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#0035:品質保証という任務

私の仕事は「品質保証」である。
だが、品質保証の基本すら教わっていない。
勤務年数が長いだけのド素人であるが、
品質保証という任務について個人的見解を述べたい。


■品質とはそもそも何か■

「品質」とは何だろうか。
AIによると、概要は下記の通りである。


「品質」とは、製品やサービスが顧客の期待や要求をどの程度満たしているかを示す「価値の尺度」である。
顧客の期待や要求には、性能、機能、信頼性、安全性などが含まれる。
単に壊れないことだけでなく、利用者のニーズに合致し、安心して満足して使い続けられる状態を指す。


上記の概要のうち、下記の2つのキーワードを私なりに翻訳してみた。
・尺度=基準
・顧客=エンドユーザー

「品質」とは、一定の基準を満たしているかどうかを示す「状態」である。
そして、「価値を推し量る際の物差しのひとつ」に過ぎない。
とすると、品質という言葉に対して、
良い/悪い、高い/低いという表現は精密さに欠ける。
「具体的にどの程度のレベルであるか」を示す数値が必要となる。

極論を言えば、
「一定の基準を満たしているか」
という問いかけに対しては、
Yes/Noの2択しか存在しないのが「品質」であると考える。

同時に、
「その基準が適切であるか」
を判定する仕組みも取り入れておかなければならない。

基準という土台そのものが揺れ動くような状態では、
その基準を満たしているのかすら、あやふやになる。
仮にぼんやりした基準を満たしていたとしても、
品質に対する判定の妥当性を検証しなければならなくなってしまう。

■保証するのは最終的に何か■

一定の基準に対して、それをどのようなレベルまで満たしているのか。
この「品質」という言葉が意味することを、具体的な数値をもって、
エンドユーザーに対して証明するのが「品質保証」であると考える。

「スマートフォンのアプリというソフトウェア」であれば、
スマートフォンで対象のアプリを使用する人がエンドユーザーに該当する。

「スマートフォンという製品そのもの」が対象であるなら、
ソフトウェア(制御用OSなど)/ハードウェア(回路上に配置されている電子部品も含めて)の両方について、その品質を保証する必要がある。
その場合、エンドユーザーはスマートフォンを使用する人だけではなくなってくる。
店舗等で機種変更などのシステムサービス業務を行うスタッフも含むことになる。
なにより、保証しなければならない範囲が大きく拡がる。

私個人として、最低限保証しておきたいのは「確実性」だ。
故障しづらいことは製品として前提である。
利用者のニーズに合致していない製品はそもそも需要がない。
安心して満足して使い続けられる状態を維持できることが理想である。
だからこそ、
「確実に動作することを保証しなければならない」と考えている。

■品質保証は誰を何から守るために進めるのか■

品質保証の業務を発注した企業は、
業務請負先から見れば確かに顧客である。
しかしながら、エンドユーザーとは限らない。

時として、品質に関わる問題点を指摘しなければならない。
問題点の解析に時間も人員も浪費することになってしまっても、
「問題点がある」という指摘が結果的に誤りだったとしても、
「問題となる可能性がある」のであれば、報告するべきだと考える。


確かに仕様には準拠していない。
しかし現実として、修正や制御が難しい。
人員も経費も時間も足りない。
そもそもそんな仕様、エンドユーザーは知らない。
気づくこともないし、安全性にも問題はない。
法律にも、一切抵触はしていない。
だから、現状のままでよい。


一般的な製品は、購入すれば誰でもエンドユーザーになり得る。
仮に「品質保証を担当している人」がエンドユーザーだったとしよう。
上記のようなコメントを目の当たりにしたエンドユーザーに対し、
一体どのような説明をして品質を保証できると断言するのか。

そのようなレベルの品質の製品を、
エンドユーザーに購入させてよいわけがない。

品質保証は、
エンドユーザーとなり得るすべての人を対象に、
開発中の製品の不具合だけでなく、
内部でのデータ改竄や虚偽報告を含めて、
あらゆるリスクから守るために進める業務である。

品質保証の理想形は上記の通りだと考えている。
私は、そうでありたいと強く思っている。

■理想に現実で線を引く■

理想はそうであっても、
現実には様々な制限事項がある。

人員、人材、時間、経費といった、
比較的見えやすいものばかりではない。
仕様上規定が明記されていないこともある通信速度の遅延。
電子部品選定の時点で定まる製品内部での情報・通信処理の限界。
製品自体の発熱をどのように抑制、あるいは放出・排出するのか。
そもそも電気を流すための回路の構成や、使用する素材に何を選定するか。

考え始めるとキリがない。
理想を追い求めすぎると、最初から作り直しになってしまう。

そしてこれは、ひとりで進める業務ではない。
どんなに小さなプロジェクトでも、
様々な人たちが参画し、協力して進めていくものだ。
私ひとりの理想を押し付けてしまうわけにはいかない。

だから実際は、自分の理想に対して現実で線を引く。
品質を保証することができる範囲の姿に切り取っていく。
少しずつ慣れてはきたが、
私にとって、この工程はとても辛いものになる。

それでも、線を引いていく。
超えてはならない一線だけは守りながら。

■「仕事を進めるのが仕事」になってはいないか■

私自身への戒めとして記載する。


本来の目的を見失ってはいないか。
取るべき手段を誤ってはいないか。
その判断や回答に嘘偽りは含まれていないか。
「仕事を進めるのが仕事」になってはいないか。


今一度、襟を正して臨みたい。

■品質保証という任務■

品質保証は簡単な仕事ではない。
時として人命に関わるような、重要な任務だと考えている。

私が所属しているのは末端である。
私自身の立場もまた、末端である。
勤務年数が長いと言っても、10年も経過していない。
何より、基礎となる知識も基本的な手法も知らない。
AIの方がよほど博識で、よくお世話になっている。

本記事は、品質保証のド素人による大言壮語に過ぎない。
それでも、伝えたいことは嘘偽りなく記載した。
まずは、今後の私自身に響けばよいと思う。

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