なぜ現代人は『別の階に行く』という最適解を選べないのか?スマホ依存で空間認知がバグった人々との生存戦略
腹が痛い。
気持ち早足でおしりの負担が無いよう注意しつつトイレに向かう。
おっと、向かいから来るトイレに行くであろう人。
「なるほど、同士か…追い抜きはしねえ。お先にどうぞ。」
微かな望みで後を追うが、当然の如くラストチャンスの個室は埋まる。すかさず下の階へ…
8階、空きなし。
7階、全埋まり。
6階、
5階…おいおいこの建屋のトイレはどうなってやがる。
4階は穴場のサーバールームだ。
常駐席が少ないこともあり比較的に個室は空いている。
ふぅ…。
紹介が遅れました、私は自分のお通じが閾値超過しそうな中、ようやく「空き」を確保したSE(システムエンジニア)です。
腹痛という名の想定外エラーを抱え、ようやく辿り着いた安住の地。それがこの個室である。
「コンッ、コツ、パチ、パチン――」
ん?扉の向こうから聞こえてくる、明らかな人為的ノイズ。
これは足コツコツと指パッチンの音だ。
ふっ、個室争奪聖戦に敗れた待ち人の仕業か?
待ち人には申し訳ないが私のエラーが解消されるまでは知らぬこと。
しかし、外からの「足コツコツ」と「指パッチン」は過激になり、安息の暇はやかましいノイズに阻まれる。
外からの圧力による急かし…。
これはそういうことか?
こちらも負けじとウォシュレットの水流音で対抗し、滞りない排泄により想定外エラーは解消される。
トイレットペーパーをカラカラ鳴らす音、けたたましい大の水流音とともに、外からのノイズはキャンセルされていた。
やはり急かしの合図だったのだろうと思いながら個室から出る。
ふと待ち人を見ると壁に寄りかかりスマホの画面を青白く光らせている。
驚いた。彼はスマホでソシャゲやSNSに囚われながら、同時に「他人の生理現象」という、この世で最も制御不能な想定外エラーに対し、外からの圧力で書き換え命令を強制していたのだ。
断言しよう。彼らはこの扉がエラー解消に苦しむ人々に安息を与えるツールなのだと認識していない。YouTubeに出てくる長尺広告と同義だろう。少し待ってタップすれば、あるいは指を鳴らせば、中身が速く排出されると本気で錯覚している。
私のnoteは、そんな「身近で空間認知と敬意がバグりきった人々」に遭遇した際、我々がどのように論理を武装し、メンタルの平穏を保つべきかという、SE流のサバイバル・ドキュメンタリーである。
あなたの周りにも、解決できない事象に論理的最適解(別の階を探す)を無視して、扉の前でノイズを刻み続ける人はいますか? 遭遇した時のあなたの暫定対応はたまた本(気)対応をぜひコメントで教えてください。すべて読ませていただきます!
