なぜ赤字のスタートアップに何千億円もの価値がつくのか?
数あるnote記事の中から、偶然にもこちらへたどり着いてくださった皆様に感謝申し上げます。こちらは、弊サイトのコラムセクション「Quid Scire」からのリンク先として、サイト内のキーワードの補足とともに経営や経済、グローバルに関する拙稿を掲載しております。noteから直接ご覧いただいている皆様には、唐突なテーマもさることながら長文、乱文、要領を得ない体裁にて読みづらさをお感じになるかもしれません。この点、どうかご容赦下さい。どなたかのお役に立てる部分が少しでもあれば、書き手として嬉しいことはございません。 -s
2012年4月、元Google社員、Kevin Systrom、Mike Kriegerが創業したInstagramをFacebookが買収すると発表したとき、世界中に衝撃が走りました。創業からわずか2年、社員も十数人程度、しかも広告も一切出しておらず収益ゼロの企業に対して、Facebookは約10億ドル(当時のレートで約800億円)という巨額を提示したのです。無料の写真共有アプリに、そこまでの価値を見出すのか――多くの人がそう驚き、議論を呼びました。
それよりさかのぼること6年、2006年にはPayPal社員だったChad Hurley、Steve Chen、Jawed Karim率いるYouTubeをGoogleが買収。当時の金額は約16億5千万ドル(同年の為替で約1,950億円)でした。こちらもまた、創業から1年半ほどの若い企業で、広告によるわずかな収入はあったものの、利益は出ておらず、それどころか著作権の管理体制不備を指摘され、Viacom(MTVやParamountの親会社)は大きな懸念を表明、後にYouTubeとGoogleを相手に10億ドル規模の著作権侵害訴訟を起こします。Googleはそんな「火中の栗を拾う」ほどYouTubeが欲しかったという事です。
収益を生んでいない企業に、なぜこれほどの金額を支払うのか。
当時は多くの批判や懐疑の声が上がりましたが、結果的にこの二つの買収は、インターネット史における最も成功した投資の一つとして語り継がれることになります。買収額の大きさもさることながら、「収益よりも未来の影響力を買う」という発想に、多くの人が度肝を抜かれたのです。
ユニコーン企業(未上場ながら企業価値が10億ドル=約1,500億円を超える企業)に代表されるスタートアップの評価は、伝統的な財務指標では説明がつきにくく、経営者や投資家の間で議論の的となってきました。
ビジネススクールが教える企業価値評価の基本は「利益に基づく評価」です。例えば、PER(株価収益率)は「株価÷1株あたり利益」で計算され、利益の何倍の価値があるかを示します。しかし、多くのスタートアップは創業から数年間、意図的に利益を出さず成長に投資し続けます。では、そのような企業の価値をどう考えれば良いのでしょうか?
本稿では、赤字企業に高額な評価がつく理論的根拠と実務的インプリケーション(含意)を、できるだけわかりやすく解説してみたいと思います。
1. 価値とは「将来の不確実性に対する柔軟性の総和」
企業価値の本質は現時点の損益ではなく、将来のキャッシュフロー(お金の流れ)の可能性とその不確実性への対応力にあります。これは特にスタートアップ評価において重要な考え方です。
一般的な企業価値評価で使われるDCF(Discounted Cash Flow:割引キャッシュフロー)モデルは、将来の利益を予測し、それを現在の価値に換算する方法です。しかし、この方法は「将来がある程度予測できる」という前提に立っており、不確実性の高いスタートアップには十分ではないケースもあります(モデリング上色々と工夫は重ねていますが・・・)。

なぜ赤字でも価値があるのか?
シリコンバレーの投資家たちが共有する考え方があります。「価値とは将来の不確実性に対応できる戦略的柔軟性の総和である」というものです。つまり、「今は赤字でも、将来さまざまな事業展開ができる選択肢(オプション)を持っていること」自体に価値があるのです。
事例1:マイクロソフトによるGitHub買収(75億ドル, 2018年)
GitHubの年間収益は約3億ドル程度でした。単純計算すると25倍の価格で買収されたことになります。なぜでしょうか?それは、GitHubが持つ開発者コミュニティという「戦略的選択肢」に価値があったからです。この買収によりマイクロソフトは何百万人もの開発者とつながり、将来的に様々なサービスを展開できる可能性を手に入れました。
事例2:Uberの評価額
Uberは長年赤字を続けていますが、なぜ高い評価を受けているのでしょうか?それは、Uberが構築したモビリティプラットフォームが、単なる配車サービス以上の可能性を秘めているからです。将来的に自動運転車の配備、物流ネットワーク、フードデリバリーなど、多様な事業展開の「選択肢」を持っていることが評価されています。
2. リアルオプション:不確実性を価値に変換する理論
赤字なのに、何千億円もの価値がつくスタートアップがある──やはり、PL(損益計算書)が大好きな日本人にとって、直感的には理解しがたい現象です。「利益も出ていないのに、なぜそんなに高く評価されるのか?」はごく自然で本質的な問いです。
答えとしては、スタートアップ(或いは新規事業)は、「今すぐ稼いでいる会社」ではなく、「これから何をするかを選べる会社」だからです。
将来、大きく伸びるかもしれないし、新しい市場に参入できるかもしれない。成功しそうなら進み、リスクが高ければやめることもできる──この「やるかどうかを、あとで決められる権利」には、実は明確な経済的価値があります。「利益が出ているかどうか」ではなく、「将来、価値ある行動を取るための選択肢を持っているか」という経営の柔軟性に価値がついており、その価値が投資判断の基礎になっているのです。
この考え方を経済学ではリアルオプションと呼びます。そして、このリアルオプションこそが、赤字のスタートアップが高く評価される理由を説明するカギなのです。
それがまず最初に「オプション」の話を始める理由です。今は利益が出ていなくても、「未来を選べる力」こそが価値になる──それが、スタートアップという存在の本質なのです。
「リアルオプション」とは、企業が持つ戦略的選択肢を、金融の世界で使われる「オプション(選択権)」と同じように価値評価する考え方です。
2.1 オプションとは何か?
$$
\begin{array}{ccccc} & & &p &u^2S_0\\ & & &\nearrow &\\ & p & uS_0 & &\\ & \nearrow & &\searrow &\\ S_0 & & & &udS_0\\ & \searrow & &\nearrow &\\ & q & dS_0 & &\\ & & &\searrow &\\ & & &q &d^2S_0 \end{array}
$$
金融の世界では、「オプション」とは将来、ある商品を決められた価格で「買う権利」または「売る権利」のことです。重要なのは「権利」であって「義務」ではないこと。つまり、状況が良ければその権利を行使し、悪ければ放棄できるという柔軟性があります。
例えば、あなたが100万円で買える土地についての「購入オプション」を10万円で手に入れたとします。1年後、その土地が150万円に値上がりしていれば、あなたは権利を行使して100万円で購入し、すぐに150万円で売れば40万円の利益が出ます(オプション料10万円を差し引いて)。逆に土地の価値が下がっていれば、単にオプションを放棄して10万円の損失で済ませることができます。
ビジネスにおけるリアルオプション
これをビジネスの世界に応用したのが「リアルオプション」です。金融オプションが株価の上昇・下落という「市場の不確実性」から価値を得るのに対し、リアルオプションは「ビジネスの不確実性」から価値を創出します。
製薬業界における創薬を例にとりうるオプションについて考えてみます。
放棄オプション:新薬開発の初期段階で、効果が期待できないと判断すれば開発を中止できる選択肢
拡大オプション:治験で予想以上の効果が確認された場合、投資を増やして適応症を拡大できる選択肢
延期オプション:市場環境や規制状況が不利な場合、発売を延期できる選択肢
これらの「選択肢を持っていること」自体に価値があるのです。
MITの研究チーム(1985-2000年の研究開発投資分析)によると、リアルオプション評価を導入した企業は導入前と比較して平均22%もR&D投資の効率が向上したという結果が出ています。これは、不確実性を「コスト」ではなく「機会」として再定義することで、より良い投資判断ができるようになったからです。
2.2 リアルオプションの定量化とその限界
ここからは少しだけ数字、数式を使って、リアルオプションがどのように企業価値に影響するかを具体的に見ていきましょう。
3.1 二項モデルによる簡易評価:具体例で理解する
ある新規事業への投資を考える場合を例にとります:
初期投資:5億円
成功確率:50%
成功時リターン:10億円
失敗時リターン:0円
割引率:10%(将来のお金の価値を現在価値に換算する率)
従来のNPV(正味現在価値)計算: 普通の企業価値評価では、将来のキャッシュフローの期待値を割引率で割り引いて現在価値を求めます。
$$
NPV = 0.5 \times \frac{10億}{1.1} + 0.5 \times 0 - 5億 = 4.545億 - 5億 = -0.455億円
$$
つまり、期待値としては0.455億円の損失が見込まれるため、通常なら「投資しない」という判断になります。
リアルオプション評価: しかし、もし1年後の状況を見てから投資するかどうかを決められるとしたらどうでしょうか?
成功しそうな場合(50%の確率):投資して5億円の利益(10億-5億)
失敗しそうな場合(50%の確率):投資せずに0円(損失なし)
この「選択できる権利」の価値は:
$$
期待値 = 0.5 \times \frac{10億 - 5億}{1.1} = 0.5 \times 4.545億 = 2.273億円
$$
つまり、「今すぐ決めなければならない」場合は赤字予想ですが、「状況を見てから決められる」という柔軟性があれば2.273億円の価値があることになります。これが「オプション価値」です。

2.3 より高度な評価方法とその限界
より精密にリアルオプションを評価するには、金融オプション理論で有名なブラック=ショールズ(Black–Scholes)という数式が使われることもあります。
$$
C = S N(d_1) - K e^{-rT} N(d_2)
$$
補足すると
$$
\begin{equation*} C = \underset{\text{将来得られる価値の期待値}}{\underbrace{S \cdot N(d_1)}} - \underset{\phantom{\text{将来得られる価値の}} \text{支払う投資額の期待値}}{\underbrace{K \cdot e^{-rT} \cdot N(d_2)}} \end{equation*}
$$
つまり、当該事業への投資価値(C=コールオプションの現在価値)は事業がうまくいったら得られる価値の平均値と実際に投資したときに払うコストの平均値の差分であると表現しています。要するに、「利益 − コスト」の思考を、不確実性込みで高度に整理した式だと分かります。
$${d₁, d₂}$$の計算式は以下のとおりです。
$$
d_1 = \frac{\ln\left(\frac{S}{K}\right) + \left(r + \frac{\sigma^2}{2}\right)T}{\sigma \sqrt{T}}, \quad d_2 = d_1 - \sigma \sqrt{T}
$$
数学が苦手な方は、この数式を丸暗記する必要はありませんが、要するに$${d₁}$$は「成功への期待度合い」、$${d₂}$$は「実行可能性(採算がとれそうか)」を表しています。$${d₁}$$の方が理想寄り、$${d₂}$$の方が現実寄り。この差が「夢と現実のギャップ」、つまり不確実性(ボラティリティ)が大きいほど、この差も広がるというわけです。
まとめると以下のようになります。
$$
\begin{align*}
C &: \text{オプションの現在価値} \\
S &: \text{原資産の現在価格(プロジェクト価値)} \\
K &: \text{行使価格(投資コスト)} \\
r &: \text{無リスク金利} \\
T &: \text{残存期間} \\
\sigma &: \text{ボラティリティ(変動率)} \\
N(x) &: \text{標準正規分布の累積分布関数}
\end{align*}
$$

ブラック・ショールズの事業価値評価に活用する基本的な考え方
事業価値評価でブラック・ショールズを使う際には、「投資機会(あるいはプロジェクト)をコールオプションとみなす」というリアルオプションの考え方がベースになります。要するに「『今すぐ決断しなくてもよい』ことに、いくらの価値があるか」を算出しようとしています。
たとえば、ある新規事業に参入するときに必要な投資コストを「行使価格」、その事業から期待される将来キャッシュフロー(あるいはその割引現在価値)を「基礎資産の価格」とみなし、オプション評価を行います。
基礎資産の価格 (S相当)
新規事業に参入した場合に見込まれる将来のキャッシュフローの「割引現在価値(PV)」を基礎資産の価格とみなします。
行使価格 (K相当)
事業を開始するために必要な投資額や初期費用などを行使価格とみなします。例:工場建設費・設備投資費用、初期の研究開発費など。
満期(T)
オプションを行使できる(参入を決定できる)までの期間、あるいは投資判断の締め切りを「満期」として設定します。
リスクフリーレート(r)
通常は国債など、オプション評価と同様に適切なリスクフリー金利を使います。
ボラティリティ(σ)
ここがリアルオプションを適用する上で最も難しい部分といえます。将来キャッシュフローの不確実性(リスク)を株価のボラティリティに相当する値として見積もる必要があります。具体的には「参入事業の利益率の変動」「市場規模の変動」「原材料価格の変動」などをベースに数値を推定します。
・過去の類似事業や類似業界の収益変動を使う
・市場データ(商品価格指数など)から推定する
・モンテカルロシミュレーションなどでキャッシュフロー変動の分布を想定して計算する
ただし、ボラティリティ(σ)の推定が難しい場合、実務的には次のような「ざっくりとした範囲」を参照して設定するケースも少なくありません。
20%前後をひとつの目安にする
比較的安定した事業でも、将来の不確実性をある程度は織り込む必要があるため、最低でも15~20%程度を設定する例があります。
例:成熟した産業や、参入先の市場価格変動が小さいケースなど。
30~40%程度を想定する
新興市場や技術革新が激しい分野など、不確実性が高い場合は30~40%程度を使うことも多いです。私は多くの場合40%を使います。
例:IT・ハイテク関連、バイオ・医薬など研究開発リスクが大きい分野。
50%超や100%近い数値を設定する場合も
まったく未知の技術・分野、外部要因が大きく左右するプロジェクト(資源開発など)では、さらに高いボラティリティが設定される場合もあります。
こうした要素をそろえたうえで、ブラック・ショールズ方程式を利用すれば、新規事業参入の「オプション価値」を定量的に試算できます。
金融市場と違い、ビジネスの不確実性(ボラティリティ)は市場データから直接観測できません。そのため、適切なパラメータ設定(キャリブレーション)が難しく、結果の信頼性に影響します。
最新の研究(Raynor & Leroux, 2021)によれば、コンピュータで何千回もシミュレーションを行う「シミュレーションベース」のリアルオプション評価が、従来の二項モデルよりも27-38%精度が高いことが示されています。技術の進化とともに、評価方法も進化しているのです。
2.4 ケーススタディ:バイオテック企業の段階的リアルオプション分析
理論を実践的に理解するために、架空のバイオテックスタートアップ「BioNova社」の新薬開発プロジェクトを例に見てみましょう。このケースは、多くのバイオテック企業が直面する「段階的な意思決定」の価値を示しています。
4.1 プロジェクト詳細
新薬開発は通常、段階的に進められます:
フェーズ1臨床試験:少数の健康な被験者で安全性を確認
投資額:10億円
成功確率:60%(6割の確率で次のステップに進める)
フェーズ2臨床試験:少数の患者で有効性を確認
投資額:20億円
成功確率:50%
フェーズ3臨床試験:多数の患者で有効性と安全性を確認
投資額:50億円
成功確率:40%
市場投入後の期待現在価値:200億円(成功した場合の価値)
割引率:10%
4.2 従来のDCF評価(すべてを一括で判断する場合)
もし最初の段階で「全フェーズを通して投資するかどうか」を決めるとしたら:
$$
NPV = 0.6 \times 0.5 \times 0.4 \times \frac{200億}{(1.1)^5} - 10億 - 20億 - 50億
$$
これは「フェーズ1が成功する確率(60%)」×「フェーズ2が成功する確率(50%)」×「フェーズ3が成功する確率(40%)」×「成功した場合の価値を現在価値に割引」から「各フェーズの投資額」を引いた値です。
$$
= 0.12 \times 124.2億 - 80億 = 14.9億 - 80億 = -65.1億円
$$
この計算では、プロジェクト全体で65.1億円の損失が予想されるため、「投資しない」という判断になります。
4.3 段階的リアルオプション評価(各フェーズごとに判断できる場合)
実際のバイオテック企業では、各フェーズの結果を見てから次に進むかどうかを判断します。これを「段階的リアルオプション」として評価すると:
フェーズ3のオプション価値:22.7億円
フェーズ2まで成功した場合のみフェーズ3に投資する選択肢の価値フェーズ2のオプション価値:8.9億円
フェーズ1が成功した場合のみフェーズ2に投資する選択肢の価値フェーズ1のオプション価値:3.2億円
フェーズ1に投資し、結果を見てから次に進むかを決める選択肢の価値
リアルオプション価値合計:34.8億円(一括判断の-65.1億円と約100億円の差)
実務への示唆
この例から何を学べるでしょうか?「段階的に判断できる」という柔軟性が、バイオテック投資において非常に大きな価値を持つことがわかります。実際、多くのベンチャーキャピタルやバイオテック企業は、この「段階的投資」の考え方を重視しています。
一見すると赤字が続くバイオテック企業でも、「将来の判断の選択肢」という観点から高い評価を受けることがあるのは、こうした理由からです。
3. ネットワーク効果の非線形性とその指数関数的価値創造
ここからは、特にデジタルプラットフォーム型のスタートアップに顕著に見られる「ネットワーク効果」について説明します。なぜFacebookやTwitterなどのSNS、UberやAirbnbなどのシェアリングエコノミー企業が、急速に高い評価を得るのかを理解する鍵となります。
ネットワーク効果とは何か?
ネットワーク効果とは、「サービスの利用者が増えるほど、そのサービスの価値が高まる」という現象です。例えば:
電話は誰も持っていなければ価値がありませんが、多くの人が持っていると非常に価値があります
SNSは友達がいなければ意味がありませんが、友達が多ければ多いほど価値が高まります
シェアリングプラットフォームは、提供者と利用者が多いほど便利になります
非線形的な価値の増加
重要なのは、この価値の増加が「直線的」ではなく「非線形的」だということです。
「n²の法則」(メトカーフの法則): 従来、ネットワークの価値はユーザー数(n)の二乗(n²)に比例すると考えられてきました。つまり、ユーザー数が2倍になると価値は4倍に、3倍になると価値は9倍になるという考え方です。
現代的解釈$${n*log(n)}$$: 最新の研究(Zhang et al., 2015)によれば、実際のネットワーク価値の増加は完全な二乗ほどではなく$${n*log(n)}$$(ex. 100*log(100)=100*2)ほどではないかという議論もあります。二乗ほど急激ではないものの、依然として非線形的な成長を示しています。
具体例:Twitterの成長
Twitterの事例を見てみましょう:
月間アクティブユーザー(MAU)が1億人から3億人に増加(3倍)
しかし企業価値は4.5倍に増加
これは理論的に予測される3倍を大きく上回っています。なぜでしょうか?それは、ユーザーが増えるにつれて、一人あたりの「エンゲージメント(関与度)」も上昇するからです。より多くのコンテンツとインタラクションが生まれ、プラットフォームの魅力が高まるのです。
ネットワークの質が重要
単純なユーザー数だけでなく、「ネットワークの質」も重要な要素です。例えば:
ネットワーク密度:ユーザー同士がどれだけ密につながっているか
クラスタリング係数:ユーザーのグループ化の度合い
LinkedInとMySpaceを比較した研究では、LinkedInの方が専門的なつながりに特化したネットワーク構造を持ち、ユーザーあたりの価値が高かったことが示されています。MySpaceは多くのユーザーを獲得しましたが、ネットワークの質と持続性においてLinkedInに劣っていました。
このようなネットワーク効果により、赤字のデジタルプラットフォームでも、ユーザーベースが急速に拡大していれば「将来の収益化可能性」として高く評価されることがあるのです。
4. 顧客生涯価値(LTV)と単位経済性の分析
フレームワーク
特にSaaS(Software as a Service)やサブスクリプションモデルのスタートアップ評価では、「顧客生涯価値(LTV:Life Time Value)」という概念が重要です。これは「一人の顧客がもたらす生涯の収益」を意味します。なぜ赤字企業でも価値があるのかを理解する上で、短期的な損益ではなく、長期的な顧客価値を見ることが大切です。
4.1 LTVの計算方法とその進化
LTVの基本的な計算方法は以下のとおりです:
$$
LTV = \frac{ARPU \times 粗利率}{チャーン率}
$$
ここで、
ARPU(Average Revenue Per User):顧客一人あたりの平均収益
粗利率(Gross Margin):売上から直接コストを引いた利益率
チャーン率(Churn Rate):一定期間内に解約する顧客の割合
例えば、月額5,000円のサービスで粗利率80%、月間チャーン率2%の場合:
$$
LTV = \frac{5,000円 \times 0.8}{0.02} = 200,000円
$$
つまり、一人の顧客が生涯でもたらす価値は平均で20万円と計算できます。
しかし、最新の研究(Gupta et al., 2006)では、より精緻なLTV計算方法が提案されています:
$$
LTV = \sum_{t=0}^{T} \frac{m_t(1-c_t)^t}{(1+i)^t}
$$
この式では:
m_t:t期の顧客あたり利益
c_t:t期のチャーン率
i:割引率
T:計算期間
この改良型の計算では、「顧客の利用期間が長くなるにつれてチャーン率が低下する」「長期顧客ほど支出が増える」といった現実的な要素を反映できます。
4.2 CAC(顧客獲得コスト)との関係
LTVだけでなく、「CAC(顧客獲得コスト)」も非常に重要な指標です。CACは顧客一人を獲得するために費やすマーケティングや営業コストを指します。
CAC回収期間 CAC回収期間 = CAC ÷ (月次収益 × 粗利率)
この指標は「投資回収までに何か月かかるか」を示します。例えば、獲得コスト6万円で月額収益5,000円、粗利率80%の場合、CAC回収期間は: 6万円 ÷ (5,000円 × 0.8) = 15か月
SaaSビジネスでは、一般的に以下が理想的とされています:
CAC回収期間:12ヶ月以下
LTV/CAC比率:3倍以上(顧客価値が獲得コストの3倍以上)
ネットレベニューリテンション:110%以上(既存顧客からの収益が前年比で増加)
McKinseyの研究(2020)によれば、CAC回収期間が9ヶ月未満の企業は、18ヶ月以上かかる企業と比較して5年生存率が2.2倍高いことがわかっています。
4.3 実務への応用
赤字のスタートアップでも、「LTV > CAC」であれば長期的に収益性が見込めます。例えば、マーケティング投資によって一時的に赤字でも、獲得した顧客が長期的に十分な収益をもたらすことがわかっていれば、その「赤字」は実質的には「投資」と見なせるのです。
投資家やアナリストは、単純な損益計算書よりも、こうした「単位経済性(Unit Economics)」の健全性を重視して企業価値を評価します。これは特にスケーラブルな(拡大可能な)ビジネスモデルで重要です。
5. 優先株の複雑な権利構造とその影響
スタートアップの評価額を理解する上で見落とされがちなのが、「優先株」と呼ばれる特別な株式の存在です。一般の方々にとっては馴染みが薄いかもしれませんが、ベンチャー投資の世界では標準的な仕組みであり、企業評価額に大きな影響を与えています。
5.1 優先株とは何か?
ベンチャーキャピタル(VC)などの投資家は、通常の「普通株」ではなく「優先株」での投資を行います。優先株には以下のような特別な権利が付与されています:
清算優先権:会社が売却されたり清算されたりする際に、普通株主(創業者や従業員など)より先に投資額を回収できる権利
転換権:状況に応じて優先株から普通株に転換できる権利
アンチダイリューション条項:後続の資金調達で株価が下がった場合に希薄化を防ぐ保護条項
拒否権条項:会社の重要決定(売却など)に対する拒否権

これらの権利は投資家を保護するためのものですが、同時に「企業評価額」をどう解釈すべきかに影響を与えます。
5.2 参加型と非参加型の優先株
優先株には大きく分けて「参加型」と「非参加型」があります:
非参加型優先株: 投資額を回収した後は、普通株と同等に扱われます。
参加型優先株: 投資額を回収した後も、持株比率に応じて残りの金額を受け取れます。
例えば、10億ドルを投資して会社の20%を取得し、その会社が50億ドルで売却された場合:
非参加型なら:投資額10億ドルの回収+残り40億ドルの20%=18億ドル
参加型なら:投資額10億ドル+売却額50億ドルの20%=20億ドル
この2億ドルの差は大きく、特に売却価格が期待を下回る場合に重要になります。
5.3 「ユニコーン」評価額の実態
「企業評価額10億ドル超のユニコーン企業」というニュースを目にするとき、その評価額はどのように計算されているのでしょうか?
ベンチャー企業の評価額がメディアで報じられる際、通常は「ポストマネー・バリュエーション」と呼ばれる数字が使われます。これは「最新の投資ラウンドでの株価 × 全株式数」で計算されます。しかし、この「株価」には優先株の特別な権利が反映されています。
例えば:
最新ラウンド(シリーズF)で投資家が1株100ドルで200万株購入(2億ドル)し、全株式の20%を取得した
全株式は1,000万株
よって、ポストマネー評価額は10億ドル(100ドル × 1,000万株)
メディアはこの「10億ドル企業」という数字を報じます。しかし、この評価額には重要な問題があります:
この株価(100ドル)には、優先株の特別な権利(清算優先権など)が反映されている
しかし、この株価を普通株(創業者や従業員が持つ株)にも同じく適用している
もし会社が期待通りの高額(例:30億ドル)で売却されれば問題ありませんが、もし予想を下回る価格(例:5億ドル)で売却された場合:
優先株投資家は清算優先権により最初に2億ドルを回収
残り3億ドルのみが全ての株主(普通株含む)で分配
普通株800万株で計算すると、1株当たり実質37.5ドル(表面評価の37.5%)
つまり、メディアで報じられる「ユニコーン企業(評価額10億ドル超)」という数字は、実質的には普通株主(創業者や従業員)にとっての真の価値を大きく上回っている可能性があるのです。
スタンフォード大学の研究(Gornall & Strebulaev, 2020)では、ユニコーン企業の実質価値は表面上の評価額の中央値で約48%にとどまるという衝撃的な結果が示されています。
「企業評価額」という数字の裏には、こうした複雑な契約構造が存在することを理解することが重要です。
6. 評価のナラティブ経済学:物語が価格を形成する仕組み
企業価値評価には数字だけでなく「物語(ナラティブ)」も重要な役割を果たします。特に将来の不確実性が高いスタートアップの場合、その価値は純粋な財務分析を超えた要素によって左右されることがあります。ここでは、「ナラティブ経済学」の視点から企業評価を考えていきます。
6.1 ナラティブ経済学とは何か
ノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授は、経済は単なる数字の集合ではなく、「物語」によって動くものだと主張しています。彼の著書『ナラティブ・エコノミクス』(2019)によれば、人々の行動や投資判断は、広く共有された「物語」に大きく影響されるというのです。
シラー教授によると、ナラティブ(物語)は以下のような特徴を持ちます:
「伝染病」のように人から人へと拡散する
感情的な要素を含み、単なる事実よりも記憶に残りやすい
時間とともに変化し、進化する
経済や市場の動向に大きな影響を与える
投資家は「合理的」だと思われがちですが、実際には魅力的な物語に心を動かされることが多いのです。
6.2 スタートアップ評価を支えるナラティブの影響:Amazon、Tesla、中国EV、OpenAIの事例
スタートアップ企業の評価において、ナラティブ(物語)は投資家の期待を形成し、市場価値を大きく押し上げる力を持っています。これは現在の利益や財務指標ではなく、企業が描く未来像とそこに込められた「ストーリー」が、評価額に強く影響するという現象です。ナラティブはしばしば「定量化できない価値」を織り込み、企業の潜在的な可能性を過大にも過小にも評価させるため、慎重な読み解きが求められます。以下に代表的な企業を挙げながら、このナラティブの力がどのように企業価値を形成・変動させてきたかを見ていきます。
Amazon:成長優先の語りが支える評価
Amazonは創業から長らく利益を重視せず、顧客中心主義と長期的な市場支配という戦略を語り続けてきました。ベゾスの「利益より成長を優先する」という明確な物語が、実際の利益水準が低くても投資家に信頼され、高評価を維持してきた理由です。近年では、AIやクラウド事業への投資を通じて「次の成長物語」を構築し、株価をさらに押し上げています。AIやロジスティクスの分野での競争優位性、そして世界中でのユーザー基盤の広がりが、ナラティブに現実的な裏付けを加えつつある点も注目されます。
Tesla:カリスマと未来像が牽引する株価
Teslaは、自動車メーカーというよりも「持続可能なエネルギー社会を牽引する技術企業」としてのナラティブを打ち出してきました。イーロン・マスクの語る未来像は、投資家にとって強烈な期待の源泉であり、財務指標を大きく上回る企業評価を支えてきました。FSD(完全自動運転)や人型ロボット「Optimus」など、製品が未成熟であっても構想そのものが評価に織り込まれる状況は、ナラティブの力を象徴しています。ただし、マスク氏の言動が不安視された際には株価が急落するなど、ナラティブが評価の上下を大きく左右することも明らかになっています。評価の持続性は、物語の一貫性と市場の受容力に依存するのです。
中国EV企業:物語の構築と現実のギャップ
NIOやXpengなどの中国EV企業も、「次世代モビリティ」や「ライフスタイルブランド」といった魅力的なナラティブを武器に、早期に高い評価を獲得してきました。NIOは高級感とデジタル体験を前面に押し出し、スマートフォンとの連携や電池交換ステーションなど、独自の技術とブランド戦略で投資家の注目を集めました。一方で、価格競争や補助金縮小、持続的赤字などにより、物語と現実の乖離が明らかになると、株価は大きく調整されました。これらの企業は現在、戦略的提携や新ブランド展開などを通じて、物語を修正し再構築する段階に入っており、ナラティブの“持ち直し”が市場でどう受け止められるかが注視されています。
OpenAI:AI革命の中心にいるという語り
OpenAIは、ChatGPTの成功を機に「人類に貢献するAGI(汎用人工知能)を目指す企業」という壮大なナラティブを形成し、収益規模を遥かに超える企業評価を得ています。CEOサム・アルトマンの発信力や理念的なビジョンが、この物語を一層強固にしており、世界の大手企業から巨額の資金が集まる要因となっています。特に「社会的使命を持つテクノロジー企業」という枠組みは、従来のスタートアップ像とは一線を画しており、投資家が評価において重視する要素の幅を広げたといえるでしょう。同時に、OpenAIのガバナンス問題や急激な成長に伴う期待の過熱に対しては、慎重な視点も必要であり、物語と現実のバランスが改めて問われています。
物語と現実のバランスを見る力
スタートアップ評価におけるナラティブは、単なる飾りではなく、投資判断を形づくる本質的な要素です。特に不確実性の高い成長企業では、定量的な数値では測りきれない価値が物語によって説明されることが少なくありません。ただし、その力が大きい分、現実とのギャップが拡大すれば評価は急速に修正されます。ナラティブは企業の将来性を語る武器である一方、誤った期待を生む危うさも孕んでいます。物語の魅力に惹かれつつも、実態とのバランスを見極めることが、実務家・投資家・研究者のいずれにとっても極めて重要です。
6.3 ナラティブの実務的活用
企業や投資家はナラティブの力をどう活用すべきでしょうか?
起業家・経営者:単なる数字だけでなく、会社のビジョンや市場変革の物語を明確に構築し、一貫して発信することが重要です。
投資家:魅力的なナラティブに惑わされず、その物語が実現可能かどうかを冷静に分析する必要があります。
アナリスト:企業評価において、財務分析だけでなく「市場に共有されているナラティブ」の影響も考慮すべきです。
ナラティブは「幻想」ではなく、人間の意思決定に影響を与える重要な要素です。特に不確実性の高いスタートアップ評価においては、その役割を無視できません。
7. 実務への示唆:戦略的評価マネジメントの新たなアプローチ
これまでの議論を踏まえ、最後に経営者、投資家、アナリストなど様々な立場の方々に向けた実務的な示唆をまとめます。赤字企業の評価に関する理論的理解を、どのように実践に活かせるでしょうか。
7.1 「リアルオプション志向」経営の実装
リアルオプション理論は単なる評価手法ではなく、経営の考え方自体を変える可能性を秘めています。不確実性の高い環境下では、以下のような「リアルオプション志向」の経営が有効です。
1. 不確実性を「コスト」ではなく「機会」として再定義する
従来の経営では「不確実性=リスク=避けるべきもの」と考えられがちですが、リアルオプション的思考では「不確実性=選択肢の価値を高めるもの」と捉えます。たとえば、市場の変動が大きい領域こそ、柔軟に対応できる企業にとってはチャンスなのです。
2. 事業ポートフォリオを「オプション群」として設計する
Googleの親会社Alphabetは、「X研究所」を通じて多数の先端技術に小規模投資をしています。これは「多くのオプションを持つ」戦略であり、いくつかの大きな成功(自動運転技術など)によって全体のリターンをカバーする考え方です。
実務的には:
複数の小規模実験を同時進行させる
撤退基準を明確にし、早期の判断を可能にする
成功したプロジェクトには迅速に追加投資する
3. 「早期失敗・迅速学習」によるオプション生成サイクル
シリコンバレーの「フェイル・ファスト(早く失敗せよ)」文化は、リアルオプションの考え方と親和性が高いです。小さなコストで失敗し、その学びを次のオプションに活かすサイクルを回すことで、少ない投資で多くのオプション価値を創出できます。
例えば、新製品開発では:
全機能を備えた完成品ではなくMVP(Minimum Viable Product:必要最小限の製品)を早期にリリース
市場反応を見てから本格投資を判断
撤退する場合も「学び」という資産を回収
7.2 投資家のための深層的デューデリジェンスフレームワーク
投資家やアナリストが赤字企業を評価する際には、従来の財務分析を超えた「深層的デューデリジェンス」が必要です。
1. 表面的な「評価額」を超える分析視点
契約構造の精査:優先株の権利内容(参加型か非参加型か、清算優先権の詳細など)
柔軟性オプションの評価:企業が持つ戦略的選択肢の範囲と質
ネットワーク効果の質的評価:単純なユーザー数だけでなく、エンゲージメント指標やネットワーク密度も考慮
2. マルチシナリオ分析の実施
単一の成功シナリオだけでなく、「想定外の大成功」や「部分的な成功」、「市場環境の急変」など複数のシナリオを検討し、それぞれの場合のオプション価値変動をシミュレーションします。
3. 5つの隠れた価値源泉チェックリスト
以下の要素は財務諸表には表れにくいものの、企業価値に大きな影響を与えます:
知的財産の戦略的価値:特許や技術の防御的価値と攻撃的価値の両面
データ資産の希少性と活用度:収集されたデータの量だけでなく質と活用能力
規制変化への適応能力:規制強化が競合を排除し独占的地位を強める可能性
チームの経験多様性と失敗学習度:過去の失敗経験から学んだチームの強さ
競合他社の模倣困難性:ネットワーク効果や複雑な組織能力など模倣しづらい強み
7.3 次世代評価モデルの構築
企業価値評価の実務は進化し続けています。従来の「還元法」と「DCF法」を超えた第三の道として、「戦略的オプション評価」モデルの構築が進んでいます。
定量・定性の統合アプローチ
定量面:リアルオプション価値の数学的モデル化
定性面:ナラティブ(物語)の浸透度と説得力の評価
組織面:戦略的柔軟性を実現する組織能力の評価
実務への最後のアドバイスとして、「評価」とは単なる数字ではなく、「未来に対する見方」であることを強調したいと思います。赤字のスタートアップに何千億円もの価値がつく世界では、従来の常識を超えた視点が求められます。しかし同時に、「物語に騙されない」冷静さも必要です。
理論と実践、数字と物語、短期と長期—これらのバランスを取りながら、新しい企業価値の姿を捉えていくことが、これからの経営者や投資家に求められる重要な能力なのです。
8. ジェントルマンシップ
色んな事をつらつらと述べてきましたが「なぜ赤字のスタートアップに何千億円もの価値がつくのか?」という命題への思考実験の旅は、結局「ベンチャーを育てる、ベンチャーが育つエコシステム」に帰着してしまいそうです。以下、拙著(「自分力を鍛える」2008)の原稿を改定する形で、本稿のまとめにしたいと思います。
2008年頃だったでしょうか、スタンフォード大学の西義雄教授を訪れました。西教授は、スタンフォード大学電気工学科教授であり、Stanford Nanofabrication Facility(SNF)所長、Center for Integrated Systems(CIS)研究所長でいらっしゃいます。特にCISは、その名のとおり、さまざまな学部や研究分野を超えたシステムや技術を統合した研究分野の開発を行っている、いわば学際情報学府的、研究機関であります。
CISの研究室のすぐ裏には電子工学部(デイビッド・パッカード館)、コンピューター・サイエンス学部(The Gates Computer Science Building)が隣接しています。ちなみに、電子工学部は、ヒューレットパッカードの共同創業者でもあるデビッド・パッカード氏が久々にキャンパスに遊びにきて、電子工学部訪れたところ、建物があまりに古ぼけていたので、「これじゃ、学生も満足な研究ができないだろう」と、その場で、400万ドルの小切手を切って建てたビルなのだそうです。コンピュータサイエンスビルディングの玄関、石壁に刻まれる「WILLIAM GATES COMUPTER SCIENCE」。ビル・ゲイツ氏(ちなみに彼はスタンフォードの卒業生ではない)はシリコンンバレーにおけるスタンフォード大学のスタートアップ・エコシステムへの貢献を称え「Gates Building」を寄贈。グーグルの創業者、セルゲイ・ブリン氏、ラリー・ペイジ氏もそこに学び、巣立って行きました。

さて、西教授の話に戻ります。
なにより、このインテグレーテッド・システムという最先端共同研究部門のトップが日本人であるという事に、ある種の驚きと、喜びを覚えながらも、西教授に、シリコンバレーの特異性、なぜ、この地が、世界を代表するテクノロジーの発信基地となりえたのか、その歴史や背景を伺いました。
中でも興味深くも意外だったのは、「このシリコンバレーで成功する為に必要な成功者としての要諦、共通点は何ですか?」という質問に対する「ジェントルマンシップ(紳士であること)」という答えでした。
技術や、ビジネスにおける高度な知識や、スキルを持っていること、そしてアイディアを現実化、事業を行う上でのルールや規律を守る事はもちろんのこと、何よりも、自分をとりまくステークホルダー(利害関係者)全てに対して常に「紳士的であれるか」、ヨーロッパの伝統に受け継がれる「高貴なる者が為すべき態度や果たすべき責任」、ノーブレス・オブリージュが重要であるとおっしゃられたのではないかと思っています。そして、その「ジェントルマンシップ」という基盤の上で、「資本」や、「才能」などが流通、循環するというわけです。その「ジェントルマンシップ」があるからこそ、Coupa Cafe(パロアルト)、Buck's of Woodside(ウッドサイド)、Coffeebar(メンローパーク)などのカフェで行われる朝8時のプレゼンテーションで、夕方には200万ドルの投資が実行される(事もある)スピードが実現されるというのです。
これを彼らは、シリコンバレーの特徴の一つとして、エコシステムと言っています。そして、そのエコシステムによって、「人材」、「産業」、「教育機関」がさらに高度化していくのだ、とおっしゃるのです。大学院で学ぶ学生がアイディアを創出し、製品のプロトタイピング、資本調達を含むインキュベーション、アクセレレーションを教授がサポートし、事業化に当たっては、ベンチャーキャピタリスト、弁護士、会計士、その他コンサルタントが、伝道師(エバンジェリスト)となり、そこに必要とされる「精神」と「規律」が受け継がれます。
「失敗しても構わない、やってみた方がいい。なんとかPMFまで持っていってくれれば、このエコシステムから育ったGAFAMをはじめとした先輩方がマネタイズとスケールは面倒をみる」の循環です。
やがてエグジット(バイアウトや上場)した起業家は、メンターとして新たな人材育成を行い、時に母校の学び舎の建て替えをし、さらに新たな事業を生み出すアクセレレーター、投資家としてエコシステムに深く組み込まれていきます。
君のビジネスモデルのマネタイズはどうなってるの?PLは?原価率は?CAGRは?
スタートアップ企業のプレゼンを聞くなり、二の句の次にこの質問をする日本人メンター(と思しき方々や評論家)が多いのですが、今、日本で必要とされているのは重箱の隅をつつく評論家ではなく「将来の不確実性に対応できる戦略的柔軟性の総和」を自らが最大化しようとするエコシステムのプレイヤーです。とはいえ、2025年現在、日本でも小さなモジュールとしてのエコシステムがいくつもできつつあるように感じます。やがて、そのモジュールが繋がり、より強いエコシステムに育つを祈りつつ。その端っこの隅っこで、微力ながらサポートを続けてまいりたいと思います。
参考文献
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ショーン川上「自分力を鍛える」あさ出版(2008)
