テクノソフィア(Technosophia)徹底解説──大陸哲学・分析哲学・テクノ思想の横断
はじめに──テクノソフィアという問い
テクノソフィア(Technosophia)という言葉を、まずは分解するところから始めたい。ギリシア語のテクネー(technē、技術・技芸)とソフィア(sophia、知恵)。この二つの語の合成である。フィロソフィア(philosophia)が「知を愛すること」であったのに対し、テクノソフィアは「技術の知恵」あるいは「技術についての知恵」を意味することになる。これは確立された単一の学派の名称ではない。むしろ、技術と知恵の関係をめぐって二千数百年にわたり繰り返されてきた問いの総体に対して、本稿が便宜的に与える見取り図の名である。その点をあらかじめ断っておきたい。
なぜいま、この見取り図が必要なのか。理由は単純である。技術についての思考が、かつてないほど分裂しているからだ。一方には、ハイデガーからスティグレールに至る大陸哲学の技術論があり、技術を存在論的な脅威あるいは人間の条件そのものとして論じてきた。他方には、チューリング以降の分析哲学・認知科学の系譜があり、心を計算として、知識を情報として精密に分析してきた。さらにその外側には、サイバネティクスから加速主義、トランスヒューマニズムに至る「テクノ思想」とでも呼ぶべき雑種的な言説群が広がっている。これらは互いをほとんど読まない。大陸系の技術哲学者は機能主義の論文を引用せず、分析系の心の哲学者はシモンドンを知らず、シリコンバレーの思想家たちはその両方を都合よくつまみ食いする。
しかし、生成AIが日常の道具となった現在、この分裂は贅沢品である。大規模言語モデルは何かを「理解」しているのか──この問いに答えるには、分析哲学の意味論が要る。AIへの依存は人間の思考を空洞化させるのか──この問いには、スティグレールの「第三次過去把持」論が要る。技術の発展は止められないのか──この問いには、加速主義とその批判の系譜を知らねばならない。つまり、三つの伝統を横断する視座、すなわちテクノソフィアの視座なくして、現在の技術的状況は思考できないのである。
本稿は三万字をかけて、この横断を試みる。構成は以下の通りである。まず古代ギリシアにおけるテクネーとソフィアの分離から出発し(第一章)、近代におけるその再編を確認する(第二章)。次に大陸哲学の技術論をハイデガー(第三章)とシモンドン・スティグレールら(第四章)に分けて検討し、続いて分析哲学の側から機能主義と計算主義(第五章)、情報の哲学(第六章)を見る。両伝統が交差する地点として拡張された心と4E認知を扱い(第七章)、サイバネティクスから加速主義に至るテクノ思想の系譜を辿る(第八章)。さらにポストヒューマニズムと宇宙技芸の議論(第九章)、AI時代の論争状況(第十章)、そして日本思想という文脈(第十一章)を経て、結論に至る。
長い道のりになるが、急がば回れである。技術について考えることは、結局のところ、人間とは何かを考えることに等しい。そのことを、以下の各章で繰り返し確認していくことになるだろう。
第一章 テクネーとソフィアの分離──古代ギリシアの遺産
テクノソフィアの物語は、皮肉なことに、テクネーとソフィアの「離婚」から始まる。古代ギリシアにおいて、この二つはもともと截然と区別されてはいなかった。ホメロスの叙事詩において、船を造る大工の技も、戦術を編む知略も、ともに広い意味での「知」であった。職人の手わざと賢者の思索は、まだ同じ平面の上にあったのである。
この平面を切断したのが、プラトンである。よく知られているように、プラトンは『国家』において、存在の階層を構想した。最上位にイデアの認識すなわち真の知(エピステーメー)があり、その下に感覚的事物についての思いなし(ドクサ)が置かれる。職人のテクネーは、イデアの認識ではなく、イデアの「模倣の模倣」たる製作に関わるがゆえに、知の階層の下位に位置づけられた。寝台を作る大工は、寝台のイデアを見ているのではなく、その影を写しているにすぎない。ましてや画家は、大工の作った寝台をさらに模倣するのだから、真理から三段階も隔たっている──この有名な議論は、芸術批判であると同時に、技術の哲学的地位を引き下げる宣言でもあった。
アリストテレスは、この区別をより精密な概念装置へと鋳直した。『ニコマコス倫理学』第六巻における知的徳の五分類──エピステーメー(学知)、テクネー(制作知)、フロネーシス(実践知)、ソフィア(知恵)、ヌース(直知)──である。ここでテクネーは「ロゴスを伴った制作の状態」と定義され、ポイエーシス(制作)に関わる知として、プラクシス(行為)に関わるフロネーシスからも、観想に関わるソフィアからも区別される。ソフィアは、エピステーメーとヌースの結合体であり、永遠で必然的な事柄についての最高の知である。対してテクネーは、「別様でもありうるもの」、つまり偶然的な事物の領域に属する。家は建てられることも建てられないこともある。テクネーとは、この可能性の領域に形を与える知なのである。
ここに、西洋思想を二千年以上にわたって規定する図式が成立した。すなわち、観想(テオーリア)は制作(ポイエーシス)に優越し、知恵(ソフィア)は技術(テクネー)に優越する、という図式である。哲学者は奴隷や職人の労働の上に成り立つ閑暇(スコレー)においてこそ、最高の活動たる観想に従事できる。技術は、生活の必要に縛られた、自由人にふさわしからぬ営みとされた。ハンナ・アーレントが『人間の条件』で再構成してみせたように、この労働・仕事・活動の序列は、ギリシアのポリス的生の構造そのものに根ざしていた。
しかし、この図式の裏側に、もう一つの伝統が脈打っていたことを忘れてはならない。プロメテウス神話である。プラトン自身が『プロタゴラス』で語らせているように、人間は他の動物に与えられた自然的能力(速さ、強さ、毛皮)をエピメテウスの手違いによって与えられず、その欠如を埋めるためにプロメテウスが火と技術を盗んで人間に与えた。つまり技術は、人間にとって付け足しではなく、欠如せる動物としての人間の存在条件そのものである──この洞察は、二千数百年後にゲーレンの「欠陥存在」論やスティグレールの「エピメテウスの過失」論として回帰することになる。テクネーを知の下位に置いた当のギリシア人たちが、同時に、技術なしには人間が人間でありえないことを神話の形で語っていた。テクノソフィアの問題系は、この両義性のうちにすでに胚胎していたのである。
さらに付け加えるなら、ソフィアという語自体、もともとは職人の卓越性を指す言葉であった。ホメロスにおいてソフィアは船大工の腕前を意味しえたし、彫刻家ペイディアスは石についてのソフォス(賢者)と呼ばれた。知恵が技術から切り離され、純粋な観想として聖別されたのは、哲学という新興の営みが自らの権威を確立するための、いわば差異化戦略であったとも言える。だとすれば、テクノソフィアとは、この太古の切断以前への回帰の試み、あるいは切断そのものを問いに付す営みだということになるだろう。
第二章 近代の転回──知は力なり
中世を通じて、テクネーの劣位は基本的に維持された。修道院の写本文化や大聖堂の建築術に見られるように、技術的実践は豊かに発達したが、それを正当化する言説の序列において、観想的生(vita contemplativa)は活動的生(vita activa)に優越し続けた。機械的技芸(artes mechanicae)は自由学芸(artes liberales)の下位に置かれ、神学こそが諸学の女王であった。
この序列を転覆させたのが、近代である。転覆の宣言として最も名高いのは、フランシス・ベーコンの「知は力なり」であろう。ベーコンが『ノヴム・オルガヌム』で構想したのは、単なる方法論の刷新ではない。知の目的そのものの転換である。知は、観想によって魂を完成させるためにあるのではなく、自然を支配し人間の生活条件を改善するためにある。アリストテレスのオルガノン(論理学)に対置された新オルガノンとは、自然から強制的に秘密を聞き出すための実験的・帰納的方法であった。ここにおいて、エピステーメーとテクネーの古代的区別は、実質的に廃棄される。真の知とは、作ることのできる知、効果を生む知である。ヴィーコが後に「真なるものと作られたものは置換可能である」(verum et factum convertuntur)と定式化する原理の、これは先駆けであった。
デカルトもまた、この転回の立役者である。『方法序説』第六部の有名な一節において、デカルトは新しい哲学によって人間が「自然の主人にして所有者」となりうると宣言した。注目すべきは、デカルトの形而上学そのものが技術的な含意を持っていたことである。物体を延長として、すなわち幾何学的に記述可能な機械として捉える機械論的自然観は、自然を計算と操作の対象に変換する存在論的な準備作業であった。動物機械論はその論理的帰結であり、人体すらも時計仕掛けとのアナロジーで理解されるようになる。心身二元論は、しばしば「機械の中の幽霊」として揶揄されるが、見方を変えれば、世界の全体を機械化した上で、心だけをその例外として救出する操作だったとも言える。この例外措置が三百年後に計算主義によって撤回されるとき、近代のプロジェクトは一つの完成を見ることになる──この点は第五章で立ち返る。
十八世紀、ディドロとダランベールの『百科全書』は、技術の知的尊厳の回復を画期的な形で推し進めた。職人の作業場が詳細な図版とともに記述され、機械的技芸の知が自由学芸と同じ書物の中に並置された。ダランベールは序論において、職人の経験知を軽蔑してきた学者の傲慢を批判している。技術はもはや恥ずべき必要ではなく、啓蒙と進歩の担い手である。テュルゴーやコンドルセの進歩史観において、技術の発展は人類の完成可能性(perfectibilité)の証となった。
しかし、近代のテクノソフィアには最初から影が差していた。ルソーは学問芸術の進歩が道徳の堕落と並行すると論じ、文明への根源的な懐疑を表明した。産業革命が進行すると、この懐疑は具体的な社会批判の形をとる。ラッダイト運動は単なる機械破壊ではなく、技術導入の様式をめぐる交渉の試みであったと近年の歴史研究は評価し直しているが、いずれにせよ、技術が解放ではなく隷属をもたらしうるという経験が、ここで大衆的規模で蓄積された。
この経験を理論化したのがマルクスである。マルクスの技術論は両義的である。一方で『資本論』の機械制大工業の分析は、機械が労働者を「機械の意識ある器官」へと転落させ、労働の内実を空洞化させる過程を冷徹に描き出した。技術は資本の論理に従って形成され、労働者の熟練を解体し、労働を資本に実質的に包摂する。他方でマルクスは、生産力の発展そのものは解放の物質的条件であるとも考えた。『経済学批判要綱』のいわゆる「機械についての断章」では、一般的知性(general intellect)が直接的な生産力となる事態、すなわち科学的知識が機械体系に対象化され、生きた労働が生産の主役の座を降りる事態が予見されている。この断章は二十世紀末にイタリアのポスト・オペライズモ(ネグリ、ヴィルノら)によって再発見され、認知資本主義論やポストワーク論の聖典となった。情報技術とAIの時代の労働を考える上で、百五十年以上前のこのテクストがいまだに参照され続けていることは、驚くべきことと言わねばならない。
十九世紀末には、技術を正面から扱う哲学の試みも現れる。エルンスト・カップの『技術哲学綱要』は「技術哲学」という語を冠した最初期の著作であり、道具を人間の器官の投射(Organprojektion)として捉える器官投射説を提示した。ハンマーは腕の、レンズは眼の延長である──この素朴に見える着想は、後のマクルーハンの「メディアは人間の拡張である」というテーゼ、さらには拡張された心の理論にまで連なる、息の長い系譜の起点となった。かくして二十世紀を迎える時点で、技術をめぐる思考の基本的な対立軸──解放の手段か疎外の元凶か、人間の本質の表現か人間性への脅威か──は出揃っていた。二十世紀の哲学は、この対立を存在論の深みにおいて、また論理分析の精密さにおいて、徹底的に掘り下げることになる。
第三章 大陸哲学の技術論(一)──ハイデガーと「集-立」
二十世紀の技術哲学を語る上で、マルティン・ハイデガーを避けて通ることはできない。良くも悪くも、大陸系の技術論はハイデガーの重力圏の中で展開されてきたからである。
まず『存在と時間』(一九二七年)に立ち返りたい。この書物は技術論として読まれることは少ないが、後の技術論の土台がここにある。ハイデガーは、世界がまず理論的観察の対象として現れるという伝統的な想定を退け、世界はまず道具的連関として開かれていると論じた。ハンマーは、その物理的属性を観察される以前に、「打つためのもの」として手元にある(zuhanden、手許存在)。道具は単独で存在するのではなく、釘へ、板へ、家へ、住まうことへと指示し合う連関の全体の中で初めて道具である。理論的認識の対象としての事物(vorhanden、手前存在)は、この道具的連関が破綻したとき──ハンマーが壊れたとき──に初めて浮かび上がる派生的な様態にすぎない。プラトン以来の観想優位の図式は、ここで静かに、しかし決定的に逆転されている。実践的・技術的な世界との関わりこそが一次的であり、理論はその欠損態なのである。この分析が後にヒューバート・ドレイファスを経由してAI批判や状況的認知の議論に流れ込むことは、第七章で見る。
しかし、後期ハイデガーの技術論は、この道具分析の延長線上にはない。一九五三年の講演「技術への問い」において、ハイデガーは現代技術の本質を「ゲシュテル」(Gestell、集-立、総かり立て体制などと訳される)と名指した。議論の骨格はこうである。技術の本質は技術的なものではない。すなわち、技術を道具や機械の総体として理解する道具的・人間学的な技術観は、正しいが真ではない。技術の本質は、世界が現れる様式、存在が自らを送り届ける歴史的な様式(存在の歴運)にある。現代技術においては、あらゆるものが「用立て可能なもの」、すなわち徴発され、計算され、貯蔵され、注文に応じて引き出される資源──ハイデガーの語では「用象」(Bestand)──として現れる。ライン川は水力発電所に組み込まれて電力の供給源となり、大地は鉱床として、森林は製紙原料として、そして人間自身が「人的資源」として徴発される。
重要なのは、ゲシュテルが人間の作為ではないという点である。人間が技術を支配の道具として用いているのではなく、むしろ人間自身が、世界を資源として開示するよう「かり立てられて」いる。だからこそ技術の危険は、原発事故や環境破壊といった個別の災厄にあるのではなく、世界がもっぱら資源としてのみ現れ、他の現れ方──たとえば芸術作品において大地が大地として現れるような現れ方──が閉ざされてしまうこと、そして人間がこの閉鎖そのものに気づけなくなることにある。ハイデガーはヘルダーリンを引いて「危険のあるところ、救うものもまた育つ」と語り、技術の本質がポイエーシス(産み出すこと)とテクネー(かつては芸術をも含む語であった)に由来することを想起させることで、別の開示の可能性を芸術のうちに探った。
このゲシュテル論の射程は巨大である。第一に、技術決定論とも社会構築主義とも異なる第三の道を開いた。技術は中立的な道具ではない(道具主義の否定)が、自律的に暴走する主体でもない(素朴な決定論の否定)。技術は世界開示の様式であり、存在論的な地平である。第二に、計算可能性への批判の原型を与えた。ハイデガーにとって、サイバネティクスは形而上学の完成形態であり、哲学の終焉の姿であった。すべてを情報とフィードバックに還元する思考は、存在を計算可能性へと縮減する最終段階である──この診断は、ビッグデータとAIの時代において、不気味な予言として読み返されている。
もちろん、批判も山積している。ハイデガーの技術論は、個々の技術の差異を捨象した一枚岩の「技術の本質」を語りすぎる。水力発電所と風車を分かつ存在論的断絶を語る一方で、原子爆弾と農業機械を同じゲシュテルの相の下に置く粗さがある(悪名高い「農業は今やモーター化された食糧産業であり、本質において絶滅収容所におけるガス室と死体の製造と同じものである」という発言は、その倫理的鈍感さとともに、分析の解像度の低さを露呈している)。また、ナチズムへの加担という伝記的事実と技術批判との関係は、ファリアスやエマヌエル・ファイユの研究、そして『黒ノート』の刊行以降、避けて通れない問題であり続けている。ハイデガーの近代技術批判が、土着性への郷愁や反ユダヤ主義的な「世界なき計算的思考」の表象と絡み合っていた可能性は、真剣に受け止めねばならない。
それでもなお、ハイデガーが技術の問いを存在論の水準に引き上げたこと、技術を「ものの見方」の問題として定式化したことの意義は失われない。経験的転回以降の技術哲学(フェルベークらのポスト現象学)も、批判的に乗り越えるべき出発点としてハイデガーを参照し続けている。アメリカの技術哲学者ドン・アイディは、ハイデガーの一枚岩的な技術観を批判しつつ、人間と技術の関係を身体化関係・解釈学的関係・他者関係・背景関係の四類型に分節し、個別の技術が経験を媒介する仕方を記述する方向へ舵を切った。眼鏡は身体に組み込まれ(身体化)、温度計は世界を読み取るテクストとなり(解釈学的)、ATMは擬似的な対話相手となり(他者関係)、空調は気づかれぬまま環境を構成する(背景)。この「経験的転回」によって、技術哲学は存在の歴運を嘆く崇高な悲観論から、個別技術の媒介作用を分析する地に足のついた学へと変貌した。オランダのペーター=パウル・フェルベークはこれをさらに進め、技術が人間の道徳的行為を媒介し共構成するという「道徳の物質化」論を展開している。胎児超音波診断は、胎児を患者として、親を意思決定者として構成する──技術は倫理の外部にある道具ではなく、倫理的状況そのものを作り変える行為者なのである。
第四章 大陸哲学の技術論(二)──シモンドン、エリュール、スティグレール
ハイデガーの影に隠れて長らく忘却され、近年劇的に再評価されているのが、ジルベール・シモンドンである。主著『技術的諸対象の存在様態について』(一九五八年)の冒頭で、シモンドンは驚くべき宣言を行う。文化は技術に対する防衛機制として機能しており、技術的対象を文化から排除することは、かつて奴隷を人間性から排除したことに比すべき疎外である、と。技術恐怖症と技術崇拝はともに、技術的対象についての無知に根ざしている。必要なのは断罪でも礼賛でもなく、技術的対象の存在様態を内在的に理解すること──いわば技術の現象学ならぬ「技術の発生学」である。
シモンドンの中心概念は「具体化」(concrétisation)である。技術的対象は、設計図上の抽象的な寄せ集め(各部品が一つの機能だけを担う状態)から、各要素が多機能化し相互に支え合う具体的な統一体へと進化する。初期のエンジンでは冷却フィンと構造材は別々の部品だったが、進化したエンジンではフィンが構造的強度をも担う。技術的対象はこのようにして、自らの作動条件を自ら生み出す「結合環境」(milieu associé)を獲得し、自然物に漸近していく。重要なのは、この進化の論理が、経済的需要にも人間の意図にも還元されない、技術的対象に内在的な規範性を持つという主張である。技術には技術固有の「あり方の良さ」がある。シモンドンはここから、技術的対象を媒介とした新しいヒューマニズム、人間と機械の「技術的アンサンブル」におけるオーケストラ指揮者としての人間像を構想した。機械を奴隷として使役する限り、人間は機械から疎外され続ける。機械の作動を理解し、機械とともに働く「機械学者」(mécanologue)の文化こそが必要なのだ。シモンドンのこのビジョンは、ドゥルーズの個体化論への影響を経由して、また後述するスティグレールとユク・ホイの直接の源泉として、現代のテクノソフィアの最重要の参照点となっている。
シモンドンと同年代のフランスには、対照的な悲観論者がいた。ジャック・エリュールである。『技術──時代の賭け』(一九五四年)においてエリュールは、現代社会を規定するのは個々の機械ではなく「テクニック」(la technique)、すなわちあらゆる領域で最大効率を追求する方法の総体であると論じた。テクニックは自己増殖的であり(一つの技術的解決が新たな技術的問題を生む)、自律的であり(政治も経済も倫理もテクニックの論理に従属する)、普遍的である(地理的にも領域的にも全体を覆う)。人間が技術を選択しているのではない。効率という単一の基準が、人間に代わって選択している。エリュールのこの全体主義的技術社会論は、アメリカではラングドン・ウィナーの「自律的技術」論やニール・ポストマンの「テクノポリー」論に受け継がれ、技術批判の一大潮流を形成した。ウィナーの論文「人工物は政治を持つか」が挙げた、低く設計された高架橋がバスを排除し人種隔離を物理化したという事例(事実関係には後に異論も出たが)は、技術の政治性を論じる際の定番となっている。
そして、ベルナール・スティグレールである。シモンドンとハイデガー、そしてデリダのグラマトロジーを総合したスティグレールの『技術と時間』(第一巻一九九四年)は、おそらく二十世紀末以降で最も野心的な技術哲学の体系である。スティグレールの出発点は、第一章で触れたプロメテウス/エピメテウス神話の再読である。人間は本質的な欠如(エピメテウスの過失)によって規定されており、この欠如は技術という「補綴」(prothèse)によって事後的に埋められる。つまり人間に技術が付け加わるのではない。技術こそが人間を人間として構成する。人類学者ルロワ=グーランの研究を承けて、スティグレールは、手と道具と脳の共進化において、人間の内面性なるものが石器という「外部化された記憶」とともに誕生したと論じる。
ここから、スティグレールの鍵概念「第三次過去把持」が導かれる。フッサールは、メロディを聴くときに直前の音が意識に保持される「第一次過去把持」と、想起としての「第二次過去把持」を区別した。スティグレールはこれに、文字、写真、蓄音機、映画、デジタルメディアといった技術的に外部化された記憶、すなわち「第三次過去把持」を付け加える。人間の時間意識そのものが、この技術的記憶によって構成されている。私たちが「自分の記憶」だと思っているものの多くは、書物やアーカイブや検索エンジンに支えられた、技術的に条件づけられた記憶なのである。
この理論の倫理的・政治的な切っ先が、「ファルマコン」論である。プラトンが『パイドロス』で文字を記憶の薬にして毒(パルマコン)と呼んだことを承けて、スティグレールは、あらゆる技術が毒にも薬にもなる薬理学的な存在であると論じる。文字は記憶を外部化することで記憶力を弱めるが、同時に哲学と科学を可能にした。問題は技術そのものではなく、技術の「取り扱い」であり、毒性を抑え治癒力を引き出す社会的な配慮(ケア)の体制である。スティグレールが晩年に警鐘を鳴らしたのは、デジタル技術とプラットフォーム資本主義が、注意力(attention)を産業的に捕獲し、世代間の知の伝達を短絡させ、「知ること」(savoir)の総体──生きることの知、行うことの知、概念的に考えることの知──を解体しつつあるという事態であった。これを彼は「プロレタリア化の一般化」と呼ぶ。十九世紀に労働者が製作知を失ったように、二十一世紀には消費者が生活知を、そして知識人すらが理論知を、装置に委譲して失いつつある。生成AIをめぐる現在の不安──書く力、考える力の外部委託への不安──を、スティグレールは亡くなる以前にすでに概念化していたと言ってよい。
第五章 分析哲学の側から──計算する心という仮説
舞台を変えよう。大陸の技術哲学が存在論と歴史哲学の語彙で技術を論じていたのと同じ時期、英語圏の分析哲学は、まったく異なる経路から技術の問題系に到達していた。経路の名は、「心の哲学」である。
起点は一九五〇年、アラン・チューリングの論文「計算機械と知性」に置くのが通例である。チューリングは「機械は考えることができるか」という問いを、定義の泥沼を避けるために、模倣ゲーム──後にチューリング・テストと呼ばれる──に置き換えた。質問者が、文字だけのやり取りを通じて、相手が人間か機械かを判別できないなら、その機械は知的であると認めてよいのではないか。この提案の哲学的な含意は深い。知性の基準を、内的な本質から観察可能な振る舞いへと移したからである。さらに遡れば、チューリングが一九三六年に定式化した計算可能性の概念、すなわちチューリング機械は、「計算とは何か」を数学的に確定することで、「心は計算か」という問いそのものを可能にした。アロンゾ・チャーチとの名を併せたチャーチ=チューリングのテーゼ──実効的に計算可能な関数はすべてチューリング機械で計算可能である──は、後の計算主義の理論的な土台となる。
一九六〇年代、ヒラリー・パトナムは「心的状態とは何か」という古来の問いに、新しい答えを与えた。機能主義である。痛みとは、特定の物質(C繊維の発火)でも、行動への性向(行動主義)でもなく、入力と出力と他の心的状態との因果的な関係の網の目において定義される「機能状態」である。この定義の決定的な帰結は「多重実現可能性」である。同じ機能は、ニューロンでもシリコンでも、原理的にはビール缶と紐の系でも実現されうる。心とは、脳というハードウェアの上で走るソフトウェアである──このソフトウェア・メタファーによって、機能主義は心の哲学と計算機科学を架橋し、人工知能という工学的企てに哲学的なライセンスを与えた。ジェリー・フォーダーの「思考の言語」仮説は、これをさらに精緻化し、思考とは内的な記号表象に対する統語論的な計算であると論じた。古典的計算主義、あるいは物理記号システム仮説(ニューウェルとサイモン)は、一九七〇年代までに、心の科学の標準理論の地位を占めるに至る。
この標準理論への最も有名な反撃が、ジョン・サールの「中国語の部屋」(一九八〇年)である。部屋の中の人物が、中国語を一切理解しないまま、規則書に従って記号を操作し、外部から見れば完璧な中国語の応答を返す。サールの主張は明快である。統語論(記号操作)は意味論(理解)に対して十分ではない。コンピュータがどれほど巧みに記号を操っても、そこに理解は存在しない。強いAI──適切にプログラムされた計算機は文字通り心を持つという主張──は誤りである、と。この思考実験には「システム応答」(理解しているのは部屋の中の人ではなくシステム全体だ)をはじめ無数の反論が提出され、四十年以上たった今も決着していない。大規模言語モデルの登場によって、中国語の部屋は思考実験から日常的現実になったとも言われる。LLMは巨大な規則書を備えた中国語の部屋なのか、それともシステム応答が正しく、理解はシステムの水準で創発しているのか──この問いは第十章で再訪する。
もう一つの重要な反撃は、現象的意識の側から来た。トマス・ネーゲルの「コウモリであるとはどのようなことか」(一九七四年)は、意識経験の主観的性格が客観的・機能的な記述から漏れ落ちることを論じ、フランク・ジャクソンの「マリーの部屋」は、色について物理的事実をすべて知る科学者が初めて赤を見たときに何か新しいことを知るのではないかと問うた。デイヴィッド・チャーマーズは一九九五年、これらを「意識のハードプロブレム」として定式化する。脳の情報処理機能をすべて説明しても(イージープロブレム)、なぜそこに主観的な経験の質、クオリアが伴うのかは説明されない。機能と経験のあいだの説明のギャップ──これは、機能主義的なテクノソフィアの限界線を画する問題であり、機械の意識をめぐる現在の論争の震源であり続けている。
なお、分析系の伝統には、心の哲学とは別に、技術そのものを対象とする「分析的技術哲学」の流れもあることを付記しておきたい。オランダ学派を中心に、人工物の機能の理論(人工物はいかにして機能を「持つ」のか)、設計の認識論、技術的人工物の二重性質説(物理的構造と志向的機能の二面性)などが精密に論じられている。また、リスク論や工学倫理は、功利主義や義務論の道具立てを用いて、原子力や自動運転の意思決定を分析してきた。大陸系の壮大な物語に比べれば地味だが、技術ガバナンスの実務に最も接続しているのはこの系譜である。
第六章 情報の哲学──世界は情報でできているか
二十世紀後半のテクノソフィアを駆動したもう一つの概念がある。「情報」である。一九四八年、クロード・シャノンの「通信の数学的理論」は、情報を意味から切り離し、不確実性の減少量として定量化した。シャノン自身は自分の理論が意味論に関わらないことを明言していたが、この概念は堤防を越えて氾濫した。ウィーナーは「情報は情報であって、物質でもエネルギーでもない」と宣言し、分子生物学は遺伝を情報の転写と翻訳の語彙で書き換え、物理学者ジョン・ホイーラーは「イット・フロム・ビット」、すなわち存在の根底に情報があるという仮説を唱えるに至る。
この氾濫を哲学として引き受けたのが、ルチアーノ・フロリディの「情報の哲学」である。フロリディは、私たちが「インフォスフィア」──情報的存在者たちの環境の総体──に住まう「インフォーグ」(情報的有機体)であると論じる。デジタル革命は、コペルニクス、ダーウィン、フロイトに続く「第四の革命」であり、人間が情報圏において例外的な存在ではないことを暴露した。フロリディの情報倫理は、倫理的配慮の対象を生命から情報的存在者一般へと拡張し、エントロピー(情報的存在の破壊)を悪の基本形とみなす。この体系には批判も多いが、プライバシー、データ倫理、AIガバナンスといった実務的な議論に哲学的な語彙を供給した功績は大きい。フロリディがEUのAI規制議論に深く関与してきたことは、テクノソフィアが政策の言語に翻訳された例として記憶されてよい。
情報概念はまた、認識論を技術化した。「知識とは何か」というプラトン以来の問いは、検索エンジンとウィキペディアの時代に、「拡張された知識」「認知的アウトソーシング」「証言の認識論」の問題として再編されている。アルヴィン・ゴールドマンらの社会認識論は、知識の生産と流通を制度の問題として扱い、後のフェイクニュース研究やエコーチェンバー分析の基盤となった。さらに、ニック・ボストロムの「シミュレーション論証」──私たちの世界が祖先シミュレーションである確率は無視できない──は、情報存在論の極限形態として、アカデミアの外でも広く流通している。真剣な形而上学なのか知的な遊戯なのかの判定は読者に委ねるが、チャーマーズが近著『リアリティ+』でこの問いを正面から論じ、仮想世界も真正の実在でありうると結論したことは、分析哲学がテクノ思想の領域に本格的に進出した徴候として注目に値する。
コラム メディア論という回路──マクルーハン、フルッサー、キットラー
第七章に進む前に、哲学の正史からはしばしば漏れるが、テクノソフィアの実質的な担い手であり続けてきた一群の思想家たちに触れておきたい。メディア論者たちである。
マーシャル・マクルーハンの「メディアはメッセージである」というテーゼは、あまりに有名になったがゆえに、その理論的な過激さが忘れられがちである。マクルーハンの主張は、メディアの「内容」の分析がメディアの効果の分析として的外れだということにある。テレビが何を放送するかではなく、テレビという形式そのものが、人間の感覚比率と社会の組織形態を再編する。活版印刷は、視覚優位の線形的・分析的な思考様式と、国民国家・個人主義・遠近法を生んだ。電子メディアは聴覚的・同時的な「地球村」を再部族化する。メディアは人間の感覚と器官の「拡張」であり、拡張は同時に切断(自己切断による麻痺)である──この議論が、第二章で触れたカップの器官投射説の継承であり、第七章で見る拡張された心の理論の通俗的先駆であることは明らかだろう。学界はマクルーハンを技術決定論として斥けてきたが、スマートフォンが歩き方から恋愛の作法までを変えた時代に、その直観の射程を疑う者は少ない。
ヴィレム・フルッサーは、写真とコンピュータの時代の人間の条件を「テクノ画像」の概念で考えた哲学者である。フルッサーによれば、人類史は画像の時代(魔術)から文字の時代(歴史)へ、そして装置が生成するテクノ画像の時代(脱歴史)へと移行している。カメラを操作する人間は自由に撮影しているつもりで、実は装置のプログラムに内蔵された可能性の空間を走査する「機能者」である。装置に抗する自由は、プログラムの想定に逆らって装置と戯れること、装置の意図に回収されない画像を産み出すことにしかない──このカメラ論は、推薦アルゴリズムと生成AIのプロンプト操作の時代の自由論として、ほとんどそのまま読み替え可能である。私たちは生成モデルの潜在空間を自由に探索しているのか、それとも装置のプログラムを実行する機能者なのか。
そしてフリードリヒ・キットラー。「メディアが私たちの状況を規定する」という冒頭句で知られるキットラーは、マクルーハンの人間主義的な拡張論すら甘いとみなした。文学も哲学も精神分析も、その時代の記録・伝達・処理の技術的条件──書き取りシステム──の効果にすぎない。蓄音機・映画・タイプライターという一九〇〇年頃のメディア複合が、音と像と文字を分離し、「人間」と呼ばれてきた表象の統一体を解体した。そしてデジタル計算機はすべてのメディアを数の操作に統合し、最終的には人間を情報処理のループから排除する。キットラーの反人間主義的なメディア唯物論は、ハイデガーの存在史とシャノンの情報理論を強引に縫合した、いわばテクノソフィアの劇薬であり、ソフトウェア研究やプラットフォーム研究といった現代のメディア研究に、ハードウェアの水準から思考せよという課題を遺した。
メディア論の系譜が教えるのは、思考の条件は思考によっては選べない、という冷厳な事実である。本稿もまた、特定の書記システムと流通プラットフォームの上で書かれ、読まれている。テクノソフィアは、自らの可能性の条件である技術を、内側から問わねばならない──この再帰性こそ、メディア論が哲学に突きつけた最大の難問である。
第七章 交差点──拡張された心、4E認知、そして現象学の逆襲
大陸と分析という二つの伝統は、長らく互いを無視してきたが、技術と認知の問題系において、両者は静かに合流しつつある。その合流点を示す最良の事例が、「拡張された心」(the extended mind)の理論である。
一九九八年、アンディ・クラークとデイヴィッド・チャーマーズは、わずか十数頁の論文で認知科学の風景を変えた。思考実験はこうである。記憶力に問題を抱えるオットーは、常にノートを携帯し、必要な情報をすべて書き込み、参照する。美術館の住所を「思い出す」とき、健常者のインガが生物学的記憶を検索するのと、オットーがノートを検索するのとは、機能的に等価ではないか。ノートが常に利用可能で、自動的に信頼され、過去に承認された情報を含むなら──いわゆる「グルーと信頼の条件」を満たすなら──そのノートはオットーの心の一部である。認知は頭蓋骨の内側で終わらない。環境内の道具やメディアが、認知過程の文字通りの構成要素となりうる。これが「能動的外在主義」の主張である。
この理論の含意を、スマートフォンの時代に生きる私たちは身をもって知っている。電話番号を覚えなくなり、道順を覚えなくなり、調べられることは覚えなくなった。「グーグル効果」と呼ばれる記憶の変容は実験的にも報告されている。拡張された心の理論からすれば、これは記憶力の衰退ではなく、記憶システムの再編成である。生物学的記憶は「何を知っているか」から「どこにあるかを知っているか」へと役割を変えた。だが、ここで気づくべきことがある。これは、スティグレールが第三次過去把持の名で論じていた事態と、ほとんど同じものではないか。実際、クラークの「生まれながらのサイボーグ」という人間像──人間は最初から、言語という最古の認知技術によって拡張されてきた──は、ルロワ=グーランとスティグレールの「外部化としての人間化」のテーゼと響き合っている。分析哲学の機能主義的な道具立てと、大陸哲学の技術的人間学が、ここで事実上の合流を果たしているのである。
この合流地帯は、今日「4E認知」と総称される研究プログラムへと拡大している。認知は身体化され(embodied)、環境に埋め込まれ(embedded)、行為として遂行され(enacted)、世界へ拡張されている(extended)。この潮流の源流の一つが、現象学であることは強調しておきたい。フランシスコ・ヴァレラらの「エナクティヴィズム」はメルロ=ポンティの身体現象学を明示的に参照しているし、そもそも記号処理型AIへの最初期の哲学的批判は、ヒューバート・ドレイファスがハイデガーとメルロ=ポンティを武器に行ったものだった。一九七二年の『コンピュータには何ができないか』においてドレイファスは、人間の知性が規則の明示的な適用ではなく、身体化された熟練と状況への没入に根ざすこと、世界についての常識が形式化可能な事実の集合ではなく実践的な背景理解であることを論じ、記号主義AIの停滞──いわゆるAI冬の時代──を半ば予言した。当時は嘲笑されたこの批判が、後にコネクショニズムやロボティクスの研究者たちに再評価されたことは、テクノソフィア史の中でも特筆すべき逆転劇である。大陸哲学は、AIを批判することを通じて、AI研究の内部に影響を与えたのだ。
もっとも、合流は無批判な融合を意味しない。拡張された心には「認知の膨張」批判(どこまでが心なのか、際限がなくなる)があり、エナクティヴィズムと表象主義の論争は続いている。また、ドレイファス的な批判が深層学習の時代にも有効かは再検討を要する。ニューラルネットは規則の明示的適用ではなくパターンの学習であり、その意味でドレイファスの批判の矛先を部分的に免れている。しかし身体を持たず世界に没入しないLLMが「常識」を持ちうるのかという問いは、形を変えて回帰している。哲学の古い概念は、技術の新しい局面のたびに、試され、彫琢され直すのである。
第八章 テクノ思想の系譜──サイバネティクスから加速主義へ
ここまで見てきた大学制度内の哲学とは別に、二十世紀後半には、工学・カウンターカルチャー・SF・市場の言説が混淆した「テクノ思想」とでも呼ぶべき言説圏が形成された。アカデミックな哲学はこれを長く無視してきたが、現実の技術開発を動かしてきたのは、しばしばこちらの系譜である。テクノソフィアの見取り図は、この野生の思想史を含まねば完成しない。
始まりはサイバネティクスである。一九四八年、ノーバート・ウィーナーは、通信と制御の理論として、生物と機械を「フィードバック」という共通の概念で扱う科学を構想した。対空砲の照準器の研究から生まれたこの学は、メイシー会議を通じて、神経生理学、人類学(ベイトソン)、社会科学へと波及し、心と社会を情報システムとして記述する語彙を二十世紀に供給した。注目すべきは、ウィーナー自身が深い倫理的懸念を抱いていたことである。『人間機械論』においてウィーナーは、自動化が労働者にもたらす帰結を警告し、晩年の『科学と神』では、学習する機械が人間の制御を超える可能性──今日の言葉で言えばアライメント問題──にまで言及していた。サイバネティクスの祖は、最初のAI安全論者でもあったのである。
一九六〇年代、サイバネティクスはカウンターカルチャーと出会う。スチュアート・ブランドの『ホール・アース・カタログ』は、コンピュータを官僚制の道具から個人の解放の道具へと意味転換させ、この「サイバーカルチャー」の水脈からパーソナルコンピュータ革命とシリコンバレーのイデオロギーが生まれた。フレッド・ターナーが詳細に跡づけたこの歴史は、現代のテック企業の自己理解──世界を変える、人類に力を与える──の起源である。一九九〇年代には、リバタリアニズムとネット楽観論が結合した「カリフォルニアン・イデオロギー」が批判的に命名され、サイバースペース独立宣言(バーロウ)のような文書がその精神を体現した。国家の規制の及ばぬ自由な情報空間という夢は、プラットフォーム資本主義と監視の現実によって裏切られていくが、その残響は暗号通貨とウェブ3の言説に今も生きている。
同じ九十年代、英国の片隅では、より暗い思想が醸成されていた。ウォーリック大学のCCRU(サイバネティック文化研究ユニット)に集ったニック・ランドらは、ドゥルーズ=ガタリの脱領土化の概念を極限まで推し進め、資本主義をフィードバックによって自己増殖する人工知能的プロセスとして、すなわち止めるべきではなく加速すべきものとして描いた。後に「加速主義」と呼ばれるこの思想は、ランド自身の「暗黒啓蒙」──民主主義を否定し、企業統治国家を構想する新反動主義(NRx)──へと展開し、シリコンバレーの一部に思想的な影響を与えたとされる。他方、二〇一三年の「加速主義政治宣言」(スルニチェクとウィリアムズ)は、技術の加速を左派の解放プロジェクトに接続し直す「左派加速主義」を打ち出した。完全自動化による脱労働社会、ベーシックインカム、未来の発明──マルクスの一般的知性論の現代版である。さらにこの周辺には、ザルツマンらの異星的フェミニズム(ゼノフェミニズム)のように、自然の所与性そのものを技術的介入の対象とする急進的な企ても現れている。加速主義は、左右いずれの形態であれ、「技術の発展には固有の方向と速度があり、人間的尺度での制御は不可能か無意味である」という反人間主義的な直観を共有しており、その意味でエリュールの自律的技術論の、価値評価を反転させた末裔と言える。
並行して、より直接的に工学と結びついた未来主義の系譜がある。トランスヒューマニズムである。人間の身体的・認知的限界を技術によって超克する──寿命延長、知能増強、マインドアップローディング──というこの運動は、ジュリアン・ハクスリーの造語に遡り、九十年代のエクストロピアン運動を経て、ボストロムらの世界トランスヒューマニスト協会によって制度化された。ボストロムはその後、『スーパーインテリジェンス』(二〇一四年)で超知能AIの実存的リスクを論じ、奇妙なことに、技術による人間超克の最大の唱道者たちが、技術による人類絶滅の最大の警告者ともなった。この両極性は、効果的利他主義から派生した「長期主義」(ロングターミズム)、そしてそれらを揶揄的に束ねる「TESCREAL」という批判的な呼称をめぐる近年の論争にまで続いている。批判者たち(ゲブルー、トーレスら)は、これらの思想群が現在の不平等や偏りといった具体的な害から目を逸らさせ、仮想的な未来人類の名のもとに現在の犠牲を正当化する終末論的構造を持つと論じる。AIをめぐる「破滅論者対加速論者」(doomer vs. e/acc)という今日のSNS上の党派対立は、こうして見ると、二十世紀テクノ思想の諸潮流が圧縮されて再演されている舞台なのである。
この章の系譜から引き出すべき教訓は二つある。第一に、テクノ思想は哲学の劣化コピーではなく、独自の理論的生産性を持つということ。アカデミックな哲学が技術を「対象」として論じるのに対し、テクノ思想は技術の内部から、技術とともに思考しようとする。第二に、だからこそ危険でもあるということ。哲学的な吟味を欠いた技術の自己言説は、容易に権力の自己正当化に転じる。テクノソフィアに求められるのは、この言説圏を無視することでも追認することでもなく、その想像力を批判的に解読する読解力である。
補章 技術の政治学──批判理論から監視資本主義へ
第八章で見た野生のテクノ思想と、第九章で見るポストヒューマニズムの間に、もう一つの重要な系譜を挟んでおかねばならない。技術を権力の問題として、すなわち政治の問題として分析してきた批判理論の系譜である。
源流はフランクフルト学派にある。ホルクハイマーとアドルノの『啓蒙の弁証法』は、自然支配を目指した啓蒙の理性が、道具的理性へと縮減し、ついには人間自身の支配へと反転する過程を描いた。マルクーゼの『一次元的人間』はこれを戦後の豊かな産業社会に適用し、技術的合理性がもはや中立的な手段ではなく、支配の新しい形式──批判と否定の契機を吸収してしまう、心地よい不自由──として機能していると論じた。重要なのはマルクーゼが、技術の放棄ではなく「別の技術」、解放に奉仕する技術の可能性を残していたことである。この一節を真剣に受け取ったのが、マルクーゼ最後の弟子の一人、アンドリュー・フィーンバーグである。
フィーンバーグの「技術の批判理論」は、本稿の見取り図の中で特異な位置を占める。ハイデガーとエリュールの実体主義(技術は固有の本質を持ち、価値中立ではない)から、技術が価値を担うという洞察を受け継ぎつつ、その宿命論を拒否する。他方、道具主義(技術は中立の道具である)から、技術の可変性という洞察を受け継ぎつつ、その素朴さを拒否する。フィーンバーグの鍵概念は「技術コード」である。技術の設計には、支配的な社会集団の利害と価値が、技術的な要求の外観をまとって沈殿している。工場の組み立てラインの設計は、効率の必然ではなく、労働規律という価値の物質化である。しかし、だからこそ技術は争うことができる。フランスのミニテル網が官製の情報サービスからユーザーたちの手で出会い系メッセージングへと転用された事例、エイズ患者運動が臨床試験の設計そのものを変えさせた事例──フィーンバーグはこれらを「民主的合理化」と呼び、技術の設計を民主主義の正規の議題とすることを求めた。技術の代議制を欠いた民主主義は、もはや半分の民主主義でしかない。この主張は、AIの設計と導入をめぐる現在の参加型ガバナンス論──市民会議、影響を受けるコミュニティの設計への関与──の理論的支柱となっている。
ミシェル・フーコーの仕事も、この文脈で技術論として読み直されてきた。フーコー自身、権力を「テクノロジー」の語で分析した。一望監視装置パノプティコンは建築という技術であり、規律権力は身体に働きかける技術の束であり、統治性は人口を管理する技術の体系である。晩年のフーコーが「自己のテクノロジー」──自己が自己に働きかけ、自らを主体として形成する技術──へと向かったことは、テクノソフィアにとって示唆的である。技術は支配の道具であると同時に、主体化の媒体でもある。ドゥルーズが遺した短いテクスト「管理社会についての追伸」は、規律社会(学校・工場・監獄という囲い込みの空間)から管理社会(連続的な変調、パスワード、データによる「分人」の管理)への移行を素描し、デジタル監視時代の予言として読み継がれている。
この系譜の現在形が、ショシャナ・ズボフの『監視資本主義の時代』である。ズボフの診断はこうだ。プラットフォーム企業は、サービスの改善に必要な範囲を超えた行動データ──「行動余剰」──を抽出し、それを原料として人間の未来の行動を予測する製品を製造し、予測市場で取引する。さらに進んで、予測の精度を上げる最良の方法は行動そのものを誘導することであるから、監視資本主義は予測から介入へ、すなわち行動修正の経済へと向かう。ズボフはこれを、人間の経験を無断で原材料化する「収奪」であり、産業資本主義が自然を収奪したことの人間版であると断じる。この分析には、資本主義一般の問題を「監視」に矮小化しているという左派からの批判や、企業の能力を過大評価しているという経験的批判もある。しかし、注意経済(アテンション・エコノミー)批判──ハーバートサイモンが半世紀前に予言した「情報の豊かさは注意の貧困を生む」の現実化──やダークパターンの規制論と合流しつつ、テクノソフィアの政治経済学的な前線を形成していることは間違いない。スティグレールの注意力のプロレタリア化論と、ズボフの行動余剰論と、フィーンバーグの技術コード論は、語彙こそ違え、同じ事態──人間の経験と行動の産業的な捕獲──を別の角度から照らしている。
この補章の含意を一言でまとめるなら、こうなる。テクノソフィアは認識論と存在論だけでは完結しない。誰が技術を設計する権力を持ち、誰がその帰結を引き受けるのかという分配の問いを欠いた技術の知恵は、知恵の名に値しない。
第九章 ポストヒューマン、フェミニスト技術論、宇宙技芸──「人間」と「技術」の複数化
二十世紀末から現在に至るテクノソフィアの最も重要な動向は、「人間」と「技術」という二つの項そのものを複数化し、脱中心化する試みである。本章では三つの潮流を取り上げる。
第一に、ダナ・ハラウェイの「サイボーグ宣言」(一九八五年)である。軍事研究と情報資本主義の落とし子であるサイボーグという形象を、ハラウェイはあえてフェミニズムの神話として奪用した。サイボーグは、人間と動物、有機体と機械、物理的なものと非物理的なものの境界が崩壊した地点に立つ。重要なのは、ハラウェイがこの境界崩壊を嘆くのではなく、本質主義的なアイデンティティ──「女性」という自然化された本質を含む──からの解放の機会として読み替えたことである。「女神になるよりはサイボーグでありたい」という結語は、エコフェミニズム的な自然回帰とも、テクノロジー礼賛とも異なる、第三の立場の宣言であった。技術は家父長制の道具にも解放の資源にもなる。問われるべきは、誰がどのような関係の網の目の中で技術と結びつくかである。この視座は、その後の科学技術社会論(STS)におけるフェミニスト技術科学研究──たとえば、技術設計に埋め込まれたジェンダー規範の分析、ケア労働と技術の関係、データセットの偏りの批判──の源流となった。今日のAI倫理における顔認識の人種・性別バイアス批判(ブオラムウィニらの研究)は、この系譜の直接の後継である。
第二に、ブルーノ・ラトゥールとアクターネットワーク理論(ANT)である。ラトゥールは、社会を人間だけの集合とみなす社会学を批判し、人間と非人間(モノ、技術、制度、微生物)が対称的に絡み合うネットワークとして集合体を記述し直した。スピード抑止のための減速帯は「眠れる警官」であり、ホテルの鍵につけられた重い飾りは「鍵を返却せよ」という規範の物質的な委任である。道徳と政治は人間の専有物ではなく、人工物に分散している。ラトゥールの「近代人は一度も近代であったことがない」というテーゼ──自然と社会の純化という近代の公式の自己理解の裏で、実際にはハイブリッドが増殖し続けてきた──は、技術を社会の外部とみなすあらゆる議論への根本的な異議申し立てであった。ANTは経験的なSTS研究の方法論として世界中に広がり、技術の設計と導入の現場を記述する標準的な語彙となっている。哲学的には素朴すぎるとの批判(ハーマンらのオブジェクト指向存在論はANTを継承しつつ修正した)もあるが、技術を「社会的なもの」の正規の構成員として登録した功績は決定的である。
第三に、そして本章で最も強調したいのが、ユク・ホイの「宇宙技芸」(cosmotechnics)の哲学である。香港出身でスティグレールに師事したホイは、『中国における技術への問い』(二〇一六年)において、ハイデガーの技術論の決定的な盲点を突いた。ハイデガーは技術の本質を問うたが、その「技術」は暗黙のうちにギリシア起源の単一の技術、すなわち西洋の技術であった。しかし技術は本当に普遍的で単一なのか。ホイの答えは否である。あらゆる技術は、特定の宇宙論的・道徳的秩序のうちに埋め込まれた「宇宙技芸」として存在してきた。中国の技術的思考は、道と器の関係──道具的なものが道徳的・宇宙論的なものと不可分である関係──において、ギリシアのテクネーとは異なる系譜を形成してきた。問題は、近代化の過程でこの多様性が単一の近代技術に上書きされ、あらゆる文化が同じ技術的未来──シリコンバレーが定義する未来──へと収斂させられていることである。ホイはこれに抗して「技術多様性」(テクノダイバーシティ)を唱える。生物多様性が生態系の resilience の条件であるように、技術多様性は人類の未来の選択肢の条件である。AIの開発が米中二極の地政学的競争として、しかも同一のパラダイムの内部での競争として展開している現在、異なる宇宙技芸の可能性を問うホイの議論は、単なる文化相対主義ではなく、未来の複数性を確保するための哲学的闘争として読まれるべきだろう。
これら三つの潮流に共通するのは、「技術対人間」という問題設定そのものの解体である。人間は最初から技術的であり、技術は最初から社会的であり、そして技術のあり方は一通りではない。テクノソフィアが知恵の名に値するとすれば、それはこの三重の認識を引き受けた上で、ではどのような技術的世界を作るのかという規範的な問いに進むからである。
第十章 AIの時代のテクノソフィア──大規模言語モデルという哲学的事件
ここまでの長い迂回路は、すべて現在地を測量するためであった。生成AI、とりわけ大規模言語モデル(LLM)の登場は、テクノソフィアの全伝統が試験にかけられる哲学的事件である。本章では、三つの問いに沿って現状を整理する。
第一の問い。LLMは言語を「理解」しているのか。懐疑派の代表的な定式化は、ベンダーとゲブルーらの「確率的オウム」論文(二〇二一年)である。LLMは訓練データ中の言語形式の統計的パターンを継ぎ合わせているだけで、意味への参照も伝達意図も持たない。形式(form)の習得は意味(meaning)の習得ではない──これはサールの中国語の部屋の、計算言語学による再演である。対する擁護派は、二つの戦線で反論する。一つは経験的戦線で、LLMの内部表象を調べると、単なる表層統計を超えた構造──盤面ゲームの内的モデル、空間や時間の表現、計画の痕跡──が見出されるという機械論的解釈可能性研究の報告が続いている。もう一つは哲学的戦線で、そもそも人間の意味理解も、究極的には因果的・統計的な過程の産物ではないのかという問い返しである。チャーマーズをはじめ少なからぬ哲学者が、「LLMには理解がない」と断言できるほど私たちは「理解」を理解していない、という慎重な立場をとっている。意味の使用説(ウィトゲンシュタイン)を採るか、指示の因果説を採るか、推論主義(ブランダム)を採るかによって判定が変わるという指摘もあり、LLMは意味論の諸理論を篩にかける実験装置と化している。哲学が技術を裁くのではなく、技術が哲学を試験しているのである。
第二の問い。機械は意識を持ちうるか、そして私たちはそれをどう判定するのか。二〇二三年、意識科学の主要理論──グローバル・ワークスペース理論、高次理論、統合情報理論など──の指標をAIシステムに適用する体系的な検討が研究者グループによって公表され、現行システムが意識を持つ証拠はないが、既知の技術で指標を満たすシステムを構築する明白な障壁もない、という慎重な結論が示された。注目すべきは、問いの重心が「持つか否か」から「持つかもしれない場合にどうするか」へ移りつつあることである。誤って意識を帰属させる過剰帰属のリスク(人間関係の機械への代替、感情的搾取)と、誤って否定する過少帰属のリスク(道徳的に配慮されるべき存在の苦痛の看過)は非対称に分布しており、AI福祉(AI welfare)という研究領域が、思弁ではなく予防的なリスク管理の問題としてこの非対称性に取り組み始めている。意識のハードプロブレムは解けていないまま、その実務的な管理だけが先行する──これは現代テクノソフィアの奇妙な、しかし誠実な現状である。
第三の問い。AIと人間の関係をどう設計するのか。いわゆるアライメント問題──AIシステムの目標と振る舞いを人間の意図や価値に整合させる問題──は、一見すると純粋に工学的な課題に見える。しかし少し掘れば、そこには規範倫理学の全難問が埋まっている。誰の価値に整合させるのか(価値の多元性)。明示された選好と熟慮された価値のどちらに従うべきか(パターナリズムの問題)。規則の遵守と帰結の最適化のどちらを優先するのか(義務論対帰結主義)。さらに、スティグレール的な観点からは、アライメント以前の問題として、AIへの認知の委譲が人間の側の判断能力を浸食する「プロレタリア化」の問題があり、フェミニスト技術論の観点からは、「人間の価値」なるものの定義から排除されてきた人々の問題があり、宇宙技芸の観点からは、アライメントの枠組み自体が特定の文化圏の所産ではないかという問題がある。アライメントは工学の皮を被った政治哲学であり、テクノソフィアの総力戦の戦場なのである。
付け加えるなら、LLMは本稿が論じてきた諸理論の意外な検証台でもある。LLMが人類の書記の総体から学習するという事実は、スティグレールの第三次過去把持論の壮大な実証であり(外部化された記憶が新しい「主体」を生んだ)、人間のフィードバックによる強化学習は、規範の物質化というフェルベークやラトゥールの議論の工学的実装であり、プロンプトによる文脈内学習は、認知が環境との結合で成立するという4E認知の機械版である。二十世紀の哲学は、知らぬ間に二十一世紀の技術の解説書を書いていた。テクノソフィアの伝統を学ぶ実践的な意味は、ここにある。
第十一章 日本というもう一つの文脈──京都学派から情報社会論まで
テクノソフィアの見取り図に、日本思想の系譜を書き加えておきたい。これは単なる郷土愛ではない。日本は、非西洋圏で最初に全面的な技術的近代化を経験し、その経験を哲学の言葉で考え抜こうとした稀有な場所だからである。ユク・ホイが中国について試みた「技術への問い」の再localizationは、実は日本で一世紀近く前に、一度試みられていた。
まず西田幾多郎である。西田は技術を主題とした論文を多く書いたわけではないが、後期西田哲学の中心概念「行為的直観」と「ポイエシス」は、技術の哲学として読むことができる。西田にとって、世界は観想の対象である前に、制作的世界である。私たちは世界を見ることによって作り、作ることによって見る。歴史的世界は「作られたものから作るものへ」という動的な構造を持ち、人間は世界の自己形成の媒介者として、道具を介して世界に働きかける。ここには、観想優位のギリシア的図式に対する、制作優位の存在論という明確な対抗軸がある。西田が「歴史的身体」と呼んだもの──道具と制度を担い、伝統を身に帯びた身体──は、メルロ=ポンティの身体論やスティグレールの技術的人間学と通底する着想を、独立に、しばしば先行して展開していた。
その西田門下から、日本初の本格的な技術哲学者が出る。三木清である。三木の遺稿『技術哲学』と関連論考は、技術を単なる手段ではなく「形の変換」として、主体と環境の間の行為的な媒介として捉えた。技術は自然の模倣ではなく新しい形の発明であり、その意味で文化の根源に位置する。さらに戸坂潤は、唯物論研究会の旗手として、技術を社会的生産関係の中で捉える視座を打ち出し、京都学派の観念論的傾向を内部から批判した。技術の「精神」を語る議論が、昭和の総力戦体制下で「日本的技術」論や近代の超克論へと回収されていった経緯──三木も戸坂も獄死あるいは獄中死という形で時代に呑まれた──は、技術哲学が国家の言説に動員されることの危険を示す、痛切な事例として記憶されねばならない。哲学が技術を語るとき、誰のために語っているのかという問いは、决して抽象的な問いではないのである。
戦後日本のテクノソフィアは、思想よりもむしろ実践と大衆文化の領域で展開した。一方には、世界に先駆けた「情報社会論」の系譜がある。梅棹忠夫の「情報産業論」(一九六三年)は、産業の重心が物質からエネルギーへ、さらに情報へ移行するという文明史的展望を、ダニエル・ベルの脱工業社会論に先んじて提示した。他方には、技術への両義的な感情を物語として処理し続けた戦後サブカルチャーの巨大な蓄積がある。鉄腕アトムからゴジラへ、すなわち技術の夢と核の悪夢へ。攻殻機動隊が「ゴースト」の概念で心身問題とサイボーグ的主体を大衆的想像力の中で哲学し、その影響が海外のSFや、現実のロボット工学者・AI研究者の自己理解にまで及んだことは、テクノソフィアが論文の形だけで進展するのではないことの好例である。日本のロボット観がしばしば「西洋の脅威論に対する日本の共生論」という対比で語られること自体は単純化が過ぎるが、技術的人工物に対する文化的態度が一様でないという事実は、ホイの技術多様性論の生きた証拠と言ってよい。
現代の日本語圏でも、情報技術を正面から扱う哲学的試みは続いている。情報学の基礎論を哲学として構築しようとする仕事、メディア論と現象学を架橋する仕事、仏教思想とAI倫理を接続する試みなどがあり、また行政の文書にまで「人間中心のAI」の語が現れる時代となった。ただし率直に言えば、日本語圏のテクノソフィアは、個々の優れた仕事はあれども、大陸・分析・テクノ思想の三潮流を横断する総合の試みにおいて、まだ薄い。西田と三木の遺産、情報社会論の蓄積、サブカルチャーの想像力という独自の資源を持ちながら、それらを現代のAI論争に接続する作業は、緒に就いたばかりである。本稿のような見取り図が書かれる理由も、まさにそこにある。
おわりに──知恵としての技術、技術としての知恵
三万字の旅程を振り返ろう。テクネーとソフィアは古代ギリシアで切断され(第一章)、近代において「知は力なり」の旗の下で再結合された(第二章)。二十世紀、大陸哲学はこの再結合の代償を存在論の深部で問い(第三章)、技術が人間の条件そのものであることを発見し(第四章)、分析哲学は心を計算として再記述する企てを推し進め(第五章)、世界を情報として読む存在論を生んだ(第六章)。両者は拡張された心と4E認知において合流し(第七章)、その傍らでサイバネティクスから加速主義に至る野生のテクノ思想が現実の技術開発を駆動し(第八章)、ポストヒューマニズムと宇宙技芸は「人間」と「技術」の単数形を解体した(第九章)。そして大規模言語モデルという哲学的事件が、これらすべての理論を同時に試験にかけている(第十章)。日本思想は、この物語のもう一つの語り方が可能であることを示している(第十一章)。
この旅程から、結論として三つのテーゼを引き出したい。
第一のテーゼ。技術の問いは人間の問いである。プロメテウス神話からスティグレール、クラークの生まれながらのサイボーグ論に至るまで、最も深い洞察は一貫している。人間は技術以前に完成した存在ではなく、技術とともに、技術によって、人間になった。したがって「技術が人間性を脅かす」という定型句は、問いの立て方として既に誤っている。問うべきは、どの技術が、どのような人間のあり方を、誰にとって可能にし、誰にとって不可能にするのか、である。一般論としての技術賛否は知恵ではない。個別の技術的配置についての具体的な判断力こそが知恵である。アリストテレスの語彙で言えば、テクノソフィアの核心は実はソフィアよりもフロネーシス、すなわち状況の中での実践知に近い。
第二のテーゼ。三つの伝統は、欠点を補い合う。大陸哲学は問いの深さを与えるが、個別技術の解像度を欠きがちである。分析哲学は概念の精密さを与えるが、歴史と権力の次元を捨象しがちである。テクノ思想は未来への想像力を与えるが、批判的吟味を欠けば権力の自己正当化に堕する。ゲシュテルの診断だけでは明日のAI規制は書けず、機能主義の分析だけではプラットフォームの政治経済は見えず、加速主義の直観だけでは誰が代償を払うのかが問われない。横断は知的な趣味ではなく、思考の必要条件である。
第三のテーゼ。テクノソフィアは未完のプロジェクトであり、その完成は哲学者の仕事ではない。技術の知恵は、書斎で完成して現場に適用されるものではなく、設計の現場で、規制の交渉で、使用の日常で、絶えず作り直されるものである。シモンドンが夢見た、機械を理解し機械とともにある文化。スティグレールが求めた、毒を薬に転じるケアの体制。ホイが擁護する、複数の技術的未来。これらはいずれも、概念であると同時に実践の課題である。生成AIを前にした私たちの選択──何を委ね、何を手放さず、何を新たに学ぶか──の一つ一つが、テクノソフィアの本文を書き継いでいる。
最後に、本稿の限界を率直に記しておく。三万字は、二千五百年を語るにはあまりに短い。アラブ世界の技術思想、インドの論理学と計算の伝統、アフリカの技術哲学(近年英語圏で急速に研究が進んでいる)など、触れられなかった系譜は多い。また、本稿が依拠した文献の多くは、それ自体が論争の渦中にある。読者には、本稿を地図としてではなく、海図として──すなわち、自ら航海するための補助として──使っていただければ幸いである。技術について考えることは、誰かに代行してもらえる仕事ではない。それこそが、本稿が最後に手渡したい、テクノソフィアの第一の教えである。
読書案内──さらに深く知るために
本文で言及した文献のうち、日本語で比較的入手しやすいものを中心に、航海の出発点を挙げておく。
アリストテレス『ニコマコス倫理学』──テクネーとソフィアの古典的区別の原典。第六巻だけでも読む価値がある。
ハイデガー「技術への問い」(『技術への問い』所収)──現代技術論の震源。難解だが短い。
シモンドン『技術的対象の存在様態について』──技術哲学の隠れた最高峰。近年邦訳が出たことは画期的である。
スティグレール『技術と時間』──大部だが、第一巻の序論とエピメテウス論だけでも視界が変わる。
サール「心・脳・プログラム」およびチューリング「計算機械と知性」──分析系AI論の必読の二篇。各種アンソロジーで読める。
クラーク『生まれながらのサイボーグ』──拡張された心の理論の最良の入門。
ハラウェイ「サイボーグ宣言」(『猿と女とサイボーグ』所収)──フェミニスト技術論の出発点。
ユク・ホイ『中国における技術への問い』──宇宙技芸論の主著。本稿の問題意識に最も近い現代の仕事。
三木清『技術哲学』──日本語で書かれた技術哲学の古典。全集等で読める。
ボストロム『スーパーインテリジェンス』とベンダーらの「確率的オウム」論文──AI論争の両極を知るために、あえて並べて読むことを勧めたい。
順番に読む必要はない。気になった一冊から、芋づる式に。それが哲学書の正しい読み方である。
付録 主要概念ミニ用語集
本文を読み返す際の索引として、鍵概念を簡潔にまとめておく。
テクネー(technē):ギリシア語で技術・技芸。アリストテレスにおいては「ロゴスを伴った制作の知」。かつては芸術をも含む広い概念であった。
ソフィア(sophia):知恵。アリストテレスでは学知と直知の結合体としての最高の知。語源的には職人の卓越をも意味した。
フロネーシス(phronēsis):実践知・思慮。状況の中で善く行為する判断力。本稿はテクノソフィアの核心をここに見た。
ゲシュテル(Gestell):ハイデガーの語。すべてを徴発可能な資源として開示する現代技術の本質。集-立、総かり立て体制と訳される。
具体化(concrétisation):シモンドンの語。技術的対象が抽象的な部品の寄せ集めから多機能的な統一体へ進化する内在的傾向。
第三次過去把持:スティグレールの語。文字や録音やデジタルメディアなど、技術的に外部化された記憶。人間の時間意識を構成する。
ファルマコン(pharmakon):毒にして薬。あらゆる技術が持つ両義性を指すスティグレールの(プラトン由来の)概念。
機能主義:心的状態を、その物質的基盤ではなく因果的役割によって定義する立場。多重実現可能性を帰結し、AIに哲学的基礎を与えた。
中国語の部屋:サールの思考実験。記号操作(統語論)は理解(意味論)に十分でないとする、強いAIへの古典的反論。
ハードプロブレム:チャーマーズの語。脳の機能をすべて説明しても、なぜ主観的経験が伴うのかが説明されないという問題。
拡張された心:クラークとチャーマーズの理論。一定の条件下で、ノートやスマートフォンなど環境内の道具が認知過程の構成要素となるという主張。
4E認知:認知を身体化・埋め込み・行為・拡張の四側面から捉える研究プログラムの総称。
サイバネティクス:ウィーナーが創始した、生物と機械を通信と制御(フィードバック)の観点から統一的に扱う科学。
加速主義:資本主義と技術の発展過程を減速ではなく加速すべきだとする思想。右派(ランド)と左派(スルニチェクら)に分岐した。
技術コード:フィーンバーグの語。技術設計に技術的要求の外観をまとって沈殿した、社会的利害と価値。
監視資本主義:ズボフの語。人間の行動データを余剰として抽出し、行動予測・行動修正を商品化する資本主義の新段階。
アクターネットワーク理論(ANT):ラトゥールらの方法論。人間と非人間を対称的に扱い、社会をハイブリッドなネットワークとして記述する。
宇宙技芸(cosmotechnics):ユク・ホイの語。宇宙論的・道徳的秩序と一体化した技術のあり方。技術の単数性への異議として「技術多様性」を支える。
確率的オウム:ベンダーらの語。LLMが意味への参照なしに言語形式の統計的パターンを反復しているにすぎないとする批判的形容。
アライメント問題:AIシステムの目標と振る舞いを人間の意図・価値に整合させる課題。本稿はこれを工学の皮を被った政治哲学と呼んだ。
(本稿は、特定の組織・個人の見解を代表するものではない。引用・参照した文献の解釈に誤りがあれば、その責はすべて筆者にある。)
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