成瀬とあの娘の話~『成瀬は天下を取りにいく』を読んで~
はじめに
「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
冒頭の台詞から、この娘ただ者ではないなと直感しました。
作家の宮島未奈さんのデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』(通称:成天)は、風変わりな女子学生成瀬あかりと彼女を取り巻く人々の姿が描かれた連作短編集です。
・コロナの影響で学校行事が軒並み中止または縮小される中、「夏の思い出づくり」と称して、1ヶ月後に閉店を控えた西武大津店に毎日通う(何なら夕方のローカル番組の中継コーナーに映り込んでいる)(「ありがとう西武大津店」より)
・地元の大津にデパートを建てると宣言する(同上)
・幼なじみの島崎みゆきとともに「ゼゼカラ」というコンビ名で「M-1グランプリ」に出場する(結果は1回戦敗退)(「膳所から来ました」より)
・「人間の髪は一ヶ月に一センチ伸びる」のかを検証するため、高校入学初日に坊主頭で登校する(「線がつながる」より)
・将来の夢は「二百歳まで生きる」こと(「ありがとう西武大津店」より)
いずれも彼女がいかに常人離れした人物であるかを物語るエピソードといえます。
本稿では成瀬の同級生2人に焦点を当てていきたいと思います。
成瀬とかえでの話
「他人の目を気にすることなくマイペースに生きている」成瀬と対照的に描かれているのが、高校のクラスメートである大貫かえでです。本書に収録されている「線がつながる」は、彼女の視点から成瀬の人物像が語られています。過去の経験から他人の一挙手一投足に気を遣ってしまうかえでの姿に思わず感情移入してしまいました。自分も周りの目を気にするあまり変な心のブレーキをかけがちなので・・・・・・。
小学校時代、かえでは級友にそそのかされ、成瀬へのいじめに加担しそうになったことがありました。未遂には終わったものの、それ以来、成瀬との間には微妙な距離感が生まれていました。
2人の関係に変化が訪れたと感じたのは、成瀬が入学式の日に坊主頭で登校した理由を明かすシーンです。それはかえでが彼女の本質に少し触れた瞬間でもあったのではないでしょうか。この辺りからわだかまりも少しずつ解けていったのかもしれません。
成瀬と島崎の話
そして、本作でもう1人重要なキャラクターといえるのが、成瀬とは幼稚園の頃からの幼なじみで彼女の良き理解者でもある島崎みゆきです。
作中では成瀬の行動に振り回されがちな印象を受けますが、本人はそのことを悪くないと思っている模様。夏休み期間中、西武通いに同行したことやM-1で披露するためのネタ作りに際して積極的に意見を言ったことからも、成瀬への信頼感が窺えます。
成瀬の方もあまり表には出さないものの、島崎のことを大切に思っていたのではないでしょうか。実際、大学進学を機に東京へ引っ越すことになったと打ち明けられたとき、勉強が手につかなくなるほどのスランプに陥っています。この1件で、島崎が自分にとってどれほど大きい存在だったか気付かされたはずです。しばらくは気まずい状況が続きましたが、互いに本心を確かめ合ったことで成瀬は離ればなれになっても大丈夫と安堵するのでした。
本書のラストを飾る短編「ときめき江州音頭」では、親友という言葉では言い表せない2人の絆が描かれています。
『膳所から世界へ!』
ときめき夏祭り(成瀬たちの住む地域で毎年八月の第二土曜日に開かれているお祭り)で漫才を披露する姿はすっかり板についており、彼女たちなら本当に世界を狙えるかもしれないと思わせるものでした。
おわりに
『成瀬は天下を取りにいく』が、「本屋大賞2024」で大賞に選ばれました。本作をきっかけに舞台となっている滋賀の魅力が少しでも広まればと思います。
(*)見出し画像は、本書の特製ブックカバーを撮影したものです。
