる。一方で、バス業界全体では運転手不足も深刻になっている。
実際、今回見かけた乗客の幅は広く、老若男女さまざまで、カメラを持った男性も多かったし、親子連れも散見された。女性にはライブやイベント帰りと思われる人もいたし、テーマパーク帰りを思わせる荷物や服装の人も見かけた。
夜行バスには夜行バスの強みがある。サンライズには、横になって眠れる寝台列車としての明確な強みがある。
一方で、ルミエールエクスプレスが、そのどちらかに近づく必要はないように思う。
価格と輸送効率を優先しすぎれば、今回の余白や人的な安心感は削られていく。逆にサンライズのような寝台設備を求めれば、専用車両が必要になる。
むしろ、普段使っている新幹線の利便性を残したまま、一晩を越えて翌朝へつなぐ。そんな別軸の第三の選択肢として磨いた方が、この列車の性格には合っているように思う。
もちろん、専用の車両を用意した寝台新幹線が出てくるのであれば、個人的には大歓迎ではあるのだけれど。
次に走るなら
まず普通車のC席の販売については、全車で売るのは個人的には避けてほしい。
ただ、16両編成を生かして、C席まで販売する価格重視の号車と、今回のように窓側席だけを販売する号車に分けてもいいかもしれない。
グループで乗っている人もちらほら見かけたので、グループ向けの座席設定があっても面白いと思う。
女性専用車両と、関係者による人的なサポートは次回以降も続けてほしい。
特に関係者への質問のしやすさは大切だと思う。
頻繁な巡回も、夜間移動に慣れていない人のハードルを下げる要素になると思う。
一方で最大の問題はコスト。初回だから人が多かった可能性もある。
これについては、価格を維持するために空間や安心感を削るくらいなら、多少高くなっても現在の特徴を残した方が商品として面白いのではないかと感じている。
冷房対策として、普通車にも一定数のブランケットを用意してもよさそうとも思った。
照明については、今回のままでも問題ないと思う。
また、関西から東京へといった逆方向の設定も見てみたい。ライブやスポーツ観戦では、終演・試合終了の時刻が読みにくいこともある。深夜を移動する交通機関では、翌朝何時に着くかだけでなく、前夜何時まで現地にいられるかにも価値がある。できるだけ遅く関西を出て、翌朝早く東京へ着く設定にも、今回とは別の需要もあるのではないかと思う。
結び

ルミエールエクスプレスは、昔の夜行列車を新幹線に移してそのまま復活させたものではない。
寝台も個室もない。車内の照明も消えない。使われているのは普段と同じ新幹線で、深夜には長時間停車する。
それでも、一晩乗ってみた感覚は夜行列車そのものだった。
夜に東京を出て、途中で眠り、朝の岐阜羽島駅で外の空気を吸う。新大阪に着けば、そのまま朝一番の列車に乗って一日を始めることができる。
朝になると、一晩同じ列車で過ごした人たちとの間に、昔の夜行列車で感じたような妙な連帯感もあった。
現代に夜行列車を走らせるということは、昔と同じ形のものをもう一度作ることではないのだと思う。
空間、安心感、時間の使い方。現在の利用者が求めるものに合わせて、夜行列車の在り方を仕立て直す。
ルミエールエクスプレスに乗って感じた「新しい時代の夜行列車の可能性」は、そんなところにあった。
