私がなりたかったもの
小さい頃から社会人になるまで、ずっとなりたかったもの。それは「お母さん」でした。
恋人がいなくても、好きな人が振りむいてくれなくても、一生独身かもなと思ったときも。
「私って、お母さんになったらどんな感じなんだろう」そう思って生きてきました。
うちの母に憧れたわけでもなく、
子どもと遊ぶのが好きだったわけでもなく、
今より不自由になるかもしれないのに、
漠然と思っていたんです。
「お母さんになってみたい」って。
つまり、夢は叶いました。
今、夢の先の真っ只中にいます。
お母さんになって、私はどうなったか?
少しだけ覗いてみましょう〜。
「ひぃぃ。吐くしかしてない。こんなにつわりってつらいの?」
「出産、、大変すぎる‥」
「母乳っって、すぐ出ないの?痛いの」
「寝てほしい‥」
「1日だけ‥1日だけでいいから、子供産む前の自分に戻って自由な時間が欲しい」
「予防接種、スケジュールが半端ない」
「アンパンマングッズだけは、家にいれないと思ってたのに」
「他の子と比べてうちの子って‥」
「子供同士のトラブルに親はどう関わったらいいんだろう」
「子供中心にしすぎてたら、自分の好きなものがわからなくなった」
「毎日、イライラしちゃってる‥」
ハイッ。ぼやきばかりですね。
知ってました!?赤ちゃんてものすごく可愛いんですが、未知な生き物な上にほっとくと命を失うんです。(知ってるって?当たり前なのにわかってなかった‥)
毎日、すさまじく襲いかかるミッション。育児書のようにはいかない子育て。子ども中心の毎日。乱れていく髪、肌、体型。今まで当たり前だったゆっくりと自分の時間を使うことが贅沢に感じられ、好きなものを観たり、好きなことをしたりできない日々。
「夢、叶ったんだからいいよね?」
神様はニヤリと私にいいます。
叶いました。叶いましたよ!
わたしの話を聴いて友人がいいました。
「子育てって大変そう。私にはできない」
そうですよね。
「私もこんなに大変なものとは分からずに憧れてたよ‥。できるかできないかじゃなくて、やるしかない‥‥」と答えるくらい、疲弊することもあります。
ただ、面白い。
離乳食で栄養について勉強したり、食べてもらえないことについて、調べたり、喜んで食べてもらえた時の笑顔が、とてつもなく嬉しかったり。
娘の味つけは塩が1番なところ、服のタグのチクチクの嫌さっぷり、人が好きなのにひとりの時間が大切なとこ、人ごみにいると疲れちゃうところをみて、私自身と似ている娘を受容れることで自分を肯定できたり、
息子が一瞬でテーブルの上のコップを倒すので反射神経がやしなわれ、息子の悲しむもの、こわがるものやこだわりは、パパやんのDNAを感じます。
子どもが2人になった時点で「優先はどっちか」を瞬時に判断しないといけなくて。それが今の仕事に生きてるなと思います。
買い物袋ひとつも持てなかった私は、筋トレのように抱っこを強いられ、ずいぶんと腕に筋肉がつきました。腰もやられましたが‥。
推しの子が2人家に住んでマネージャーをしているような生活。こんなにも必死にお世話して、日常生活で胸をしめつけられるほど感動して涙する日がくるとは!
子どもを産んで「はじめてのおつかい」の番組が号泣番組に変わったり、ニュースを聴いて心痛むことも増えました。
自分の記憶がある小学校生活からは、「あぁ、あの時こんなこと考えてたな」「冷めた小学生だったなぁ」など自分と照らし合わせて記憶が蘇ることも。
何もしてくれなくて寂しいと感じていた母や父の裏側の大変さや優しさも、少しだけ分かりました。
おかあさんになって見えた景色、見えてる景色はかけがえのないもの。
そう思います。
この道を歩みたかったんだ。
それは、間違いありません。これからもこの道を歩み続けます。
ただ、子どもは日々成長していきます。
娘は13歳、息子は7歳。だいぶ自分の時間もとれるようになりました。
お母さんになれたけれど、おかあさんになった私がなりたいものは何か。やりたいことは何か。
この先の私が何をしたいか、どんなことを続けたいか、それはまた別のお話。
#書く部のお題で書いてみた
お題「あなたの夢を聴かせて!」
