あの人の特別になりたいのに、なれなくて枯れてしまう|反対側のダイアリーvol.18
誰かの特別な存在になりたい。
そんな感情に翻弄され、必死にもがき、一喜一憂して区切りがついた。とても利己的で純粋だった、これまでの気持ちを書き留めておきたいと思う。
昨年の10月から6ヶ月、やまけんさん(山田研太さん)の天プロに参加していた。これまではその理由として「もっと可能性を高めたかったから」と、小綺麗な表現で発信していたが、深層にあった気持ちは「やまけんさんの特別な存在になりたかったから」だ。
というのも、私は実は天プロができる前の2018年から、やまけんさんの個別コンサルを受けている。そのおかげでとても事業が伸びて、生き方も変わり、やまけんさんには感謝してもしきれないほどの恩を感じている。周りに「やまけんさんは私にとって人生の一部だ」と伝えているが、誇張はしていない。本当にそんなふうに思っている。
それまでは普通の主婦で、イチ下請けデザイナーだった私が、今では何千人というメルマガ読者に発信を読んでもらえるようになり、世界観という業界で一応は、声をかけてもらえるような状態にまでなった。
やまけんさんの言うとおりにすると、なんでもうまくいった。ビジネスもライフスタイルも。やることは簡単だ。言われたことをやる、続ける、やめない、これだけだ。やればやるほど成果が出た。成果が出ると、とても褒めてもらえたように感じていた。自分にもこんな才能があったのか・・、こんな働き方ができたのか・・と、人生が変わったような気がした。
そうしていくうちにだんだんと、やまけんさんにもっと褒めてもらいたくなった。私の頑張りが、やまけんさんのプロダクトの最高の事例になるのなら、もっともっと頑張りたい。やまけんさんのビジネスに貢献したい。必要な存在になりたい。特別な存在になりたい。そんな気持ちが強くなっていった。
私と同じようにプロデュースを受けている人たちが、ひとり、ひとりと辞めていくときは、不謹慎だけど、自分のライバルがどんどん減っていってるような棚ぼた感が生まれるほどになっていった。ライバルが1人ずつ減るたび、やまけんさんの「特別ポジション」への階段を登っていっているような気がする。そうすると自分が誇らしく思え、そこから頑張るエネルギーが湧いてくるような、そんな気がしていた。
「特別になりたい」エネルギーは、すごい底力を持っている。取り憑かれたように仕事をし、言われたことを言われたようにやり、成果が出せたり欲しい現実を生み出せたり、いろんなことが叶っていった。ところが、私も一年一年歳をとるし、40を過ぎて出産した娘を育てながらの仕事には、だんだんと体力がもたなくなっていった。
言われたようにやっているし、私の才能を活かしたプロダクトになっている。はずなのに、少しうまくいかないことがあったり、お客さんと揉めたりすると心がポキっと折れる。彼の特別になりたいのに、なんだか息切れしてうまくいかない。エネルギーがいつも枯渇しているような気がする、そんな状態がしばらく続くようになっていった。
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そんな中で、やまけんさんには、別の特別な存在が生まれているように見えた。2020年頃から始まった天プロという彼のプロダクトであったり、増え続けるそこの受講生だったり、その中で一緒に天プロを大きくしていくメンバーだったり。やまけんさんが自分のコミュニティの人たちと生き生きと活動する姿に、息切れしている私だけがすごく、蚊帳の外で置いて行かれているような気がして苦しかった。
何度か周りから「天プロに入らないの?」と、聞かれたこともあった。個別でプロデュースを受けている私が?どうしてわざわざビジネスの土台作りから?生き生きとしているやまけんさんと天プロが気にはなるものの、そこに自分が入るのはなんか違う、とひとりで拗ね散らかしていた。
特別になりたいのに、もう私じゃ特別になれないのかもしれない。悔しい。
そんな中で、あるきっかけがあり、今期受講を決めた。天プロを受講するということで、改めてやまけんさんに、自分を見てもらいたかったのかもしれない。でも、天プロをずっとライバル視続けた私にとっては、やまけんさんに近くで自分を見てもらう代わりに、大きなざわつきを抱えてアウェーに乗り込むような気持ちだった。
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入った当初は、コンプレックスと向き合うために来たのに、余計にコンプレックスをえぐられている感じがして尚更辛かった。この中で言われていることが、自分にはできない。でも周りのみんなは軽やかにできているように見える。みんなを見ると、できない自分を思い知らされる。やまけんさんの言うことが、私への意地悪のように感じられる。だんだんと、グループチャットを開くと涙が出るという、おかしな状態になっていった。
どう足掻いても、特別になれない自分がついてくる。もう辞めてしまおうかな、と何度も思ったが、それでも気にかけてくれる人との出会いがあり、なんとかやる気を持ち堪えることができた。ここでも私にできることは、言われたことを言われたようにやることだけ。「違和感と向き合うこと」を大きな課題として出されていたので、愚直に取り組みを進めてみることにした。
自分の胸がキューッと締め付けられている違和感の順番に、パートナーシップや仕事の取り組み方、人間関係の見直しやお金の境界線の引き方について、一つ一つテコ入れをしていった。ひとりでは到底、向き合えなかった部分だ。ビジネスを伸ばすにはあまりにも遠回りに見える取り組みを、今更やっていくというのは、とても受け入れ難いことだった。
だけど、一つ一つ問題が解消していくに連れ、一人で背負ってきたものを降ろすことができるようになると、どんどん身軽な状態になっていった。いつも締め付けられるようだった胸の詰まりがとれて、毎日が明らかに安心で幸せだと感じる時間が増えていった。
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すると、予想していなかったことが起こり始めた。
毎日が安心で満たされた状態になると、不思議なことに、今度は仕事が全くできなくなってしまったのだ。幸せなのに、仕事をしようとすると胸が詰まり涙が出る。やる気が起こらない。何をどう判断したら良いのか分からない。具体的なことが全く考えられない。これまで頑張れていたことが、どうやったらやれるのかが全く思い出せないのだ。
これは、「自分が動力を失ってしまった現象」なのだと気付いたのは、気にかけてくれる人との対話や、ダイアリーに感情の機微を毎日書き続けたことが大きかったかもしれない。
おそらく私は、安心を得たのだ。安心で満ちた感覚を得たことで、「やまけんさんの特別になりたい」執着が解けたのだろうと思う。つまりこれまでの私は、やまけんさんの特別な存在になることで、自分が安心で満たされる状態を欲していたのだろう。だけど、それが日常で叶うようになり、わざわざ「特別」をとりに行かなくても済むようになったのではないか。
ということは私は、「特別になりたいのに、なれなかったから苦しかった」のではなく、安心を得るために特別になろうとするも、「自分の安心の状態が”相手の特別であるかどうか”で左右されること」に、苦しさを感じていたのかもしれない。
自分の意志ではどうにもコントロールができないこと、得られている体感が自分の中に積み上がっていかないこと、相手の言葉を信じるか信じられないかがコンディションによって違うこと、そういった確証のないふわふわしたものによって、自分の安心の器がいつまで経っても敷き詰まっていかないことに、永続的な枯渇感を感じていたのだろうと思う。
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そうして、やまけんさんへの特別をとりに行かなくても安心な状態が得られるようになったわけだが、ある時ふとした瞬間に、また同じような苦しさが顔を出したことがあった。
誰かの中での「特別」を意識したときだ。
胸がざわざわしたし、頭にこびりついて離れないガムみたいな感じで、しばらく悶々としていた。ああ、これだ、この感覚は、前に苦しんでいたときのものと同じだと思った。
そうやって、またあの時と同じ感覚をなぞるように「特別」に対しての苦しさが生まれてしまったとき、自分の中でひとつ、引っかかっていたものを思い出した。私はこれまで、「特別」というものに対して、ある種のポジションのようなものを感じていたのだと思う。
集団の中で「これは自分だよね」と思える立ち位置があること。人から見たときに、あの人はこういう存在だよね、と言えるような場所があること。そういうものを手に入れたとき、私はとても誇らしい気持ちになっていたのだ。
昔、映像制作会社で働いていたときのことを書いておきたい。
最初は動画編集のチームに配属されていたのだが、スキルの高い人たちの中に囲まれて、自分の立ち位置が分からなくなり苦しかった時期があった。
そんな中で、新しく進行管理というチームができることになり、そこで初めて「これ、自分のポジションかもしれない」と思えた。周りからも「向いてるんじゃない?」と言ってもらえて、すごく嬉しかったのを覚えている。ようやく「私のポジションあったじゃん」と思えたし「ここにいていいよ」と言われたような気がした。
でも同時に、デキる後輩が入ってきたり、他のチームが私の仕事をやれてしまうなどで、そのポジションがなくなるかもしれないと思うと、強い寂しさや不安も感じるようになっていた。せっかく見つけた「自分の場所」が、またなくなってしまうかもしれない、という感覚だ。そこで得られていた誇らしさと安心は、どこかでずっと、不安と隣り合わせだった。
つまり私は、「特別であること」を、どこか外側の条件によって自分のものだと捉えていたのだと思う。相手や周りが特別だと言ってくれるかどうか。そのポジションに自分がいられているかどうか。そういう、自分ではコントロールできないものに、自分の自尊心や満たされるかどうかを委ねていた。だから苦しかったのだろうと思う。
特別を感じられるかどうかが、相手や環境に委ねられている限り、それはいつでも崩れる可能性があるし、そのたびに自分の安心も揺らいでしまうのだ。
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そんな揺らぎと「特別」の正体を考える中で、私はここ最近、ずっと満たされていたはずだったことを思い出した。「特別感」に対し、いつか奪われてしまうような不安も苦しさもなく、とても満たされた感覚なのだ。あの安心していた「特別」な感覚は、どこから来ていたんだろう。
やっと分かってきたのは、私は「誰かの中で自分が、どんなポジションにいるか」ではなくて、その人と自分のあいだにあるものに「特別」を感じ、満たされていたのだということだった。相手と自分の2人でしか体験できないことや、共有している2人だけの気持ちみたいものだ。
例えば以前、娘が3歳になったばかりくらいで、久しぶりに家族旅行に行ったことがあった。その時に娘が初めて大浴場を怖がらずに、泣かずに入ることができたのだ。娘を抱っこした状態でゆっくりお風呂に浸かった。「ほら大丈夫、気持ちいいね」と話し、その時のそのシーンに私はとてもとても感動したのだ。家族で来てるのだけど、息子と夫は知らない私と娘だけの体験だった。この先きっと、ずっと忘れないだろうなと思ったのだ。
他にもある。初夏のある日、娘と2人で習いごとから帰ってきたら家に誰もいなくて、暑いねと言いながら服を脱ぎ捨てて、気づいたら2人ともパンツ一枚で踊っていた。そんなこともあった。
そういう、2人だけでしか体験できなかったことや、2人しか感じられないことを、大切に共有しているというのが私にとっての「特別」なのだ。娘は忘れてしまうかもしれないけど、私はずっと覚えている。そういうのが、これまでに出会った大好きで大切な人たちと、それぞれの中に存在しているのだ。
ある人とは、30年以上もバレンタインとホワイトデーに年に一度の文通をしているし
ある人とは、毎日書いたダイアリーを読んでもらっているし
ある人とは、昔からの本当の姉妹のような会話を続けているし
ある人とは、ビジネスや生き方を変えていく取り組みをしているし
大きなことも些細なことも、長いことも一瞬の出来事も、自分と相手の中の体験を、私はいつまでも特別に思い大切にしたいのだ。そしてこれからも誰かとそういう忘れられないシーンが生まれたらそれは、私にとっての「特別」なのである。
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誰かの特別になりたい
そういう気持ちは、とても強いし純粋で自分を動かすエネルギーになると思う。だけど「特別」を、相手や環境の中で見出そうとすると、比較や不安が生まれ、自分を苦しめてしまう。
「特別」は自分と相手の中に生まれるもので、ひとつひとつの時間や感覚のことなのだと思う。そうやって生まれたものは、誰かと比べるものでも、ポジションを奪い合うものでもなくて、相手と自分の間に在ると感じるだけでもう十分に、特別なのだ。
きっとこれからは「やまけんさんの特別になりたい」ではなく、「やまけんさんとの体験を特別なものとして大切にしていきたい」と考えられるようになると思う。それだけでも私の中ではとても大きな成長だったし、「苦しい特別」からの、脱皮だったと思うのだ。
